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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
目的達成のため手段を選べぬ者『予言者』
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勇者編 旅立ち直前 その三

 獣人種と人間種では味覚がかなり異なる。

 暗黒大陸派遣のために集まったのは多様な人種だ――それなのに懇親会で出された食事は全員を納得させたのだ。

 天才だ。

 アダム・ザッカーバードは紛れもない天才。奇跡的ともいえる腕前だが、料理に必要なのは技術だけではない。

 調味料、調理器具、火力なども必要だろう。


 だが、それ以上に食材だ。

 暗黒大陸で食材はどうやって調達するのか?

 こちらの世界から持参しても食料は腐るし、保存食も量は運べないからそうそう持たないだろう。

 『竜使い』がいるし、竜に運ばせるのは? 最強の魔獣を馬車馬のように扱うのはダメか? いや、そんな誇りを傷つけるような真似をしたら殺されるか? 

 現地調達――暗黒大陸の生物は、そこに生えている植物は食べられるのだろうか?


 ジュリオ・ピコットはいろいろな思考が駆け巡る。

 ただ、ひとつ確かなことがある。

 この料理人は、アダム・ザッカーバードというまだ若い青年は紛れもない本物だ。


「素晴らしい! 素晴らしいよ! 君の料理は今まで味わったことがない! この私が賞賛しようじゃないか!」


 拍手しながら歩いてきた色男はカルミネ・ダモレだ。

 まだ二十代後半くらいに見えるが、彼はそれよりも十歳は年上のはずだ。

 しかし、美しい金髪の艶は若者のように輝いている。

 背も高く、筋肉質だが、それはこの場で特に目立つ特徴ではない。


 カルミネは有名人である。

 元々はスポーツ選手として名声を手に入れたが、それと並行するようにして事業家としても成功した。

 『成功者』カルミネ・ダモレ。

 彼が手がけた企業はどれも急成長し、確かな利益と地域に根差した地盤を確立している。

 彼が勇者として招集されたのは、この一大事業ともいえる暗黒大陸派遣を成功するためだ。

 実績がゆえの保証、安心感は勇者の中でも随一である。


「あの、ありがとうございます」


 アダム・ザッカーバードはまだ若い。

 おそらくまだ二十歳前後だろう。

 なので、経験の浅い若者らしくカルミネに絶賛されて赤くなった。

 この素直さもジュリオは好感を持った。 


「君が望めば、私はどこへでもお店を出資させてもらうよ。そうだね、今出店するとしたらどこか……。うん、ディアマンテを私は推したいね」

「おいおい、首都ズメラルドじゃねぇのかよ! あんな田舎、テンション下がるだろうが!」

「私は今、ディアマンテを大きくしようと投資している。数年後には世界最大の金融都市に成長しているね。その私が断言するんだよ。平和な時代が訪れる頃にはディアマンテはどこよりも人が集まるよ」

「カルミネ! お前、どんだけお金を使うつもりだよ! どんだけの自信家、いや、心から傲慢だな!」

「それは誉め言葉かな? ルイジ」

「テンション下がるキモさだな! はっはっは!」


 カルミネと会話をしているのはアダムではない。

 そいつも集められた勇者の中でも屈指の有名人だ。

 意外と小柄というか、聞いた噂とは異なり、中肉中背だ。ジュリオはもっと偉丈夫を想像していた。

 髪が逆立っているので少し背が高く見える。

 獰猛そうな顔つきをしているが、実際に荒々しい性格をしているのだろう。

 勝ち気で、自分がこの場の主役とばかりに振舞っている。


 彼は『超人』ルイジ・カルボーニ。


 生来から身についた人類の限界に近接した身体能力——はこの場にいる勇者たちなら同レベルが幾人かはいるだろう。

 だが、ルイジには更なる特異能力がある。

 彼は身体能力を限界以上に高めることができるのだ。

 精神の高揚と直結して極限まで身体能力が高まる。

 それだけのシンプルすぎる特異能力だが、シンプル過ぎるからこそある意味で他の追随を許さない。

 その能力の全開時には、目で追うことさえもできないほどの速度を発揮する。


 実際、彼はその類まれな身体能力を活かし、スーパーアスリートとして名声を得ている。

 『成功者』も『超人』もスポーツ選手だ。

 現役と退役の違いはあるにしろ、どちらも同じ競技でトップ選手だった。

 そう、蹴球サッカーの有名選手だ。

 特に、『超人』ルイジは史上最高の選手として名高い。

 しかし、とジュリオは思う。


「どうして、スポーツ選手がこの場にいるんだ……?」


 勇者が選ばれたはずなのに、高名とはいえスポーツ選手が選ばれた理由が分からない。

 いや、『成功者』カルミネの方は資産家でもあるので、資金提供などを行ってくれるのかもしれない。スポンサーだ。

 『超人』ルイジはその有名さから一種の旗印になるのかもしれない。マスコットだ。

 ただ、暗黒大陸での戦いに必要かどうかは微妙だろう。

 傭兵や騎士団に所属した戦闘職とは明らかに経験も技能も異なっているからだ。


 荒事に慣れた犯罪者や研究職に近い魔法使い――これはジュリオ自身だが――も勇者としては珍しいかもしれないが、それ以上の異物感がある。

 地位も名誉もある人間が、この任務に招集されたのも理解できなかった。

 本当に参加するのだろうか?


