四十一ノ怪 名も無き廃村…前編
「一体何処だよココは…。コンパス無いから方向わかんねぇし…」
「わはははは…、コンパスなんて必要無いっ!ここを見てくれ…折れた大木の年輪の、わわわっと広がってる方が南だっ…。来た位置から考えると、あっち行けば絶対道に出て脱出出来るっ!」
ここは岐阜県のとある大森林。ほんのり涼しげ、季節は未だ蝉も鳴かぬ初夏。連休を狙った遠方旅行で深夜に関西から車で出発。
まだ朝霧晴れぬ早朝″彼ら″はその現場へと到着しました。
専用駐車場に車を停め、登山の知識や経験も無く軽い気持ちで山登り&キャンプに来てしまった男友達三人組。しかもこの頃は現在地を把握出来るスマホなど存在しないガラケー時代。
今回一番の問題児。車を″運転していた人物″が登山中に近道と称し、勝手に正規のルートから外れた場所を進み、今は現在地がわからず鬱蒼と生茂る草木に囲まれてガッツリ遭難中に。
トドメとばかりに山登りに必須のコンパスを持ってきておらず、更には駐車中の車内に詳細マップを置き忘れるという大失態。ただ駐車場の横にあったトイレで偶然拾った簡易マップだけが頼りなのですが…
取り敢えず今回のクセの濃いメンバーを紹介。「岐阜へ山登りしに行こう」…の言い出しっぺ。車を出すのはいいが、コンパスの存在を脳内から抹消。更にマップを車内に置き忘れ、年輪で「方角が分かる」と間違った知識を熱く語るこの男こそ今回のトラブルメーカー″ワダ″その人であります。彼のキャッチコピーは「皆んなが頼れる男」
普通、自分では言わないぞ……?
そして「行くぞっ!」と、突如元気よく言い出した彼は極一般的な体型で、スタミナが有る訳でもなく体育系キャラとは程遠い軟弱生活を送っていました。早い話が不健康なゲーマー?そんな人が何故急にキャンプを?既にヤバいフラグが多数立ってますが…
で、もう一人。背は低いがガタイの良いパワフルマシーン″サカ″。今回は一番頼れる存在か?実は柔道の有段者であり、別の意味でサバイバルを極めている彼は…、…って言葉の出だしや雰囲気はとても良いですが。要は彼の家が究極の貧乏&貧困生活ハウス。未成年の頃は川で釣った魚やウシガエルを捕まえ…、どこぞのパン屋さんのミミ、自生するキノコや蒲公英の葉をよく食べさせられたとか…。彼の生き様を聞くと、まるで戦時中でした…
そして最後の被害者……もとい、ロクな説明も無く半ば強引に岐阜へ連れてこられた男″ヨネ″。只の頭数か?見た目も完全に理系、山なんか長時間歩かせたらすぐ死ぬぞ?
