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四十二ノ怪 名も無き廃村…後編

目下、遭難中の三人。

その前に突如現れた謎の老人ゆうれい。逆を言えば、出るのが遅過ぎたのかもしれませんが…


「や、やっぱり出たヨ…」


「″やっぱり″とか言うなっ!」


尻もちをついていたサカは他の二人に両脇を抱えられ、ゆっくりと立ち上がりました。そしてその霊に警戒しつつ三人は歩を揃えてジリジリと後退し始めます。でもその際、現れた霊に何か変な違和感を感じてしまうのです。

追う様な素振りは見せず。ただ、こちらをジッと見ているだけの存在れい…。ここで初めてコレを見てしまったサカは、二人へある質問をします。


「おい。このお爺さんは昼間、山道にいた人か…?」


「そうかもしれないし、違うかもしれない…。それは分からない…。ただ、俺たちはただ″家に帰りたい″だけだ…。と、取り敢えず。今はさっきの家に戻るのが最善の策じゃないか…?」


「ボ、ボクも賛成…」


月明かり無き漆黒の夜の闇。

今はワダの手に持つランタンの明かりだけが頼りです。するとそのお爺さんは、先に見た幽霊の様に徐に左手を前に出すと、何故かこの村の奥を指差したのです。死人の如く表情はまさに無。そこに意思や意味、意図を感じ取る術なんて存在しません。


「この廃村の奥に、一体何があるって言うんだよ…」


この幽霊の謎の行動にボヤくワダ。しかし追ってくる気配は無く。ただ真っ暗な廃村の奥の方を指差しているのです。

これなら堂々と背を見せて家の中に逃げ込める…と、そう思ったのも束の間。後ろへと振り向いた瞬間、全くお呼びで無い無数のギャラリーが三人を出迎えてくれました…


「うげっ!!!?」


更に老婆や中年男女の幽霊の追加が入ります…。これ以上増えたら余計な追加料金が発生…、って、すいません。ちょっと脱線してしまいました…

改めて。今、視界に入ったのはそれだけで、もしかするとこれから色々とわいて出てくるかもしれません。

…と、そんな逼迫した状況下で幸か不幸か、拠点にしている家屋の前には全く霊がいなかったのです。

だとすれば、次の一手は決まった様なもので…


「いっ、今だっ!さっきの家に逃げ込もうっ!!!」


「わかったぁああああっ!!」


「ボ、ボクもそれには大賛成だぁっ!!」


(ガラガラガラ…ピシャンッ!!)


慌てふためきながら我よ我よと、形振り構わず家の中へ飛び込んだ三人。

入り口は狭く中に入る際に所々身体をぶつけてしまい、かなり痛かったと思うのですが。その痛覚よりも恐怖心の方が遥かに上回っていたのでしょう。

誰だ?「先に驚いておけば、後から怖いのがマシになる」…とか言ったヤツは?…と。ヨネ以外の二人はそう思っている筈です。


『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…』


息も荒く、三人は玄関の式台で四つん這いになり必死に落ち着こうとしました。ただ、雨が降った後に外で尻もちをついたサカのボトムスは大変な事になっています…。そこでワダはランタン片手に屋内を見渡し…


「よ、良かった…。建物内までは追ってこないな…」


と、安心したのも束の間。そとにいたギャラリーが間髪入れず…


(ドンッ!ドンッ!バタンッ!ドンッ!バタンッ!ドンッ!ドンッ!バタンッ!バタンッ!…)


『ひぃ!?』


家屋の壁やトタンを激しく叩くポルターガイスト的な怪音が聞こえてきたのです。休憩すら許されない恐怖の連続。

恐れをなした三人は、四つん這いのまま屋内のテント中へそのまま逃げ込みました。オロオロしながらも、なんとか中からチャックを閉めますが。逆にテントの外の様子が全く分からなくなり、その恐怖心が更に増幅するのです。そしてこの怪奇現象の音が一向に鳴り止まず…


(ドンッ!ドンッ!バタンッ!ドンッ!バタンッ!ドンッ!ドンッ!バタンッ!バタンッ!…)


