七十二ノ怪 伝播魂〜でんぱこん〜
読者様はかつて、こんな体験をした事はないでしょうか?
深夜に部屋の電気を消した直後や、薄暗い夜道を一人で歩いていて。ふと背後が気になり振り返ってもそこには何もいなくて…、ただ「ゾッ」とした…なんて事が…
それは″只の勘違い″か、はたまた″無意識の内に直感的な何か″を感じ取っていたのかも知れません。今回のお題はその″後者″…。お陰で自分は、妻に軽くボコられてしまう事になるのですがーー
同居して面倒を見ていた妻方の義父が亡くなるずっと前…。もう十年くらい前の話になるでしょうか?その時。今、住んでいる家には義父の妹…、妻からすれば叔母が一緒に同居していたのです。
自分たち家族とは別宅。要は母屋に義父と叔母の兄妹二人で住んでいたのですが、台所と風呂、トイレはその母屋一階側にしか無くて…
だから別宅の自分たち家族は用を足す時、わざわざ母屋の台所前のトイレまで行かなければなりませんでした。
「う…、お腹が…」
しかしです…
その叔母は常識面がかなり欠如していて、トイレ前にある台所のテーブル添え付けの椅子にドスッと居座り、そこで丸一日″ずぅ〜〜っと″テレビを見ているのです。その姿はまるで便所の番人…
当然、妻は叔母と血の繋がった身内ですが。自分からすれば血の繋がらない親戚…ホボ他人さんになってしまいます。だからお腹の調子が悪い時は、あの『ピィー!』…な音を聞かれたくはないので、車に乗ってわざわざコンビニへ行く事もしばしば…
「仕方ない…、コンビニに行くか…」
「パパ?ユトにチキン買うたらええよ。チキン買うたったらええよ?」
「わかった、わかった。ファ◯チキな?」
「ファ◯チキ、ファ◯チキ〜」
う〜む…、聞かれてしまったか…、高くつくなぁ…
とある支援学校に通う息子はカタコトですが食欲は旺盛。ついでに車の排ガス、排便、出費のトリプルパンチ…。なんじゃそら…。しかし妻は身内とはいえ、叔母の″みぃちゃ″とは非常に仲が悪く…
「あーっ、鬱陶しいっ!″みいちゃ″?何もせんと、台所にずっとおられたらウチ腹立つんやけどっ!」
「そんな事言うたかてぇ…」
食器を洗う時など、それは、それは…、酷いくらい二人の折り合いが悪かったのです…
まぁ、妻の怒る理由は分からなくはないのですが…
既に六十代後半の叔母は結婚した事がなく独身、無職。おんぶに抱っこで義父や自分夫婦の収入に頼って生活していましたから…
オマケに、その義父兄妹と妻。この三人の仲も超最悪…と、魔のトライアングル的な…と、三拍子揃っており。ある日、自分は喧嘩時に双方を宥めようとして…
「まぁまぁ、◯◯…、そう怒らんと…」
「旦那は黙っといてっ!!…って、アンタはどっちの味方なん!!?ムキィー!!」
…お〜、あんびりぃばぼぉ〜…。まさに飛び火、とばっちり、返り討ち、そして苛烈な極み…
妻はかなりイノシシどしも重なってか、激しい猛進タイプの人間なので宥めるのも一苦労でした…
しかもある日。ついに、この悪循環を更に追い打つ最悪な事故が発生してしまいました…
「あいたぁーっ!!」
その叔母が一人。玄関先でヘタリ…と、軽く尻餅をついたのです…。たかが尻餅、されど尻餅…
しかし日頃からテレビばかり見て運動なんて全くしていなかった叔母は骨粗鬆症が酷かったみたいですが…
勿論、すぐに病院へと救急搬送され。義父と自分夫婦にとって、ある種の恐怖宣告を担当医師から聞かされる事になってしまいます。
『このレントゲン写真を見て下さい。腰の骨が複雑骨折しております。残念ながら…年齢的にも、この方は″一生寝たきり生活″になってしまいますので、ご理解下さい…』
