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七十三ノ怪 おばけなんてウソ…さ?

これは昔、仕事仲間だった男性から聞いた恐怖体験談。実際に″ソレ″を見てしまったのは彼の新妻らしいのですが…ーー




このご時世、独身派の方々も多く晩婚化傾向に。そんな中、仕事仲間の男性″ナオ″は同じ四十過ぎの女性″ユユ″と十年越しに愛のゴールインとなりました。


ワクワクドキドキ…と。昭和的に″新妻″と書いたのは故意にではありませんのであしからず…


そんな二人は互いに初婚でしたが。年齢的にも盛大に……ではなく、ひっそりと親族だけで簡素な式を挙げたとか。


「ボロいけどさ…。今日から仲良くここで一緒に暮らしていこうな?」


「うんっ」


大阪府のとある場所。緩やかな丘の上にあり、結核専門だった大きな病院の傍に。築二十年くらいでしょうか?外壁に少し割れや痛みが目立つ二階建てのマンションがあり。そこのひと部屋を間借りし、一緒に住む事になったこの夫婦。夢にまで見た新婚生活。家はボロいが、楽しさいっぱい夢いっぱい。

しかしこの夫婦は一ヶ月も経たずして、ここから逃げる様に引っ越ししてしまう事になるのです…


そう…、ある恐怖体験が元に…


「行ってきま〜す」


「いってらっしゃ〜い」


夫婦共、頑固なくらい完全節約主義。

一切賭け事や無駄遣いなんてせず酒はたしなみ程度、おまけに毎度見掛ける普段着も地味で質素なものばかり。

よって互いの貯金はトータルで凄い額になっていたと思うのですが…

う〜む、少しボクに分けてくれないか?…って、これじゃあまるで守銭奴…。いや、自分ケイジの親父みたいだよ…


と、そんな話は置いといて。ナオは何故だか「マイホームを買う予定はありません」といつも口癖の様に言っていました。


「ナオ?何度も聞くけどさ…、折角結婚したのにマイホーム買わないの?」


…と。流れる様に、さりげなく…


「ケイジさん。家を買う予定は無くて…。ユユ…、いや、嫁さんとは互いに大金は出さず、″自分たちの貯金は各々管理しよう″って話になってるんですよ。で、これから嫁さんは家事に専念してもらいますんで、僕の給料は生活費を除いて全て折半になりますがね」


「へ、へぇ〜…」


「それに、家を買ってしまったら引っ越しし辛くなるリスクがあるし。何かトラブルが起きても、その土地に縛りつけられてしまうでしょ…?」


「う〜む、正論を…。まぁ、急ぐ事はないし。個人の自由だけどな…?」


「でしょ?」


まさにフリーダム。でも子供が出来たりすれば、夫婦かれらの考え方も一変するかもしれません。それに家庭なんてものはまさに十人十色。読者様方々も、その生活スタイルはそれぞれ違いますよね。

ただ、奥さんのユユは結婚を機に長年勤めていた高給の会社を辞めたらしく


(晩婚で高齢出産…。収入が減ろうが子作りを優先してるんだろうな…)


決して口にはしませんが、話を聞かされた仕事仲間全員がそう思っていた事でしょう。しかし入籍後の三日ほど経ったある日の事です。ドタバタと忙しい仕事のラッシュ時、急にナオが話し掛けてきて…


「ケ、ケイジさん、ケイジさん…」


「ん、何?何ぃ〜?」


(ドタバタ、ドタバタ…)


彼に対し「お前は部署が全く違うだろ…」と心の中でツッコミを入れつつ、ちゃんと耳を貸してしまう自分。


「間借りしているウチの部屋なんですが…。もしかしたら夜中、泥棒に入られたかもしれないんですよ…」


「……へ?」


事が事だけに…、自分へ早く相談したかった様で…

…ってかさ?泥棒なら窃盗被害だろ?何故俺に聞く?それだったら真っ先に警察署へ電話しろよっ。

お、俺なんかに聞いたら、逆に足引っ張っちゃうぞ…?スっごく引っ張っちゃうぞ…?い、いいのか!?


「さっき、ダラハさんやマツさんにも相談したんですがね…」


(…って、俺を信じ、俺を頼って、俺一人に相談してたんと違うんかぁーいっ!)


