四十七ノ怪 おたゆうさん
頃は晩秋。
肌寒くもあり、すれ違う街の人たちの衣替えした様子がチラホラ目につく時期と相成りました。
その時の松原の地にあった我が家にもある変化が…
基本的に常時我が家にいる鬼…いえ…祖母は高齢の為。歳相応、身体は細くて厚手の甚平服を着ながら座椅子に座り、外をボーっと眺めておりました。
「おかしぃ〜なぁ〜…」
祖母のいる和室の前を通りかかった自分。確か高校生の頃だったと思いますが、相変わらず魂が抜け落ちた様な祖母の姿。そして今日は何かお困りの様子で、暇だったし、だから何気に…
「どうしたの?婆ちゃん…、一体何がおかしいの?」
そう問い掛けました。すると部屋の外に見える電柱間の、垂れている電線を指差しながら…
「ほらっ?″おたゆうさん″が歩いてはるやろ?頼もしい姿やなぁ…。けどなぁ…、何でそこで歩いてはるんやろか?」
「……。」
″おたゆうさん″って何だ…?昭和初期の話なら分からないから、もう止めて下さい…
…と、そうでした。祖母は極度のアルツハイマー&白内障。まだまだ青二才である自分が太刀打ち出来る相手ではありません。すると今度は…
「…で、アンタは誰や?」
「俺は孫のケ・イ・ジ。いい加減覚えてよ」
「アンタはケイジちゃんと違うわい。ケイジちゃんって言ったら…、こう、小さな…」
「……。」
星の数ほどやってきた、この″コント″。恐らく次は…
「婆ちゃん…、それ。何やってるの?」
「手がな?…手が燃えとるんじゃ…」
そう言って座椅子に座りながら空を仰ぎ、右手を頭上高く掲げて手首をほんの少し″くの字″に曲げ、小さな円を描く様にクルクルと回転させるのです。
「……。」
「手がな?燃えとるんじゃ…」
返事しなかったからか、二度も説明されました。
そして物理的に考えた素朴な問いを自分は祖母に優しくぶつけます。
「じゃあ燃えていたら熱くて、火傷して、悲鳴上げて、そんな呑気に座椅子に座ってられないんじゃないかな?そっちのが、おかしくないかな?」
…と聞いてみる。すると祖母はその手首の回転を止める事なく…
「そやな?おかしぃ〜なぁ〜…」
「……。」
今日は誰とも遊ばなかったから自分も暇だ。まぁ、いいだろう。すると、ここに来て祖母の定例の必殺技が炸裂。
「ば、婆ちゃん。今度は何処見てるの…?」
今度は何も無い壁だけの部屋の片隅を、まるで般若みたいな表情で睨みつけるのです。
「ほらっ、そこにおるやろ?ワシを睨んできよるから。今、ソイツを睨み返しとるんじゃっ」
「……。」
と、そこで自分は無言の返事。
ただハリウッド俳優顔負けの祖母に、コレを″丑三つ時にやられる″と無茶苦茶怖いですからね。はい…
すると容赦の無い祖母は畳みかける様に…
「あ〜、腹減ったのぉ〜、メシはまだかいなぁ?」
と、再び窓の外を眺め。両手で自分の太腿を摩りながらそう呟きました。しかも座椅子の後ろには、食事が入っていたであろう空になった皿やお椀が乗っているトレーが置かれたまま。だから自分はそれを指差して
「婆ちゃん。もう食べたんじゃなかな?」
そう教えたのですが。そのトレーに目をやった祖母は…
「コレは知らん人のじゃ。ワシャ食っとらん!ほんに、あの役立たずのヨメばかりは…」
これ以上祖母を刺激したら暴走モードに突入するのでツッコミは一旦無しに。代わりに心の中でそっと呟きました…
(婆ちゃん…。よく見たら口元に米粒が付いたままだよ…)
すると祖母は再び窓の外の電線を眺めるのです。
「婆ちゃん。何見てるの?」
「ん?″おたゆうさん″が、歩いてはるやろ?頼もしい姿やなぁ…」
「うん。頼もしいね」
「で、アンタは誰や?」
「婆ちゃんの知り合いの、他人のお隣さんの、母親の息子の、更にご近所さんの、気になって通り過ぎた女性の横にいたマサオだよ?」
「あ〜。初めましてじゃな?まぁ、ゆっくりしていきんさい」
「ありがとう」
と、パターンを変え楽しく時間潰し。
「ふむ〜…。手が燃えとるのぉ〜…」
「おかしいのぉ〜」
(スー………パタン…)
最後に会話の途中で和室の障子を静かに閉めミッションコンプリート。
″おかしいのは祖母″ですが何か?
その際、サッと食後のトレーを下げ台所へ返却。ただ、この時住んでいたこの部屋には″アレがいる″のです。
散々な引っ越し三昧の日々。今回、祖母のいるこの和室には″子供の地縛霊″が存在していました。一般的には子供の霊を一括りに「座敷童子」として面白おかしくメディアは取り上げてますが、自分とは根本的に考え方が違います。
それは″空想上の妖怪、岩手県に伝わる蔵神″。だから幽霊には子供も大人も区別は無いと思っていたり思ってなかったり、…ってどっちだよ…
結局、幽霊として知られる存在は″死に際の強い思念″が原因で発生するのかと…
「……。」
時折聞こえる畳や天井の軋む音。ナガ兄には坊主頭の男の子の全身が見えていて。自分には、かなり薄っすらとですが、その可愛らしい裸足の足元がチラホラ見え隠れしていました。四〜五歳くらいかな?
そして、その子供の霊は祖母のリアル怪奇現象を見ているだけで面白いのか、何もせず、じっと横に立っているだけなのです。だって自分が見ていても祖母の行動は超面白いのですから…
……あっ、言い忘れてました。ちなみに「おたゆうさん」とは…神に仕えし者、神職″神主様″の事だとか…。どうでもいいか、そんな事…
と、今回はここまで、ホント短くてすいません…
完。