ヒョロヒョロっとしたタイプの人間ですが、メンバー内では一番頭が賢くて簡易マップをトイレで拾っていたりと。彼の助言や行動が功を奏す事もしばしば。間が抜けてる事もしばしば……
と、ヤバい雰囲気や危険な要素をいっぱい詰め込み。ついに、彼ら三人の恐怖のキャンプ生活が始まってしまいましたーー
「年輪の方向説は根拠無きデタラメとボクは知っているヨ?ワダ、間違った知識を下手に信じていると、その命を落とす事になるからね…?」
まさにインテリっぽく立てた人差し指でメガネをクイッと上にあげ、腕を組みながらチクリと物申すヨネ。それに対し自分の知識を貶されたワダはムスッとした表情で反論します。
「ヨネ。それを決めたヤツは、何処にいて、誰なのか、理由を付けて、その原因と根拠を事細かに俺へ説明してくれないか?」
「ワダ、君のバカな質問に対し一つ一つ真摯に答えていたら。課題対象が多過ぎて余計に時間を費やし、すぐ日が暮れてしまうヨ?それでもいいのかい?」
「じゃあ、簡潔に言えよっ!」
互いに中腰、顔を前に出し。まさに子供の喧嘩だ。あー言えば、こー言う二人…
「とある山林で一斉に伐採された杉の木の年輪の形は全てバラバラだった。他の伐採現場でも同様の事が確認されてるんだヨ?山は地に高低差が有り、高い木も有れば低い木も有る。個々の陽当たりだって違う。だから年輪だって形は様々だ。色々なサイトで間違った情報が錯綜しているけど、それはハッキリ嘘と分かったんだヨ?もし、ネットが繋がる場所に辿り着いたら、ボクがその証拠を見せようか?…ん?………何か反論は?」
「……。」
「ま、まぁまぁ…、ヨネもワダも歩き疲れてイライラするのは分かるけど、今は喧嘩なんてしてる場合じゃないだろ?互いが助け合わないと余計に腹が減るぞ?……な?」
ヨネの反撃にぐうの音も出ないワダ。口で勝てないと分かっているから必死に顔で拗ねてます。そこへタイミングよく仲裁に入ったサカ。かなり良い事を言いながら、実は隠し持つ貧乏性から今も昼食の事で頭がいっぱいだったり…。
まぁ初めて来た山で遭難状態の三人が、喧嘩なんてしてる余裕が何処にありましょうか。
「すまん…」
「ごめんヨ…」
喧嘩するほど仲が良い?二人はすぐに和解。気を取り直して、少し平らな場所へと移動し打開策を練ります。あー、しかし山は蚊がホント多い…
『う〜ん…』
しばしの沈黙。知らぬ間に身体の彼方此方が虫に刺され。発案どころか蚊に輸血しまくりの、ただの棒立ち状態。すると暫く考えていたヨネのメガネフレームがキラリと光り…
「じゃあ、ボクから…。このまま一方向に歩き続けて、もし川が見つかれば流れに沿って下るだけ。川は必ず海に繋がっていて、この山からは必ず脱出出来る筈。もしくは森が少し開けた場所で太陽の位置を確認するとか?その太陽が移動する木の影で大凡の方角がボクならわかるからさ」
『おおっ…』
「じゃあ、みんなで早速移動だな。最悪、日が暮れたら何処か適当な場所でキャンプしよう。それから…ワダ、地図持ってたよな?」
「えー………ちょっと待ってよ。ん?…うげっ……、すまん…。車に置いてきたかも……?」
『……。』
「ふふ〜ん。ボクがトイレで拾ったマップがあるから大丈夫だヨ。ほら…ここに…ーー」
トラブルパワーを極限まで引き出したワダ。本人を含むヨネとサカの表情も真っ青になってしまいます…。ですが幸いな事に、ヨネが朝一寄ったトイレで簡易マップをゲットしていたのです。そして重いリュックにはテントや食料が二日分ほど入っており。最初は誰もそれほど慌ててはいなかったのです。
「おおっ…、それはいいっ!」
「流石ヨネッ!本当に助かったよ…。じゃあその地図、ちょっと見せてくれよ?」