…と、そんな心の中のツッコミも置いといて…


彼の話によれば普段の生活習慣から、いつも玄関の靴はきっちりと綺麗に並べて脱いでいたらしく。今朝方、ナオが仕事に出ようとしたら。夫婦の靴がひっくり返った感じに酷く散乱していたとか。それは明らかに夫婦以外の第三者の仕業に違いありません…


「せ、施錠は?家の鍵は掛けてなかったの?」


「玄関の鍵は掛かったままで…。可能性からして、昔ここに住んでいた住人が合鍵を使って侵入した…、としか思えなくて…」


「えぇ〜!?あ、有り得るのか…。金品はられてないの?取り敢えず家主に相談して、早く玄関の鍵を変えてもらったら?」


「金品は盗られてない様なので、警察には相談してませんが…。と、取り敢えず言われた通り、帰ったらすぐ家主さんへ相談してみます…」


そう言ってナオは帰宅後。真っ先にその事を家主に相談したらしいのです………が、マジな怒り口調。家主は「そんな事、絶対に有り得ない!!」の一点張り。怒るって事はあれだ…。やぬしは何かを隠してるって事なのか?もしくは家主が犯人か?…のどちらかに絞られるのだけれども…


新婚生活が始まって間もない住居でのトラブル。身体を休めれる筈の場所で全く休めない、お先真っ暗なこの案件。ナオは一人自宅で留守番している妻の事が心配で心配でたまらなくて、早く何かしら手を打ちたかったのでしょう。それで皆に意見を仰いでいたらしいのです。

だから、ほぼ全員の意見が一致した″家の鍵を交換する″で。彼は気難しい家主の許可を得て、その日の内に鍵を自費交換したらしく


「ユユ。これで″絶対に″大丈夫だよ、安心して」


「うん…」


自分ケイジの人生経験上、この世の″絶対に″という言葉は″絶対に100%ではない″のです…

よって次の日の朝、その甲斐も虚しく玄関の靴が再び散乱しており、それを見てしまったユユはもうガクガクブルブルと顔面蒼白になりました…。それでも仕事に行こうとするナオの服をキツく掴み、全く離さなかったとか…


「何なんだよ、一体…」


…で、改めてこの状況から推察すると。部屋の新しい合鍵を手渡していた、その″家主″が容疑者筆頭に上ります。そんな彼を問い詰める為に、ナオは「急用」…と言ってその日の仕事を急に休む事になったのです。


「◯◯さんっ!新しい鍵に変えたけど。また朝方、玄関の靴が散乱してたんだっ!この部屋の新しい合鍵はあんたしか持ってないだろっ!こっそり夜中に部屋へ忍び込んだんじゃないのかっ!?」


「ワ、ワシは知らんっ。ワシはいつも晩八時までに寝るんじゃっ。だからワシじゃないっ。そんなに疑うのなら警察を呼んでくれてもワシは構わないっ」


「くっ…」


年寄り相手に、血が頭に昇るのはこちらばかり。その家主も齢八十を過ぎ。年齢からも家主の張り上げる声のトーンは低く、逆に虐めているみたいで…。この頑固者と話しても話が全く前へ進む事はないでしょう。

新婚生活が始まってすぐでしたが別に盗られた物も無くて、警察に行っても相談までの話で終わってしまう可能性が大だったのです。

取り敢えず打開策を考えたナオは、その日の晩に通路に置いたままの、まだ片付けていない段ボール箱の端に穴を開け、補助灯で明るくした玄関をビデオカメラで隠し撮りしておく事にしたのです。


(これでよし……と)


そして就寝前に録画を開始し準備万端。

更に透明の釣り糸を玄関の下の方でピンッと張り。誰かがそこ通れば、空き缶が下駄箱から落下し大きな音が鳴る仕掛けまでをも追加しました。

これで何者かが侵入すれば空き缶の落ちる音と共に、その犯人の驚く間抜けな顔がバッチリと録画出来る事でしょう。そして本当に泥棒や家主が侵入していたとしたら、それを証拠に警察へ通報する事も可能です。更に用心の為、布団の横に護身用に?何故か傘を二本置いて就寝しました…


(チュン、チュン…)


