食事
ナタリアはベッドに転がり、部屋でボーっとしていた。
普段、彼女は竜の世話をしているため、日中ベッドに寝転がることなんてない。
ただ、何か言うべきではないことを言ってしまった気がして、頭の中が飽和状態だったのだ。
というか、彼女は実のところ薄々気づいていた。
ものすごく恥ずかしい告白をしていた、と。
自己犠牲のような、自意識過剰のような、とんでもないことを言っていた、と。
それに気づいていたからこその、思考停止状態だった。
「弱音なんて吐くつもりありませんでしたのに……うぅぅ」
枕に顔を埋め、ジタバタと堪えていた。
普段の毅然とし、大人びた態度のナタリアからは考えられないほど幼い様子である。
と、その時だった。
ノックの音、そして、声。
「ナタリア、ちょっと良いかな」
ナタリアは文字通り飛び起きていた。
マクシムだ。
今、一番会いたくない相手。
しかし、不思議と会いたくないわけでもないから困る相手。
暴れまわる鼓動を押さえながら、どうにか平静な声で応じる。
「な、何でございますか?」
「ちょっと頼みたいことがあって来たんだけど、良い?」
「す、少しお待ちください。今、出ますわ」
さすがに部屋に入れるのはまだ早い。
そこにはマクシムと──少し離れてのシラ、二人がいた。
「あら、シラもいましたのね」
「見張り」
ナタリアは少し答えに困るが、それはマクシムも一緒だったようだ。
「酷いよね、シラ。ナタリアに殴られろとか言うし」
「言ってない」
「いやいやいやいや」
「よく分かりませんが……。ワタクシ、別に殴ったりしませんわよ」
何となく二人は微妙に仲良くなっている気がする。
ちょっとだけムッとしながら、ナタリアはその気持ちに違和感を覚える。ムッとする?
ナタリアは自分の感情をフラットに戻すために咳払いをした。
+++
「応接間へ行きましょうか。頼みたいこととは何でしょうか?」
「いや、そんな長くなる話でもないんだけどさ」
「そうですか?」
「うん、ちょっと聞きたいんだけどさ、竜の食事ってどうしているの?」
「食事、ですか。いえ、別に飼育しているわけではありませんから特に管理しておりません。もちろん、給餌することもありますが、基本的にはそれぞれのペースで食事していますわ」
「あれ、そうなんだ。勝手に食事をしているんだ。でも、あの巨体を維持するためなら相当食べるよね」
「はい、そうですわね」
「四十七頭、あれなら辺りの生態系が狂わないか心配になるくらいの食事量だよね、それで提案なんだけど……」
「いいえ、竜の主食はお肉ではありませんわ」
「え?」
奇妙なことをナタリアは言っているとマクシムは考えた。
竜の主食は肉ではない? では、何を食べるのか? 牛や馬のような藁?
「そうなの? でもさ、『魔王』危機の際に、『料理人』が竜のお肉を用意していたんじゃないの? 肉も食べるんだよね」
「ええ、もちろんですわ。ただ、竜は雑食ですの」
「じゃあ、植物も食べるんだ」
「ええ、ただ、あの子たちのメインは鉱物ですの」
「鉱物? え? 石ってこと?」
「はい。竜は鉱物を主食としておりますわ」
「そうなんだ。えっと、それって本当? 石を食べる……美味しいの?」
「美味しいかどうかはワタクシにも分かりませんわ。ただ、竜がジャーダ鉱山に生息しているのは、この鉱山でとれる“閃光石”を主食としているからです。宝石ではありませんが、高密度の魔力が込められた石ですわね」
「へぇ……」
少しマクシムは考える。
竜は雑食──意外な事実だ。
ただ、『料理人』アダム・ザッカーバードが用意した肉──意外と予想が当たっている気がしてきた。
「もしかしたらさ、『料理人』が出した謎の肉の件、分かったかもしれない」
「本当ですか?」
「うん、ちょっと試してみたいから外へ出てくれない?」
「? 分かりましたわ」
+++
平原を見ながら、ナタリアはため息をつく。
「これ、どうしましょうかね」
「うん、枯らすことはできるんだけど、元通りはちょっと難しいからさ。有効活用しようよ」
「? どういうことでしょうか」
「うん、見ていて」
マクシムは能力を発動させて、草を更に変化させる。
それは肉厚で水分を蓄える、暖かい地方で咲く植物をイメージした。
もちろん、そのものではないが、葉っぱは指先くらいの厚さになっている。
「多肉性の植物に変化させてみたんだ。水分を中に蓄えるために、こうやって葉っぱが分厚いんだ。どう?」
