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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第2部 最強の軍団を統べる者『竜騎士』
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VS『竜騎士』

 まずい、まずい、まずい!

 マクシムは焦燥感に駆られていた。

 キンバリーという竜が猛烈な勢いで近づいてきている。

 正直、マクシムの目に『竜騎士』アメデオ・サバトは枯れた老人にしか見えなかった。

 もういつお迎えが来てもおかしくない、それくらい弱って見えた。

 それがまるで若い頃と変わらないほど機敏な動きを見せて、マクシムに敵意を向けているのだ。

 好々爺に見えた男性が豹変する姿は異常に恐ろしかった。

 窓際に立つアメデオはマクシムから目を離さない。


「アダム、俺も永くないが、お前だけは道連れだ。世界のために、お前は見逃せない」


 もう何を言っているのか分からない。

 ただ、『武道家』の時とは違って、身に迫った危機は避けられないものに見えた。

 マクシムは焦っていたが、チラッとナタリアを見る。

 彼女を巻き込んではまずい。


「ナタリア」

「大丈夫です! ひいおじい様はワタクシが止め――」

「ありがとう」

「――待って」


 マクシムはナタリアを見もせずに走り出す。

 アメデオは身構えるが、別に彼を止めようとしたわけではない。

 スルリと『竜騎士』を避けて、窓から飛び出る。

 屋敷は一階建てだから問題なく逃げられた。

 そして、後ろを振り返らず、そのまま走り続ける。

 正直、アメデオは正気を失っているように見えた。

 チラッと見上げると竜はアメデオの元へ一直線で近寄っている。

 あと数秒もすれば、アメデオの元へたどり着くだろう。

 そして、彼が命じたら、一瞬でマクシムは殺されてしまうだろう。

 最強の魔獣から逃げられるとは思えない。

 でも、ナタリアが巻き込まれるのだけはダメだ。

 それだけは認められなかった。

 恐怖からすぐに息があがってしまう。

 いや、それは高地で空気が薄いということもあるのかもしれない。

 足が震えそうになり、それでも頑張って屋敷から離れる。

 恐怖心から背後をチラッと見ると、竜はアメデオの元にたどり着いていた。

 マクシムは乱れる息を押さえながら、足元に生える草に働きかける。


 周囲に生えている丈の短い草。

 それが長大かつ急成長する。

 徹底的に、広い範囲に働きかける。

 一面が、マクシムの背丈を超えるほどの草原が誕生する。

 それは急速に広まり、高原を見渡すほどの範囲に広がる。


 マクシムはあまりにも急激に能力を使用したことで倒れそうになる。

 体力がゴッソリ吸い取られたが、ここで倒れたら生き延びられない。

 生命の危機が彼を成長させ、突き動かしていた。

 マクシムはどうにか足を引きずるような動きでこの場から離れる。

 上空から見れば、能力の中心がどこか分かるかもしれない。

 そして、草が揺れないように気を付けながら、できるだけ遠くへ移動する。

 意味などないかもしれない。

 しかし、上空から見たら、見失ってくれるかもしれない。

 おそらくは無意味だ。

 それでも死にたくないマクシムは必死に抵抗を続ける。

 恐怖で息が上がる。

 無理に押さえつけようとすることで、余計に呼吸は乱れる。

 猛烈に鼓動がうるさい。

 こちらからも密集した草で見えないということは、本当に、本当に恐ろしかった。

 一秒後に殺されているかもしれない。

 爪か、火か、それ以外の攻撃手段か。

 それは非常に現実的な想像だった。


 怖い、怖い、怖い。


 その時だった。


「アダムゥゥゥ! 逃がさんぞお!」


 アメデオの声はかなり上空から聞こえた。

 しかも、割と見当違いの方向を探しているようだった。

 もしかしたら、逃げられるかもしれない。

 少しだけ希望が生まれる。


 それもほんの短い希望だった。


 熱。

 猛烈な熱を感じた。

 マクシムは焼き尽くされたと思った。

 そして、熱さが猛烈な痛みになると初めて知った。

 ただ、直撃したわけではなかった。

 それどころか、かなり見当違いの場所に竜が吐いた炎の熱で、マクシムは痛みを覚えていた。


『竜騎士』の騎乗した竜は通常の竜よりもその能力がブーストされる。

 飛行力、魔力、打撃力あらゆる能力が格段に向上する。

 それが叶うから誇り高い竜が背中を許している面はある。

 さらに、『竜騎士』アメデオ・サバトとキンバリーは歴戦の勇者、もう八十年以上も組んできた最強コンビだ。

 老いたとはいえ、見習のようなニルデと比べても圧倒的に強い。

 演習の空中戦では、通常の竜三頭を相手に完勝したこともある。

 彼らコンビの戦闘力を超える『竜騎士』は歴史上存在しない。

 最強の『竜騎士』にマクシムは命を狙われていた。


 マクシムは熱さに惑いながら、どうにか草に干渉する。

 地面から水分を吸い上げ、熱に耐えられるようにする。

 そのつもりだった。


 大爆発。


 大爆発が起きた。

 何が起きたのかマクシムには理解できなかったが、竜の吐いた火炎の余熱で水蒸気爆発を起こしたのだった。

 かなり離れた場所のはずだったが、マクシムは吹き飛ばされる。

 逃げるなんてとんでもない話だった。

 生き物としての能力の次元が違いすぎた。


「死ぬな、これは……」


 地面を転がりながら、マクシムは呟いた。

 それは覚悟ではなく、ただの諦観。

 確実な死を目の前に、逃避から思考が麻痺していた。

 どう考えても逃げられるわけがない。

 ちょっと草木を操れるだけの自分では、最強の『竜騎士』から逃げられるわけがなかったのだ。

 地面を転がりながら、マクシムは天を仰ぐ。

 草木は爆風の結果、空が見えるくらいになっている。

 マクシムはもう隠れる余裕がない。


 そして、キンバリーに乗ったアメデオが見えた。

 死んだ、とマクシムは思った。

 空はそれでも美しかった。


 その時だった。

 マクシムの前に庇うような影が現れた。


「ひいおじい様、やめてください!」


 それはナタリアだった。

 そして、傍らにはシラがいた。

 かなりギリギリだったが、獣人種であるシラが匂いでマクシムを探し当てたのだ。

 アメデオはマクシムたちを見下ろしながら言う。


「ナタリア、どきなさい」

「この方はアダムという方ではありませんわ!」

「では、誰だというのか。そいつは、アダム・ザッカーバード。俺たちが殺したはずの男だ」


 マクシムは本当にアダムが殺されたんだなぁと呆けたように思っていた。

 どうして殺されたのか、それくらいは知りたかったなぁ、と。

 ただ、ナタリアは叫んだ。


「この方はアダムではなく――()()()()()()()ですわ!」


 は? とマクシムは思った。

 ナタリアはガシッとマクシムを頭から抱え込んだ。


「だから、殺さないでください!」


 その柔らかさと良い匂いを感じながら――マクシムは限界を迎えて失神した。

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