勇者編 集合写真 その三
「最強の駒が揃っていたから『魔王』討伐に成功したわけではないが、やはり強い駒が手元にある安心感は違う。
どんな時、どんな敵であっても互角以上に戦える駒はとにかく便利で心強いからね。
そうだな、『団長』ルカ・モレッティは手元に置いておきたい駒だった。
だが、それが叶わないことも分かっていた。
彼は国に帰って守る必要があるからね。
その安心感がなければ、『暗黒大陸』派遣を辞めて帰る人間はもっと多かったんだよ。
ただ、ルカが異常に強いことは周知させたかった。
逃げ帰ったことは誤解ではないが、そんなわけがないと証明するようなものだ。
そのための写真だね。
集合写真は証明写真でもある。
背景には『魔王の眷属』の死体を大量に並べておこう。
都合よくルカが量産してくれている。
ははは、そうさ。これは狙いだよ。
我々は成功する――その誓いであり、安心であり、ごまかすための集合写真だ」
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『団長』が『魔王の眷属』の死体を量産する直前、地上ではある会話がされていた。
それは一人の少年と詐欺師のような青年だった。
少年はまだ幼さを顔に濃く残しているが、この艱難辛苦に選ばれた一人として、やはり特別だ。
手足が長くほっそりとしているが、おそらく勇者の中でも膂力はトップクラス。
反射速度も体力もハイレベルで、肉体的には総合的に見れば勇者でも屈指に入るだろう。
だが、戦闘職としては特色がない。
殴る蹴るでは『魔王の眷属』を倒すことが難しかったため、実のところ戦闘ではほとんど役立っていない。
だから、彼は徹底的に裏方仕事を手伝っていた。
荷運びや野営準備などの手際が誰よりも上達していた。
少年の名前はバジーリオ・スキーラ。
将来、『武道家』と呼ばれる達人である。
バジーリオが一息ついた時、詐欺師のような青年が声をかけた。
「バジーリオ、順調なようだね」
「ええ、もう少しで拠点は作れます」
「そこまで真剣になる必要はないよ。あくまでも仮の拠点だ。だが、将来的にはここが重要になるので、適当すぎても困るがね」
「手は抜きません。しかし、先があるんですね」
そんな先のことは考えられないとばかりにバジーリオは笑う。
その笑いを詐欺師のような男――『予言者』サルド・アレッシはやんわりと制する。
「未来はある。信じたまえ。ここはね、数十年後に『士』の拠点になるのだよ」
「『士』?」
「気にしないで良いのだよ。今は何の関係もない」
「そうですか。なら、気にしません」
「君のその素直さは美点だが、すこし怖いのであるよ」
「? ありがとうございます」
「美点だけに反応しないで欲しいね」
サルドは周囲を見渡した。
広さは百メル四方程度の空間に巨大なテントが十三。しばらくここで暮らして、『暗黒大陸』に慣れるための仮拠点。
地面は砂浜だ、下草のようなものも生えていない。
周辺は奇妙な樹――岩のようにも見えるが、あれは樹だ。地面との境が分かり辛いが目で見ると色彩で区別ができる――が囲まれた入り江である。
この近隣が将来は『暗黒大陸』開発の前線基地になるとサルドは知っていた。
ここを上陸地点として選んだのはサルドだ。
海側の地形や『魔王』までの道行きを読んでの選択だが、最短距離というわけではない。
あくまでも『魔王』討伐が可能な道を選んだ。
それも絶対に成功する道ではない。
可能性のある道しか読めなかった。
「これがあの少女なら違うのだろうがね」
「何か言いました?」
「なに、独り言だよ」
無能者のね、とサルドはその自嘲の言葉を飲み込んだ。
将来現れる完全予知能力者『夢界』ルチア・ゾフに比べて自分はいかに卑小か。
だが、できることしかできないのはルチアにとってここが過去だからだ。