「うん。いいヨ」
『……。』
ヨネをベタ褒めし、その肩を叩き満面の笑みを浮かべていたワダとサカ。やがてその地図を見せてもらった二人は、何故か急に言葉を失ってしまいました…
「コレって…車から顔を出す親子?″ゆるキャラ″?わー、絵がとっても可愛い…」
「…って、″ご当地マップ″じゃねーかよ!これっ!!」
「え?あ、あれ…?」
まさに大雑把。地図も可愛らしく、肝心な山の部分が上に途切れている只の市内の観光マップだったのです。しかし二人はそれを見せたヨネに対し
「あははは。じゃあ、山から降りたら次は市内観光だな?」
「そうだよ。こんなマップでも方角が書いてあるから大体の山の方向が分かるだろ?大丈夫だ。だからみんなでさっさと山を下りようぜ!」
と、優しい笑顔で。
「ありがとう…。ボクも頑張るヨッ!」
三人は更に絆を深め一致団結します。しかし進行方向を絞って山を下っている先が今度は登りになったり、方向感覚を麻痺させる山の高低差がその全てを無為にしてしまいます。しかも川の流れる音も一向に聞こえてきませんでした…
「ヤバいな…」
言い出しっぺの自称頼れる男こと、ワダの今の正直な胸の内。それに疲労度MAXで呼応する残りの二人…。誰が見ても今の状況はかなり深刻でしょう…
『だな…、だヨ…』
午前中は無駄に時間を費やし、やがて時間はお昼となってしまいます。そして太陽が自分たちの頭上を捉えたその時、歩き疲れた皆の休憩も兼ねヨネは比較的真っ直ぐな木の枝を拾い。太陽に向け、枯れ葉が積もる地面へ影が出ない様にそれを直角に突き刺しました。
この後、立てた枝から伸びる影の先が日が沈む反対側。つまりそっちが東になるのです。
「はぁ…大凡だけど、影の伸びたこっちが東だヨ。だから…このマップ上、あっち側が南になるから…。ひたすらコッチの方角に進めば何処かの道路に出る可能性が高いと思うけど?」
「なるほど。少し休憩もしたし早速行くか?」
しかしワダのやる気を出した掛け声を叩き落とすヨネ。彼は青褪めた表情で利き手を前に出し「無理だ無理だ」首を左右へ振るのです。
『……。』
これ以上強引に進めば、恐らく体力の無い彼は天に召されてしまうでしょう。仕方無く足場の良い場所を見つけ、食事を取る事にしました。
気になる食事はドライフードにお湯を入れるだけの簡単な食事です。う〜ん、寂しい…
そして目指す進行方向は南、恐らく道に出る予定で。万が一ぐるっと回り戻ってきてしまっても、その方向が分かる様に。片側だけ三角折りにしたガムテープを進行方向の矢印代わりに。この方法で前進しながら地面から突出した目立つ岩にそれを貼って記録していく事にしたのです。
「万が一に備え、これからは量を減らす…、一人前の食事を三人で食べよう…。極力、水と食料の消費を抑えないとな…。そして休憩をしっかり取った後は、前進あるのみ。ガムテープはまだまだ残ってるし大丈夫だ」
「俺は野草や、カエル。もちろんキノコとか何だって食べるぞ?ちゃんと毒以外の食べれるキノコ等は既に採ってあるし、だから安心して進んでくれっ!」
『……。』
そう言えば道中、屈んで何かコソコソやっていたサカのリアルサバイバルに触れた一幕。そんな中、気付けば三人は昼の二時過ぎまで休憩してしまいました。しかし、いざ再出発となったワダの視線の先に
「あれは…?みんな…見てくれっ!」
彼はかなり遠くを指差しながら、そう声を上げました。ここから100メートル位は離れているでしょうか?少し開けた場所に人が立っているのが見えたのです。ただ田舎っぽい格好をしているのは分かりますが。その人の性別までは分かりませんでした。
