「そんな世界、滅びれば良い」
──体を差し出しても構わない。
ひとめ惚れした相手に言われて、ここまで頭の痛くなる告白はないのではないだろうか。
正直、マクシムはその提案に惹かれなかったわけではない。
そういう好奇心はあるし、欲望もある。
ただ、十一年前に『竜騎士』一族が壊滅的な打撃を受け、
自分自身は『竜騎士』としての能力に目覚めず、
残された曾祖父は痴ほうが進み、
『竜騎士』としての姉は『武道家』として全てを捧げて死亡する。
ナタリアの置かれた過酷な状況を考えると──その想いを利用するのはなかなか難しかった。
好きな相手だからというよりも、ただただ、そこまで一途で誠実な決意を秘めた少女に対する敬意。
もう少し本音で言うと、いろんな意味でちょっと重すぎる。
ぶっちゃけ、尻込みしていた。
そういう意味ではマクシムは善人というよりも小市民だった。
「分かったよ」
「えっと、それは……?」
ナタリアの若干怯えた目。
そんな警戒しないでよ、とマクシムは笑いかける。
「別に体を要求しているわけじゃないから、安心して」
「ワ、ワタクシは本気で言っておりますの!」
「本気だろうけどさ。下手なことしたら、後ろに控えているシラに殺されそうだし」
「え!?」
ナタリアは驚いたように振り返る。
シラがずっと控えていることに気づいていなかったようだ。
いや、忘れていたのかもしれない。
『士』のイーサンが来たりして、いろいろあったから失念するのも仕方ない。
いや、ナタリアは一途で誠実な少女かもしれないが――若干、視野狭窄が過ぎるだけか。
「シラ、いましたのね……」
「ナタリアお姉ちゃん、思いつめすぎ」
「……そうですかしら?」
「うん」
シラは無表情のまま、グッと握りこぶしを見せる。
「ナタリアお姉ちゃんが何もできなくて、世界が滅んでも大丈夫」
「大丈夫ではないと思いますが……」
「そんな世界、滅びれば良い」
「……シラ……」
「ナタリアお姉ちゃんの方が大事」
シラは念を押すように断言する。
ナタリアはシラの方に感極まったように涙目で見ている。
マクシムは意地悪をしたくなり、ニヤニヤ笑いながら指摘する。
「ま、世界が滅んだら個人なんて意味ないけどね」
「そ、そうよ。シラ。世界は守らないとダメですわ」
「ナタリアお姉ちゃんは大丈夫。竜たちが守ってくれる」
「それは……どうでしょうね」
『竜騎士』になれなかった少女は苦笑する。
マクシムは再度言う。
「分かったから。もう少し調べるからさ。でも、ナタリアもできるだけ手伝ってくれよ」
「それは当然ですわ。ワタクシも本気ですもの」
「シラも手伝う。お前のためじゃない。ナタリアお姉ちゃんと、ニルデお姉ちゃんのため」
「はいはい」
+++
結局、マクシムは滞在を延ばすことにした。
いろいろ理由は考えるが、突き詰めるとそれなりに信頼されていることが嬉しかったからだ。
それなりに辛い気分にもなった。
しかし、頼りにされることはそれを打ち消すくらい気分が良いことだった。
マクシムは単純な性格をしていた。
そして、マクシムは先ほど草を急成長させ誕生した背の高い草原を見ながら、ポツリと呟く。
「僕、こんなこともできたんだなぁ……」
草原は見える範囲全てということで、かなり広域に渡っている。
しかも、おそらくは森林限界なのに、マクシムの身長が完全に隠れるくらいの巨大な草原だ。
自分でも予想外の能力。
これはいわゆる魔法とは違う。
体系化され、他者への教育や伝達が可能な技術とは異なっている。
自分でもどうやっているか分からないからだ。
ただ、現実に可能というだけ。
理想を具現化できるだけ。
「実際、これ、このままだとマズイよな……?」
「うん、困る」
「うぉっ!?」
いきなりそう言われて、マクシムは本当に驚く。
気配を全く感じなかったが、隣にはシラが唐突に出現していた。
「これじゃあ、街まで出るのも大変」
「だよなぁ、道も分からないし、かき分けるのも手間か。でも、どうすれば良いんだろ」
「お前、植物を操作できるんだろ」
「うん」
「なら、元の状態に戻せ」
「どうやって?」
「お前の能力で」
「ん-、僕、成長はさせられるんだけど、元通りはさせられる気がしないからなぁ」
「お前、バカ?」
「いきなり暴言!」
「さらに成長させて枯らせれば良いだけ」
「それはそうだけど、でも、元の草原には戻せないかもしれないよ」
「それは困る。元通りに戻せ」
「だから、その方法が分からないんだってば……」
成長、変化、操作はできる気がする。
しかし、元の状態に戻すのはやはり勝手が違った。
地面にこぼしたミルクをコップに戻すのは不可能なのだ。
しかも、あの時は必死だったからできただけで、どうやってこれほどの広域に干渉したのか自分でも分からなかった。
そこでマクシムはすこし思いついたことがあった。
その発想が正しいかどうかを確かめるために必要なことがあった。
「ところで、ナタリアは?」
「お姉ちゃん、部屋」
「行っても大丈夫かな?」
「知らない。でも、行くな」
「何故?」
「何となく」
「……シラって僕のこと、本当に嫌っているよね」
「うん、嫌い」
「ハッキリ言いすぎだろ」
あまりにもハッキリ言われて、マクシムは苦笑する。
なんというか、かなり年下の子どもを相手にしているようだった。
と、そこでふと思う。
ナタリアお姉ちゃんという呼び方。
見た目は明らかに成人であり、マクシムよりも大人だ。
背も胸も大きく、成熟した女性にしか見えない。
しかし、この娘は何歳だ?
「ところで、シラって年、いくつ?」
「七歳」
それがどうした、という顔。
獣人種は成長が早く、更に老化も遅い。
その分、成人の期間が長いのだ。
寿命は人類よりも短めであるが、全盛期は人類よりも長いくらいなのだ。
その特性を知らなかったため、マクシムはかなり驚く。
自分の目線よりも高い位置にある、彼女の顔を見ながら呆然と呟く。
「妹たちより年下……」
「お前、妹がいるのか」
「うん、双子の妹がね。あと、妹みたいな妹の友だちもいるから、年下の女の子は割と扱いに慣れていると思うんだけど、シラは別だなぁ」
「一緒にするな」
「それもそうか。まぁ、なら……」
「なら?」
「いや、何でもない」
もう肉体は成長していても、精神的には子どもだ。
むしろ、分別がある方だと言える。
マクシムは嫌われていることも、あまり気にならなくなった。
「ま、良いや。で、ナタリア呼んできてくれないか」
「お前が行け。そして、殴られろ」




