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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
目的達成のため手段を選べぬ者『予言者』
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勇者編 最初の死者

 勇者の一人である『光翼』カルロータ・ペトロッセ。

 『光翼』という二つ名からも分かるように、彼は飛行能力の持ち主である。

 普段から背中に翼が装着できる特別性の鎧を身に着けている。

 広げた巨大な翼は武器であり、機動力でもある。


 最高速度を維持している時に翼は発光するが、時速100キロメル近い高速移動が可能だった。

 大気状態次第だが、滑空することで1000キロメル近い距離を飛行した記録も持っている。


 彼の翼の半分は機械的な仕組みだ。

 骨組みは特殊な軽合金でできていて、残り半分の肉組みはなめした天馬の革でできている。

 飛行は翼に風魔法と特異能力を組み合わせ行う。


 カルロータ自体は痩せた小柄な若い男性だが、身長自体は平均よりやや下というだけ。

 痩せているためより小柄に見えるのだ。顔色が若干悪いということもある。

 それは全て飛行のために絞り上げた結晶である。


 単体で飛行する能力は勇者唯一である。

 たとえば、『団長』ルカ・モレッティは飛行に似た行為も可能だが、あれはあくまでも跳躍だ。

 足場を生み出して跳ねているだけで移動には使えないし、足場を失えば墜ちてしまう。


 飛行魔法は理論上は可能だが、まだ実現はしていない。

 『大魔法つかい』クラーラ・マウロなら可能かもしれないが、実際に飛行をしているのは見たことがない。

 クラーラ曰く、


「空は鳥のための世界よ。そこに立ち入るほどあたしは無粋じゃないの」


 ということで空は鳥とカルロータのものだ。


 ……なお、『竜使い』アメデオなどの例外は彼の眼に入らない。天馬や一部の飛ぶ虫も無視している。

 カルロータは夢想家なので都合の悪いことは気にしないのだ。


 そう、カルロータは鳥のようにあらゆる空を飛びたいと願っていた。

 もちろん、『暗黒大陸』もその例外ではない。

 一体、どんな空が広がっているのだろう。

 彼が勇者として志願した動機は世界救済が三割で、残り七割は“あらゆる世界を飛びまわりたい”という個人的願望からだった。


 カルロータの目の前にはその望み続けた未知の世界が広がっていた。

 『暗黒大陸』は、いや、『暗黒大陸』のこの辺りは湿度が低いのか、空気が澄んでいた。

 空は青いというが、カルロータの認識からすると違う。

 まず色。

 薄い黄色が近い。

 まとまって遠くまで見ると薄い青色に近くなるが、近景に限れば透明に近い黄色だ。

 それこそ今目の前に広がる空がそれだった。

 日光を含み、飛空すれば遠くまで見ることができる絶好の大気である。


 飛びたい!


 その時、猛烈な欲求がカルロータの中に生まれた。

 すぐ飛び立ちたいが、現状では地面が少し狭い。

 条件さえ揃えば、その場からも飛び立てるが、今は少し難しい。

 足場の悪さ、周囲の草木の状況、風向きなどを含めての地面の狭さだ。


 カルロータが躊躇していたのは未知の空への警戒もあった。『魔王』の眷属もいるが、飛行はそれ以外にも警戒すべきものが多い。

 勇者としてではなく、それまで積み重ねた経験が警戒させたのだ。

 だが、


 ——それでも飛びたい!


 猛烈な欲求は止められなかった。


   +++


 その時、隣にいた『猛獣』レオナルド・ヴァルガスは眉間にしわを寄せる。


「ねぇねぇ、どうした? カルロータ? お前、なんか変だぞ」


 レオナルドはカルロータと共に警戒任務を行っていた。

 『暗黒大陸』の森林帯はこちらの常識が通じない。

 少なくとも岩のような手触りの樹々が平気であるのはレオナルドの常識を超えていた。

 五感全てで『暗黒大陸』の異常を感じていた。


 『猛獣』という二つ名を与えられた彼はその名に反して小柄で可愛らしい外見をしている。

 二十代半ばの成人男性に可愛らしいという表現を使うのは似つかわしくないかもしれないが、長いまつ毛の持ち主だ。少女のような顔立ちをしている。

 鍛えられているのは勇者として当たり前だが、緑に近い外套を羽織っていてそれは分からない。頭までフードで覆われている。

 レオナルドはカルロータの態度がおかしいと感じていた。


 ここまで来た船は先ほど『暗黒大陸』を離れた。

 これで誰も退避できない。

 『魔王』を倒すまで帰ることはできない決死行だ。


 勇者たちで警戒と休息、準備を手分けしていた。

 明日から本格的な移動を始めるにあたり、準備はほとんど終わっていたので基本的には休息だ。

 それでも幾人かは手分けして警戒が必要で、レオナルドとカルロータは二人一組でその任務に当たっていた。


 その任務の途中で急にカルロータの動きがおかしくなった。

 空を見上げたと思うと、キョロキョロと周囲を見渡して挙動不審だ。

 鎧についた翼は普段は畳まれて鎧と一体化しているが、それが何度も開こうとしていた。

 そもそも、会話をしていたのに、いきなり押し黙ったのだ。


「どうしたのさ、何か敵でも見つけたの?」

「空が」

「え?」

「空が遠い」

「は?」


 レオナルドが怪訝な顔をした瞬間、カルロータの背の翼がいきなり開いた。

 森林帯で広さが足りずにいろいろな場所に当たったが、それでも開いた。

 そして、風が渦巻く。

 これから飛ぼうとしているのが分かった。

 風魔法とカルロータの特異能力である透過――ほんの一瞬だけ自分の肉体(翼を含めた装備も肉体に含まれる)を透過させる――があれば、ここからでも無理すれば飛び立てるはずだ。