「やめてくれ…やめてくれ…やめてくれ…」


「怖い怖い怖い怖いヨ……」


「お、俺が山で食材を採ったのを怒ってるなら返すっ、返すからっ!俺″だけ″を許してくれぇっ…!」


三人はテント内で互いに背中を合わせ、両手で耳を塞いでいました。それでもその音は、容赦無く脳内まで響いてくるのです。


「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない…」


やがてその疲労からか両耳を塞ぎながら横になり先に眠ってしまったヨネの揖斐を皮切りに、追ってサカとワダも深い眠りに落ちたのです。

あまりの恐怖に精神状態、過度の疲労困憊で限界に達してしまった三人。強烈な心霊現象の、その後の記憶は全く無かったとの事。

ただ、朝一番に目覚めたのはヨネ。サカが狭いテント内で寝返りをうち、ヨネの股間に裏拳を直撃させたのが原因です。下手すれば彼は永遠に目覚めなかった可能性だってあります…


「うぅ、むっちゃ痛いヨ〜、死ぬぅ……」


激痛の先、寝惚け眼で自分の股間を見たヨネ。爆睡中のサカの裏拳が炸裂し、その状態のまま奴の腕も乗っていました。所謂、現行犯です…


「……。」


でもヨネは、その手を優しくソッと横に置き、周囲に耳を傾けます。自分はいつ寝てしまったのでしょうか?あの晩、あまりの恐怖に耳を塞いだその後の事は全く覚えていないのです。しかしあの恐ろしい心霊現象は一体何だったのか?

すると屋内の薄暗いテント内から、崩れた奥の部屋の上部からの薄光が差し込んでいて、今はもう朝だと認識するに至ります。そして屋外から何かの虫や聞いた事のない野鳥の鳴き声も聞こえてきました。


「お〜い。皆んな起きてヨ?朝だよ?お〜い…」


ヨネは熟睡中の二人の肩を軽く揺さ振り、一生懸命起こしました。だって一人で起きてるのは凄く怖いから、皆んなで仲良く巻き添え計画が発動するのです。


「おきろぉ〜…」


「ん……あえ?朝?」


するとワダが先に起きて、次にサカが…


「ぐぅ〜…、ぐぅ〜…」


と、その期待虚しく起きる気配すらありません…

しかもサカのボトムスに付いた泥が辺りに散乱しており。それを見たテントの持ち主のワダは怒りに我を忘れ…


「ぐぅ〜…、ぐぅ〜っぐがっ!?」


(イラッ、ムカッ!)


サカの鼻の穴の下から、おっ立てた人差し指と中指を容赦無くズボッ!と、突き刺しました。彼は鼻だけで呼吸していたのか、急性無呼吸症候群的窒息状態へと陥り…


「……………。」


(プルプルプルプルプルプル…!?)