やがて夜が明け、これでやっと爽やかな朝を迎えられる…………筈だったのですが


『チャンチャンチャラチャラ〜、チャラチャラチャンチャン〜…』


日の出前。寝静まる寝室へ突如鳴り響くユユの携帯音。設置してある目覚まし時計より先。そのコールの音で夫婦は目覚めさせられてしまいました。そして寝惚け眼、電話に出た妻の表情は次第に青褪め


「えぇっ!?……う、うん……。うん……、わかった…」


(ピッ…)


「……?」


「あ、あなた…?お、お母さんが…、お母さんが……う、うぅ……」


「……え?か、義母かあさんがどうかしたのか…!?」


就寝中、母親と同居していた姉から急な電話が掛かってきたのです。この手のパターンに自分ケイジはロクな思い出が無くて…。やはり、これもその必然を押し付けるかの様な訃報だったみたいで…


『あの早起きの母さんが、いつまでたっても二階から降りて来ないからさ?私、上へ見に行ったのよ。そしたら母さんが…うぅ…。母さんが…布団で寝たまま…い、息をしてなくて…』


…そう連絡が入ったらしいです。

失礼にあたるので自分ケイジはその死因までは聞いてませんが、まさに寝耳に水。健常者の見本みたく凄く元気な方で、時間的にも亡くなったのは夜中、もしくは朝方でしょうか?恐らく発作的な突然死かと…

よって連日、ナオは仕事を休まなければならなくなり「急用」改め「忌引」に。妻方の母が亡くなった旨を会社へと連絡し、着替え終えた二人は急ぎ玄関へと向かいます…が


「…!?」


しかしです…

ショックな事に玄関の靴が何者かによって、またまたバラバラに散乱していたのです。でも、空き缶の落ちる仕掛けは未作動で。普通に考えて侵入騒ぎで揉めた後、家主がわざわざ部屋へ侵入したりするのでしょうか?

彼は容疑者として本当に白か、はたまた黒か…

しかし今はビデオカメラの映像を確認している余裕なんてありません。だから盗られたら困る金品・キャッシュカード類、例のビデオカメラ等を鞄に詰め込み、夫婦は自家用車マイカーでユユの実家へと向かいました。


「……。」


「うぅ…、ううう…」


入籍して早々、あの元気だった義母がまさかの他界。ナオは車内で泣き噦るユユに対し″散乱していた靴″や″ビデオカメラ″の話なんて出来る筈もなく…


「ユユ、元気を出して…。もうすぐ着くからね…。お母さんに最後の挨拶をしなくちゃ…」


「うう……ぅ…」


「……。」


声を押し殺し、いつまでも泣き続けているユユ。彼女は酷く動揺し頭の中が真っ白になっているのか、返事する事も出来ない酩酊状態の様になっていました。まぁ、当然でしょうね…


「……。」


やがて二人は、引越し先の新居からも近いユユの実家へと到着します。ですが、彼女はその悲しみに暮れる間も無く、葬儀の段取りに追われる事となってしまいました。

こんな時、旦那のナオが慌ただしく動き回るユユに声を掛けても全てが上の空。更に「俺に何か手伝わせて」と言っても「私がするからあなたは和室で休んでて…」と寂しく言い返され何もさせてもらえなかったとか…


(ここはユユの実家だし。同居している義姉ねえさんも、他人のナオに家の中をうろつかれるのが嫌なんだろうな…)


後日、ナオから聞いた話では喪主は義姉。よって義父は既に他界されていたのでしょう。やたらと大きな実家で盛大且つ立派なお葬式だったらしく、かなり忙しくて大変だったと思われます。


「暇だなぁ…、ホント暇だ……。男ってこんな時ダメだな…。あっ、そうだっ…」


あー、男は悲しい生き物……と、ナオは通夜と葬式の参加、食事の買い出し以外はずっとフリーだったかは暇で暇で。

だから三日目の晩に、こっそり防犯用に設置していた、あのビデオカメラの映像を確認する事にしたのです。すると…


(………ザザーー!!)


全く何も起きない玄関を、ただ一時間くらいじ〜っと映して出しいる映像が流れていて。途中で画面が急に『ザザー!』っと砂嵐になり…………って、これで終わりかぁーいっ!

