勇者編 最初の死者その後
二人の勇者が死んだ。
『光翼』カルロータ・ペトロッセに『猛獣』レオナルド・ヴァルガス。
有望でない勇者など誰一人と存在しないが、どちらも戦力として頼りになる二人だった。
特に飛行能力者の脱落は今後の行動に相当制限が生まれる。
ここまで早く脱落者が出るとは『予言者』サルド・アレッシも考慮していなかった。
想定外すぎて平静を装うことを忘れそうになったが、どうにか余裕の仮面は取り外さずに済んだ。
しかし、サルドがどれだけ余裕を装っていても、死体が二体転がっている事実は変えられない。
二人とも落下の衝撃で潰れている。
どれほどの高度から落下したのか、二人を明確に区別することは難しい――ひと塊になって潰れていた。
ただ、それでもカルロータらしき肉塊の胸の中心が貫かれているのは分かった。
そして、それをやったのがレオナルドらしき肉塊なのも間違いなさそうだ。血に塗れたその右手らしき部分が物語っている。
勇者たちは誰もが絶句してこの状況に混乱していた。
特に顔色を真っ青にしているのは『大魔法つかい』クラーラ・マウロだった。
倒れそうな顔色で、隣にいる『士』クレート・ガンドルフィに支えられている。
彼女は世界最高の魔法使いだが、それほど経験を積んでいるわけではない。
死に慣れていないため、仲間の死体を見てかなり動揺しているようだった。
「おいおいおいおい、サルド。君は一体どうするつもりだい?」
サルドにそう話しかけてきたのは『成功者』カルミネ・ダモレだった。
勇者の中でも影響力が最も強い人間の一人だ。
まるで舞台役者のような大仰な仕草で、周囲の視線を集めている。
眉目秀麗で威厳のある彼がそう話しかけてきた意図を読み、サルドは不敵に笑う。
「どうするつもり、とは?」
「君はこの計画を始めたリーダーじゃないか。しっかり指揮を執ってまとめないか」
「ならこう返そう。我らと死は仲間のようなものだよ。この程度のことは日常茶飯事として受け入れて、先へ進む準備をしたまえ。皆もだ! 準備の手を休めるんじゃないのだよ!」
その言葉にほんのひとつまみだけの怒気を孕んでおく。
そうすることで、周囲の勇者たちも我に返ったようだ。ハッとした顔を見渡しながら、サルドは視線に力を込めて続ける。
「カルロータとレオナルドの死は悼むことだが、我らの任務は変わらず続く。『魔王』討伐は我らの義務なのだよ! すぐ出発する! 準備を続けるのだよ!」
ほとんどの勇者が仕事に戻ったのを見て――繊細なクラーラはサルドの気迫に目を回して失神した――カルミネもニヤリと笑った。
彼は言う。
「その通りだよ。リーダーはそうでなければならない。目的遂行のためだけに行動すべきだ。冷たいようだが、不要なものは見捨てるべきだね。死体はもう『魔王』を殺せないからね」
一瞬だけ反発したい衝動に駆られたが、サルドは目で感謝を伝える。
「カルミネ。すまない」
「感謝は不要だね。だがね、サルド。君は未来予知能力者だろ。どうして彼ら二人の死が見えなかったんだい」
「……我には完璧な未来が読めない。だからだよ」
「ふむ、君の能力は優れているが、上限があるということかね」
「ああ。二人がここで死ぬ可能性は低かった。だからだよ」
カルミネは少しだけ考え込む仕草でポツリと。
「つまり、低い可能性は優先できない――対策が打てないからこそ、本来起きない程度の可能性だったのに、起きる可能性が高くなるということかね?」
「その認識で構わない。我は完璧な予知能力者ではないのでフォローできる未来はそう多くないのだよ」
「その理屈が正なら、完璧な予知能力者なんて存在しないだろう。気にする必要はないさ。君は君の仕事に徹すれば良い」
そうでもない、という言葉をサルドは呑み込んだ。
将来生まれるであろう完璧な予知能力者の存在は、今言っても仕方ないし、そもそも、この『魔王』討伐が成功しなければ現れない可能性だ。
意味がない。
どうせ、我らが失敗したら、世界は終わる。
そのそれなりに高い可能性の未来を知っているのはサルドだけだ。
「しかし、彼らがどうして亡くなったのかは分かっているのかね? それに対処できなければ、同じ過ちが起きるのではないかね」
「安心したまえ。我にはよく分からないが、分かる人間は知っている」
「おいおいおいおい、それはどういう意味だ」
「リーダーに任せたまえよ」
「ふむ。オーケイだね、ボス」とカルミネは砕けた敬礼をしてその場を去った。
自分が途中で死んだ場合、やはりカルミネがリーダーとして勇者たちをまとめるだろう。
そう確信できる広い背中だった。
サルドはそれぞれが自分の仕事に戻ろうとしている中、二人の人間を呼び止める。
原因究明に必要なのは片方だが、もう片方も手元に置いておきたい。
先のことを考えた判断だった。
「アダム、バジーリオ、来て欲しいのだよ。ちょっと力を借りたいのだよ」




