暗黒大陸上陸の罠
『庭師』マクシムは『夢界』ルチアに勇者たちの暗黒大陸上陸時の話を聞き、首を傾げた。
分からなかったのだ――何が起きているのか。
分かるのは上陸直前からとてつもなく過酷だったということ。
自分たちの旅ではいきなり巨岩が降ってくることはさすがになかった。あったらこの場にはいないだろう。
「巨岩の高速落下に爆発って……。当時はすごく大変だったんだね」
「現代でも同じ状況は起きうるのです。もちろん、危険性は低くなっているのです」
『魔王』討伐から七十年以上が経ち、危険性が増えているわけがないか。
『魔王の眷属』の襲来頻度だってかなり減少しているのだから、言い方は難しいが、あちらさんもそこまでの余裕はないのだろう。
「そうだよね。僕らが行った時はそこでもなかったもんね」
厳しい旅ではあったし、生きた心地のない瞬間も幾度となくあったが、問答無用の即死級はなかった。
ルチアは「そうです?」と意味深に笑う。何かあるのだろうか?
「マクシムは『博士』ジュリオ・ピコットさまに何が起きたか分かるです? あと、その事態を避けるためにどうすればよかったと思うです?」
なかなか難しい質問だった。
マクシムは少しだけ上を見ながら起きたことを脳内で整理する。
「最後、体が爆発したんだよね。で、状況から考えると、巨大な岩が爆発性の物質で構成されていたんじゃないかな? ジュリオはそれを吸い込んじゃったから体が爆ぜた。違う?」
「マクシム、さすがなのです」
「でしょ?」
「見事に外れなのです」
「…………」
マクシムがシュンとしていると、さすがに哀れに思ったのか、『竜姫』ナタリアが言う。
「ルチアちゃん、その言い方はちょっとマクシムが可哀想ですわ。実際はどうだったのです」
「そんなことないのです。マクシムはきちんと話を聞いてくれたからこその外れなのです。むしろ、ルチアは好感を持ったのです。惚れ直すのです」
「ルチア……」マクシムが大げさに感激していると、
「マクシム、それはチョロすぎですわ」ナタリアが呆れた。
マクシムはあはは、と苦笑交じりの照れ笑いを浮かべる。
「で、ルチア。冗談はさておいて」
「冗談ではないのです。本当に好感を持ったのです」
「それよりも上陸時にどうしてジュリオは爆ぜたのさ。そっちを教えてよ」
「惚れ直すも何もずっと好きなので『直す』の部分は確かに間違いなのです」
「ルチアちゃん、しつこいってば」
「実はこの話は、冗談をまぶすしかないシチュエーションなのです」
ルチアはふぅ、と嘆息をする。
とんでもない美少女の彼女だが、そういう仕草はどこか疲れた成人女性を思わせる。
「人が傷ついて死ぬ話は嫌いなのです」
「そうですね。ですが、起きてしまったことは仕方ありません。それよりもこれからのために話してください」
「はいです。それでも、そんな話しかないので気が滅入るのです」
ルチアは表情を引き締めて続ける。
「あの事態を避けるために必要なこと、いえ、その前に状況を整理するのです。巨岩の高速落下――これは『魔王の眷属』が魔法で行ったのです」
「うん。そうなんだろうね」
「当たれば勇者パーティーは全滅だったのです。これを迎撃したクレートさまはやはり世界最高の剣士にして、最高の聖剣保持者だったのです」
正直、小山のような岩を一瞬で微塵にしてしまう剣士は想像を超えている。
現『士』頭領のイーサン・ガンドルフィが聖剣を振るったとして可能だろうか?
……難しい気がするが、不可能とも言い切れないか。
「じゃあ、そこか。岩を微塵にしたのがダメだったのか。どうすれば良いか分からないけど、粉砕レベルで留めるとか?」
「いえ、岩が船に直撃していた場合、いえ、大きな破片が起こした波で転覆していた場合でも、あの旅は失敗です。再起不能になっていたのです」
「ルチアちゃん、それは何故なのです? 上陸するから船は無関係では」
「食料です。『料理人』アダム・ザッカーバードさまは暗黒大陸で問題なく料理し続けましたが、それは最初持って行った食料を利用したからです。適応するまではそれらの食料が必須だったのです」
結構重要な話のような気がするが、なるほど、とマクシムはいったん納得だけに留める。
今はどうやって避けられたか、が話の主眼だ。
「では、岩を斬った後のことですか? その粉塵を吸ったことで爆発したわけではないのですよね」
「ですです。ジュリオさまが傷ついたのは狙撃によるものだったのです。『魔王の眷属』には遠距離射撃を得意とするモノもいたのです」
「狙撃? 聖剣って完全防御能力があったんじゃないの?」
「あの時はクラーラさまが風魔法を行使していたのです。その邪魔をしないためにクレートさまは聖剣の能力を制限していたのです」
「意外と『聖剣』と魔法って同時併用が難しいんだ。じゃあ、『大魔法つかい』が風魔法を使ったのが間違いだったのかな」
「いいえなのです。ジュリアさまの見立ては正しかったのです。巨岩は人体に有害な物質を多く含有していたので、船に大量に降り注いだ場合もそこで旅が終わっていたのです」
「えー」
マクシムは言葉に詰まり、少し考えて結論を出す。
「じゃあ、もう巨岩が降ってきた時点でもう打つ手はなかったってこと?」
「そうなのです。ですので、正解は奇襲そのものを無効化するしかなかったのです」
ルチアたちのように、と彼女は小さく言うが、そんなことあったかなぁ、とマクシムは首を捻る。そのうち、彼女も話してくれるだろう。
「でも、奇襲って避けようがないよね。避けられる奇襲は奇襲じゃないし」
「それができる条件は当時も揃っていたのです」
「……『予言者』サルド・アレッシなら潰せたってことかな」
「ですです。ただ、『予言者』は最悪の事態を避けるために確実な手を打ったのです。船の転覆だけは避けて、確実な迎撃。そのために必要だった最恐の人材も揃っていたのです」
「最強の人材?」
ルチアは「彼女は怪物だったのです」とその名を告げる前に言う。
「『案山子』ハセ・ナナセさまがいれば、それも可能だったのです」