「っぷはぁーっ!!!はぁはぁはぁ…」


時間的に四十秒位は堪えたでしょうか?あと少し頑張っていたら、彼はめでたく夜に遭遇したギャラリーの仲間入りになっていたでしょう。


「はぁはぁ…はえ?お、おはよう…?」


「はよ〜」


何故か笑顔の二人。サカは自分がされた事を理解しておらず、そのあまりの間抜け面にワダとヨネはプルプルと体が震え、必死に笑いを堪えていたりもします。

…と。そこで三人は改めて向き合い、胡座をかきヨネが真顔に戻ると再び例の問題を強引に持ち出しました。


「起きたトコで悪いけど…。二人は昨日の夜の出来事を覚えてる?」


「お、覚えてるって?何を?」


「どの道、ボクたちは車に戻らなきゃならないだろ?現時点で問題は沢山ある。多分、出会った幽霊は全て違う人だったとボクは思う…

でも、また指を差してたんだヨ?道中にいた一人は廃村を、ここの村人は廃村の奥を…。だからボクは二人に聞きたい。そこに″行くのか行かないのか″を」


ヨネが慎重な面持ちで二人の様子を窺います。大体こんな時は調子乗りのワダが先に答えたりしますが、今回は珍しくサカが最初に口を開きました。


「あのさ…?」


「うん。何?怖いとは思うけど、謎の廃村奥で出口を探すか。反対側の山道から下山する道を探しに、ひたすら歩くのか…、どっちがいい?」


「う〜ん……」


「わかってる。ボクは待つから慎重に答えて?」


「……あ……」


「あ?」


「あ、朝ごはんにしないか?」


『……。』


時とタイミングをまるで理解していない天然脳筋ダルマのサカ。彼は自他認める恐ろしいほどの大食漢なのです。しかしヨネはふと自分が焦り、慎重さを欠いていた事に気付きました。食後、ゆっくり落ち着いてから聞いてもいいんじゃないか?と、考え方を改め直したのです。


「サカ、ワダ、ごめんヨ…。ボクは凄い焦っちゃっててさ…?じっくり考えて行動しないと山は危ないよね?…って、………ワダ?」


「……スー…スー…」


『……。』


胡座をかいたまま瞳は半開き。まるで「俺、起きてるぞっ!」的な表情で器用に熟睡するワダ。ある意味、彼は凄い男なのかもしれません。


「…さっき、何も言わなかったのは寝ていたからか…。酷いヨ…」


ですが、こんな何気ないひと時。再び三人を脅かす、あの怪奇現象が…


(バタンッ!……バタンッ!)


「ひいっ…」


まさに″今が危機的状況″。恐怖したいなら二人より三人。ワダはサカ、ヨネにとても優しく起こされる事になるのです。


「キミは何でこんな大変な時に爆睡出来るんだヨッ!」


(ガスッ!ボコッ!)


「寝た子は起こさないとな!俺流、貧乏人オリジナルッ、恋のアイアン苦労クローっ!!」


(ギリギリギリギリギリギリ……)


「痛いたたあた、いぁたぁいったぁーたたたたたまが割れるぅ〜〜!!って、何だよっ、おぃ!!」


こめかみ真っ赤っか、身体のダメージを負った部分を必死に摩りながら、やっとワダが目覚めてくれました。…いえ、叩き起こされましたね。


(バタンッ!……バタンッ!)


『ひぇーっ!?』


風に揺れる外れ掛けたトタンの音でしょうか?昨日の怪奇現象とは少し違う気もしますが。しかしそれは都合の良い不確定要素を含んだ解釈。三人は新たな出発に向け、着替えやテントを片付けようとして…


「なん…何だよコレ…」


見たくないものを見る事になってしまいます。


「何で上着に、いっぱい白い手の平の跡が付いているんだよ…」


「ひえっ!?」


室内に干していた全ての衣服に付く謎の白い粉。サイズは多種多様、まるで小麦粉を付けた手で、ペタペタと触られた様な跡が…。それを見たヨネは前言撤回。廃村から急ぎ脱出する事にしたのです。


(パンッ、パンッ…)


「みんな、ごめん…、やっぱり来た道を戻ろう…。凄く怖いし、この村から早く出ようヨ…」


何かの粉まみれの服をパンパン叩きテントを片付け終えた時も、トタンの様な怪音が未だ屋内に鳴り響いてます。

もし外へ出た時に強風が吹いてたら、それが原因。多少でも気持ちは楽になるかも?やがて出発準備が整い、脱出スタンバイOK。そしてワダが先陣を切り引戸に手を掛け


(ガラガラガラ…)


「うっ、眩しい…」


暗い室内から、対面に眩い太陽が急に「こんにちわ」…と。

眩しくて三人は利き手で顔を庇い、しばらく目が慣れるまでに多少の時間を要します。やがて視力が戻り、周囲を見渡すと


「誰も…、いないよね?けど…風なんて吹いてないヨ…?」


そう怖がるヨネ。やはりあの怪音は心霊現象だったのか、その答えを知る術はもう無いのです。しかも昨日は暗くて見えなかったですが、辺り一帯の家屋は自分たちが寝泊りした場所以外、全て″元家″だった瓦礫や残骸ばかり。それを見てゾッとした三人は小走りに元来た道をさっさと戻る事にしました。しかし先頭のワダが急にピタッ…と立ち止まり…


「うわっ…、いる…」


先日、この廃村の夜にいたお爺さんらしき霊が戻る道を塞ぐ形で立っていて、再び廃村の奥を指差しているのです。その真意とは一体…?