なんと、映像に″事件の証拠″となるものは何一つ映ってはいなかったのです。途中からずっと砂嵐だったし…。ではこれはバッテリー切れや故障が原因なのかな?いえいえ、妻の実家の部屋で適当に試し撮りしましたが、ビデオカメラにその様な不具合なんて一切見られませんでした。


「お、おかしいなぁ…」


そう呟くと、その背後から


「何が?」


…と、急に声を掛けられ


「うわぁ!?」


ビデオカメラの映像に集中し過ぎていて、部屋へ静かに入って来た妻の存在に全く気付かず逆に彼女を驚かせてしまったナオ。しかも、ここは全く慣れない妻の実家。こんな時は悪い事をしてなくても、何故か過剰に反応してしまうものなのです。


「もうっ…、びっくりしたじゃない…」


「ごめん…」


するとユユは。ナオがビデオカメラ片手に映像確認をしていた事に気付き、その結果がどーなってたのかが気になって


「あ、それ…見てたんだ…。な、何か映ってた…?」


「いや、なんにも…。見てみる?」


「……うん」


その流れで、二人はビデオカメラの映像をもう一度確認する事にしました。旦那のナオが見た時は只々、何も起きない玄関をず〜っと映している映像が、やがて砂嵐になるだけ…。でも、改めてユユがそれを見てみると


「あ、ここで『ザザー』って砂嵐みたいになったんだ。………でも、あれ?今のところ、もう一度戻してみて?」


「え?わかった…」


ユユは映像が砂嵐になる直前、何かに気付いたみたいで。一旦映像を戻してもらい、画像が乱れる直前で一時停止し…


「ほら、ナオ。これ見てよ…」


「え?何が?…ん〜…………あっ!?」


更にコマ送りで映像をゆっくりと確認すると。砂嵐になる直前、映像には″半透明の青白い球体オーブが複数体″映し出され、それが映像のノイズに紛れ次第に大きくなって行き。最後に画面全体を覆ったかと思えば、そこで映像が「ザザー」っと砂嵐になってしまったのです…


『……。』


そんな不気味な映像を見てしまい言葉を失ってしまった二人。

一般的に幽霊だのオーブだの思念体の視覚、それらが起因し引き起こされる物が勝手に動いたりするポルターガイストは、一括りに″心霊現象″という事になるのです。

では、あのマンションは非公開の心理的瑕疵物件しんりてきかしぶっけん……所謂、巷で言われているところの幽霊ハウス…″事故物件″だったのでしょうか?するとユユは、何故か明るい表情になって


「こ、コレってさ?母さんかも…。きっと母さんが私に会いに来てくれてたんだよ…。だって姉さんが、母さんが亡くなった晩、『ユユがいなくなって寂しい…』って悲しそうに呟いてたらしいの…。だからきっと…」


「…え?」


今際の際、もしくは亡くなってから?母親の魂が結婚し家を出てしまった愛しい我が娘に会いに来たりしたのでしょうか?でもユユが実家にいる時は″会いたい念が無いから″、その母の生き霊とは一切遭遇しなかったでしょうが…


やがて仕事があるナオは一人、一足先に自宅マンションへと戻ります。

時間帯は昼過ぎで外はまだ明るく、それとは対照的に玄関から改めて部屋の奥を覗き込むと、きっちり閉められたカーテンで部屋はかなり薄暗く不気味に感じるのです。

これはユユが「母親が会いに来てくれた」と言っていた所為もあるでしょう。しかしナオは″生き霊″もしくは″幽霊″?みたく、非現実的なモノの存在なんて全く信じないタイプの人間でした。もちろん自分ケイジの幽霊話も彼からすれば只の与田話に過ぎなかったのです。


「ホントに義母かあさんがユユに会いに来た…のか?はっ…、俺は何言ってんだ…?多分疲れてるんだな…。そんなワケないじゃないか…。きっと考え過ぎだ…」


やっと部屋の主が帰ってきて再び玄関に寂しくひと組みの靴がそっと置かれます。そしてカーテンを開け明るくなった部屋は荒らされた形跡も無く。ナオは先程までの煩悶を完全に払拭しました。

そこで部屋に敷いたままの布団へゴロリと寝転がります。すると連日の葬式疲れか…、いや、お前は何もしてないだろ…?ま、まぁ…、疲れていたという事で…彼は知らぬ間にそのまま寝てしまったのです。


(ぐー…、ぐー…)


すると…


(ジャァー……)


風呂場の方から急にシャワーの音が聞こえてきて…

『一体誰だ?』

…と、ナオはその騒音で目覚めさせられてしまう事になるのです。


「ユユ?」


もし風呂場に誰かいるとすれば、妻が帰ってきて汗を流している可能性が有ります。しかしその妻の帰宅予定は確か明日の昼過ぎの筈…。いや、まさか自分ナオ布団ここで丸一日、爆睡していたのでしょうか?体感的には二、三時間ほどの仮眠で、その予想通り窓越しに外はキッチリと夜になっています…。でも、もしかしたら…?


