勇者編 剣術大会
その剣術大会には出場資格がない。
つまり、老若男女誰でも参加できる。
だが、出場者全体のレベルが高く、有望な若手を発掘する位置にあった。
事実、出場者はしっかりと鍛錬を積んだ十代後半が最も多かった。
ただ、注目を集めたその少年は若かった。
まだ年齢は十歳。
しかし、注目を集めていたのは若い、いや、幼かったからではない。
前回大会も出場した結果、ベスト4まで勝ち残ったからだ。つまり、強いのだ。
成長期で身長も伸び、今回こそは優勝だろうと目されていた。
しかし、その少年は今回の剣術大会に出場した結果、二度と剣を持たなくなる。
いや、その少年以外にも自分の道を考え直す者が続出した。
それは将来『士』と呼ばれる、クレート・ガンドルフィが出場してしまったからだった。
真なる才能の前に屈したからだ。
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小さい、というのが対峙した時の感想だった。
クレート・ガンドルフィという男の子を見た率直な第一印象だ。
まだ幼すぎる子どもが、出場しているという話は聞いていた。
しかし、それは自分のことだと思っていた。
まさか、自分よりも年下が参加しているとは思わなかったからだ。
クレートの身長では大会用の木剣が長すぎる。背負っても腰に佩いても地面に引きずってしまう。
年齢不問とはいっても限度がある――と、自分のことは忘れてそう考えてしまった。
そして、その子どもが幼さを助長させている原因はもう一つあった。
クレートという男の子はやや俯き加減だった。
それは隠すためだ。
腫らした赤い目元。
さっきまで泣いていたのは明らかだ。
泣くという行為がこの試合場では明らかにそぐわず、幼さを強調している。
——でも、ここまで勝ってきたんだよな?
ふとそう思った。どうして泣いていたのか?
これは四回戦だ。
この地方ではかなり大きな大会なので、次が準々決勝でベスト8。つまり、ベスト16まで勝ち残っている。負けて泣いたわけではない。
——負傷か?
木剣で叩かれると涙が流れるほど痛い。耐えられずに涙を流してしまったのか。
試合内容は観らなかったが――観ようとしたがいつの間にか終わっていたのだ――薄氷の勝利だったのかもしれない。
「……あんたのその顔」クレートから話しかけてきた。
「え」
「僕のこと子どもだと思っているだろ。あんたもそう歳変わらないだろうに。なめるなよ」
「いや、別にそんなことは思ってないけど」
「どうだか。お前も油断して手を抜いたら許さないからな」
手を抜くなんてそんな訳がない。
この大会で優勝すれば、更に上の大会――王者戦への道も拓けるのだ。
どんな相手でも敗北の可能性があるのだから、全力で戦うに決まっていた。
ただ、相手の幼さから油断するというのはあり得る話かもしれない。油断というよりは無意識に手加減をしてしまうのだ。子どもは守るべき弱者だからだ。
だが、自分は違う。
同じく年齢で守られ――侮られる側だからだ。
そして、だからこそ、その悔しさも分かる。
たかだか少し早く生まれただけでどうして偉そうにするのか。
この試合場に立つ以上は同じ立場なのだ。
そこで気づく。
「お前、悔しくて泣いたのか? 手を抜かれるほど侮られたと思って」
「泣いてなんかない!」
「いや、隠さなくても良いだろ……子どもだなとは思うけどな」
「隠してない! 泣いてないからな! あとガキはあんたもだろ!」
この反応の方がよほど子どもっぽかった。
苦笑しながら言う。
「手なんか抜くかよ。本気で戦うから安心しろ」
「ふん!」
本当にガキだ。
事実、子どもなのだろうが、侮られたならそれを利用するくらいの駆け引きも知らないほど幼いのだ。
そして、審判の合図で試合が開始する。
クレートは上段に剣を掲げる。
こちらが中段に構えているので、それよりも早く一撃で叩き伏せるためか。
ただし、クレートはかなり小柄なので、上段の構えにあるべき迫力はあまり感じない。
構えは自然体だ。
力みがなく、どこからでも打ち下ろせるくらいには体に染みついた構えのようだ。
どの流派かは分からないが、ラーマ・テンペスタ――嵐のように激しい攻撃的な剣の流派か。
いや、そうとは限らない。
クレートの性格がそちらに適性があるというだけかもしれない。
