勇者編 七十三年前・世界救済前夜
それは七人しか知らない話。
七人が世界を救った後、他の誰にも言わなかった話。
楽しかった最後の夜。
「なぁ、帰ったらみんなは何がしたい?」
そう口火を切ったのは『士』だった。
「凱旋したら、俺はもう二度と剣は振るわないからな」
『案山子』が疑問の声をあげる。
「『士』が剣を振るわなくて、何をするのよ。いや、したいのよ?」
「そりゃ豪遊だ。俺は二度と働かないし遊んで暮らすんだ」
「それでほんとうに満足なの?」
「そりゃそうだろう」
「本当に?」
怪訝そうな『案山子』。
言葉に詰まる『士』。
……当然だろう。
『士』クレート・ガンドルフィは寿命をほとんど失い、老人の外見をしているが、中身はまだ十代の少年だ。
戦いに明け暮れているが、それ以外の選択肢もあったはずだ、という想いを捨てられるほど枯れてはいない。
だが、その願いは叶わない。
彼はその短い残りの生涯を『士』という組織の構築に尽力する。
……そして、また当然だろう。
『案山子』ハセ・ナナセはこれまでの人生で、人らしい暮らしを送ってきていない。
彼女にとっては人生を楽しむという発想がないのだ。
だが、ナナセは恋に落ちるという人間らしい生活を送り、それを自分の手で破壊してしまう。
殺し続ける人生で愛することを知ったのは幸か不幸か、誰にも分からない。
「僕は修行を続けるよ」
そう言ったのは『武道家』だった。
『士』は揶揄する。
「おお、荷物番のくせに真面目だな」
「真面目というか、そうだね。ただ続けたいから」
「どうしてだよ。もう戦わなくて良いのになんで鍛えるんだよ」
「強くなりたいからね。誰よりも、どこまでも」
「目的も不要なのかよ……」
素直に答える『武道家』にますます『士』は閉口する。
化物だな……、とその顔が物語っている。
……だが、化物であることも当然だろう。
『武道家』バジーリオ・スキーラは力の権化、求道の怪物だ。
彼の願いは叶い続ける。
だが、叶い続けるだけで成就することはない。
成就するような弱さを彼は持ち得ない。
果てのない地獄の入り口に立ったばかりだった。
その顔をみて噴き出したのは『大魔法つかい』だった。
「『士』かっこわるい」
「うるさいぞ、そこ」
「でも、やすみたい気持ちは分かるよ」
「『大魔法つかい』はなにがしたいんだよ?」
「あたしは、ん-、分かんないけど、とりあえず、シャワー浴びて、それから家に帰ってお墓参りしたい」
『大魔法つかい』のその言葉に、七人の中心にある焚火も止まったようだった。
……それも当然の願いだろう。
墓参り。
それは家族が行う行為だ。
『大魔法つかい』クラーラ・マウロはこの中の誰よりも長寿だが、ずっと封印されてきた。
故に、家族らしい家族は勇者たちくらいのもので、今までの歴史は魔法の遣い手として存在してきただけ。
彼女の人生は始まったばかりと言えた。
ただ、不老不死で見送るばかりの、切り裂かれるような人生の始まりでもあった。
しんみりした空気の中、『予言者』は言う。
「それは、分かります。私も魔王を倒したんだって報告します」
……これは当然だろう。
『予言者』サルド・アレッシにはそれしかない。
これからの行為を知る彼だけは、それでも誇れるものを仲間たちに告げることしかできない。
仲間の一人を殺すよう指示を出す彼のそれが最期の望み。
もう自殺までのカウントダウンは始まっていた。
「みんな、自分の国に帰るの?」
『案山子』はそうみんなの顔を見ながら言った。
一同はパラパラとタイミングがズレながらも頷く。
「そうなんだ……」
「『案山子』は帰りたくないのか?」
「うん。帰っても、どうせ良いことないし」
「そんなことないだろう」
「ううん。あたしはどうせ殺しの仕事ばかりだもん」
「怖いな。俺は殺さないでくれよ」
『竜騎士』が冗談っぽく言うと『案山子』は悲しそうな顔をする。
……これも当然の軽口だろう。
『竜騎士』アメデオ・サバトはこの中ではこの時点で唯一の妻子持ちであり――実は『士』も子どもはいるが、記憶も記録もない――暗黒大陸からの帰還に最も希望を抱いていた。
だが、それは過酷な人生を送ってきた仲間たちに対する引け目でもあった。
彼が人類の守護者として七十年以上も戦い続けたのは、幸福が故。
あまり予後の良くない仲間たちに対する追悼の気持ちで折れない心を研磨した。
「どうしてそういうこと言うのよ」
「わるいわるい、冗談だ」
「だって、明日生きているかどうかも分からないのに殺すわけないでしょ」
その場に沈黙が舞い降りた。
明日は死地。
世界最悪の『魔王』と戦うのだ。
生きて帰れる保証はどこにもなかった。
「『案山子』……」
「なぁに?」
「こんな空気にしたかったのか?」
「うん」
無邪気な幼女のように頷く『案山子』に、ようやく笑いが起きる。
その時だった。
「お待たせ。料理だよ」
おおーっと一同が沸く。
「いや、さっきから美味しそうだったからね。待ちきれなかったよ」
『武道家』が嬉しそうに皿を用意する。
「『料理人』はほんとうに料理上手ね」
『案山子』が拍手をして『料理人』を讃えた。
「正直、この旅のいちばんの功労者はアダムかもな」
『士』も手放しで褒めた。
「あ、アダム、あたし大盛りで!」
『大魔法つかい』は待ちきれないという様子だ。
「あ、アダム、うちの竜にもお願いできるか?」
『竜騎士』の言葉に『料理人』は頷いた。
「僕の料理が食べられるこの竜はここまで来られて幸せかもね」
一同が笑った後、『予言者』は薄く笑った。
「アダム、いつもありがとうございます」
それは誰も知らない夜。
楽しかった最後の夜。
翌日、七人の勇者は『魔王』の討伐に成功する。
勇者は英雄となった。
ただ、歴史に名前を刻まれた英雄は『士』『武道家』『案山子』『大魔法つかい』『竜騎士』『予言者』の六人だった。
七人目の名前はない。
なぜならば、七人目は六人が殺したからだ。
『料理人』は『魔王』を討伐した、その同じ日に六人に殺された。
六人の英雄はそれ以降、七人目の名前も存在も誰一人口外することがなかった。
だから、七人目の勇者はその存在を葬り去られ、忘れ去られた。
……当然だろう。
『料理人』アダム・ザッカーバードは殺されるべくして殺された。
料理を追求すること以外、何の興味もなくなった怪物。人類種でさえも食材として見てしまう彼に未来はなかった。
彼は知られてはいけない存在だった。
それは彼のためでもあった。
――七十三年前の話である。
というわけで第6部開幕です。
ここまで読んでくれた方に感謝を。ありがとうございます。
プロローグを改変したお話ですが、この『前夜』はもう一回出てきます。
それを覚えておいてくれると楽しいかもしれません。
それと、一点補足。
第6部において過去のお話は頭に『勇者編』とつけていきます。
それで過去と現在の区別をつけられるようにします。
混乱を避けるためですが、念頭に置いて読むと分かりやすいと思います。
今回はそんな感じです。
面白いと感じたなら、応援してくれると嬉しいです。ではまた。