「ど、どうするんだ、ヨネ…?」


「従ったら、何か大変な事になる気がする…。だから…突っ切るヨッ!」


『わかったっ!』


三人は一斉に走り出しました。その霊の横に生茂る草木に強引に突っ込みながら通り過ぎ、先頭のワダは顔や腕に多数の擦り傷が、しかしその足は止まる事を知りません。


「ぬっ…、抜けたっ…!!」


100メートル程離れた場所でワダが振り返っても。後ろをついて来ていたサカの大きな体で背後の様子が全くわかりません。…で、一番後ろに足の遅いヨネがいたのですが、フラフラになりながらやって来て…


「はぁはぁはぁ…、ヨ、ヨネ?幽霊は追って来てないか?」


「ボクは絶対に見ないヨ!見るもんかっ!!はぁはぁはぁ…」


まさに正論。仕方無く背後のヨネの先、横から顔を出したサカがキョロキョロしながら…


「えー…、多分、追って来てないよ?この周囲に誰もいないし。あのお爺さん、消えてるのが気になるけど…」


息も切らさずそう答えます。流石メンバーいちのタフガイ。

しかしこのまま走り続けても体力がもちません。その後メンバーはもう一度、改めて背後へと振り返りました。


「はぁはぁはぁ…」


サカの言葉が正解。それを確認し安心したのか。疲労度MAX、走るのを止めたメンバーは少し早歩きに変え、元来た道の先へ進む事にしました。


「腹減ったなぁ…」


ですが、食事もちゃんと取れてないし、このままだと体力はもちません…


やがて路上から自分たちの歩いていた形跡が消えている場所に到着しました。ここは先日、遭難中に偶然この道を発見した場所でもあります。時間的に村から約30分程でしょうか?しかもここで最初に幽霊を目撃していたのです。


「また……出るか…?」


ワダはそう言うと、残りの二人が寄ってきて男三人濃厚接触。更にワダの衣服をソッと摘むヨネ。ソーシャルディスタンスを無視するより危険な男と男のラブストーリー状態に…


「ヨネ…、いないから…。幽霊はいないから服を掴むのだけは止めてくれ…」


「うん…」


「腹減ったなぁ…、死ぬぅ…」


サカだけは全く別の恐怖に混乱してそうですが…

そしてここから先は全く未知なる領域。しかし迷いはありませんでした。そこはただ手入れがされていないだけで、足場が悪くて滑り易い山の傾斜を歩くのとは違い、しっかりとした水平の山道なのです。

「やっとこの山から出られる。」…そう思っていた三人の歩くスピードは必然的に速くなり、そこから時間が更に30分程過ぎ…


「先の道が開けてる!?出口かもしれないぞっ!」


先頭を歩いていたワダは喜悦、歓喜の声を上げました。当然、皆の足取りは小走りからダッシュへと変化します。

ですが進むにつれ正面の景色は大量の草木に囲まれた山肌が見え、しかも鉄格子で閉鎖されたトンネルの入り口の様なものまで確認出来ました…


早い話が袋小路、つまり行き止まりという事です。


それを見た三人は愕然とした表情のまま、揃って絶望の声を上げました…


『行き止まり…?』


形的には広場?は半円形。下が砂利を敷き詰められた開けた場所。明らかに人工物ですが、正面はホボ絶壁の崖で。見上げるとその上は高過ぎて確認出来ません。しかも少し離れた場所にも同じトンネルの様な穴が幾つか存在していました。それを見たワダが


「閉鎖、立ち入り禁止…?トンネル…か?」


しかし通り抜けるであろう、その先の光が全く見えません。


「トンネルじゃないヨ。ここは鉱山跡だとボクは思う…」


ヨネはワダにそう解答しました。するとワダは、その場で両膝をつき座り込んでしまいました。要は山から出れると思って必死になって進んだ道は、実は完全な行き止まり。所謂、寂れた鉱山跡だったからです。