「え…?」
年齢的にも骨の回復は絶望的。結果として介護度は最高ランクの5をいただけたのですが、働きもせず仲の悪い義父から生活費を貰い生き長らえてきた叔母…。入院費すら払えず、ケアマネジャーと幾つもの検討をした結果。最寄りの老人ホームは少ない年金では足りず入居不可。要は自宅介護と相成ってしまいます…。それでも費用的には赤字になりそうで…
「ここはこうして…。最後は…、これで…いい?」
「……。」
妻は再三、ケアマネージャーからの相談の電話を無視。入院している叔母と、この案件を放ったらかしで。結局、第三者の自分が最終的な介護の段取り&打ち合わせをする事になってしまいました…
そして全ての段取りが整い、その一連の説明をしたのですが。妻からの返事は全く返ってこず、小さく頷いたので自分はそれを勝手に″了解″とみなしてしまいました。
ただ叔母はもう立てないので、トイレや風呂は必ずサポートが必須。だから一番始めの約束事として…、「仮にも叔母は未婚独身女性だし、他人且つ男性の自分に、それを手助けする事は困難だからね?」…と、妻へ正直にそう伝えていました…
それに仕事から帰宅したら、障害のある息子の世話は自分オンリーです…
息子は危機察知に長けており、すぐキレる母親が怖いから?…が、正直なところでしょうか…?息子は心が本当に素直で純粋だから。自分が帰ったら常にべったり…と、露骨に意思表示、態度に出てしまいますので…
…と、そんな叔母の自宅介護を始めて一週間ほど経ったある日の事でした。
「ただいまぁ〜…、って、あれ?みぃちゃは?」
トイレや風呂に入り易く、その間に設置されていたベッドは、もう″不要″…とばかりに折り畳まれており。更に叔母の姿は何処へやらと消え去っていました。い、一体何故?もしかして再入院かな…?
「みぃちゃは文無しやし、″生活保護″で″老人ホーム″に行ってもらったから。ウチらとはもう無関係の他人さんや。…だから知らん」
「…………え?」
一瞬、頭が真っ白に。
連絡や相談なんて一切無く、綺麗さっぱり事後報告…
そんじゃあ、俺が買っていた、紙おむつ、携帯トイレ、介護ベッドはどーすんだよ?まだ届いてないモノだってあるんだぞ?生保になってしまったら、この出費は返金されないだろ??どーすんだよコレ??
この後、話し合いを散々蹴っておき。道徳心は欠けまくな心無きその妻と激しく口論となりましたが…
その際。横を素通りした叔母と実の兄妹である義父…。所謂、その実兄も妹の事など知らぬ存ぜぬ…と無視し、さっさと二階へ上がってしまいます…
妻の身内は…ホント最悪な家族やなぁ…。あ、自分トコの家族もよく似たモノか…
「やっと、あの厄介者を放り出せたわっ…」
と、本音を吐露する妻の行いが正しいのか?はたまた道徳的にも間違っているのか…?その判断は自分には出来ません…
だって付き合っていた時に妻から聞かされていた″みいちゃ″の人物像は、先に説明をされていた通りだったからでしょうね…。何もせず全てから逃げてきて…。文無しだから医療費差し引いたら生活費がギリギリか赤字に。入院や手術をすれば、その度に義父と我が家の家計から出費となるのです。
だから生活保護を受け、ケアの整った老人ホームに入所するのが本当に妥当だったのかもしれません…
ただ……倫理観、ヒューマニティーには欠けるかもですが…
…と、それから早十年が経ち義父の方が先に体調を崩し、他界してしまいます…
義父は、この世に押し入れに隠していた未練があったのか…
家では何度か亡き義父の心霊現象を自分は目の当たりにしています…