「ユユ…?もう帰ったのか…?」


そして風呂場の手前までやって来たナオ。狭いマンションなので通路左手の扉の奥が風呂場で、その直線上には玄関が見えていて


「…あれ?」


そこで自分の靴が再び散乱しており、嫌でもそれが視界に飛び込んできました…。しかもユユの靴なんて何処にも無くて


「ーー!?」


(ジャァー…)


無機質に鳴り続けるシャワー音がナオの恐怖心を酷く煽ります。

一体誰だ…?風呂場ここに誰がいるんだよ…?


(ごくり…)


現状が理解出来ずガクガク、ブルブルと震え…、まさかあの家主じいさんが勝手に部屋いえに侵入し、全裸でシャワー中なのでしょうか…?

…え?そっち??…ある意味、それはそれでマジ恐怖なのですが…


(カチャ…)


しかし風呂扉の磨りガラス越しに中を見ても誰もおらず。そ〜っと風呂の扉を開け、その中を確認するナオ…


「あ、あれ?」


いつの間にかシャワー音が聞こえなくなっており、電気をつけて風呂場を確認しても床は一切濡れていなかったのです…

何故…?と、ナオは呆然自失のまま頭の中で自問自答を繰り返していました。この風呂場から確かにシャワー音が聞こえていた筈ですが、彼の思考はある結論に至ります。


「″あれ″は…、隣の部屋おたくのシャワー音だな。きっと…うん」


そう勝手に話を括り。やっぱり超常現象など全く信じていなかったナオ。

だってスマホの日付けも、予想通りちゃんと当日だったし。誰が丸一日寝てたって?ハハハ。


(パタン…)


取り敢えず彼は玄関の靴を並べ直し、再び釣り糸で空き缶の罠を張り、ビデオカメラをダンボール箱へ隠す様に設置しました。そこから食事を済ませてシャワーを浴びた後、またまた護身用の傘を布団の横に置き、平然としたまま二度目の眠りにつきます。

彼が本当に怖いのは″現実の人″、その謎の侵入者の存在のみ。だからさっきのシャワー音は″心霊現象″などではなく。単に隣の部屋の″物理的な物音″だから、それとは全く関係無し…な「″お化けなんてうそ″」さ〜「″お化けなんてない″」さ〜…なのです。


(ぐー、ぐー、ぐー…)


やがて次の日の朝を迎え、ナオはトイレを済ませ洗面所へと向かいます。するとまた玄関の靴が…


「くっ…」


今度は、散乱どころか片方の靴が無くなっていました。勿論、残りの靴も横向きに転がってます…


「誰だよ…、ったく…」


この時のナオは、この怪奇現象に…ではなく″謎の犯人″に対して怒りがふつふつと湧き上がっていました。でも、この後すぐに仕事へ行かなければなりません。だから即座に妻へ電話を掛け


「ユユか?俺だけど…、うん、大丈夫だ。けど、また靴がぐちゃぐちゃになっていて…、しかも片方の靴が行方不明だ…。ホント腹が立つ…。今日お前が先に帰ってくるだろ?心配だから一人で自宅には帰らず実家で待っていてくれ。俺が仕事帰りにそっちへ迎えに行くからさ?」


ナオは奥さんにそう指示し。その後、車に乗り込み職場へ出発。手に謎の紙袋を下げ、久しぶりに会社へと出社してきました。


「ダラハさん、コレ、気になります?」


「いや、全然」


(……。)