それと同時、先程まで晴れていた空は急激に曇り始め、頭上は次第に暗雲に覆われていきました。
薄暗い視界に、やがてその天候に合わせてか雨がしとしとと降り始め、山の天候の急激な変化を登山初心者三人組にまざまざと見せつけてくるのです。
「ひ、人だっ!行こうっ!」
『おーいっ!助けてくださーいっ!』
しかし今は遭難中。見慣れた雨より山で見掛けた人の方が優先度は高く。三人は必死になって手を振り、声を上げ、その人が立っていた方へと進みました。
それは会って話を聞ければ脱出への糸口となる可能性が高いから。
そして彼らは草木を掻き分け、急ぎその人がいたであろう場所までやってきました……が。
「あれ?いない…ヨ?」
体力の無いヨネは少し離れた背後から、そう疑問をぶつけてきます。
「……。」
「本当だよっ、絶対にいたんだってっ!」
「ボ、ボクも見たヨ…」
その人を見ていたのでクエスチョンなヨネとワダ。そしてサカは両手に怪しい食材を持ったまま黙り込んでしまいます。
だって彼は食材確保で忙しく、その人を未確認でしたから。しかし雨がしとしと降る中、現場へ到着するも草木は鬱蒼と生え揃い、誰かがここを歩いたり立っていた形跡等はありませんでした。
ですが、よく周囲を見渡せば大量の雑草で分からなかっただけで。道幅は2メートル位?誰かが使用していたであろう元山道の様な場所に自分たちは立っていたのです。それを見た感無量のヨネ
「こ、これはきっと昔の人が使っていた山道だヨッ!どっちかに進めば、恐らくこの山から出られると思うっ!やっとボクたちは帰れるんだっ!」
「やったな、ワダ、ヨネ?落ち着いたら山の食材を使った俺の料理を振る舞うよ。」
『!?……ごめん、いらない…』
「……!?」
サカの手料理。想像すら拒絶した二人はそう即答。すると、そんな安心しきっている三人の背後。ふと違和感を覚えたワダが振り返ると。さっきまで自分たちがいた場所に、今度は″消えたあの人″が立っていたのです。その人とすれ違った覚えは無く、全く音もしなかったのに…
「おい、あれ…」
少し遅れ、ワダが向いてる先にヨネが視線を向けました。
「あっ!?」
「…こんな事、有り得ないだろ?」
でもサカは、メンバーから不評を喰らったショックで食材を落としてしまい。ちょいと屈みながら哀愁漂う背中を見せ、それらを一生懸命拾い集めていました。要は″また見ていない″という事。本当にタイミングの悪い男です。
そしてワダは凍るかの様に背筋がゾッしました。彼は過去にも何度か同じ心霊現象を体験していたのです。するとその不気味な″人″はスー…っと左手を前に出し。片方の道を指差したのです。
『!?』
しかし、他のメンバーは普通に…
「帰るには、あっちに行けばいいみたいだヨ?」
「そうなのか?じゃあ、行こうっ!」
何の警戒心も無くその″人″らしき謎の存在の指示に従おうとするヨネと、屈んだまま口だけで同調するサカ。ワダは両手でそんな二人の肩を掴み、必死にグイグイ揺らしました。
「おい!この短時間で消えたあの人が、音も無く俺たちがさっきいた場所に立ってるんだぞ?おかしいと思わないのか!?」
そして今度は三人は同時に、その″人″のいた方へと振り向きますが…
『いない……』
本当にいたのか?的に。その″人″はまたしても音も無く消え去ってしまったのです。しかし山の天候が更に悪化。次第に雨脚が強まり空を覆う黒き暗雲は、遠くで雷鳴を響かせ、雷光と共に鼓膜が破れそうな音量具合。その自然災害が次第にこちらへと近づいて来ているのが分かりました。
(……ゴロゴロ……、……ゴロゴロ……)
「取り敢えずだ。山の急な傾斜を歩くより、さっきの人が指差した先。体力の消費が少なく歩き易い道に沿って、その先へ行ってみようヨ?落雷はホント洒落にならない…」