「どうとおっしゃられても……これがどうしたのでしょうか」
「うん、ちょっと齧るね」
マクシムはモグモグと躊躇せずに食べる。
少しだけナタリアは引いているようだった。
「うん、予想通りの味だ。ほら、試してみて」
「試す、え、ワタクシに食べろとおっしゃっているのですか?」
「うん」
マクシムが食べた半分を差し出すと、ナタリアは少し頬を染める。
あ、怒っているようだ、とマクシムは考えた。
すこし焦りながら弁解する。
「いや、ほら、毒を心配していたでしょ。だから、僕が食べた半分だったら安心かなって!」
「……間接キス……」
「え? 何?」
「なんでもありませんわ! ……鈍感ですわ……」
小声で何かをナタリアは喋っていたが、マクシムには聞こえなかった。
それまでずっと黙ってついてきていたシラがボソッと言う。
「ナタリアお姉ちゃん。無理する必要ない」
「別に無理はしておりませんわ!」
「もしかして、喜んでる?」
「よ、喜んでもいませんわ!」
ナタリアはなにやら顔を赤くしながら、恐る恐るその植物を口にする。そして、目を丸くする。
「あら、これは鳥肉みたいですわね」
「うん、僕、こういうこともできるんだ。種を魚卵っぽくすることもできるし、肉っぽい食感と味くらいなら再現できるよ」
「他のお肉の味も再現できますの?」
「うん。でも、鳥肉が一番完成度高いと思うよ。薄味の方が無理もないし」
「そうですの……確かにこれを料理して出されたら、ワタクシにも分からないと思いますわ」
「でしょ、だからさ、こうやればさ、『料理人』も僕と同じ植物を変化させる能力だったとしたら、これで旅を乗り切ったんじゃないかな」
マクシムの予想はこうだ。
竜が肉食であれば難しいかもしれないが、雑食であれば、植物も食べることができる。
なんといっても鉱物を主食とするのだから、植物くらいなら余裕だろう。
ならば、植物を限りなく肉のように変化しても乗り切れたのではないか。
『武道家』は料理していない生の状態でも、種と魚卵の違いも分からなかった。
更に踏み込むと、料理していれば余計に味の違いなど分からなかっただろう。
マクシムと同じ能力だと仮定した場合、種などを大量に持ち込めば、かなりの期間の食事も耐えられるし、大きな危険もない。
むしろ、かなり現実的だと言える想像ではないか。
『料理人』アダムに奇妙なことなど何もなかったのだ。
「それとさ、こうやって肉っぽく変化させるからさ。竜たちに食べてもらおうよ、この草原」
「ああ、竜たちの食事量で、この味でしたら、おそらく食べ切るのも難しくはありませんわね……」
「でしょ? それなら無駄にもならないしさ、ただ枯らすよりも良いと思うんだよ」
「そうですわね……」
ナタリアの表情はどこか納得していないように見えた。
マクシムは質問する。
「ごめん、ナタリア。僕の考え、間違っているかな」
ナタリアはハッとしたような顔で首を横に振る。
「いいえ、その竜たちに食べてもらうという考えは悪くないと思いますわ。もう少し濃い味に調整できるのであれば、より喜んで食べると思いますし」
「じゃあ、何が引っ掛かっているのさ?」
「……シラ、ちょっと食べてもらえますか」
「ナタリアお姉ちゃんが言うなら」
シラはナタリアが齧り、残っていた量をパクッと口にした。
モグモグモグ……ペッ!
彼女は少しだけ味わった後、その全てを吐き出した。
そして、顔をしかめながら言う。
「マズイ」
「いやいやいや、結構美味しいだろう?」
「全然お肉と違う」
「むぅ、なら、もうちょっと近づけるからさ」
「そうではありませんの、マクシムさん。シラは獣人種。肉食ですの。野菜は食べられませんの」
マクシムは獣人種の食性を知らなかったのでちょっと驚く。
「あ、そうなんだ……」
「はい。訓練次第では植物も食べられるようですが、基本的に獣人種が好んで食べることはありませんわ。最悪体調を崩すこともありますもの」
「でもさ、それがどうしたのさ?」
「知りませんのね。知らないのも当然かもしれませんが……」
「ごめん、僕が何を知らないのか教えてよ」
「『案山子』」
「え?」
「英雄の一人、最強の殺し屋『案山子』は獣人種でしたのよ。肉が英雄たちの食事に出ていたのは間違いないと思いますわ」
そのナタリアの説明に、マクシムは自分の予想が外れていることを理解した。