ここに来て、またあの道を再び戻らなければならないという事実に直面し


「あ、あの霊は出口を教えてくれてたのか?はたまた、別の何かを…」


ワダは途方に暮れた表情でそう呟きます。こんな先が見えないどんよりとした雰囲気の中。奇跡的にサカがあるものを発見してくれたのです。


「おい、皆んな!あっちの鉱山入り口の横っ。見え辛い場所だけど岩場から水が湧き出てるぞ!?」


それは天の恵みか。大岩の窪み、その2メートル程の高い位置から水が湧き出し、ボタボタと滴り落ちていたのです。

節水しながらも長距離移動して喉がカラカラだった三人。丁度水筒もカラになっており、知らぬ間にそこへ我こそが先に…とばかり必死になって走っていました。

そして現場に着くなり、まずワダが用意した紙コップに湧き水を入れ、飲めるかを確認します。手で匂いを嗅ぎ、少し舐め、次に軽くテイスト。見た感じは無色透明、無味無臭、氷に似たしみる様な冷たさもあり。山から湧き出ているのでミネラルたっぷりの硬水でしょうか?本当は煮沸した方が良いのですが、彼らの渇きは既に限界へ達していて…


「俺が先に飲むっ!」


大食漢のサカが最初に飲んだのを皮切りに。残り二人も水を一気にそれを飲み干しました。


『うまいっ!』


予想通り、第一声はそれ。彼らは山の恵み、湧き水を存分に堪能させてもらう事が出来ました。そこでサカが再び…


「ふぅ…。丁度いい。じゃあこれから食事だな?香辛料は持ってきてるんだ。水もたくさんあるし、俺が腕によりをかけた山の幸料理を皆で堪能…」


『いらない、ヨッ!』


「うっ…」


やっぱりそれは即却下。

恐らく二人は山で遭難以外の食中毒で死に、あの霊たちの仲間になってしまうのが嫌だったのでしょう。そして魔の食材を入れたビニール袋を片手に寂しく悲しそうに背を見せているサカ。

取り敢えず三人はここで食事をとる事にしました。ワダとヨネはまた、湯を入れるだけの携帯食を食べてますが、更に一人分を更に半分にしていたので足りない感が半端ないのです。それに比べてサカはガサガサバタバタと、何やら大掛かりな用意をし始めていました。

平茸ひらたけやら瓦茸かわらたけわらび山独活やまうどや何やら色々な食材を水洗いし、携帯した小さなビニール袋で山菜を塩漬けにしたり、手際良く調理していきます。さすが″ある意味″ベテランサバイバル男です…


「よしっ、完成だ。帰るにしろ体力をつけなきゃな」


そう言ってチラリ、ワダとヨネに目をやるサカ。ご飯は無いですが。辺り一帯に、山菜の浅漬けやお味噌汁のとても良い香りがフワフワと漂っています。

そして、最後の一押し


「…食べるか?」


…と、サカがそう一言。


すると携帯食だけでは満たされてなかったのか、ワダとヨネは釣られた魚の様に飛びついてきたのです。余程お腹が空いていたのでしょう。山の幸が大量に盛られていた皿は一瞬でカラになり、それを見たサカは


「あ、俺の分が無い…」


『!?』


…と、大変な事に。


「あははは、冗談だよ。食材はたくさん採ってあるから、好きなだけ食ってくれ。さぁて、もっと作るか!」


「ありがとうサカ…。酷い事言ってすまない…」


「同じくごめんヨ…」


「俺はそんな事気にしないぞ?俺が気にするのは自分の空腹だけだ。貧乏人がいかにお腹を満たすか…、それは、うんたらかんたら、カクカクシカジカ……」


『……。』


サカに振る舞ってもらった山菜料理。それは予想に反し、かなり美味しいレベルに仕上がっていました。

限られた食材の中、まるで有名飲食店並みの味付け。ただその後の彼が熱く語る長〜い蘊蓄うんちくだけは余計でしたが…

もしかすると彼なら一人遭難しても、ずっとここで生き延びれる様な気がしますね…


「よしっ、サカのおかげで腹もいっぱいだ。さぁてと、行く……か?」


「…だな」


「だね…」


最初は威勢よく、後半は萎み気味にワダが掛け声を。それは下山する為、元来た道を戻らなければならない事を思い出したからです。今から幽霊のいる廃村に向かうと昼過ぎくらいの到着になるでしょうか?出来れば明るい内に、この山から脱出したかったのでしょう。