「俺も賛成だ…。雨宿りがしたいし、腹は減る…。時間が無い、急ごう…」
ヨネの意見にすぐ賛成したサカ。ただ、彼はさっさと食事がしたいだけかもしれませんが…
「え…?二人も″アレ″を見ただろ…」
「はぁ、高山での悪天候はね?稲妻が山肌を走るんだヨ?更に雨に濡れた地は物凄く電流が何十メートルと流れるんだ。隠れる場所が必要だとは思わないかい?それともワダは…ここで感電死でもしたいのかな?」
まさに正論を語るヨネ。
「うっ…」
「最悪この先が行き止まりだったら岩の窪みの様な隠れる場所を探し、危険な落雷をやり過ごそうヨ?その後、天気が落ち着いたら反対の道を進んで帰れる筈だヨ?」
「ごめん。俺は何も見てないぞ…。だってキノコが…」
『……。』
メンバーの中で良い意味で遠謀深慮、素早い決断。そうヨネに説き伏せられたワダ。これが後に功を奏すかは未知の話。
しかし言った傍からヨネとサカはさっきの人が指差した方へと走り出しました。それを慌ててワダが後を追いかける事に…
「ま、待ってくれぇー!!」
そこは舗装されてはいない砂地の山道。よく見れば車が通った様なタイヤの跡が、縦に真っ直ぐ続く2ラインの凹みが見えます。かつてこの道は自動車でも走っていたのでしょうか?しかしそれを確認した瞬間、景色はネガ反転したかの様、空に恐ろしい稲光りが
(ピカッ!!………、ゴロゴロ……)
「こ、この先は国道。もしくは絶対何かあるヨ?みんな、落雷に備え屈みながら極力木から離れて?互いに2メートル以上距離をおいて前進しよう…」
『分かった…』
恐らく今は昼の三時過ぎ、どす黒い漆黒の雷雲の所為で視界はまるで夜の様相に。そしていつ落ちるか分からない落雷に怯えながら、その歩き易い山道を彼らはひたすら走り続けました。
やがて三十分ほど経った頃。途中、真近くの木に雷が落ち。本能的に、その恐怖から逃れようと皆の走る速度が急激に増加します。
本音『もう落雷で死ぬかもしれない…』と、半ば脳裏に過ぎっていた自分たちの人生の幕。
すると真っ暗な視界の先。開けた地が現れ、稲光に照らされる灯りなき民家が数軒見えてきたのです。
「やった村に到着だ!家があるっ!!急ごうっ…」
ですが未だ空は夜の様に暗く。それに対し、どの家にも明かりがついてない事など有り得ません。しかし一番手前の平家に到着した三人は、その軒先に雨宿りして初めて気付く事になるのです。そこでワダが一言…
「これは………、廃村だな…」
「真っ暗だし。ハッキリ見えないけど…、奥は壊れてる家が多い気がする。凄い不気味だヨ…」
しかしサカは初めて見るこの廃村に、なにか懐かしさを感じていました。それは幼い頃住んでいた自分の家に酷似していたからであって…
「何か……、懐かしいなぁ…。俺の家…、雨の日なんてさ?屋外に汲み取り式トイレがあって、雨漏りが酷いから、傘を差したままトイレに入るんだぞ…?これについて二人はどう思う?」
『何が…!?』
まぁ、そんな壮絶な昔話はどうでも良く…。周囲の状況はまさに強烈な暴風雨、横殴りの雨が身体の体温を必要以上に奪っていきます。そんな時サカが何気に玄関の木製の引き戸に手を掛けると
(ガラ……ガララ……)
『開いたっ!?』
ここは誰の家かも分からない家屋です。しかし暴風雨や落雷に追われ、三人は逃げる様に屋内へと逃げ込みました。そしてリュックから出したランタンで部屋の中を照らすと、奥の方の部屋は天井もろとも酷く崩れ落ちていたのです。ですが手前の部屋で何とかこの雨を凌げそうなので、迷わず中に入って行く三人…
「お邪魔しまぁ〜す…」