それでなくとも、子どもは防御と攻撃では後者の方が偏りがちだ。
防御は地味な手段の積み重ねで成立しているので、なかなか身に着けるのが難しいからだ。
それと、攻撃していれば弱くても勝てるかもしれないが、防御し続けても勝てるとは限らないのが剣術だ。
ただ一つ気になることがあった。
クレートの眼。
視線がひどく茫洋としていた。
それだけが気になった。
視線は重要だ。
相手の狙いを察知したり、感情や意図を読んだりできる。それも勝負において重要な駆け引きの一つだ。
クレートは既に肩の動きは制御できている。無駄な上下動がなく体重移動が非常にスムーズ。つまり、積み重ねてきたものはあるようだ。
だが、眼の置き方は体を動かすよりもよほど鍛錬が必要だった。
それが読めない。
そこまで完成されている――ありえないだろう。クレートはまだ八歳だ。
自分の剣は防御に特に長けている。
子どもらしくないという評価を受けがちだが、慎重な性格がそうさせているだけ。
ただ、クレートの眼が不穏だ。攻撃を捌いて、反撃するスタイルを選びたくないと思わせた。
読みが通用しない可能性があった。
後の先は失敗するかもしれない、そう思わさせるほどの深い視線だった。
「ふっ」
決断し、仕掛ける。
息を吐きながら、左半身を前にして左手で木剣を突き出す。
ただし、突きではない。
クレートの目線に沿って真っすぐ突き出すが、途中で手首を返して肩を狙う。
軽い木剣だからこそ可能な変則的な動き。真剣ではありえない技術だ。
通常、これでは強い斬撃は不可能だが、ポイントを獲得する意味では有効だった。
こちらは鍛えに鍛えた強靭な手首の力があるため、通常の人間が強く打つくらいの打撃は可能である。
だが、こちらの木剣が直撃する瞬間だった。
クレートは嘆息したようだった。
いや、それは落胆か。
口も動いた気がした。
——手加減するなって言ったのに――。
それは一瞬の出来事であり、絶対にそんな時間があったわけがない。そんな猶予はない。
だが、そう見えた。確かに言った気がした。
そして、クレートの姿が消えたと思った刹那――頭部へ衝撃。
何が起きたか分からなかったし、それ以上の思考も続けられなかった。
暗転――。
+++
クレートが手加減するなと言ったのは、突きに見せかけた打撃が肩口を狙っていた点。
目に向けて突き出したのであれば、体の中心線からズラしては効果が半減する。
木剣の目に真っすぐ向かってくる動きが急に上下動をするから反応が遅れるのだ。
わずかに左右動が入る肩口を叩くのではなく、胸や首、頭を狙うべきだった。
だが、クレートにはどちらにせよ通用しなかっただろう。その次元にはない。
彼は向かって来る手首の甲の側に一瞬で半歩だけ体をズラした。
その際にほんの少しだけ左手のひらを向けていた。
それがフェイント。
開く動きで一瞬だけ視線を誘導したのだ。
それだけで視線を逸らさせられていた。それは意識もできないほどわずかな一瞬。だが、それで十分。
そして、その隙に体を入れ替え、カウンター気味に交錯。クレートは敵の側頭部を打撃した。
強く打ったわけではないが、不意打ちに近い状態で敵は失神に至った。
クレート・ガンドルフィはこのまま勝利し続ける。
その年の王者戦こそは反則負けを喫するが、その翌々年――十歳になる頃には全国最強の剣士として確固たる地位を築くことになる。
そして、一人の少年が剣の道を捨てることになった。
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これは後日談だ。
剣を捨てた一人の少年の前にある女性が現れる。
派手な紫色の衣装で身を包んだ、二十代後半くらいの黒髪の女性だ。
化粧をしていても地味さを隠せない、顔立ちが非常に大人しいのだ。不細工ではなく、ただただ地味。
だが、そのまとった覇気は武闘の道にある練達者のものだった。
「お前、才能ないな。剣は捨てろ。クレート君には絶対に勝てないからな」
そう言い放った。
「でも――」
「安心しろ。この私が直接鍛えてやる。世界最強の男にしてやる」
その女性の名はイザベッラ・カレンツィ。
若くして『無武道』という流派を立ち上げた鬼才。
そして、剣を捨てた少年の名をバジーリオ・スキーラ。
将来、『武道家』と呼ばれるようになる怪物だ。
ある出会いが生み出した、一つの運命の分かれ道であった。




