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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第2部 最強の軍団を統べる者『竜騎士』
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十一年前

 十一年前、世界は『魔王』危機以来の脅威に襲われていた。

 海の向こうから『魔王』の眷属が襲来したのだった。

『魔王』討伐後、最大の世界の危機に対応したのが、当時の『竜騎士』たちだった。

 ナタリアたちの両親を中心に、祖父母、叔父叔母、従兄など総勢十二名が対処に走った。

 当時の『竜騎士』のほぼ最大戦力である。

 英雄アメデオ・サバトを除いた、全ての『竜騎士』が参戦した結果、大きな被害を出すことなく海上で撃退に成功する。

 正確には、戦闘での被害は大きくなかったというだけであり、それなりに被害は出た。

 まず、『魔王』の眷属が持ち込んだ“絶対零度アブソルートゼロ”により、世界全体が冷害に悩まされた。

 この冷害により作物に大きなダメージが発生し、食糧不足で多くの人命が失われた。

 これは襲来そのものの直接的な被害とは比べ物にならないくらい大きな問題になった。

 実際、マクシムの能力で救われた命は意外なほど多かったのだ。

 そして、直接的な被害の件。

 現在、ジャーダ鉱山に生息する四十七頭のうち、出陣した十二頭のどの個体も大きなケガはなかった。

 竜は世界最強の魔獣であり、『魔王』の眷属程度では傷つけることが叶わなかったのだ。

 ただし、『竜騎士』は別である。

『竜騎士』は竜の加護を受けた超人であるが、最強の魔獣に比べるといかにもぜい弱だ。

『魔王』の眷属が持ち込んだ、未知のウィルスが対処に出た十二名を襲ったのだ。

 高熱を出し、意識混濁の後に血を吹き出し死亡する病。

 いや、それは病というよりも呪いに近いものだった。

 事実、『魔王』の眷属はそれを狙っていた可能性さえあった。

 十二名、つまり、『竜騎士』ほぼ全戦力が短期間に病死した。

 この結果、国内防衛の要ともいえる、最強航空戦力を誇った『竜騎士』は一気に弱体する。

 特別警備隊『士』などが一部機能などを受け継いだが、外界への備えは十一年前に比べてかなり見劣りしているのが事実。

『竜騎士』の事実上の壊滅──これが十一年前の出来事である。


   +++


「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」


 マクシム・マルタンはさて、これで自分の果たすべき仕事は終わっただろう、と判断する。

 せっかくだから『竜騎士』アメデオ・サバトから話は聞き出したかったが、今の状況を考えると難しいだろう。

 それに、マクシムは巻き込まれただけなのだ。

 そもそも、もう七十三年も昔の話だ。

 本当に英雄たちの手で身内が殺されたのだとしたらマクシムとしても不快ではあるが──もう他人事のような大昔の出来事。

 そこまで真剣に探し出す義務はない。

 ──これは実のところ、人生初の恋と失恋を体感していて、余計なことを考えるのが面倒になっただけである。

 ただし、マクシムにとってはこの場に居続けることの方がよほど辛いことだった。

 ナタリアは驚いたように目を丸くする。


「帰る、ですか?」

「うん。死体も見つからなかったけど、多分、次の『武道家』が回収したんでしょ? 言っちゃ悪いけど、僕じゃどうしようもないよ」

「でも、マクシムさん。気にはならないのですか」

「何が?」

「あなたのご先祖さまがひいおじい様たちに殺された件ですわ。ワタクシもそうだったと思っております。その理由は気にならないのですか」

「気になるけどさ……」


 マクシムは面倒くさそうに首を横に振る。そして、ため息。


「でも、相手は英雄たちだよ。下手に首を突っ込むのはヤケドしちゃうと思うんだよね。実際、もう二度も殺されかけたし」

「それはそうかもしれませんが、放置していたら余計に危険があるかもしれませんわ」

「そうかもね。でも、どちらかというと関与していた方が危険じゃないかな」

「それは……その可能性の方が高いかもしれませんわね」

「でしょ。それにさ、もう七十三年も昔の話だよ。真実が明らかになったとして、満たされるのって好奇心だけだよね。もう関係者もほとんど生きていないし、そもそも、死人が生き返るわけでもないし、名誉挽回されることもない。違うかな」


