勇者編 『大魔法つかい』の失敗 その二
これからクラーラ・マウロが自分の魔法をより高度にして再現するという。
『博士』ジュリオ・ピコットにはそれが滑稽な余興にしか感じられなかった。
できるわけがないからだ。
それは確信を持って断言できることだった。
できるわけがない、そう、できるわけがないのだ。
ただでさえ唯一無二な魔法をより高度にできるわけがない――できるとしたら本当に世界最高の魔法使いである。
クラーラは面倒そうに言う。
「えーっと、あたしはどうすればいいのよ。ちょー忙しいんだからチャッチャと終わらせてよ」
「忙しいってなにか用があるのかよ。このまま帰って休みだけじゃねぇのかよ」
「眠るクレートを運ばないと。あのままじゃカワイソウだもん」
「あのな、俺たちは暗黒大陸でもっと過酷な環境下で旅するんだぞ。椅子で寝るくらい大したことじゃねぇだろうが」
「知らないわよ、そんなこと。こっちの世界にはベッドだってなんだってあるのよ。わざわざ今からそんなクローしてナンの意味があるのよ」
「なるほど。正論だぜ。無駄な苦痛は不要だわな」
クラーラは『超人』ルイジと会話をしているが、意外と息が合っている。
何か通ずるものがあるのかもしれない。
「分かったから。じゃあ、僕ができる、僕だけの魔法を分かりやすく披露しようかな」
「ボクだけ? そんなものがあるんだ、あんた。へー、ケッコー優秀そうだけど、なかなかやるのね」
「いや、どんな上から目線なんだよ。僕はこう見えても史上最年少の国家魔法使い資格取得者だよ」
「あたしは世界さいっこーの魔法使いだもん。ところで、国家魔法使いってなぁに?」
「国が管理する魔法使いだよ。報奨と特権の代わりに義務が課されている。だから、暗黒大陸派遣へも幾人か召還されたんだしね」
「ふーん。イロイロあるのねー」
どうして魔法使いなのにそんなことも知らないのか。
いや、まだ自称世界最高の魔法使いでしかないので、ただただ謎すぎる少女だ。
「じゃあ、行こうか」
「行くってどこに?」
「こんなところじゃ、魔法が使えないだろ。狭いし、迷惑になる。ここから歩いて一時間くらいのところに魔技場があるんだ。国家魔法使いの官舎に併設された研究と鍛錬のための魔技場、そこにしよう」
魔法を使える場所ということで、国家魔法使いの官舎へ移動しなければならない。
こちらには自己研鑽のための魔技場があり、存分に魔法が使えるからだ。
「そんな遠いところ、クレートはどうするのよぉ」
「知らないよ、そんなこと」
そこでジュリオはニヤリといたずらっぽく笑う。
絶対にうまくいくわけがないという確信から笑みがこぼれたのだ。
何の魔法を使うかは既に決めていた。
そう簡単に魔法が再現できるわけがない。
その証明にこれ以上の魔法はなかった。
「じゃあ、先に行っているね」
返事は聞かなかった。
ジュリオは即座に魔法を発動させる。
それまでの決起会会場から、使いなじんだ国家魔法使いのための魔技場へ瞬時に転移した。
これこそがジュリオ・ピコットだけに可能な空間転移魔法。
まだ疑似空間転移というべきだろう。
ここを到達地点としているので、この魔技場の一角にしか転移できないからだ。
魔力の消耗が激しく、ジュリオは肩で息をしながら不敵に笑う。
膨大な魔力が必要な空間転移には入念な準備が必要だった。
現状での使用想定は戦闘時の離脱行為などいくつか行っているが、実用化はまだ遠い。
いまだにジュリオ以外に空間転移魔法を行使できる人間は存在しないからだ。使用魔力量も多く、一度の行使で膨大に吸い取られてしまう。日に二度が今のジュリオには限界だ。使い勝手が良いとは言い難い。
それでも、ジュリオが史上最年少で国家魔法使いになれたのは空間転移を実現したことが理由だった。
さて、徒歩一時間だが、乗り物を使えばそう時間はかからないだろう。
少し待つか――そうジュリオが思った、次の瞬間だった。
ジュリオの目の前の空間が歪んだ。
「え」
ジュリオの思考が停止する。
ただ、この空間の歪みは見たことがあった。
研究資料だ。
ジュリオ・ピコットが空間転移をした時に発生する歪みだ。
そして、収束した先には――。
「わざわざ、こんなところまで来ないといけないなんてメンドーよね。忙しいあたしはそう思うわけ」
クラーラ・マウロの姿が現れていた。
「ど、どうして……」
「あんたが先に行くって言ったんでしょ。わざわざ来てあげたんだから感謝してよね」
違う。
そこではない。
ジュリオが絶句していたのはそこではなかった。
「今のが空間転移ってやつかよ」
「ここが魔技場か。経年劣化が進んでいるね。少し投資が必要だと思うよ」
「いや、まだ食べてる最中だったんだけど!」
「……巻き込まれた」
クラーラ以外にも大勢の人がいた。
いや、それはあの会場にいた人間すべてだろう。
空間転移で一緒に跳んできた――そんなバカな⁉
魔法に巻き込まれたことに不平を言っている人間はいたが、事の重大さに気づいているのは魔法使いだけだった。
いや、その真なる異常を完全に把握できているのはジュリオだけだろう。
ジュリオの疑似空間転移は、指定した任意の場所にしか転移できない。彼の魔力だけでは発動させられないからだ。魔力量が不足している。
実質的にジュリオ自身が転移すること以外には使えない。
他者を飛ばすことなどできるわけがないのだ。
それを一度に五十人以上? 信じられない。そんなことがあって良いわけがない。
ジュリオは魔具による補佐があったが、このクラーラ・マウロはどうやったのか。まさかこちらの魔力の痕跡を辿った――理論的には可能だが、実現不可能な所業。いや、しかし、実際に行使したわけで――信じられない! 信じたくない!
「ま、魔力が足りるわけがない……どうやったのさ……っ?」
「マリョク? よく分かんないけど、それよりも始めましょうよ」
「始めるって何を?」
「だーかーら、あんたの魔法を高度にサイゲンしてあげるって言ったでしょ。で、どうすんのよ」
ジュリオは足が震え始めていた。
それは羞恥と怒りだろうか。いや、自分の常識が崩れる恐怖心。何も分からない。自分の考えさえも分からなくなっていた。十年以上かけた研究結果。そして、先人たちが築き上げた理論が瓦解する音を確かに聞く。
理解を超えた事態に思考が真っ白になっていた。
「あ、先にクレートを送るね」
「え?」
椅子がなくなり、立ったまま眠っていたクレート・ガンドルフィの姿がいきなり消えていた。
ジュリオは慌てて周囲を見渡す。狼狽する。
「い、今のは?」
「あんたがやったじゃん。空間チョーヤク? よく分かんないけど、ホテルの部屋までクレートを運んだの。なかなかベンリな魔法ね、これ」
つまり、クラーラ・マウロは魔具による補佐も到達地点の指定も必要ないということ。そんな日常使いできるような魔法ではないのに!
――世界最高の魔法使い。
その言葉を感情では否定しつつも『博士』としての理性が肯定してしまい、 ジュリオは何も言えなくなる。
その時、一人の女性が挙手していた。余裕すら感じさせるたおやかな指先がまっすぐのびている。
「ねぇ、クラーラ・マウロさん。私の魔法を見てくれないかな」
彼女の名前は『雷鉱』シルヴィア・ペッレグリーノ 。
世界最高の雷魔法の使い手だ。