取り敢えず水筒は満タン、万が一も踏まえ怪しい食材も何点か袋に追加し準備万端。

しかしここにきて…、ヨネが絶対に刺激してはいけない″存在″を刺激してしまう事に…


「結局見なかったけど、鉱山って…へぇ、真っ暗で中が全く見えないや」


(カラン、カッ、コッコッ…)


鬱蒼とした大量の葛の蔦が這う、鉱山入り口の格子の間から何気に中を覗いてみたヨネ。更に石まで投げてしまい…


「ひゃあっ!!?」


食事をして油断していたヨネの恐怖の叫び。それに対し残りの二人は同時に目を見開き、恐れ慄いて恐怖します


『な、何だよっ…』


では、一体″鉱山そこ″には何がいたのか…?


『ど、どうしたヨネ!?』


揃う掛け声、いらぬ緊張感。

ヨネはその場で一人クルッと半回転し、二人をの間をすり抜けました。そして彼らを置いてけ堀に、とてつもない悲鳴を上げながら真っ先に元来た道を走って逃げて行ったのです。


「手が、手がああああぁっ!!!」


『手…?』


恐る恐る振り返った二人。丁度そのタイミングで、中から格子を掴み激しく揺さぶる、死人の様な青白く悍ましい手が無数に見えて…


(ガッチャンッ!ガッチャンッ!ガッチャンッ!ガッチャンッ!)


『ぎゃあああああぁっ!!』


死に物狂いでヨネの後を追いかける二人。すると先日の雨で泥濘んでいたのか、その地面で滑ってワダは思いっ切り転んでしまいます。でも泥だらけになりながらも素早く立ち上がり、ヨネの後を慌てて追い掛けますが…

しかしあの理系キャラ、ヨネのまさかの凄まじきスピード。タフガイのサカの地に突き刺さるダッシュ力。

ワダは一瞬でこの二人にサヨナラ攻撃を喰らう事に…


「ま、待ってくれぇ〜…!!」


先日も同じ様なシーンを見た気がしますが…。引きこもり気味、暗黒ゲー魔王ことワダは既に息切れ状態。寂しく一人取り残されたこんな時、やっぱり、かなり、凄く後ろが気になりますよね…?


(そ〜……!?)


″ずおおおお〜………″


「ひぃ!?」


やっぱり?残念ながら大量のが追い掛けて来ていました…

作業中の鉱山で無念にも亡くなってしまった方でしょうか?数多の手という手が、地を滑る様に此方へと近づいて来るのです。

精神と体力の限界を突破して走る泥まみれのワダ。そのスピードでも追って来る幽霊の方が早いのです。すると視線の先にワダを待ってくれていたサカとヨネの姿が


「サカッ!はぁはぁはぁ…、ヨネェヘ〜…はぁはぁはぁ…だず、はぁはぁはぁげでぐれぇ…!」


既にワダは何を言っているのか分からない状態。しかも再び…


(ドシャッ!!)


ワダは再び大どんでん返し…はい、思いっ切り転んでしまいました。

もう、状況的には『幽霊に捕まって何かされちゃう!?』状態。半ば諦め気味。ゆっくり振り返ってみると…


「あえ…?はぁはぁはぁ…」


追いかけっこに飽きたのか?鉱山にいたあの霊にとっては行動範囲外なのか?それとも追いかけるのが面倒くさかったのか?いや、ワダがあまりにもヘタレ過ぎたのか?

