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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
目的達成のため手段を選べぬ者『予言者』
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勇者編 『案山子』の依頼人 後編

 ハセ・ナナセは『案山子』と呼びかけられて警戒心を少しだけ緩めた。

 わざわざ名指しできるということは関係者だ。

 声の主に聞き覚えはなかったので、いざという時にヒトガタは出せるようにしておく――殺すかどうかは保留していた。 

 ナナセは無関係の人物を殺すハメにならずに安心したのだ。

 不運なだけの被害者は生まれない。


「……あなた、誰?」


 現れた男は眼鏡をかけた、スーツ姿の男だった。

 背はやや高めで、細面のいかにも小役人とした感じの外見だ。

 にこやかに笑っているが、うさん臭いと直感的にナナセは感じた。

 男は諸手をあげて言う。


「えーっと、まず先に。ヒトガタは出さないで欲しい。殺される可能性が低いとはいえ絶対ではないからね」

「まず名乗れば」

「我の名はサルド・アレッシ」

「誰?」

「今の君の依頼人だよ。その男を殺すように依頼したのも我だよ」


 サルドは袋に包まれた男に視線を向け言った。

 そこでナナセは目を大きく見開いた。信じられない――と口の中で呟く。


「理解できない。あなた、どうしてこの場に来たの?」

「もちろん、交渉だよ。直接対面で話がしたくてここまで来たのだね」

「今まで通り手紙なり電話なり手段はいくつでもあるでしょ。わざわざ直で会いに来たのが理解できないわ」

「それが誠意というものではないかね」


 『案山子』の依頼人は姿を現さない。

 これは基本にして絶対的なルールだ。

 なぜならば、姿を見せただけで依頼人と『案山子』の関係は一変する。

 『案山子』はその姿を認識することでいつでも殺害可能になるからだ。

 そうなってしまった場合、契約の概念が変わる。

 ナナセが一方的に主導権を握ることも可能だ。

 そもそも、そんな状態を許容できる依頼人など存在しなかった。するわけなかった。


「おっと、わざわざヒトガタを作る必要はない。聞きたいことがあれば何でも質問してくれたまえ。我は君の疑問に答えようじゃないか」


 やや大仰な、芝居がかかった喋り方をする男だ。

 何となくナナセはイラっとする。


「人はウソをつくものよ」

「それは必要な嘘だからだね。我は嘘なんて不要だからそんなものを交渉術にしないのである」

「それ自体がウソじゃないの?」

「仮に嘘つきだとしても、自分のことを嘘つきなんて言う詐欺師は存在しないのだよ。不安なら、後でヒトガタを創り質問をすれば良い。そうすれば、我の言葉の正しさも確認できるだろう」

