『大魔法つかい』はなにを失敗したのか
「――というわけで、『大魔法つかい』クラーラさまは順調に人間の魔法使いの技術を学び、結果論ですが、遠回りをしたのです。短期的には失敗したというわけなのです」
ルチアがそうマクシムたちに解説してくれた。
が、マクシムは首を傾げる――納得できなかったのだ。
「えっと、どこが失敗なのさ。遠回りって人類の中では頂点みたいな人たちの技術を習得して、その上をいく魔法が使えたんだよね? それのどこが失敗なの?」
「失敗だったのは短期的な話です。
ただ、マクシムの言い分も分かるのです。クラーラさまは『大魔法遣い』、つまり、魔法そのものの化身です。人類の魔法使いの枠に縛られる必要はなかった――ですので結果論です」
『竜姫』ナタリアはそこで少し考えながら口を挟む。
「短期的には、ですよね。長期的にはどうだったのかしら?」
「長期的にはどうでも良い話です。不老不死のオンリーワンなクラ―ラさまは絶対に究極に達するからです。
あくまでも最短で能力を拡張する意味では放置がイチバンだったのです。自己研鑽させておくのが最短という意味では『士』クレート・ガンドルフィさまとよく似た存在です」
「では、短期的に失敗だったとしてどういう違いがあったのですか?」
「もっと早く現代のクラーラさまの実力に達していたのです。人類の魔法の枠に縛られなければ、それで死ななかった人もいましたし、長期間の旅も不要になっていたのです」
ルチアがそう断言するならそれは事実なのだろう。
だが、それは避けられないことだったような気もする。
「それ、どうしようもなかったんじゃないの? だって、話を聞く限り、クラーラさんはどんな魔法も発動できたけど、その指針がなかったんだよね。じゃあ、師匠というか、周囲から学ぶしかなかった気がするんだけど」
「違うのです。そのために『士』クレートさまが封印を解き放つ役目を背負ったのです。もともと、そういう運命だったのです」
「どういうことさ? 運命って?」
「クレートさまは自己研鑽だけで史上最強に辿り着いたのです。クラーラさまは自分も同じ存在だと理解していれば、そんな回り道をする必要がなかったのです。クラーラさま一人で魔法遊びしていれば良かったのです」
魔法で遊ぶ。
遊びで最高最強に至る。
一人で楽しんでいるから習得が早いし、独創的になる。そういうことだろうか?
比較できる者がいない究極の存在……会ったからマクシムにも分かるが、今のクラーラの実力があれば、もっと楽に『魔王』が倒せたのだろう。
それが失敗だったというならそうかもしれない。
「一年、いえ、八カ月出発を遅らせるだけで良かったのです。ですが、サルドのアホはアホだったのでその道は選べなかったのです。あいつがもう少しうまく立ち回っていれば避けられた事態です」
なぜルチアはこうもサルド・アレッシに辛辣なのか。
マクシムは疑問に思いながらも、同時にふと感じたことを言う。
「ルチアが運命って言葉を使うとちょっと驚くんだけど」
「ルチアは理想を現実にするために努力しているのです。それでも思惑から外れることがあるのですが、それは運命と感じるしかないのです」
「確率を超えたものがあるなら、『予言者』にもどうしようもなかったんじゃないの?」
「これは明確に違うのです。むしろ、サルドはこの状況を導いていたらしいのです」
ルチアはそこで一度お茶を口に含んだ。仕切り直しか、それとも単純に喉が渇いたのか。
「実際、クラーラさまはあの場にいた魔法使いたちの魔法を全て習得し、それを高めることに成功しましたです。その結果、ほとんどの魔法使いは辞退したのです――自分たちでは力になれないから、と。
ですが、それは誤りだったのです。彼女自身、真の『大魔法つかい』になるのが遅れただけでなく、他の魔法使いたちがいるだけで助かった命はあったのです」
「つまり、『予言者』はその未来が見通せなかったのかな」
「いいえ、選べなかったのです。つまり、見通せたのですが、そちらの方が良いという未来を信じられなかったのです」
ルチアは少しだけ悲しそうにそう言う。そして、あいつはバカなのです、と小声で呟いた。
それは嘲るというより寂しそうだった。
「『予言者』は大した能力者ではないのです。いえ、当時としては世界最高の未来予知能力者ですが、ルチアから見れば大した能力がなかったのです。それでも世界を救いたいと努力したことは――悔しいですが、賞賛するしかないのです」
「実際に世界を救っているしね」
「ルチアちゃん、サルドさまのことをよくご存じみたいですが、それもあなたの能力なのですか?」
「ですです。ルチアはサルドのことをよく知ってしまっているのです。人間的には嫌いですが、評価しなくもないのです。ほんの少し。ほんの少しだけなのです」
「じゃあ、どうして最高の未来が見通せたのに選ばなかったの理由も分かるの?」
ルチアは首肯する。
「はいです。『大魔法つかい』クラーラ・マウロさまが自己学習の場合、まともに使えない可能性もわずかばかりにあったからです」
マクシムは「あ、そっか」と思わず呟く。ルチアの言うことが少し分かった気がした。
「そうか。ルチアは最善を追求するけど、『予言者』は最悪を回避するタイプなんだね」
サルドとルチアのスタンスの違いも見えた。
能力の強弱もあるから優劣はつけてはいけない気がするが、もう未来への選択肢の選び方が根本的に真逆なのだ。
だから、ルチアはサルドのことを辛辣に評価しがちなのかもしれない。
「そういうことなのです。ただ、ルチアから言わせれば、最悪を避け続けた場合、本当に最悪の結果にいたる可能性がそこそこ高かったと思いますので、サルドはやはりあまり良い未来予知能力者ではなかったと言いたいのです」
つまり、ルチアは最高の未来を掴むために予知能力を使う。
だが、サルドは最悪の未来を避けるために予知能力を使っているのだ。
ナタリアは「本当の最悪……ですか」と呟く。
「それはやはり『魔王』を倒せなかったという未来ですか?」
「はいです。その可能性はルチアから見ると結構高かったと思うのです。サルドたちは『魔王』打倒に成功しましたが、それは多くの勇者を使い潰した結果です。それはルチアには取れない手段なのですが、やはり最悪を避けるために人ならざる道を選ぶしかなかったとも言えるのです」
なるほど、とマクシムは思う。
「ルチア、僕らは『大魔法つかい』に会うために暗黒大陸を旅したよね。あれ、仮にサルドと僕だったらやっぱり失敗していたのかな」
「ですです。ナタリアさんと『士』の佐官クラスを複数名引き連れて、もしかしたら達成くらいの可能性です」
「そこまで危険な旅とは思わなかったんだけどね」
「ルチアが導かなかったら一〇〇%失敗だったとしてもです?」
「いや、確かに超大変だったけど、ギンがいたからかな」
「サルドではギンを復活させられなかったですし、そもそも、もっと危険がいっぱいなのです。基本的に暗黒大陸は人が生きていくには過酷すぎるのです」
ナタリアが「実際、マクシムたちの旅はひいおじい様のものよりもずいぶん安全だったようですね」と言う。
「ひいおじい様はかなりボカシていましたが、かなりの仲間を喪う旅だったようですわ」
「ですです。実際、勇者最初の犠牲者は暗黒大陸に到着してすぐだったのです……」