…その理由は分かりませんが。大量にいた手だけの幽霊は何処ともなく消え去っていたのです。


「ワ、ワダ、大丈夫か!?」


慌てて助けに来てくれた二人。幽霊が完全に見えなくなってから助けに来てくれた感は否めないですが…

今回は掛け声のみ、誰も肩を貸しません。だってワダは体中泥まみれなんですから…


「う…、うぅ…。はぁはぁはぁ…、うぅ…もう最悪だぁ…」


「今日は昨日と打って変わって快晴だし。少し寒いかもだけど、歩いていれば服なんて体熱ですぐに乾くヨ」


「…だな。で、ワダはどうする?寒いけど少し休むか?ヨネの言う通り歩いて身体温めて服を乾かすか?」


「寒くても…、はぁはぁはぁ…。歩く…」


「わかった…」


三人はまだお疲れモード中のワダの歩幅に合わせ、ゆっくり前へと進みます。やがて一番最初に幽霊を見た場所へと戻ってきました。周囲を警戒し見回すも、先の幽霊はもう出て来ません。もしくは見逃していたのかは不明ですが…


『はぁはぁはぁ…』


廃村に到着したら次は不気味なその奥です。はんぺんを着たお爺さんの霊が指差した先。つまり村を挟み行き止まりへの山道ではなく、反対側の山を下りる方の山道…。所謂、外から村に来る為の山道という事。

もし幽霊の指示通りにしていれば、もっと早く下山出来た可能性がありました…


「あ…、やっと村が見えてきた」


身体が少し温まってきたワダ。服の乾いた部分の泥を手で叩き、砂の粉塵を巻き上げます。それを後方で吸ってしまう人が…


「ゴホ、ゴホッ!おい、ワダ!服をバンバン叩くなら列の後ろに回れよ…ゴホッ…」


「ゴホ、コホ…だヨ……ゴホッ…ゴホッ…」


ヨネに至っては、全く何を言っているのかは不明。

取り敢えずワダはクレームにより仕方無く最後尾へと移動しましたが。そのまま警戒しつつ村の奥へと向かいます。

しかしその通過の際。周囲の瓦礫と化した住宅が雑草に酷く埋もれていて、村から人がいなくなってから経過した年月を寂しく物語り、訴え掛けている様にも感じ取れました。


「ゴホッ…、お、奥に鉱山があったよね?全盛期は昭和初期かな?至る所が経年劣化してて、寝泊りしていたあの家も下手したら崩れてたかもヨ?ヤバかったなぁ…、ゴホッ…」


(ゾッ…)


三人の背にスーっと冷や汗が伝います。もし崩れていたら、この村の霊の仲間になっていたでしょうから。

そして状況的にも、この村は幽霊はいつ出て来てもおかしくはありません。だって朝晩と、ほぼオールで遭遇していたのですから。


「おいおい…。アレって池…か?祠みたいなのもあるな…」


「山手…?いや、丘か?苔だらけだけど、アレ、お墓じゃない?何か怖いヨ…」


(パンッ、パンッ、パンッ、パンッ…)


お爺さんの霊が指差していた先。

そこから奥に進める道など存在しませんでした。理由はそこが小高い丘になっていて、とても車で通れる場所には見えないからです。

じゃあ今まで歩いて来たあの道は何処かに脇道が有り、他に繋がっていたのか?しかし必死に考えるそんな二人を差し置き、自分の汚れた服を横で必死になって叩きまくっているワダ。気持ちは分からないでもないですが…


『うるさいっ!お前も少しは考えろよっ!ヨッ!』


「はひっ!?」


ワダに対しハモりながら怒る二人。ただ、その返事で振り返ったワダの視線の先に、再びあのお爺さんの幽霊が姿を現したのです。


「わっ…!?」


やはり彼は丘になっている行き止まりを指差し、ジッとコッチを見つめています。

そしてワダのその青褪めた表情で、サカやヨネも次いで霊の存在に気付き、三人は揃ってその指差す方向へと振り返りました。それは池でもなく、お墓や祠でもありません。ではこの丘には一体何があるのか?もしかすると、この人たちの亡骸が埋もれているのかもしれませんが…