「誰が見ても人はいないって…。だって廃村だヨ?」
「あははは……」
と、この中なら落雷を回避出来そうです。
取り敢えず雨宿りの場所を確保出来て三人はホッとひと息、凄く喜んでいました。
屋根が崩れ落ちないか心配しつつ、まさかのキャンプに来て屋内にテントを張るなんて誰が予想したでしょうか?そして濡れた衣服は部屋の中に干し、奥の釜戸横にあった薪で囲炉裏に火を焼べました。この時期、まだまだ気温は低く。パンツ、シャツいち。そんな姿の三人は寒さで震えが止まりません…
「いっ…くしゅんっ!!」
「はぁ…。ずずっ……。た、助かった…、あのまま反対側に進んでいたら、俺たち落雷に遭ってたかもな…?」
ワダが真っ青な唇でそう言うと、寒さに震えながらウンウンと頷く残りの二人。今も外は落雷の音が鳴り響き、屋根を叩きつける暴風雨が自分たちの″選択は間違いではなかった″と納得させるに至ります。
しかしこの嵐はいつ止むのでしょうか?「カタンッ、カタンッ、バンッ、バンッ!」…と、暴風に紛れ。何が何処で鳴っているか分からない摩訶不思議な音が彼方此方から聞こえてきます。まさに台風並みの暴風雨。このままだと、この薄気味悪い家で一泊する事になるかもしれません。するとヨネが
「落ち着いて身体も温まってきたし。さっきのワダが言ってた話に戻すけどさ…」
「さっき、俺が言ってた話って…?」
「…ア、アレだろ?ココを指差してた、怪しい謎の人物…」
『……。』
そこで皆の会話が途切れ、次なる言葉が出なくなってしまいました。そこから先を言い出せば更なる恐怖が待ち構えています。
…と、そんな事を考えていたのかもしれません。しかし話し始めたのはヨネ。その責任を取るつもりで、再び人差し指でメガネフレームをクイッ…と持ち上げると…
「ワダが思ってる通り、あの動きは人間では有り得ない。だからボクは…間違い無くあれは″幽霊″だと思う…。性別までは分からなかったけど、あんな薄気味悪い存在はボク、生まれて初めて見たヨ…」
『……。』
聞きたくなかったとばかりに、残りの二人は陰鬱な表情のまま俯きました。この廃村に誘引されし恐怖、真っ暗で半ば崩壊している不気味な奥の部屋。そして薄暗い引戸の玄関入り口付近がやたらと気になってくるのです。もしかすると『ガラッ!』…と、いきなり幽霊が屋内に…
「わぁーっ!!」
と故意にヨネが叫ぶ。
『うわぁあっ!!!?』
「まぁ、出てこないとボクは思うけど…」
『……。』
ワザと驚かすヨネの叫び声。この時ワダとサカの心臓の鼓動はバクバク。心拍数も上昇し、怒りもホボMAX状態に。二人はプルプル震えながらヨネを睨み″彼を二人目の幽霊にする″か真剣に検討中だったとか…?
「ちょっ、ちょっと待ってヨ!?今、怖さから少し解放されたでしょ?からかった訳じゃないんだ。こうやって先に驚いておけば″後の恐怖に負けなくなる″って、死んだ婆ちゃんの遺言だったんだ。ホントにごめんヨ…」
そうヨネが弁解してみる。
「………あははは。そっか…言われてみればそんな気がする…。だって、今。幽霊が出て来ても少し耐えれそうだし」
「ワダ…、俺もビビったけど本当だ。怖さが少しマシになったよ。ヨネ、ありがとう…。けどさ?俺は見てないんだけど、その幽霊は何でこの廃村を指差したんだ?」
「それは…」
ヨネは幽霊がこの廃村を指差していたその″意図″がわかりません。自分が人知れずココで死んでしまい、その亡骸を見つけてほしいから?はたまた寂れた廃村を賑わせたく、キャンペーン的に自分たちを呼び寄せたのでしょうか?…とかは、絶対無いな…
「あの霊はその答えと共に、もう一度俺たちの前に現れる気がするんだヨ…」
『うげっ!?』
