四十九ノ怪 ザ、寿司屋
ここは、とある回るファミリー寿司屋さん。
え?握ってもらう?そんな洒落た寿司屋には行けない、しがないサラリーマンの自分。
今日は母が亡くなってから四十九日目。仕方無く、面倒臭いですが、嫌々、拒絶反応が…、はぁ…。あの大嫌いな実の親父と″く◯寿司″へ食べに行く事になってしまいました。
親父は子供たちの前で格好良く「好きなの食えよ!わははははっ!」…と言ってますが、その金の出所は自分。
もちろん先に親父へ渡しておいた五万円ですからっ…、ざんねーんっ!!
お陰で血圧がぐぐぐっと急上昇…。そしてこの頃はまだ寿司の注文に対し便利なタッチパネルなど無く、全てインターフォン越しの肉声注文だったのでーー
「……。」
ランチタイムを終えた中途半端な時間帯で店内の客入りは疎らな昼の三時過ぎ。要は店の客入りが完全に空いた時間に来たのです。
しかぁーし……、親父よ…。普通は子供たちを寿司皿の取り易いレーン側に座らせてあげないか?そして俺を見ろ。親らしくちゃんと通路側に座っているぞ…?と、自分の家族全員の視線を一身に浴びながら。そんな事なんて全く気にする素振りも無く堂々とレーン側に座り、皆より先に注文しまくる親父。
「あー、次のネタやけど…。おい、聞いてるか?ねーちゃん」
「″あ、は、はい。ご、ご注文をどうぞ…″」
(親父……。ここはキャ◯クラか?そんな恥ずかしいやり取りは、自分ファミリーのいない所でやってくれ…)
このテーブルは四人席。長女ヤカと親父が向かい合わせでレーン側。親父…いや、嫌われ者の横は自分と相場が決まっており、ヤカの横にはプリン事件の次女サリがちょこんと座っています。
可哀想に…
残りのナガ兄、ワカ姉と嫁さん&一番下の息子は別席へ…
俺も、そっちに行かせてくださいっ…
すると父親が更にインターフォンのボタンをカチャカチャと何度も強く押し…
「″は、はい、ご注文をどうぞ″」
「…牛カルビ、二皿。はよ流してや」
「″しょ、承知致しました。ご注文ありがとうございます…″」
大阪弁で「はよ」とは「早くしろ」の意。頼むからインターフォン越しに催促するのやめてくれ。しかも後から流れてきた牛カルビの皿を見て、激怒した父親が急に店員呼び出しボタンを連打して…
(ピンピンピッピンポーン…)
しばらくして、何も知らない可哀想な店員さんがホイホイやって来ました…
「お前のとこ何やコレ?この写真とエライネタの大きさが違うやないかい。どないしてくれるんや?エエ!?責任者呼ばんかい!」
「!!!?」
やっぱり…。この過激な七十歳過ぎの老害…何とかならないか…?
「も、申し訳御座いません…。直ちに別の品とお取り替え致しますので…」
…と、店員さんが慌てて暖簾の奥へ逃げていきます。
その後、店長らしき人を引き連れて戻ってきましたが…、その店長らしき人の手には大き目の牛カルビの皿が…
カゾクソロッテ、ムチャクチャ、ハズカシイ、デンガナ…
「おたくが責任者か?ワレとこは、こないな誇大広告で客を騙して商売しとるんかぃっ!」
「い、いえ。決してその様な事は…」
既に現場はお通夜状態。自分も含め、完全に白目状態の娘たち…
そこで仕方なく、ため息混じりな自分の登場です。
「はぁ…親父。子供もいるんだ止めてくれよ…」
「ちっ…」
自分に止められ、よく聞こえるくらいの大きな舌打ちする父。
しかも店長らしき人を「シッシッ…」と手で追い払う始末。
アンタは一体何者だ?く◯寿司の社長か?しかし、たくましい我が娘たちは、その後は何も無かったかの様に寿司をひたすら食べまくっていました。
流石だ…、もしかして悩んでたのは自分だけか?そうなのか?
すると己の事しか考えていないあの父親が、超珍しく…
「おう。ヤカ、サリ。デザートはどうや?食べるか?」
…と、子供たちにデザートが欲しいか否かを聞いてきたのです。もちろんそれは″俺の金″だけど…
「カット…メロンが欲しい…かな?」
「……。」
長女ヤカがメロンを希望。それに呼応し、寡黙な次女サリも黙って頷きました。
「よし!」
(ピンポーン…)
「″ご、ご注文をどうぞ…″」
さっきの暴走親父の所為で、店員さんが超怯えているのが生々しく伝わってきます…
インターフォン越しの店員さんが、あまりの恐怖に思いっ切り噛んでますよ…。あー、恥ずかしいし、次から、この店には来れないな…
「メロン流してんか?メロン。ごっつい大きいやつや」
まさかのサイズ指定…?ごっついイコール、大きいって意味……って「大きい」を二回言ってるぞ親父!?