「カルロータ! 何があったんだ! くそ! こっちを見ろ!」


 カルロータの眼が完全に充血していた。言葉に反応していないだけでなく、そもそも届いていない。


 カルロータがおかしい。

 何かが起きている。


 それを見たレオナルドも目の色を変える。

 それは比ゆ的な意味ではなく、本当の意味で瞳の色が変わった。

 その瞬発的な判断からレオナルドは即座に特異能力を発動させていた。


 『猛獣』レオナルド・ヴァルガスは誰かをコピーするという特異能力者だった。

 幼い頃に両親から捨てられて、見世物小屋で育てられた結果、その能力は自然と研ぎ澄まされた。

 様々な人の形態模写で笑顔と金銭を獲得してきた結果、獣人種に憧れた少年になった。


 獣人種は人類種の上位互換だ。

 青年期が長く、身体能力に優れている。

 多少は寿命が短いが、耳もふさふさして可愛らしい。


 その憧れが高じて、レオナルドは自分自身の能力としてしまった。


 仮想獣人。


 獣人種と同じような姿形になるが、それは形態模写が極限まで完成された姿だ。

 瞬間的には実際の獣人種以上身体能力を誇る。

 人体を保護するため限界を突破しないように無理をし過ぎない機能が人体にはある。

 それを取っ払ったのがレオナルドの仮想獣人だからだ。


 仮想獣人状態のレオナルドの戦闘能力は相当高い。

 長時間は難しいが、瞬間的になら勇者の中でも上位だ。

 それまで一般人にしか見えない状態から、一瞬で獣人種以上の身体能力を持った戦士になる――それが『猛獣』レオナルド・ヴァルガスだった。


「がああああああ!」


 レオナルドは吠えながら、カルロータに飛び掛かった。

 飛翔する前に地面に押さえつけて気絶させてしまおうと考えたのだ。

 あるいは敵に備えて飛び立とうとしているのかもしれないが、レオナルドの警戒網には引っ掛かっていない。

 気絶をさせて基地に連れ帰る。

 そう判断していた。

 だが、その一歩がほんの一瞬だけ遅かった。遅れた。

 カルロータの飛行能力は人ひとりくらいは一緒に抱えて飛ぶことができる。

 しかも、レオナルドは勇者の中でも軽量な方だった。


 レオナルドは飛び掛かった体勢のまま、カルロータの飛翔に巻き込まれる。


 カルロータは飛んだ。

 風を切り裂き、一瞬で300メル以上の高度に達するほどの勢いで天に舞った。

 レオナルドは必死に叫ぶ。風にあおられながら届けとばかりの大声で。


「カルロータ! 落ち着け! 降りるんだ!」

「空が空が空がそらそらそらそらそらそら――」

「くっそ! 聞こえていないね!」


 レオナルドはどうにか軟着陸させたいが、この状態のカルロータをどうすれば良いか分からない。

 必死にしがみついているがいつまで握力が持つか微妙だった。

 仮想獣人の身体能力がなければ、そもそも飛行初期で弾き飛ばされてここまでついて来ずに済んだだろう。

 高さは――今ならいけるか。下は山林だし、そもそも、人が落ちても問題ない高さだ。せいぜいが小高い丘の上くらいしかない。

 墜落死なんてするわけがない。


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 気絶させても問題ない高さだと判断したレオナルドはカルロータを掴んでいた右手を離す。

 片手でも少しの間ならしがみつける。

 拳は握らない。

 仮想獣人は爪も鋭利な武器になる。

 そして一息に抜き手でカルロータの胴体を貫いた。


「ぐはっ⁉」血反吐を吐きながらカルロータは最大加速する。

 どこまでも飛ぶという一心で、その翼が透明に光った。生涯最大の光度を放つ。


 この時、『猛獣』レオナルドの瞳も真っ赤になっていた。

 仮想獣人になった時から既に赤くなりかけていたが、もうその時とは色合いが異なっている。

 狂気の色を帯びていた。


 胴体を貫いた衝撃で二人は錐もみ状態になり墜落する。

 400メル以上の高所から時速150キロメル近い速度で地面に叩きつけられた。


   +++ 


 蠱惑の粉。

 後にそういう名前を付けられたが、それは『暗黒大陸』特有の樹木の蜜が気化し、粉末状になってそのあたりに付着したものだ。

 人類種の精神にだけ作用し、思考状態を狂気に彩ってしまう。

 自身の欲望や思考を非常に偏った状態にする。

 自分の都合の良いものに引っ張られるのだ。

 症状として瞳の色が変化する。

 そして、蠱惑の粉の影響で二人の勇者が暴走した。


 胴体を貫かれた衝撃での死亡が一名。

 それが勇者たち最初の死亡者。

 墜落による死亡が一名。

 二人目の死亡者。


 船が出発してほんの四時間後の出来事だった。

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