やがてあの義父が関係する″それら″も、最近はホボホボなりを潜め。でも…、これを書いている四日ほど前から急に…
「パパ、寝る先、寝る先。やすみー」
「おー、ユト。ちゃんと手ぇ洗ってから寝るんやで?パパはトイレ〜、トイレ〜…」
「洗う、洗う、やすみー」
いつも通り息子を先にトイレを済まさせ、自分が母屋の電気を切り後から一人別宅へと戻ろうとしました。すると…
(ゾワッ…)
その″みいちゃ″が毎日、毎日、いつも座っていたあの椅子の横を通る度、何か語りようの無い″悪寒・痺れ″を肌へ感じる様になったのです。
もう叔母は妻の企てで生活保護になり、何処かの老人ホームへ入れられ完全に音信不通となっていました。よって安否確認なんて、もう出来はしないのです…
でも、これは虫の知らせとも言うべきか…
(ゾワッ…)
「また…、まただ…」
ーー自分は再び直感しました。
恐らく何処かの病院に入院しているであろう叔母は、現在″意識不明の昏睡状態″か、もしくは″既に他界された″可能性があると…。しかし自分の視界には″ソレ″捉える事が出来なくて…。血縁じゃ無いから?シンクロも中途半端だから??
けど、寒気を感じる場所がいつも叔母が座っていた、あの台所のトイレ前の椅子辺りなのです。これは確実に叔母の身に何かあったと考えて間違いはないでしょう…
………と。その事を妻へ直訴したら、奴の拳骨が中身のスッカラカンな我が頭部へと…
(ガツン…)
「げふっ…」
鼻から飛び出す二つの聖水。やがて自分の目にはお花畑が見えてきて…キラキラキラキラ…。あ、鬼祖母がいる……で、やっぱり「シッ、シッ…」って追い払われて…
おーい自分〜、いい加減帰ってこいよ〜…
「はっ…!?」
危なかった…。多分、二、三回は逝ってしまってたよな?その間も妻は何かしらの暴言を自分に浴びせ掛けていたようですが…、それはそれで何か、ご褒美的にゾワゾワっと…
「ーー…なワケないやろ!パパのドアホッ!!」
(ガツンッ)
「ぐえっ…」
脳が震えるぅ…
その内容は全く覚えてません…テヘペロ。
…で。我が妻は恐ろしい狂犬キャラなのに、怖い話を聞かされるのが大の苦手だったり。更に叔母には″恨まれているかもしれない″という彼女の先入観も相まっているのでしょう…
「あー、イライラするっ…」
ただ、妻と自分とはその捉え方が全く違い。自分は他人なのに一応知人という事で、全くその恐怖を感じませんが。
妻は身内でも、その話を聞くと、かなり怖がっていました。自業自得と言えばそれまでですが…
やっぱり…、これは妻に言わなくてよかったのか…?…いやいや、娘の長女ヤカなら絶対に気付いて言ってくる筈だ…
でも、オマケに唯一家族で霊感のあったヤカは社会人として先日一人立ちしたばかり…
寂しいな…、すっごく寂しい…。だから今の我が家はその手の話の通じる相手がいないのです…
(ゾッ…)
「やっぱり…」
これを書いている当日、真っ昼間であろうが悪寒を感じてしまいました。もしかしてその魂だけが昔から叔母の居場所だった″あの椅子″に戻り、ずっと座っておられるのかも知れません…
これは自分の単なる勘違いなのでしょうか?確証は全くございません…。しかし義父の心霊現象以外、何事も無く十年以上も暮らしてきたこの家で、急に感じ始めたこの違和感…。自分は再びナガ兄が亡くなった日の事を思い出してしまいました。
それは、まるで伝播したかの様。その魂に何かしらの遺恨があれば現世での心霊現象に繋がる…と自分は考えています。
もし、読者様も同じ様な体験をされた事があれば、その故人をソッと思い出してあげて心よりご冥福をお祈りしてあげて下さい…
完。




