『竜騎士』アメデオ・サバト
翌日。
まだ『士』の人間は到着しないし、マクシムはやるべきことがない。
正直、ニルデの死の原因を作ったのだから肩身は狭いが、それでも気になっていることを調べようと思った。
特に英雄に関する話。
もしかしたら、自分の曾祖伯父(曾祖母の兄の意)は英雄たちに殺されたのかもしれない。
その辺りについて『竜騎士』の屋敷であれば、日記なり記録が残っているかもしれないから調べたいと伝えた。
下手しなくても怒られると思ったが、ナタリアは意外と素直に応じてくれた。
「正直、マクシムさんのことは信頼できませんわ。ですが、姉のことを教えに来られたのですから、ある程度信用しても良いと思いましたの」
「ありがとうね」
「それに、ひいおじい様に直接聞くだけですから、それほど難しい話ではありませんわ」
「え」
マクシムは驚いた。
七十三年前に活躍した英雄が生きているとは思っていなかった。
「『竜騎士』ってまだ生きているんだ」
「勝手に殺さないでください」
「でも、世界を救ったのって七十三年前も前だろ。いくつなのさ」
「今年で百一歳ですわ」
「思ったより年上だった。会話はできるんだよね」
「そうですわね。……調子が良ければ、ですが……」
マクシムの疑わしげな表情を見て、ナタリアは言い訳のように言う。
「普段は寝たきりですが、調子が良い時は本当に元気なのですわよ」
+++
ナタリアはマクシムの言葉を額面通りには受け取っていない。
英雄たちがマクシムの血縁を殺している。
そんなことありえませんわ、というのが素直な感想だった。
世界を救った英雄たちは尊敬すべき、命を賭して戦った無私の人たちなのだ。
とても仲間を殺したなんて考えられなかった。
それにもしも、万が一、マクシムが本当のことを言っていたとする。
もう七十三年前の話なのだ。
『士』『案山子』『予言者』はとっくの昔に亡くなっている。
『武道家』を別にすれば、『竜騎士』である曾祖父くらいしか生きていないはずだ。
いや、ハイエルフだという『大魔法つかい』も生きている可能性が高いが、曾祖父の話では隠遁しているそうだし、もうこの世界に干渉するつもりはないのだろう。
それに『武道家』だって、マクシムの話が本当であれば、何代も重ねているのだから、どれだけ純粋な人格が残っているのかは疑わしい。
もう昔の話なのだ。
遠い過去の出来事。
マクシムの言葉が事実だとしても、殺した相手の血縁が訪ねてきたら、曾祖父は懺悔し、真実を語ってくれるだろう。
曾祖父は世界を救った英雄だし、善良な人間なのだから――。
ナタリアはそう考えた。
「……ですが、もう一人食事担当していた英雄がいらっしゃったというお話には一定の真実味がありますわ」
「うん、言われてみるとって感じだよね。話に聞く、六人の英雄ってみんな雑用とかできそうもないもん」
「そうですわね。ワタクシも同感ですわ。長い時間旅をしていたはずですから」
「そうなんだ」
「ええ、確かこのジャーダの街を出港して、帰ってきた時には三年半ほど経っていたはずですから」
「思っていたよりも長いんだね」
「ええ、ひいおじい様たちも失敗したと思われていたようですわね。ですが、わざわざ殺したというのが理解できませんわ。戦っていないのだから名前が残らなかった。それだけではありませんか」
「意外とそうかもしれないけど、それじゃあ、僕が殺されかけた理由が分からないよ」
それも何かの間違いではないか、とナタリアは思った。
とにかく疑問は曾祖父に話を聞けば良いだけだ。
ナタリアは曾祖父の部屋をノックする。
返事はないが、ナタリアは中に入る。
曾祖父のアメデオは普段、ほとんどの時間を寝て過ごしているが、それでもたまには起きるし会話もできる。
十一年前、親族が死んでから、姉と二人の世話をしてくれたのが曾祖父だった。
当時、九十歳を超えていたが、竜の加護を受けてか、まだまだ現役のように若々しく元気だった。
ただ、それも三年ほど前から急速に老いていった。
おそらくは姉が上手に『竜騎士』として竜に乗りこなしてきたから、竜の加護がニルデに移ったのだと思う。
それはそれで良いと思う。
きっと姉は自分の分まで『竜騎士』として活躍してくれたはずなのだ。
十一年前と同じような、『襲来』があったとしても姉であれば立派に務めを果たしてくれただろうし、ナタリアは心の底から支えていきたいと思っていた。
ナタリアは最近、曾祖父のシモの世話までしているが、全然辛いとも思わなかった。
自分はあくまでも『竜騎士』を支える、影の存在としてこれからも頑張り続けるつもりだった。
正直、ニルデが死に――マクシムの話では『武道家』として一部は生きているようだし、『竜騎士』としての能力も継承されるようだが、あまり信用していない――これからはナタリアは『竜騎士』として生きていかなければならない。
――彼女は竜に乗れないのに。
ナタリアはベッドに横たわり、寝息を立てている曾祖父に話しかける。
「ひいおじい様、ちょっとよろしいですか」
「ん、ん、ああ、レナータかい」
「それはおばあちゃん、あなたの娘ですよ。ワタクシはナタリアです」
「ああ、ナタリアかい……」
曾祖父はベッドの上でもぞもぞと動いている。
目は開いていないが、ゆっくりとこちらを見る。
アメデオ・サバトはかなり大柄な男性だった。
もう髪は白くなっているが、百一歳という年齢を考えれば、かなり若く見える。
ただ、高齢かつ大柄な老人だから、非常に起きるのも億劫そうだ。
ナタリアは慣れた手つきで、アメデオの体を支えながら訊ねる。
「実はひいおじい様にお聞きしたいことがありまして――」
「アダムッ……!」
「え? キャッ!」
アメデオはそれまでのゆっくりとした動きが信じられないほど機敏に飛び起きた。
そして、マクシムを睨みつけながら叫ぶ。
「化けて出やがったか!?」
「いやいやいや、僕はマクシム! 別人!」
「嘘をつくな! 今一度地獄に送ってやる!」
今一度。
ナタリアはその言葉を聞き逃せなかった。
一瞬だけ思考が固まる。
――もしかしたら、マクシムの言葉は真実なのかもしれない。
アメデオは窓を開け放ち、叫んだ。
「来い! キンバリー!」
もの凄い勢いで、遠方から近づく影。
それは三年半の『魔王』危機の際に活躍した、『竜騎士』アメデオ・サバトの相棒――竜の中でもエースと目される存在だ。
マクシムの顔には恐怖が張り付いている――ナタリアは驚愕しながら何かできることはないかを考える。が、思考が硬直・停止・混乱。思いつかない!
現在、世界唯一の正統な『竜騎士』――英雄アメデオ・サバト。
『竜騎士』が本領を発揮し、猛威を振るおうとしていた……。