「これは誠実なのかしら……?」


 ナナセは思わず考え込みそうになるが、そういう問題ではないのだ。

 相手のペースに巻き込まれてどうする。

 ただ、こちらの『案山子』能力をかなり正確に把握されている底知れなさは感じていた。

 ナナセは相対するためキッと鋭い視線を向ける。


「じゃあ、どういう交渉をしに来たのよ」

「もう少しで暗黒大陸への派遣団が組まれる。それにぜひ参加してもらいたくてね。いや、この言い方は不正確か。君はそれに参加する。説得じゃない。予言だよ」

「予言、ねぇ。断るつもりだけど、どうしてそんな言い方をするのよ」

「それは我が『予言者』だからだよ」


 予言者を自称する男にナナセは思わず笑ってしまう。

 別に事実かどうかを疑ったわけではない。

 そういう特異能力者がいたとしても驚かないが、あまりのうさん臭さに吹き出してしまったのだ。

 足先から頭頂までうさん臭い男だ。

 そもそも、予言ができたから何なのか。

 圧倒的な暴力の前にのこのこ出てきた時点で、彼の生殺与奪の権はこちら側にあるのだから――。


「おっと、我は君が参加すると予言したのは、君にとってそれが得だからだよ。このまま殺人稼業を続けて未来があると思うかね?」

「知らないわよそんなこと。バカなの、あんた? 生きるためには働かないといけないの。で、未来はないの?」

「そうだね。別に早死にをするわけでもないし、それなりに生きていくことは可能だ。ただし、未来はないがね」

「意味が分からない。生きていけるなら未来はあるでしょ」

「ところがそうでもないのだよ。人が生きていくためには食べるだけでは不十分でね。ただ生きていくことに耐えられるほど強い人間は多くない」


 君も例外ではないのだよ――、そうサルドは言った。


「そんなことないわよ」

「君はまだまだ若いからね。そのうちに分かると言いたいが、ハセ・ナナセは暗黒大陸派遣に参加することで全ては裏返るので分からないだろうね」

「別に参加するなんて言ってないし、断るつもりって言ったんだけど?」

「まず、金銭的な補償だが、我はお金持ちなのでいくらでも払えると約束しよう」

「あたしが国の予算並みの請求をしたらどうするのよ」

「無論、それをクリアできるように立ち回ろう。そうだね。時間はかかるが、極端なインフレを起こして、交渉時の予算を過小なものにするところから始めるかな」

「あたしの請求で国全体がめちゃくちゃになるってこと……?」


 とんでもない男かもしれない。

 何となく腹立たしいが会話をしていて引き込まれる感覚があった。

 好意ではなく、興味が湧いてきたのだ。


「ただし、ハセ・ナナセはそこまでの金銭は要求しない。君は過剰な金銭で身を滅ぼす実例を普通の人より知っているからね。要求しないではない。できない」

「……こちらのことを正確に知っているのに、どうして金銭的な補償を言い出すのよ」

「君は過剰な金銭で身を滅ぼす実例以上に、過少な金銭で首が回らなくなる実例を知っているからね。安心と安全なだけの額を我は提供するよ」


 こいつは『予言者』だ。

 うさん臭い詐欺師かもしれないが、『予言者』でもある。

 ハセ・ナナセは細く息を吐き、心を鎮める。


「次に、君は暗黒大陸派遣で英雄になる。今までの殺人行為すら肯定的に捉える人間さえ生まれるのだよ――戦争における軍人のような評価だね」

「別に他人に評価されたくないわ」

「その名誉のおかげで君は偽名を得て一般人のような生活を送れる。その保証もしよう」

「……あたしがそんなものを欲すると?」

「欲するね。『案山子』が生まれるためには一定数の呪詛蒐集能力者とその選別行為――殺し合い――一種の蟲毒こどくが必要になる。仲間同士の生き残りである君は、その仲間のために生きなければならないという意識が強い。違うかい?」


 ナナセは答えない。

 ただ、踏み込まれたくないことに踏み込まれたので睨みつける。


「普通の幸せを掴みたいと思っていると? この『案山子』であるあたしが?」

「ああ。子どもを得て幸せな家庭を築ける可能性も皆無ではない。そういうものに極端な拒否反応を示せば示すほど、実際には恋焦がれているのだよ」

「あんた、本当に人の気分を逆なでする天才ね」


 ここで本当に腹を立ててヒトガタを生み出したら負けだということは分かっていたので、ナナセは皮肉を言うことしかできなかった。


「ま、呪詛の根源たる初瀬川について我が知ることを教えるでも構わないよ。これはオプションだ」

「今、この瞬間、ヒトガタで聞き出すことだってできるわ」

「好きにしたまえよ。だが、我は君が得をする提案をできることだけは覚えておいて欲しい。お互いに得をしようじゃないか」


 ところで、とサルドは言う。


「その死体は我が引き取るが、それにしても――」

「何よ」


 サルドはナナセが掃除した部屋を見渡しながら感嘆の息を漏らす。


「君は掃除が上手だね。本当にメイドとして働くのはどうかね?」


   +++


 結局、ハセ・ナナセが暗黒大陸派遣に参加し、英雄になったのはその一言が決め手だった。

 もちろん、純粋に利益を考えた上でのことだ。

 そちらの方が殺人稼業を続けるよりも得だとは思った。

 だが、誰にも褒められたことのない掃除術を褒められたこと――それは『案山子』の殺人能力以上に彼女にとって重要だったのだ。

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