会社恒例の面倒臭い朝の朝礼。毎回、自分ケイジのスピーチがつまらないのか。ナオと先輩ダラハが全く噛み合ってないそんな会話を目の前でヒソヒソと繰り広げ…

おーい、聞こえてるよ〜、丸聞こえだ〜

だから自分は…


「じゃあ、ナオ。その紙袋の中身を見せなさい」


「え!?」


「な・か・み・を見せなさい」


「ケイジさん、すいませんでした!!」


…ニヤリ。

ナオよ…会社の責任を担うこの俺、″責任だけ者″の監視の目は厳しいのだ。…ん?責任だけ…押し付けられ者?…泣


そして、やっぱり「忙しい」の上に「クソ」が付きそうな時間帯に、自分の部署ところへやって来たナオ。君の部署はその時間帯がフリータイムなのかは知らないが、今来るなよ、今…


「ケイジさん〜。朝は何か、すいませんでした」


「ふむ、わかればいい」


「で、これなんですが…」


と、朝の紙袋を前に出し。彼は中から片方だけの靴を取り出したのです。この時初めて自分ケイジは、靴の片方が紛失した謎の経緯を聞かされました。やがて、そのまま三時の休憩となり


「見て下さい…。これって血の跡じゃないですか?」


「血…ってよりも茶色っぽいから、……泥?」


「ど、泥ですかね…?」


「うーん……………ち?」


すぐしもにいってしまう自分ケイジ


「ケイジさん…。リアルにやめて下さい…、嗅いでもそんな臭いはしませんからっ!」


「あははは…。って、嗅いだんかぁーいっ!…でも、これは…」


靴の側面にこびり付く謎の茶色い色素…。自分ケイジはアルコールの霧吹きを使って、その形が何を現しているのか簡単に再現してみたのです。


(シュッ、シュッ…)


手をぐーにした時の下側。要は小指側面を全体的に?更に顔の頬にもアルコールを吹き掛け、エクボ…、そんなの俺には出ないよっ!でも、一応ほっぺで…。しかも無駄にコピー用紙を使って…、こ、これは………


「う〜ん…………………………ち?」


「ケイジさん、いい加減止めて下さいって…。しかもちょっと間が長いだけだし…」


「あははは…」


(キーンコーン◯ーンケーンチャ〜ン〜…)


自分は純粋に、その形が″頬″に?似ていると感じました。

…って、いつの間にか休憩終わっとるやないかーいっ!


「血かどうかは不明だけど、多分これは頬だ…。ナオ…、新婚だからって変な趣味プレイは止めとけよ?」


「ケイジさんから″それだけ″は絶対に言われたくなかったです…。でも…、ほ、頬ですか…」


「ウホッ、ホホッ…」


「……。」


ナオ…、無視するなよ…。ん?完全無視…?それはそれで何かゾクゾクしてきた…、はぁはぁはぁ…。って、仕事しろよケイジ


「じゃあナオ。今日の仕事は最後の一押しだ、頑張ろうな」


「あ、はい。ありがとうございます。ケイジさんも頑張って下さいね」


この後、二人はそれぞれの部署に戻ったのです……が、ナオは「急用で」と言って終業時間前に何故か急いで自宅へ帰ったとの事…


「時間も後ちょっとなのに…、何もトラブルが無かったらいいんだけど…」


そして自分ケイジは次の日のお昼休み、その帰宅した恐ろしい理由ワケを彼の口から直接聞かされる事になってしまいました…


「″ケイジさんの話は本当でした″…」


「…な、何が?」


最初は何の事だか全く意味が分からなくて…


「何が…って…。だから、妻が見てしまったんですよ…」


「だ、だから…何を??」


「昨日、ケイジさんがよく話している″幽霊アレ″ですよっ。妻がアレを見たってって言ったんですっ!」


「へ…?うわちゃぁ〜…」


ナオの妻ユユは、実家では母親の霊と一切出会えなくて。旦那の朝の警告を無視し、一人で先に引っ越し先のマンションへと戻ったらしいのです。

その時の一部始終は、ナオが隠し撮りしておいたビデオカメラに音のみが記録されていたとか…。要は画面が真っ黒なまま、妻が恐怖し絶叫する声だけが刻々と残されていて…



「ただいまぁ…」


まず、節約家のユユは徒歩で昼過ぎに自宅マンションへと帰宅。しかし玄関に入ると旦那のナオの言っていた片方だけの靴は無く、代わりに空き缶の仕掛けを知らなかった奥さんがそれに引っ掛かってびっくりドッキリ…