「″あ…、はいご注文ありがとう御座います…。こ、個数は如何致しましょうか…?″」
かなり困惑気味の店員さん…。そこへトドメとばかり…
「″ぎょうさん″流してんか。″ぎょうさん″っ!」
「え?あ、はい?……え?」
再び頼り無い店員さんの返答に怒鳴る親父。
「ぎょうさんやっ!!」
「か、かしこまりました…。少々、お待ち下さいませ…」
こちらで言う「ぎょうさん」とは「たくさん、大量」の意、関西弁は面倒臭いのです。
…ってか親父っ、ハッキリ個数を言えよ個数をっ!店員さん困ってるだろ!?…ん?「かしこまりました」って…。この店員さん。一体、カットメロンを何皿流すつもりだ…!?
そして、そのメロンが流れてくる少しの間に親父が、誰も頼んでないコーン軍艦巻きをレーンから勝手に取って…
「お前たちコーン食べや?コーン。サリ、ヤカ、コーンはいらんか?…何や?いらんのか?しゃあないなぁ…」
更にレーンへ強引にコーンを戻す遮二無二な父。自分で取ったなら、自分で食え……ってか恐らくウチのファミリーは誰も食べた事ないぞ、ソレ…
…と、そうこうしてる間に注文したメロンが流れてきちゃいました。
(しゃー…………)
流れてきた皿は……。可もなく不可もなく、多くもなく、少なくもなく…。″微妙な三皿″。
「ちっ、少ないやろ…」
と、再び親父が舌打ち。
そしてヤカとサリがそれぞれ一皿づつ取り、専用品の入れ物に乗った残りのカットメロンが一皿。全レーンを永遠に、ずっと周回する羽目になりました…
親父よ、少ないって言っておいてソレ…多かったんじゃないのか?いい加減″数を言えよ!数を″!!
…と、心の中で怒鳴る自分。
更生の余地無し。この親父には何を言っても無駄なので、余計な事は一切言わない様にしていました…。すると…
「ふぅ…」
そう言って立ち上がった父親は
「美味かったなぁ…。お、ケイジ。ちょっと、どいてくれ…」
…と、急に席を外してしまいます。食ったら出る、これは自然の摂理なのです。よって恐らくトイレに行ったのでしょう。
…と。そんな道徳的な一般常識の考えでは我が親父を理解するに至りません。
そして、そんな中。悲しくも事件は起こってしまいます…
………
「いやぁ〜な予感がする……」
遅い…
待てど暮らせど親父の帰ってくる気配はありません…
ん?まてよ…?確か「美味かったなぁ…」って言ってたよな?…過去形…!?
「まさか…」
はい、父親の″胃袋は既に寿司を堪能済み″だったのです。確かヤツに五万渡した時…
『お、ケイジ悪いな?じゃあ、今回は寿司代をここから払うからな?』
そう言って筈……って、マジか!?
しかしこれに対し自分は、一つも怒りが湧きませんでした。一応、離れの席にいた嫁さんたちの別席も確認しに行きます。
「義父さん?こっちに来てないよ?」
「あ、ああ…。食べてる時にごめんな?この話は忘れて…」
はい、もちろん父はいませんよ。分かってた事ですから。こんな些細な事で私はもう怒りません。そう、まるで聖人君子の様に″親父の行動″を読み解く自分。
家族、兄弟には父は先に帰ったと伝えておこう。折角、クレイジー次男のタメ兄を除く皆で楽しく食事しに来たんだから。
そして残った皆が楽しい食事を終え、会計タイムと相成りました。ですがこの時、自分は完全に油断してしまっていたのです…
「ありがとう御座いました。お会計は二席分で二万八千三百円…」
「へ…?」
慌てて伝票を覗き込むと…
「持ち帰りプレミアムセットx4って、何だよソレ…??」
…確かそんな名前でしたが…。余裕で二万円有れば足りると思っていたら、まさかの高額請求。
詰め合わせのお持ち帰り……だと?いつの間に……
「親父…、後で絶対殺すっ……」
さっきまでいた自称聖人君子は何処へやら…
小さく呟いたのに背後で待つ身内サイドからクスクスと笑い声が聞こえて来るのは何故でしょう?
単なる空耳?明日、耳鼻咽喉科に行って診てもらうか…?いや、頭がおかしくなりそうだから精神科がいいかもな……
完。