 ナタリアは不承不承首を縦に振る。そして、ため息。


「そうですわね。マクシムさんのおっしゃる通りだと思いますわ」

「だから、僕が帰るのも自然でしょ」

「しかし、ワタクシはやはり気になりますわ」

「えーっと……その、どうして?」

「お姉さまはどうして『武道家』の力を求めたと思いますか?」


 いきなり話が切り替わった気がする。

 しかし、マクシムは真剣なナタリアに引き込まれるように答える。


「それは強くなりたかったからだよね。元々最強だったのに、どうしてそんなにとは思うけど」

「実は、世界最強の『竜騎士』にも、ある弱点がありますわ。お分かりになりますか?」

「さぁ? 仮にあるとしても、それは内緒なんじゃないの?」

「いいえ、簡単な推理で出る答えですわ。竜は最強の魔獣。ならば、狙うべきは?」

「……『竜騎士』本体」

「正解ですわ。騎乗する『竜騎士』そのものが弱点ですの」

「それは──そうかもしれないけどさ」


 それは魔獣使いだけでなく、一部の精霊使いや魔法使いにも通じる弱点かもしれない。

 強大な力を使役するなら、直接ぶつかる必要などない。

 それを操っている者を狙う方がはるかに省力で対抗できる。

 ただ、そのために万全な備えや罠を張るのも定跡ではあった。


「でも、竜に騎乗しているんだよね。それを無視して狙うなんて無理でしょ」

「そうですわね。それが狙われたのが十一年前の『魔王』の眷属到来事案でしたの」

「えっと、そんなことがあったの?」

「一般的には『天麗の飢饉』の方が分かりやすいかもしれませんわね」

「あー、それは覚えているよ。うん。小さかったから何となくだけど」

「『竜騎士』はあの時にほぼ全滅しましたの。十二名出撃して、全員が立て続けに死にましたの。当時、『竜騎士』として生き残ったのは高齢で寝込んでいたひいおじい様だけですの」

「……それ、本当に? 僕初耳なんだけど、みんな知っているの?」

「いいえ。秘された事実というものですわ。『魔王』の眷属が持ってきた病──強力な呪いかもしれませんが──ワタクシたちの両親や祖父母、みんな死んでしまいましたわ」

「…………」


 直接ではなく間接的に殺す。

 病か呪いは正に罠として最適だったのだろう。

 そして、それは実際に大成功だった。


「お父さまたちは『魔王』の眷属の撃退に成功しました。実際、あれから十一年経ちましたが、追撃はありません。しかし、ワタクシは恐れております。もしかしたら、またあのような脅威が来るのかもしれない、と。そして、おそらく次は対抗しきれませんわ」

「……それと僕の先祖の話がどう関わってくるのさ」

「おそらくはお姉さまが『武道家』の力を求めたのも、危機に備えたから。『武道家』で『竜騎士』。事実上、次の『武道家』は過去に例を見ない、真に最強の存在だと思いますの」

「うん、それは多分間違いないと思うよ」

「そうなると次の『武道家』は近いうちに、この地。ジャーダ鉱山にやって来て、竜を使役すると思いますわ。もしかしたら、もう来ているかもしれません」

「どれだけ『竜騎士』としての能力を継承させているかは分からないけど、それはそうかもね。竜ってここにしか生息してないなら来るだろうね」

「『武道家』が本当に能力を完全継承させるのであれば、天才であるお姉さまの力も受け継いでおりますの。かなりの能力が期待できますわ」


 もしかしたら、ニルデの肉体はその能力を補強するために回収したのかもしれない。

 もちろん、その辺りの理由は今のマクシムたちには分からない。

 その時、マクシムは気づいた。

 ナタリアの手先がわずかに震えている。


「ワタクシはそれが恐ろしいですの」

「……どうしてさ。『武道家』は君の姉の一部でもあるんだよ。ナタリアたちに害を加えるとは思えない」

「ワタクシもそう思います」

「なら──」

「ただ、大好きなお姉さまからどれだけ変わっているのか……。それに、お姉さまがそこまで思い詰めた理由はワタクシにもありますの」

「それは?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「……そうなんだ」

「はい」


 沈黙。

 二人の間に沈黙が横たわる。

 ニルデの立場をマクシムは想像する。

 妹は『竜騎士』としての能力に目覚めなかった。

 曾祖父はボケているし、そもそも高齢だ。いつまで生きていられるか分からない。

 自分一人だけで世界の危機に立ち向かう必要があるかもしれない──。

 そう考えると、その危機感は──そして、義務感はどれほど大きかっただろうか。

 あの細い双肩にどれほどのものを抱えていたのか──。


「君が七十三年前のことを知りたいのって、いや、違うか。それは僕に隠されているかもしれない能力が」

「はい、ひいおじい様のあの怯え方。激昂ぶりは異常ですもの。それにあなたの能力も十分異常ですわ。あの植物の成長させ方……あれは十分驚異的ですもの」

「ナタリアは過去のことよりも、僕の能力が英雄たちが警戒するほどのものだと。そして、それを知りたいんだね」

「はい、あなたの力が英雄六名が警戒するほどのものでしたら──最悪、利用したいと思いましたの」

「でも、僕は植物を操作するだけだよ」

「今はそうかもしれませんわ。その先、本当の能力が分かるかもしれませんもの」


 ナタリアは頷く。そして、一度唾を飲み込み、やや俯き加減で言う。


「あなたはワタクシに好意を持っているとおっしゃいましたよね」


 忘れてくれる約束は? なんて軽口は叩けなかった。

 それくらいナタリアは真剣な瞳をしていた。


「あなたが本当に英雄たちが恐れるほどの能力があるなら──ワタクシたちに手を貸してくれるというのでしたら、何でもしますわ。ワタクシの体を差し出しても構わないと思っておりますの」


 それはなかなか魅力的で──かなり頭の痛くなる告白でもあった。

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