目的再確認
『案山子』の名代を名乗るヒトトセ・リョウはある謎があった。
マクシムたちが会う彼は男性である。
だが、メイド天国の従業員であるミッチェンが目撃したのは女性だったというのだ。
一度ヒトトセ・リョウに会っているはずのミッチェンに面通しを行えば、少なくとも謎の一つは解消される。
マクシムはそう考え、対談を提案していた。
ヒトトセ・リョウはこちらがメイド天国に連絡を取ることを伝えると、すくっと立ち上がった。彼は言う。
「決まったなら、その場に自分は現れるであります」
「いや、どうやってさ。連絡先くらい教えてよ」
「心配しないでも大丈夫。自分は『案山子』の名代でありますから」
それだけを言って去っていった。
ちなみに、去る時はきちんと出入り口の扉からだった。
彼を追跡できないか少しだけマクシムは考えたが、その技能がある者はこの場にいなかったし(何となく『W・D』はできないと思った)、技能のある人に伝える時間もない。
マクシムが困っていると『W・D』も四つ足で立ち上がりながら宣言する。
「じゃあ、俺も動くぜ」
そのまま部屋から出て行こうとするが、マクシムは慌ててその背中を呼び止める。
「いや、名探偵。ちょっと待ってよ。説明とかさ」
「? 何のだ」
「分かっていること、全てかな」
「犯人はカルメン大佐。今回の一連の事件に『案山子』は無関係。これが全てだぜ」
「いや、それが全てじゃないと思うんだけど……」
「あのなぁ、俺も暇じゃないんだぜ。一から全て説明する気はないぜ。少し考えたら難しいことじゃない。お前らの中に答えのための材料は全てあるはずだぜ」
そんな馬鹿な―—と言いたかったが、意外と『W・D』の言う通りの可能性はあった。
実際、『W・D』はもう既に答えを掴んで、そのために行動しようとしているのだから。
マクシムは代わりに訊ねる。
「じゃあ、『W・D』は今からどう動くのさ?」
これまでの経緯よりもこれからの行動を質問した方が、自分たちも動きやすいと思ったのだ。
「これからカルメン大佐を制圧する。早くしないともっと犠牲者が出る可能性があるからだぜ」
「ちなみに、殺される可能性がある人って思いついているの?」
「まず、メイド天国の人間だぜ。他は知らん。今の俺には情報不足だぜ」
「じゃあ、制圧ってどうやるのさ。カルメン大佐、『士』でもかなり強いんでしょ」
「だな。魔法使いとしては世界最高峰。正攻法じゃかなり手強いぜ。『絶対』はディアマンテ支部全体が敵に回る可能性を考えると使い辛いし、『最高戦力』に出張って貰うしかないかな」
「絶対? 最高戦力?」
「いえ、それより、ディアマンテ支部全体が敵に回る可能性って、それは本当ですか? ベニート大尉たちが、ですか?」と、ナタリアは大きな目を更に見開いて驚く。
「ああ、構成員は敵になる可能性があるぜ。ディアマンテ支部には全部で二十三名いるが、最悪の事態として全員対処の可能性がある。どちらにせよ、こちらが切れる最強のカードを集めに行く。安心しろ。数日以内には事態が解決しているぜ」
「あともう一つ。このまま進めば、ワタクシたちに害はあると思いますか? いきなり殺害される可能性などの話ですわ」
「いや……ないな」『W・D』は少しだけ考えて言う。「カルメン大佐が自暴自棄にならない限りは問題ないだろう。そして、その可能性は低いぜ」
「それと、ミッチェンとヒトトセ・リョウを会わせても危険はありませんか?」
「それは特に問題ないだろ。逆に何が起きるんだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ナタリアが丁寧に頭を下げた。
そこで『W・D』はマクシムを見る。そして、告げる。
「ひとつ忠告だが、経緯よりも、その結果、どうなるかを考えて行動するのは正しいぜ。だが、ナタリアのように『とにかく自分たちの安全を第一に考える』の方がより正しいぜ」
