帰還
「終わったの……? た、助かった……」
マクシムは竜たちが静かになって、ほっと息をつく。
それまでの戦闘とは比較にならないほど激しい戦い――いや、虐殺劇がようやく終わったようだった。
腕の怪物たちはほとんど抵抗らしい抵抗もできていなかったし、おそらくだがあいつらが乗ってきた乗り物もこの世から完全消滅させられていた。
ほんの欠片から復元できるような能力があったとしても、微塵も残っていないだろう。
先ほど甲板上に転がっていた死体さえ跡形も残っていない。
船そのものもかなり削り取られているが、それでもまだ沈まなかったのはただの幸運だろう。
彼我の戦力差がありすぎだった。
そもそも、腕の怪物たちは、六対一でもキンバリーとアメデオに完勝できていなかったのだ。
実際には何頭いたのか数えられなかったが、十頭どころではない数の竜相手に勝負できるはずもない。
そもそも、あの竜たちと互角に戦える存在がこの世にいるのだろうか?
六人の英雄たちであっても止められないはずだ。
最強軍団恐るべし。
その状況で、マクシムは生き延びれた幸運に感謝していた。
爆音の連続で頭痛が凄かったが、マクシムは必死になって隠れ続けた。
あまりにも戦闘が激しくて、爆発で何度も体が浮いたし、上下感覚を失うほど転がされた。だから、アメデオの手当もできなかった。自分の身を守るために諦めるしかなかったが、ただ、それでも英雄はまだ息はあるようだった。
これはキンバリーが魔力で必死に支えていたからで、もうそもそも助かるような傷ではなかった。
マクシムは傷に触れないように注意しながら、アメデオに恐る恐る声をかける。
「アメデオさん、意識はある……?」
「……ああ、戦いは……?」
「うん、大丈夫。勝ったんだと思う。もう敵は見えないから」
「本当、か……?」
「うん、多分、ナタリアが何とかしてくれたんだよ」
「そうか、あの子が……」
アメデオは涙を流し出した。
それは苦痛か、悔悟か、諦観か、マクシムには判断がつかない。
「い、痛いんだよね。ごめん、鎮静作用のある薬草はあるけど、使うね」
「違う……あの子が『竜騎士』になれたのが嬉しいんだ……」
「そっか。うん、立派だったよ」
歓喜の涙を流すアメデオに、マクシムは嘘を告げた。
ナタリアは『竜騎士』ではないようだが、その点を説明しない。
状況が不明なのは本当だったし、逝く人の気持ちに水を差すつもりもない。
アメデオは更に言葉を重ねる。
「わしはもうダメだ……。最期に。あの子たちに幸せになって欲しい、と伝えてくれ……」
「うん」
「それと、お前さんに。あの子を頼む……」
「任せて」
更に、最後にもう一言を残し、アメデオは満足そうに笑い――そして、逝った。
アメデオ・サバトは『竜騎士』の家系ではなかったが、妻になるオルガ・サバトに見初められて『竜騎士』になった。
その結果、彼は史上最も人界を守り続けた『竜騎士』になった。
その生涯は苦難が多かったが、総じて非常に高潔なものであった。
英雄の死、だった。
+++
どうやってジャーダ鉱山まで帰るか問題だったが、意識を取り戻したピッキエーレ少佐たちが船を操り、帰還することになった。
ちなみに、キンバリー以外の竜たちはもう姿も形もなくなっている。
ナタリアの元へ帰ったということだろう。
そのまま船で帰るつもりだったが、その前に、意識を取り戻したキンバリーが背中を許してくれたから、先に帰ることにした。
足に着けていた駕籠はもうボロボロだったので、アメデオの亡骸と一緒に騎乗したのだ。
それが特別なことなのはマクシムにも理解していた。
『竜騎士』でもないのに背中を許したという特別さ。
――それがマクシムの勘違いであることに、自分では気づけなかった。
マクシムたちがジャーダ鉱山に戻ると竜たちが勢ぞろいしていた。
一列に綺麗に並んでいる姿は壮観だったが、何となくみんなシュンとしているようだった。