「ふむ、そこの君」

「え、僕? なにか?」


 カルミネはジュリオの方を見ていなかったはずなのに、こちらをスッと指名した。


「どうやら私たちがこの場にいることが不思議なようだね。しかし、暗黒大陸からの侵攻が深刻化した今、あらゆる人間が手を組むのは自然ではないかね」


 どんな視野の広さだ。

 小声が聞こえたわけではないだろうが、ジュリオは少し冷や汗をかきながら気づく。


 そうだ。

 『魔王の眷属』による侵攻でサッカースタジアムの一つが破壊されたのは少し前に起きた事件だ。

 別にサッカースタジアムを狙ったわけではなく、そこに集まった人間を狙ったのだからサッカーそのものに問題はない。

 だが、人の集まるイベントが禁止になったのはあの一件が理由のはずだ。

 それは彼らのようなアスリートにとっては人生の大きな転機になるに違いない。

 それこそ、この一大事業に手を貸すことを考えることも不思議ではないほどの大きな転機かもしれない。


「君は魔法使いのようだね」

「どうして?」分かるのか。

「分かるさ。戦士職の鍛えてきた人間とは違う。私から言わせれば、魔法使いがこの件で参加するのもどうかと思うね。過酷な旅に耐えられると思えない」

「いやいや、冗談でしょ。魔法の力抜きで『魔王』打倒が叶うわけがないでしょ」

「魔法には致命的な弱点がある。呪文を唱える間が必要なことだ。『超人』ルイジほどではなくとも、その隙に魔法使いを打倒することができるのだよ」


 それほどの弱点があり、体力的にも虚弱。だから、魔法使いは長旅に向いていないと思うね、とカルミネは言う。

 確かに、とジュリオは周囲の人間の顔ぶれを思い出しながら思う。

 魔法剣士や魔法を使用する戦士や技師はいるが、純正の魔法使いは自分くらいかもしれない。

 『博士』ジュリオ・ピコットとしてはその弱点を否定しきれない。

 だが、未来予知のできる『予言者』サルド・アレッシが選んだのだから、自分が英雄になる未来もあるはずなのだ。


 そこで、ふと世界最高の魔法使いを自称する幼い少女のことを思い浮かべたが――彼女はお腹いっぱいで眠くなったのか、老剣士に寄りかかってウトウトしている。

 老剣士も体の前で剣を床に突き立てるような体勢で眠っているので、なんだか陽だまりの中の祖父と孫のように見える。

 あの老剣士が史上最高と言われるクレート・ガンドルフィ……理解を超えているが、ジュリオとしては好奇心も刺激される。

 一体、何があったのか?

 あのクラーラ・マウロという少女も素性が謎すぎる。

 しかし、カルミネに対して言い返す方が先決だった。


「しかし、魔法を詠唱する隙があるとしてもそこで得られる強大な破壊力は得がたいでしょう。選択肢が多いことは未知の暗黒大陸では重要なはずだ」

「ふむ。君はかなり賢いな。こちらが打倒できるか否かは暗黒大陸では無関係だ。私たちは仲間だからね。しかし、魔法使いに体力的な問題があるのは事実だと思うがね」

「別に魔法使いかどうかと体力的に難があるかどうかは別問題でしょ。僕だって最低限の体力はあるし、それに、そこをクリアするために彼がいるんでしょ?」


 ジュリオは視線を向ける――『料理人』アダム・ザッカーバードへ。

 それまで会話の外にいたから急に視線を向けられて焦ったのか、アダムは視線を右往左往させた。


「え、ぼ、僕ですか?」

「どれだけ体力があってもそれを支えるのは食事でしょ。食べなかったら人間は死ぬ。いや、アダムくんの料理にはそれだけの価値があるんだよね。それこそ、体力に弱点のある者も補強できるくらいの能力が」


 それは確信していることだった。

 最重要人物が彼なのは間違いないのだから。


「それに、僕よりも体力なさそうな人いるでしょ」


 それはちょっとしたいたずら心だった。

 先ほど視界に入った祖父と孫にジュリオは一瞬だけ視線を送る。

 視線が一気に集まり、ウトウトしていた幼い少女――クラーラ・マウロは目を覚ます。

 キョトンと可愛らしい顔で首を傾げる。


「ん? なんか、あたしに視線が集まっている気がするわ。クレート。起きなさいよ」


 クレートは揺さぶられてからわずかに目を開ける。そして、一言。


「うるさいなー。眠らせてくれよ。疲れてるんだよ、俺は」


 それは体力に不安しか感じさせない一言だった。

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