しかし…それだけでこの恐怖が終わってくれれば良かったのですが…


(カランッ、カララ…)


「な、何よコレ……もおっ」


そう旦那ナオに対し愚痴を溢したユユ。それと同時、急に風呂場からシャワーの音が聞こえてきて…


(ジャァーッ…)


「ひぃ!?…だ、誰!?」


同じ状況でも鈍感&肝の据わっているナオと違い。彼女の繊細な精神は最初の時点で、完全にその恐怖へと呑み込まれてしまいました。


「母さん…、母さんなのっ?」


しかしその相対した恐怖よりも、今の彼女の悲願である望みはただ一つ。最後にもう一度「″母さんに会いたい、会って話しがしたい″」…と…


(ゴクリ…)


歩幅は小さく、ゆっくりと恐る恐る風呂場を覗くユユ。しかし旦那のナオの時と同じ、途中でシャワーの音は止み、そこには誰もいなくて、床も濡れていなくて…


「……。」


この異様な光景を目の当たりにし、彼女はコレが″母なのか?″もしくは″別の何かが?″との二択が脳内を巡っていました。

気持ち的に、もしこれが本当に母親の霊なら。こんな回りくどい出会いを演出したりするでしょうか?出来れば葬式中に、本音は出会いたかった…。すると…


(タ、タタ……)


物が転がった様な音が、急に玄関の方から聞こえきて


「ヒィッ…!?」


現在、物音を立てない様に行動し。「シーン…」とした状況下で、玄関にはしっかりと鍵を掛けており。誰かが、あの錆びた蝶番の扉を音も無く開閉するなんて事は絶対に有り得ませんでしたから。


(っ…)


続いてユユは、体が何故かとてつもない空腹感、倦怠感ににみまわれ。更に手足は痺れ体全体が重く感じる状態になっており…


「何…よ、これ…。ちゃんと朝ご飯…、食べてきたのに…」


その疑問より先。這いつくばりながらも、なんとか風呂場から抜け出せた彼女。そして再び玄関の方で何かが転がる音がしたので、そちらへ徐に振り向くと…


「え………、ひぃ!?」


あれは…白髪の男性?いや。乱れた髪が垂れ下がり、やたらと長いから女性なのか?

真昼間から玄関でうずくまり、そのガリガリに痩せ細った体は全体がボヤけて見え、その酷く窶れた表情からは性別すら判断出来ない。まさに異様な″幽霊なにか″が悍ましく玄関そこへと存在していたのです…


『あ、あうぁ…、うぅ、あぁ…』


「いゃあぁぁーーっ!!!誰よっ、アンタ!!」


母の事など何処へやら…。ユユは完全に腰が抜けた状態のまま絶叫し。廊下を這いずりながら、明るい奥の部屋へと逃げ込みました。


「ひぃぃいっ!!!」


(バタン!)


「はぁはぁはぁはぁ…」


そして素早く部屋の扉を閉め。三角座りをしたまま外開きの扉のドアノブを必死に両手で掴み、開かない様、必死になって手前へと引っ張っていたのです。


(……。)


そこからは逆に″何も起きない、扉の向こうがどうなってるのかすら分からない。″…的な恐怖タイムに突入してしまいます…

その合間に自分で引っ張ってるドアノブの擦れた音で、彼女は何度か自爆絶叫していた様ですが…


時間経過と共に、少しずつ冷静さを取り戻してきたユユ。彼女は旦那のナオに助けてもらおうとして、手持ちのスマホをキョロキョロと探し…


「ス、スマホ…、スマホは…??」


それを探し振り向いた先、部屋に敷いてある夫婦二対の布団の向こう側。要は部屋の中でも一番遠い場所にある窓際へ、スマートフォン入りの鞄を置いてしまっていて…


「いゃあぁぁーーっ!!!」


いっそドアノブを握ったまま、夜まで旦那の帰りを待つか…?これだと一体何時間掛かるのか?

