勇者編 『料理人』の倫理観
サルドは『料理人』アダム・ザッカーバードと『武道家』バジーリオ・スキーラを呼び止めた。
二人の勇者の死の理由が分かる、そう読めたからだ。
「僕ですか?」とバジーリオ。
「……」
アダムは伏し目がちで言葉を失っている。気分が悪いのか、俯きがちで倒れそうだ。
サルドは『武道家』に目を向けた。
「バジーリオは待機。後で二人を埋葬したいから手伝ってくれたまえ。アダムは――」
そこでサルドは「我は君が知っていると思うのだよ」と短く言った。
視線は決して動かさない。
ジッと見た。
アダムは顔を上げた。
顔色は良くないが、クラーラのように倒れそうかと言えば違った。
アダムの唇が震える。小声だ。
「……ボクは――」
「アダム、君は知っているのだよ、二人の死の原因を。そうだね?」
「――分かる、のかもしれない、けど……」
視線を彷徨わせながら、自信なさげに。
だが、しっかりとアダム・ザッカーバードは頷いた。
バジーリオがおおっと喜色の顔になったので、サルドは手で制する。チラッと見ただけで視線は向けない。
「バジーリオ、君は聞くな」
「どうしてですか?」
「我の判断である。理由も言えない。これは君のためだ」
「了解です」
バジーリオは耳を押さえて後退り、眼を閉じた。
『武道家』なら口の動きで読めてしまえるので眼も閉じたのだ。
あまりにも従順すぎるが、だからこそサルドは彼をこの場に残したのだ。
それを確かめてからサルドはアダムに向き直る。
「さて、答えを教えてくれたまえ。今なら誰も見ていないし、聞いていないのだよ」
「うん……でもちょっと待って。確かめるから」
アダムは二人の潰れた死体に近寄る。
それは目を覆いたくなるような死体だったが、アダムはその潰れた死体に顔を近づける。
そして、クンクンと鼻を動かした。
アダムはそれこそアダムが舐めるのではないか、と心配になるほど至近距離で臭いを嗅いでいた。
しばらくそうしていると、アダムは何かに納得したように一度頷く。
そして、振り返ったその瞳は真っ赤になっていた。早口になって言う。
「間違いない何かの粉が大量に付着している。興奮作用があるみたいだから二人はこれを吸って混乱したんだと思う可哀想だけど間違いない」
「アダム、君の瞳が赤くなっているが、大丈夫かね?」
「ああ少し吸ったから……。でも、これなら多分」
アダムはポケットから何か瓶を取り出した。その中の粉末を少量取り出して、それを鼻から吸った。
「これはガミの実の粉末だよ。料理ではポピュラーな香辛料の一種だけど、匂い的に肉体の同じ部分に作用すると思うから」
「治るということかね」
「うん、中和できそう」
その予想は正しかった。
アダムの瞳は元の薄いさび色にすぐ戻った。
だが、一貫してそれほど興奮しているようには見えなかった。瞳が赤くなり、やや早口になっただけでアダムは落ち着いて見えた。
人死にが出るほどの作用はなさそうだが、どうして二人は死んでしまったのか。
「それを嗅がせれば同じ状況は起きないかね?」
「あんまりガムの実の粉末は量がないから、都度同じ対策は難しいや。でも、多分、口内と胃の洗浄でどうにかできるよ。目が赤くなったら吸い込んだって分かるんだし、定期的に確認し合えば大丈夫だと思うよ。そもそも、作用には個人差が大きそう」
「アダム、君にはあまり作用しなかったようだが?」
「ボク、いろいろ劇物や毒物も料理に使えないか試したから、あんまり薬が効かないんだよね」
なかなか過激な行動。
さすが料理至高主義者だ。いや、料理過激派か。
「具体的な対策のアイデアはあるかね?」
「今日の夕飯、ガムの実を使って料理するよ。これの反応で強く作用する人を選別して、それで警戒すれば良いと思うよ。起きたら胃洗浄」
「強く作用する人の見極めは任せても良いのかね」
「うん、任せてよ。料理をする者として食べる人の反応は大切だからね」
なるほど。
どうやら対策は大丈夫そうだ。
そこでサルドはアダムに告げたかったことを言う。
ある意味、こちらが本題だった。
「アダム、先ほど君の顔色が悪かった理由を当てよう」
「ボク、顔色が悪かったの? でも、二人の死を見て気分が良い人はいないと思うんだけど」
「そうじゃない。君だけは別に理由があった。二人の死を悲しんでいただけじゃないのだよ」
「いや、悲しかったよ。もちろん」
悲しいのは悲しかっただろう。
だが、顔色が悪くなったのは違う理由だ。
「君が顔色を失ったのは彼らが死んだからじゃない。自分の料理を食べる人が減ったからだね」
「いや、食事できなくなるのはそりゃ可哀想でしょ。それに同情するのは当然でしょ」
そういう意味ではないが、サルドはアダムに言葉を続けさせた。
「カルロータもレオナルドもボクの料理をおいしいおいしいって食べてくれたから、もう僕の量が食べられないのは可哀想だなって思うよ。特にカルロータは飛行のために食事に気を配ってたからね。美味しくて低カロリーだけど、栄養価も高い。やりがいはあったよ」
おかしいのだ。
死んだ結果、食べられないのだ。
死が先で、食事ができるかどうかは後だ。
生きるためには食べる必要があるが、決して食が先になることはないし、並ぶこともありえない。
そして、それだけなら良かったのだ。
食を尊重するという『料理人』の立場としてはむしろ心強いかもしれない。
「ところで、この二人の死に繋がった粉だが、これは料理に使えそうかな?」
アダムは笑顔で頷いた。
「うん。調味料として使えそうだよ。『暗黒大陸』でも食材探しは続けないといけないけど、どうにかなりそうな気がしてきた。しばらくは手持ちの保存食で大丈夫だけどね。でも、この粉が原因で二人が死んだって分かったらみんな避けちゃうでしょ? それは困るよね」
当たり前のようにそう言った。
異常だ。
そう、アダムの顔色が悪かった真の理由。
それは食材が無駄になるかもしれなかったからである。
仲間の死よりも食料を優先する思考は異常だ。
だが、この倫理観の欠如はこの旅に絶対に必要だった。
生きることと食べることは直結している。
生き続けるために何よりも食を優先する狂気は、ある意味で誰よりも正気なのかもしれない。
死が先に来ずとも、食がなければ死に至るのだから――。
「……そうであるな。使えるものは何でも使っていかなければ我らは生き残れないのである」
「うん、僕は絶対にみんなを飢えさせない。なんとしても食べさせるから」
「誰も見ていないし、この秘密は我ら二人の間だけだ。存分に使用したまえ」
「うん、分かったよ」
二人を食材としようとしないだけ、まだ大丈夫なのだろう。
そして、可能性としてはそれはありえた。
その過酷すぎる旅路は何としても避けねばならない!
それが最初の一歩。
サルドにとっての挑戦の一歩。
アダムを殺さずに済む旅路の第一歩だった。




