「許しません」
「結論から言うとニルデは死んだ。死体は腐敗処理をしてから一時的に埋葬しているから、君たちの元に返したくてここに来たんだ」
応接間へ移動してからマクシムがそう言うと、ナタリアは呼吸が荒くなった。
心拍数が急上昇して、耐えられなくなったのだろう。
胸元をを強く掴んで耐えているが、表情は大きくは変わらない。
シラは優しくナタリアの背中をさすった。
その視線には慈愛と労りが込められている。
そして、ナタリアの変化に応じるかのように、竜が遠くで吠えている。
ただ、ナタリアは意外とすぐに呼吸を一定に取り戻した。
平静に戻ったわけではなく、どうにか切り替えただけだろうが、それでも、己を取り繕えるくらい強い人のようだった。
「……マクシムさん、もしご存じでしたら、どうしてお姉さまが殺されたのか、教えてくれませんか。お姉さまは『竜騎士』です。普通、殺されるなんてありえないはずなのです」
「うん、僕が知っていることは何でも話すよ。それと、死んだって言ったけど、ちょっとややこしい面もあるからそれは後で説明するよ」
「ややこしい?」
前置きをしてからマクシムはニルデと出会った時の話から伝える。
「まず、僕が最初にニルデを見たのは竜と殴り合うところだったんだ」
「……ちょっと待ってくださいませんか」
ストップとジェスチャーで意思を表明するナタリア。
頭痛を堪えるように、頭を押さえている。
そして、何やらシラと会話を少しした後に、心を落ち着けてからマクシムに向き直る。
「竜というのはフレッチャーのことですか?」
「名前は知らないけど、心当たりがあるならその竜だと思う」
「では、どうして『竜騎士』と竜が殴り合う必要があるのですか?」
「ごめん、それも理由は知らない」
「……いえ、そうですね。まずお話を聞いてから判断させてください」
それからマクシムはニルデとあったことを順番通りに説明した。
竜と殴り合っているところから会話の内容まで。
しかし、話をしながら、どこまで話をすべきだろうと思っていた。
「—―というわけで、ニルデは自分のことを『武道家』と言ったんだよ」
「『武道家』……あの……」
「知っているんだね」
「それは、いえ……名前だけなら。六人の英雄のお一人で、徒手格闘の達人ということしかワタクシは知りませんわ。まだご存命でしたのね……」
「いや、だから、ニルデが『武道家』なんだよ」
「いいえ、お姉さまは『竜騎士』ですわよ」
どうやら『武道家』と一緒にいたと勘違いしているようだ。
僕の説明が悪いのかな、とマクシムは思ったが、そうではないのかもしれない。
そもそも、『武道家』になったという言葉の意味が分からないのだろう。
マクシムは『武道家』の能力を教える。
ナタリアは説明を理解してから、慎重に吞み込もうとしているようだった。
「……つまり、お姉さまは『武道家』の、亡霊? に取り憑かれてしまったということですか?」
「あー、そうなんだけど、自発的というか」
「自発的といいますと?」
「強さを求めたというか……」
「強さを求めた? どうしてですか?」
それこそ理由などは知らない。
マクシムが「いや、それは分からないけど」と言うと、ナタリアは理解できないと首を横に振った。
「マクシムさん、あなたが嘘をついているとは思いませんが、お姉さまは世界最強の『竜騎士』です。それ以上強くなってどうするのですか」
「それは知らないよ。でも、『武道家』になるためには『誰よりも強さを求める』『死を恐れない』が条件って自分で言っていたんだ。だから、強くなりたかったんだと思う」
「『誰よりも強さを求める』『死を恐れない』……」
呟いてから、ナタリアは考え込む。
そして、何かに気づいたように大きく目を見開き、マクシムに質問する。
「お姉さまはフレッチャーと殴り合えたのですわよね?」
「うん、ほぼ互角で戦っているように見えたよ」
「『武道家』が個人でそれほど強いのでしたら……もしかして、」
「何か気づいたの?」
「……いえ、あなたには関係ありませんから」
ナタリアは教えてくれるつもりはないらしい。
教えてくれと言える立場ではない。
「それよりも、どうしてあなたからお姉さまの血の匂いがしたのか、お教えいただけませんか」
ついにこの質問がきたか、とマクシムは思う。
