『W・D』
探偵の真似事を要求。
しかし、考えてみるとそれは理に叶っている面もあった。
まず、『案山子』は『竜騎士』に手出しができない。
なぜならば『竜騎士』は不可侵。竜の報復を恐れているからだ。
そして、ユーゴーが殺された件。
墜落死は何が起きたのか不明。周囲は高い建物どころか建物そのものがない平地。
墜落の時間帯、周辺空域を飛んでいたのは竜のリトルのみ。
リトル―─いや、『竜姫』ナタリアは手を下していないのに、魔法が使われていないという不可能状況。
ただ、ユーゴーは墜落死の前に、呪詛を用いて首を折られていた。
つまり、『案山子』が関わっている可能性が濃厚。
そうなると『竜騎士』と『案山子』は手を組んでいるのかもしれない。
そんな状況で、カルメン大佐たちがナタリアに探偵の役回りを押しつけるのは納得できた。
マクシムは気になっていたことを質問する。視線はベニート大尉に向けて問いかける。
「結局、ユーゴーさんの遺体から魔力の痕跡はなかったんですか? カルメン大佐以外も確認したんですか?」
ベニート大尉が答える。口元が少しだけ笑いの形になっていたが、表情は真面目なままだ。
「ああ。そちらが大佐のミスを疑う気持ちは分かるけど、何の痕跡もなかったよ。彼が魔法で浮遊させられたということはないだろう」
「じゃあ、あの時間帯に竜以外の飛行物体がなかった件。そもそも、どうしてそんな観測データがあったんです?」
「『案山子』の墓地の近くに飛空場があって、そこのデータを借りたんだ。ちなみに、その飛空場はお金持ちが共同管理している私的なものだが、金銭的に余裕があるから一日中周辺空域を観測していた。偶然だから逆に信頼できるね」
「どうしてそんなことをしているんですか……偶然にしても出来過ぎでは?」
「年間を通した観測データは貴重だろう」
「……そうですか」
ベニート大尉は荒々しい外見に似合わず、数字に対して真摯的だった。
しかし、それらはなかなか厄介な情報だった。
確かに魔法が使われておらず、空を飛ぶ手段がないのに墜落死……紛れもない不可能状況。
マクシムは一応訊ねる。
「でも、僕らが都合の良い証拠を持ってきたとして、それをどう判別するんですか。ナタリアを拘束できないんですよね」
「こちらからお目付け役をつけさせてもらう。それに、あんたらは無実なんだよな? だったら、そんな嘘はつかないだろ?」
こちらの善性を信じるということか。
いや、それは善さというよりも『竜騎士』の誇りに賭けたという方が近いのかもしれない。
ナタリアが少しだけ不快そうに言う。
「ええ、当然ですわ。ワタクシは無罪ですから」
「なら問題ないねい。本当に無罪なら大丈夫。『士』の誇る名探偵であれば、真相は間違いなく解明されるから」
「……それならばワタクシとしても納得ですわ」
あまり納得していない表情のナタリア。
彼女は素直だから疑われているという状態に得心できないのだろう。
マクシムが引き継ぐ。
「で、その名探偵はいつ来るんですか」
「なに、すぐ来るよ」
しばらくすると、客を招き入れるため開いている扉から一匹の犬が普通に入って来た。
迷い込んできたのだろう。
ベニート大尉が追い返すためか犬に向かっていく。
ベニート大尉は言った。
「早かったね、『W・D』特務大尉」
「本当にお前らは俺がいないと何もできないんだな」
それは低い男性の声だった。声の質だけではなく、発せられる位置も低かった。
マクシムはナタリアに視線を送る。ナタリアも同じタイミングでこちらを見ていた。すぐに、シラの方を見ると、彼女も目を丸くしている。
「え?」
それは誰が言ったのか分からないが漏れた疑問符。
ただ、マクシムたちの視線を向けられた黒犬が言う。
「くさい、くさいな。この中に犯人がいるぜ」
マクシムは叫ぶ。
「犬が喋ってる!?」
ナタリアが言う。
「いえ、今犯人がいるって言いましたよ!?」
シラが言う。
「くさい? 花と鉄のにおい?」
カルメン大佐がニヤニヤと笑いながら言う。
「大混乱だな」
ベニート大尉がやれやれとため息をついた。
+++
そして、混乱が去ってから落ち着いて紹介された『W・D』という犬。
いろいろと信じ難いが、この犬が名探偵らしかった。
犬なのに表情豊かで、ふてぶてしい態度で皿から水を飲んでいる。普通に犬だ。
ナタリアが『W・D』に訊ねる。
「あの、先ほど犯人がいるとおっしゃってましたが」
「ああ、あんたが犯人だぜ」
「そんなことはありません! ワタクシは無実です」
「冗談だよ、冗談。あれは俺の決め台詞なんだぜ」
どうやらこの犬の名探偵様は冗談を解するし、決め台詞もあるらしい。
ナタリアの表情は「どうしてそんなものが必要なのか」と語っていた。
「決め台詞、ですか?」
「チェックメイトみたいなもんだぜ」
「それは大切なのですか」
「当然だぜ……今思いついたけどな」
「今?」
『W・D』は「説明は野暮だぜ」と特にそれ以上説明をしてくれるわけではないらしい。
どうして犬が喋れるのか、という当然の疑問は解消される時間が過ぎてしまった。
釈然としない思いを抱えるマクシム。
『W・D』は少し水を飲んだ後(皿を使って舐める姿は犬そのものである)、すぐに言う。
「さぁ、さっさと現場に行くんだぜ」
「『W・D』、こちらが調べた情報はあるよ」
「既に目は通した。あとは現場を見直すだけだぜ」
「じゃあ、犯人の目星もついているのかい?」
「それはまだ語るべき段階じゃないんだぜ」
ベニート大尉たちにそう言って、さぁ、行くぞとマクシムたちに合図する。
お目付け役という話だったが、どう見ても『W・D』が主導権を握っていた。
『W・D』は花屋タイランから出てすぐ「おい」とマクシムたちに言う。
低い声は、どこか困惑しているようでもあった。
「どういうことだぜ?」
「どういうことってどういうこと?」
『W・D』は吐き捨てるようにして言う。
「どうして、カルメン大佐が犯人なんだぜ?」
とんでもない一言に、マクシムたちは固まるしかなかった。