その幽霊に目的なんてあるのでしょうか?しかもヨネは真剣な表情で、また遭遇すると予言しました。すると徐々に落雷の音も遠ざかり、屋根を叩きつけていた雨音も疎らになって来たのです。そこでサカが急に立ち上がり
「雷は遠ざかったよな?ト、トイレ…。トイレしたくないか?俺たちシャツとパンいちだろ?身体がスゲー冷えたのかも?一人で外は怖いから、みんなで一緒に行かないか?」
サカは皆へ正直にそう直訴。しかし一人、それを冷たい視線で
「家壊れてるし、誰もいないし、屋内ですれば?」
ワダが冷酷にそれを却下。でも屋内でそういった行為は道徳的且つ色々と問題が有るのでは?だからヨネは
「ワダ?こんな時だからこそ節度ある行動をしないと。小雨になったし。たとえ廃村でもちゃんと迷惑が掛からない場所まで一緒について行ってあげようヨ?もし自分がサカだっだら…?とは思わないかい?それに、屋内でされたら、ほんのり…。あ〜、嫌だ…」
「ありがとう、ヨネ…。流石に屋内でするなんて俺のメニューには載って無いから。しかも、どんな羞恥プレイさせんだよ…」
三人は干していたボトムスを履き、慎重且つゆっくりと玄関へ向かいます。確認とばかり入り口や薄暗い部屋の奥を見渡しても誰もいなくて一安心。
しかしさすが広大な山中と言わんばかり。三人共、至る所が蚊に刺され、ずっと身体中を″ポリポリ″と掻いている状態でした。そしてサカが引き戸をゆっくりと開き…
「よいしょっ…、雨は止んだみたいだな。しかし…、本当に真っ暗で何も見えないな…」
雨がすっかり止んでいましたが、月明かり無く。辺り一帯はまさに漆黒の闇に…。ただ空は未だ曇っているので、残念ながら楽しみにしていたこの地方特有の美しく綺麗な夜の星空は拝めませんでした。
「大丈夫。ランタンがあるから」
「いや…、それはそれでちょっと恥ずかしいんだが…」
ワダの気遣いに、サカは恥ずかしげにそう返事をします。
「わかった。場所が決まったら、電気消して少し離れてやるから」
「それはそれで怖いかも…」
「……。分かった、微妙な距離だけ離れるよ」
「あ、ありがとう…」
怖いものは怖い。それは仕方の無い事なのです。しかしサカとワダのやり取りの間。ヨネはずっと周囲を見渡しながら警戒していました。幽霊も怖いですが、道中で″熊出没注意″の看板が立っていて。役立つかは分かりませんが、手に持つのに手頃なサイズの長い角材を両手でグッと握り締めています。やがてサカが
「ごめんごめん…。お尻を蚊にたくさん刺されたのか、凄く痒いんだけど…」
「いや、そんな話は聞きたく無いんだけど…」
「あははは…、だよな…?じゃあ戻ろう」
サカのピー…が済み。ランタンの灯りをつけたワダ。二人がそうやり取りしていると。周囲を見ていたヨネが急に固まり、その視線がある方向に集中していたのです。それは今の今まで出なかったのが不思議なくらいの話で、まさにこの世の招かれざる客…
「サ、ササ…」
「笹…って、何処に生えてるんだよヨネ?」
「ち、違うヨッ!サ、サカの真後ろっ…!」
「え?」
振り向く残りのギャラリー二人…
『!!!?』
そこでようやくワダに続き振り返ったサカ。彼は次第に顔が青褪め、その場にストン…と恐怖的な脱力から尻もちをついてしまいました。この廃村に三人しかいない筈が、まさか四人目に遭遇するとは…
「うわぁっ!?」
一人はお尻を地に付けたまま、残りの二人もジリジリと後退り。急ぎその場から離れようとします。
そんな彼らの目の前には半透明で紺色のはんぺんを着たかなり高齢のお爺さんが立っていたのです。少し俯き加減、その瞳は生気無き眼差しで、静かに此方を見つめているのでした。
ーー後編へと続きます。