その竜たちを前にナタリアが説教をしているようだった。
さすがに声は届かないが、彼女が大いに怒っているのは何となく見えた。
正直、アメデオが死んだので、自分に責任があるとは思わなかったが、あまり戻りたいとは思わなかった。
怒っている少女に、死体を見せるのは何というか……しんどかった。
それでもこちらが竜に指示できるわけもなく、ナタリアの元へ一直線。
ナタリアはこちらに気づき、目が合い嬉しそうに顔をほころばせた。
だが、それもキンバリーが着地後、彼女がアメデオの惨状に気づくまでの短い間だった。
ナタリアは足をよろめかせながら遺体の側に、呆然と佇みながら言う。
「ワタクシが、もっと早く助けに送り出せていたら……」
「違うよ、それは」
「違いませんわ」
「いいや、だって、アメデオさんはナタリアを戦わせたくなかったんだからさ。これはこの人の選択だよ」
「……やっぱり、それは肯けませんわ」
そうかもしれないが、マクシムは決してナタリアの言い分を認めない。
そうする必要があると感じていたからだ。
「ひいおじい様……」
そう呟きながら、ナタリアはアメデオの手を取る。
「もう冷たいですわね……」とナタリアは感想を言った。
空中で風に当たっていたせいか、時間経過のせいかは分からない。
しばしの間。
そして、ぽつりとナタリアは呟く。
「……ひいおじい様は何か最期に言葉を残しましたか?」
「うん、君らに幸せになって欲しいって」
「そういえば、ひいおじい様にはお姉様のこと、最後まで言えませんでしたわね……」
「ニルデのこともかもしれないけど、君とシラのことでもあるんじゃないかな」
「そう、かもしれませんわね」
会話が途切れるが、今何か急いで告げることはないと思えた。
ナタリアは顔を伏せたまま、マクシムに頼みごとを言う。
「申し訳ございませんわ。お手数をおかけしますが、シラを呼んで来て貰えませんか。二人で見送りたいのです」
「うん、分かったよ」
屋敷にいるのだろう、と踵を返そうとした。
その前にナタリアが呼び止める。
「あ、マクシムさん」
「ん? ――っ!?」
と、それ以上言葉を発せられなくなったのはナタリアが抱きついてきたから。その柔らかさと、汗をかいているはずなのにとても良い匂いでマクシムは緊張する。
彼女は言った。
「あなた、だけ、でも、生きてくれて、本当に、嬉しい、です……」
ナタリアは涙を流していた。
それはアメデオの死を悼み、マクシムの無事に安堵し、『竜姫』としての重責を抱える、複雑な涙。
マクシムはそっと抱き返し、「うん、うん」と肯く。
頭をそっと撫でると、ナタリアはより号泣し始めた。
マクシムには見えていなかったが、その時、竜たちはざわめいていた。
彼は『竜騎士』としての資格を、ナタリアの伴侶として認められることで獲得し始めていた。
しかし、もう竜たちは認めないだろう。
姫からの愛を、特別な愛情を向けられる対象に嫉妬しないわけがないのだから――。
第二部 最強の軍団を統べる者『竜騎士』 了
第三部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』に続く
お読みいただきありがとうございます。
第2部完となります。
実質的にはヒロイン登場の第1部という感じです。
一応、本文に入れなかった設定として、
ナタリアの姉のニルデが竜に騎乗できたのは、
十一年前の一族が全滅する前に竜に乗ったからです。
サバト家は五歳になったら竜に乗る儀式みたいなものがありまして、
十一年前の時点でニルデは六歳、ナタリアは四歳でした。
割と明かしていない裏設定みたいなのはあるのですが、
追々出していく設定とそうでないものがあります。
これに関してはもう明かすところはないのでここで披露しました。
まだまだ物語は続きます。
引き続きよろしくお願いします。