「爺さん…。あ、あんたは俺たちに、一体何を伝えたいんだ……!?」


再び向き直した三人の前に、昨日見た以外にも多数、更に生気無き存在れいが姿を現しました。それは語らずとも、村から出て行け出て行けとでもいっているかの様…

もしかすると、この村での招かれざるギャラリーは自分たちなのかもしれません…。何もせず、ただじっと此方を見つめる幽霊たち。

…と。そこで散々みんなに迷惑を掛けて来たあのワダが、急にこの村一帯に響き渡る程の大きな叫び声を上げたのです。


「みんな聞いてくれっ!!これから俺はっ、あの爺さんの霊が指差した先!つまり祠と池の間に見える、あの丘を一気に登って突っ切るっ!!反対するヤツはいるか!!?」


(コクリ…)


涙目で少し鼻水を垂らしたワダの熱い叫びと視線に、無言で頷くサカとヨネ。そのスタートは先陣切って走り出したワダが合図となり、みんなを誘導します。


タッタッ!ザザザッ!!


そして登り始めて気付いたのですが、丘と言うよりもコレはまるで山崩れ。要は今立っている丘は山が崩落した後の様にも感じました。しかも案外幅は狭く、そこを越えると再び鉱山までの道に似た山道が姿を現したのです。まさか、この崩落した土砂の下にあの村人たちの死体が?

しかし三人が振り返る事はありません。途中、走っているか歩いているか分からない状態になりながらも、必死になって前へと進みました。この時は山から脱出する事で頭がいっぱいで…

後からゆっくり考えてみれば、サカの美味しい手料理を食べさせてもらった事が走る活力となり。的確な判断が出来る結果に繋がったのかもしれません。しかし、その山道は長く更に二時間程を費やし、やっと路面がアスファルトの一般道がその姿を現したとか…


『た、助かった…』


その後ヒッチハイクで、優しい田舎のお爺さんの運転する軽トラックの荷台に(※今は乗れませんのであしからず…)乗せてもらい、無事にワダたちは自分たちが乗ってきた自動車に戻れたとか。

ですが、その軽トラックのお爺さんに聞いても「そんな村は知らんのう…」と言われたらしいです。

後日、地図を見て調べてもその廃村の位置は全く分からなかったとの事。まさかあんなリアルな村が存在しない?三人は今の今まで夢でも見ていたのでしょうか?いいえ、サカの片手にはあの怪しげな食材がたくさん入ってるビニール袋がしっかりと握り締められていました。美味しくて感動したあの味も、つい今したがた食べた様にも感じます。そして帰りの車内、ワダは皆に謝罪し


「みんな、言い出しっぺの俺がヘマばかりして、本当にすまなかった…」


「そんなの、もういいヨ。無事脱出出来たしね?ただ…、せめて旅行するなら。二日以上前に声を掛けてから誘って欲しかったかな…?」


「ごめんよ、ヨネ…」


「ワダ、俺は全然怒っちゃいないぞ?食材が大量にゲット出来たからな?わはははは。もし家でこれが余ったら、また手料理を振る舞ってやるよ、まぁ、余らないけどな?わはははは…」


「ああ、ありがとうサカ。それから山の幸、ホント美味かったよ。お前の料理が無ければ恐らく俺は、あんな元気に走れなかったと思うから…、本当に…うぅ…ぐすっ…」


「お、おい、元気出せよ…?」


ワダは今までの恐ろしい出来事が脳裏へ走馬灯の様に蘇り。両手でハンドル持ちながら、デコをそこの上部に押し当て、小さく震えながら大泣きしてしまいました。

彼の衣服は彼方此方に穴が開き、そこに血が滲み出している上、泥まみれ。更に身体中には大量の擦り傷が。もう先に言っていた市内観光どころではありません。


そしてワダはこの後高熱を出し、サカに運転を代わってもらったらしいです。更に家に帰ってから三日程寝込み。その原因が風邪か?はたまた傷口から入った菌による何かの感染症か?もしくはあの幽霊たちの怨念かは分かりませんが…


ただ一番最初に、はんぺんを着た爺さんの霊に従っていれば、もっと早く脱出出来ていたのですが。まさに後の祭りでした…というのが今回のオチ…



お話が長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。




完。

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