『魔王』を討伐した未来があるからと、我らの未来が『魔王』討伐に成功するとは限らないのだ。
過去は変えられない。
人は未来しか干渉できないのだ。
不確かだからこそ未来は変えられる。
それも現在から間接的に訴えかけるしかない。
行動することでしか未来は良くできない。
「ところで、バジーリオ。ひとつ頼みがある」
「分かりました」
「決断が早すぎる。助かるがね。これから『魔王の眷属』と戦いが始まるのだよ」
「おす、頑張ります」
「不要だよ。あそこを見たまえ」
サルドが指さしたのは小高い丘だった。
そこに巨大な影があった。
「ああ、アメデオさんの竜。キンバリーがいますね」
「あそこには『団長』もいるのだよ」
「ルカさんも」
「二人が警戒任務を行っているのだがね。もう少しで戦闘が始まって、ルカが十分に働いてくれる」
「なるほど、自分は不要とはそういう意味ですか」
「ああ。だが、君にはひと働きを頼みたいことがある」
「はい、何なりと」
「ルカが殺した『魔王の眷属』の死体を並べるのを手伝ってくれたまえ」
「はい」
即答したのは必要なことを理解していたからで、バジーリオは否応なく手伝った。
バジーリオはそのくらいの信頼を、無意味なことはさせないという信頼をサルドに抱いていた。
死体を並べるという猟奇的な仕事内容も、彼に抵抗や嫌悪感はなかった。
まだ人を殺したことはなかったが、修行の家庭で生き物を殺すことはよくあった――山ごもりをしていたら生きるために殺して食べるのは当然で、慣れていたからだ。
「バジーリオ、その死体は破壊が少ないからもう少し壊しておこう」
「おす」とバジーリオは素手で破壊しながら、どういう構造なのかを学習する。これは内臓か? 消化器?
「そちらは並べておこう。似ているから血縁かもしれない。芸術的角度は斜め四十五度だな」
「おす」とバジーリオは、『魔王の眷属』に血はあるのかとふと思った。液体っぽいものは体内にない種類も多い。
「『魔王の眷属』は表情が分からないのが今一つだな。苦悶していることを伝えたいのだが……」
「どうします?」
「何かアイデアはあるかね?」
「分からないので任せます」
「ふむ。船にペンキがなかったかね? 錆止めの赤いやつ。あれで凄惨さを演出するのはどう思う」
「良いアイデアだと思います」
「ううむ、イエスマンすぎるな」
「問題が?」
「ない。バジーリオ、君は我の言葉を真摯に遂行して欲しい」
「はい」
そこでサルドは「ところで」と言う。
さりげない口調だったが、そこにはある種の熱があった。
だが、バジーリオはそれに気づかなかった。
「バジーリオ、君は勇者の中でどれくらいの実力だと思う?」
「戦闘能力ですか? そうですね。勇者としては特別なものはないので最低ランクかと」
「正しい自己評価だ。ただし、条件が変わればその評価も変えざるをえないのだよ」
「条件……食事量は結構自信ありますが」
「大食い競争で勝つのが勇者の実力だと……? いや、そうではない。殺し合いの場合であるよ」
「殺し合い?」
「君はシンプルに互いの命を奪い合うような状況なら一番だ。競技では勝てずとも、殺し合いならバジーリオが最強なのだよ」
「それは冗談ですか?」
「どうしてここで素直に受け取らないのだね……」
+++
そして、『団長』ルカが『魔王の眷属』を全滅させた後で写真撮影が行われた。
どうして、という声を無視して行われた。
そこに並んだのはケガなどでリタイアしていない者四十一名であり、その中から暗黒大陸に残った勇者は三十二名。
ここから英雄として名を残す六名を除き、暗黒大陸にて全滅する。
そう、二十六名の勇者――いや、一名写真に写らなかったので二十七名の勇者は死亡した。
この異境の地にて朽ちていくことになる。