はたまた現在、引っ張ってる扉には何らハプニングが起きてはいないので。ダッシュで鞄を取りに行き、再び扉前に戻りドアノブを引っ張りながら旦那に電話を掛ける…か?……の二者択一を迫られます。


でも初案だと、もし旦那が残業モードに入れば…と、恐ろしくなったユユ。可能性的には連日休んだ所為でナオは仕事が溜まっており、恐らく残業それは確定かと…


「や、やっぱり、絶対に電話しなきゃっ…」


夜更けに帰られたりしたら十時間待ち…なんて事も有り得ます。だから彼女は窓際まで、一気に鞄を取りに行き…


『ギィ…………』


(!!?)


しかし…、これは予想通り?ユユが鞄を手にした時には、確かに閉まっていた筈の扉が、その築年数を物語る蝶番の音を不気味に奏でながらゆっくりと開いていきました…


(ガサガサ…、ガサガサ…)


もう扉を閉めに行く根性も無く、ただ只管、旦那のナオへ救いを求めようと、必死になってーー


『ズズ…、ズズズ……、ブァ……』


(ひゃわああああっ!!?)


ーーユユは何とかナオに電話し。その電話をとった彼は彼女からの返事が無く無音だった事で、その危機を察知。仕事も放ったらかしのままダッシュで自宅へと帰ったらしいのです…

やがて家へと到着すると、玄関に入るとあの紛失していた片方の靴が散乱しながらも戻っており、廊下の突き当たりの部屋ではユユが気を失って倒れていたとか…


そのアパートは恐らく、偏屈家主じいさんが心理的瑕疵物件の事を秘密にしたまま貸し出していたのでしょう…


だから一番の被害者である妻の切なる願いによってユユは一旦実家へと戻り。あの事故物件は即、解約したらしいです。それでもあの馬鹿ナオは…


「ウチのユユですがね?幽霊が出たとか何とか言って、『あの部屋にはわたし、絶対戻らないからっ!』とか言うんですよ?はぁ、どうせ夢でも見たんでしょアイツは…。現実と夢が有耶無耶に…ですかね?俺なんてあの部屋で何も感じないし、何も見てないし……ウンタラカンタラ……と、ケイジさん、どう思いますか?」


「お、奥さんは大事にしてやれよ…」


「えー…、何すか、そのアドバイスは〜…」


ナオは鈍感過ぎて結婚が遅れたタイプの人間です。まず本当に自分ケイジへ相談したいのなら彼が″心霊現象″についてちゃんと″理解″しようとしなければ、たとえ何を聞かれたとしてもケイジからは彼に何もアドバイスしてやる事なんてありません。だって、どう頑張って説明しても、どうせ彼はそれを″理解出来ない″んですから…


最後にナオの片方の靴は無事に戻ったらしいですが。二足共に付く、あの頬みたいな変なシミは洗っても全然色が落ちなかったとか。で、自分ケイジがこの仕事を退社する時には、80キロあった彼の体重は約20キロ程まで落ちていたようで、しかもケチだからか、例の靴を彼はまだずっと履いたままで…


『みなさん。わたしこと◯◯は本日を持って退社致しますが…ーー』


残念ながら自分ケイジはその会社を退社してしまったので、彼のその後の話は″妻のユユが実家へと戻ってしまい、旦那のナオは友達の家で寝泊まりしていた″……ってトコまでしかわかりません。けど、彼のあの痩せ方は絶対に異常でした…


「多分…、ナオは″タチの悪いモノ″に取り憑かれたんだろうな…」


これは自分ケイジの想像でしか有りませんが、白髪の長い…恐らく老婆でしょうか?その人が生活費も底をつき、空腹に耐え、苦しみぬいた上、例の玄関先で倒れ餓死してしまったのではないでしょうか?


その寂しきシャワー音は水を欲し、己が最後まで足掻き、必死に生きようとした証左。


靴に付いた茶色いシミは長期間、誰にも発見されず腐乱した老婆の顔が丁度あのナオの靴が置いてあった、その場所と一致したのではないでしょうか?


予想するに壮絶で後味も悪かった今回の心霊現象じけん。その後の夫婦かれらがどうなったかは分かりませんが、これは読者様あなたにも起こりうる事なのです。地価相場より低家賃だったり、案内の備考欄に「心理的瑕疵有り」等が書かれているのが目安ですが…


今思えばナオ、ユユ夫婦も、純粋に安い賃貸を探し過ぎたのかもしれませんね…


だから、これから中古物件等に住まわれる方は特にご注意下さい…





完。

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