どう考えても自分に非がまるでないとは言えないから正直辛い質問だった。
マクシムは少しだけ迷うが、まっすぐなナタリアの視線で考えを改める。
こちらとしては辛い質問だが、家族を失ったナタリアにとってはもっと辛い状況なのだから。
最悪、シラとナタリアに殺されるかもしれないな、と覚悟しながら伝える。
「うん、僕の目の前で死んだからね。服は処分したんだけど、埋葬した時にも付いちゃったのかもしれない」
「どうやってお姉さまは殺されたのですか?」
「その竜、フレッチャーだっけ? それに自分で指示したんだと思う。こうバッサリと。片腕が取れて。一応、死因は失血死になるのかな」
「は……? え? フレッチャーに自分で? どうしてですか?」
ナタリアは混乱しているようだった。
「実際のところよく分からないんだ。ただ、おそらく、僕が悪意に反応する毒を飲ませたからだと思う」
「悪意に反応する毒? それを飲ませた、ですか……?」
「うん」
シラがガタッと音を立てて立ち上がる。
こちらを食い殺さんばかりの鋭い視線を向けている。
ナタリアはそれを手だけで制する。
「それはどういう毒なのでしょうか? ちょっと想像できません。悪意に反応……?」
「うん、実際に僕の能力を見せた方が早いかな」
「能力、ですか……」
マクシムがポケットから植物の種を取り出す。
そして、それを急激に成長させた。
芽が出て、一瞬で花開く。
ナタリアはそれを不思議そうに見る。
「植物を成長させたのでしょうか?」
「うん、僕は植物を変化・操作する能力があって、それで悪意に反応する毒を作り出した。それをニルデに吞ませたんだ」
「それは何故?」
「警戒したから。僕もどうしてニルデに殺されそうになったのか、とか。その辺りの事情は分からなかったんだ。ただ、どうやら英雄たちの仲間に、僕のひいおばあさんのお兄さんがいたらしくて、それのせいだと思うんだけど……」
「ちょっと待ってください。分からないことが多すぎます。ワタクシたちはお姉さまが殺された理由だけが知りたいのです。英雄たちの仲間は無関係ではありませんか」
「関係なさそうだけど、関係あるみたいで。僕に分かることを教えるよ」
マクシムはナタリアに同じような答えを繰り返し説明する。
どうして、こんなに上手に説明できないのか、と自分で嫌になるが、そもそも、分からないことが多すぎた。
どうしてニルデはマクシムを殺そうと考えたのか、本当にアダム・ザッカーバードは英雄たちに殺されたのか……疑問は全然解消されていないのだ。
ナタリアはようやく一通りの流れを理解したのか、最後に確認をしてきた。
「結局、お姉さまの直接の死因は、フレッチャーの一撃で、それはお姉さまが指示した、ということになりますのね」
「そう、だね。僕が引き金になったけど、形としてはそうなると思うよ」
「そうですか……最後に一つ訊いてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「どうしてあなたが直接お姉さまを殺さなかったのですか」
「……ごめん、何が言いたいのか理解できない。説明してくれないかな」
「お姉さまがあなたに害意を持ったのが原因だとワタクシは理解しました。そう考えるとお姉さまの自業自得の面はあるでしょう。正直、恨めしい気持ちはありますが、喧嘩両成敗と判断できなくもありません。いえ、あなたは殺されかけたのですから正当防衛だと思いますわ」
ナタリアは感情ではなく、理性でそう判断してくれたようだ。
だからこそ、理性が納得できない部分を糾弾しようと、強い視線をマクシムに向けている。
「でしたら、あなたがお姉さまを直接殺すべきでした。そんな中途半端な毒を飲ませず、命を奪うべきではないでしょうか」
「いや、それは、そんなに恨まれているとは思わなかったから――」
「結果、お姉さまはフレッチャーに指示して自分を殺させました。竜が『竜騎士』を害する。これがどういう意味か分かりますか。フレッチャーにどれほどの心の傷があるか、あなたには想像できますか?」
マクシムに想像なんてできるわけがなかった。
竜は世界最強の魔獣であり、心が傷つくなんて思いつきもしなかった。
ただ、ナタリアの瞳は本気で怒りに燃えていた。
「フレッチャーにお姉さまを殺させた。ワタクシはマクシムさん、あなたをその点で許しません」