「それは、そうだね。うん。分かったよ」
「ま、『案山子』の謎を解明するのが存外に悪い手ということもないが、それよりも自分たちの目的を再確認すべきだぜ」
「目的って」
「忘れたのかよ」と『W・D』は呆れたように続ける。
「『案山子』の力を借りて『大魔法つかい』に会う。違うか?」
『W・D』はそれを言ってから部屋から出て行った。
しばしの間。それは重苦しいものではなく、これからの行動にそれぞれが思いを馳せている時間だった。
そして、シラが少しだけ心配そうに言う。
「良いの?」
「良いとはどういう意味ですか、シラ」
「『W・D』だけ出て行った」
「それは今から別行動ですから」
「違う。ホテル。犬」
「「あ」」
『W・D』はホテル従業員に掴まっていた。
ちなみに、彼は抗弁しなかった。
犬が喋る姿を目撃されるわけにはいかないのだろう。
マクシムたちは慌てて彼の身柄を助けに行く羽目になった。
+++
メイド天国のエンリコ社長に連絡を取ったところ、ミッチェンとアポイントメントが取れた。
ただし、ヒトトセ・リョウの存在については説明しなかった。
彼が神出鬼没の存在であり、会談の際に現れる可能性は高い気がしたが、それでも絶対ではない。が、来なかった時のことを考えて教えなかったわけではない。
ミッチェンがヒトトセ・リョウを見た時の反応が見たいと考えていた。
それも、『W・D』が危険はないという話から考えた不意打ちである。
変な先入観は与えたくない、自然な反応を見たいと考えたからだった。
これはヒトトセ・リョウの正体にいくつか仮説を立てた故の判断だった。
〇ヒトトセ・リョウが複数存在する可能性
〇ミッチェンが嘘を言っており、ヒトトセ・リョウを目撃をしていない可能性
〇ヒトトセ・リョウが嘘を言っており、彼が『案山子』の名代ではないという可能性
どれにせよ、手の内を明かす必要はないとマクシムたちは考えていた。
最大限自分たちの身を守るために。
+++
話をする場所はホテルのラウンジにある喫茶店にした。
ただし、マクシムたちが泊まっているホテルとは一応別のホテルにした。
人目が多く、ここであれば危険性は低いだろうと考えての選択だった。
そして、会談当日。
「……来ないね」とマクシムはオレンジジュースを飲みながらぼやく。
「……そうですわね」とナタリアもロイヤルミルクティーを傾けてため息。
ミッチェンは時間になっても来なかった。
そして、ヒトトセ・リョウも来なかった。
だから、マクシムとナタリアは飲むしかなかった。
ちなみに、シラは今日は同席していない。
少し離れた席で変装してこちらを見張っている。
これは彼女が獣人種であることの強み――耳をキャップで隠すだけで変装しやすいから。別の角度からも二人の反応を見たいと思ってのことだった。
あと、もしも逃げ出す場合に入り口側を押さえておきたいという判断でもある。
「さすが高級ホテルだね。ジュースも美味しいよ」
「そうですわね。茶葉も良いものを使っていますわ」
「ただのデートだね、これ」
「そ、そうですわね!」
「嬉しそうじゃない?」
「そんなことはありませんわ」
そうやって二人ともにドタキャンされたことに苦笑していると、声をかけられた。
「ここ、座っても良いかしら?」
相席しなくても――と言おうとしてマクシムは声をかけてきた女性の正体に驚く。
知った人物だったからだ。
ただ、どうして彼女が現れたのか理解できない。
マクシムは彼女の名前を言う。
「テルツァさん……?」
テルツァは「ええ」と微笑みながら頷く。
それはメイド天国従業員の一人。
前『案山子』であるハセ・サトリの弟子。
メイド天国で残り二人となった呪詛蒐集能力者の片割れがそこにいた。




