四十ノ怪 病院に巣食う魔
生前、母が癌治療の為に大阪のとある癌専門病院に入院していました。今回は、その見舞いに行った時に、父と娘の二人で体験した恐ろしい心霊現象の話ですーー
もう何度引っ越しをしてきたのでしょうか?今の実家は大阪市内の、とある寂しいマンションにありました。
自分と妻、そして子供の長女ヤカ、次女サリ、長男ユトの計五人。母親の見舞いに行く過程で、本当は凄く嫌でしたが、実家にいる父親を迎えに行く事になってしまいました。
でもナガ兄とワカ姉は既に外出中とかで…。…現在行方不明?もしかして…じゃなくワザと逃げただろ…
しかし前にも書いてますが。自分の父は家財やあらゆるモノを根こそぎ散財し、今や生活保護状態。なけなしの補助金でも博打する狂乱っぷり。だから常に生活費や交通費が支払えないのです。本当に情け無いやら、何とやら…
「パパ?おじいちゃんの家でお手洗い借りていい?」
「今まで散々な目に遭ってきたんだ。気にしたら負けだぞ?思いっ切り借りてきなさい。玄関入って、突き当たって左側。GOっ!」
「は〜い」
出発前に行き忘れたのか?長女のヤカがお手洗いに行きたかった様なので、そう教えてあげました。
しかし部屋や通路には何も無く、ホント実家は閑散としていました。しかも、この家にはドラブルキャラの、あのマイファーザーが巣食っているので…
「きゃああああっ!!!」
…と、期待通り?トイレの方を向きながら、死ぬほど絶叫する長女のヤカ。一体何が!?幽霊とバッタリ?UMAとの遭遇?隣のオバさんの長話!?俺の足が臭いから!?……まさか…!?
「あー、入ってるでぇ〜」
その犯人はなんて事は無く。例の、あのク◯父親でした…
常にトイレは扉全開で入り、汚物は絶対流さない。こうしないと何か快感が得られないのか??これは昔から治らない父親の癖。
しかも『入ってるでぇ〜』って、そんなの見たらわかるよっ!…ってか早く扉を閉めろっ!…はぁ、はぁ、はぁ…。…で、年頃の孫娘になんてモノを見せるんだ…ったく…
そして我が娘、長女ヤカは怒りに我を忘れ、祖父へ強烈な反撃に出ました…
「そんなの、見たらわかるわっ!閉めろっ、このっクソじじいっ!!」
(バタンッ!)
「わはははっ」
トイレのドアを思いっ切りフルスイングでシャットアウト。更に祖父へ「クソじじい」と罵声を浴びせた我が娘。これを機に父親がトイレ全開癖を直してくれれば良いのですが。いや、父親はこれからも先一切何も変わる事は無いでしょう。だって、あの″デンジャラスヘンタイクレイジーマイファーザー″なんですから。しかも…
「ヤカ?トイレ空いたぞ〜?」
(!?)
父親はパンツ一丁、上はカッターシャツにネクタイ姿で…、って、どんないでたちだよ!あ、そういえば遠い昔。何度か″この戦闘スタイル″でコンビニへタバコを買いに行き、その都度都度、店員さんがお金を払うまでの間。ず〜…っとテーブルの下に手を伸ばしていた事を思い出しました。
いつでも警報を鳴らせるぞ…的に警告してくれていたのでしょう。そして一緒にいたコンビニ内の家族からも完全に他人のフリをされる悲しい父の姿がそこに…
いっその事、警報を鳴らして警察に逮捕されていたら母は入院せずに済んだのではないでしょうか…?
そして実家でふと目に付いた、台所の壁に広告裏の白地の紙で文字を掲げた『節約』と『健康』の二文字…
はぁ!?
″節約″…するより先に無駄遣いを止めろっ!……ってか、迷惑掛けた皆んなへ金返せっ!
残りは…″健康″だと…!?まだ長生きしたいのか?あと何年間、人に迷惑を掛け続ければ気が済むんだ?このク◯親父はっ!!
それを見た所為か身体に二倍、三倍の倦怠感&精神的疲れがドッと溢れました…。それに何とか耐えながら母が闘病中の病院へ、いざ出動と相成ります…
(バタンッ、ブゥーン…)
………で?おぃ、親父。俺の車に同乗するのはいいが…。何でネクタイだけ外したカッターシャツに下がステテコなんだよ?職質されても俺は放って行くからな?…はぁ…
そして車内には6人が乗車中。運転手は自分、助手席には父親。残りの家族は後部座席に座ってます。でも前の座席はシートベルトをしてないと、車の安全機能が働き、警告音がピーピー鳴り続けるのです。
(ピー、ピー、ピー、ピー…)
「…父ちゃん、頼むからシートベルトしてくれ」
「大丈夫だ。止められたら俺が警察にガツンと言ってやるっ。気にするなっ」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
誰かの所為で車内に鳴り続ける警告音。しかもそう言ってる傍から…
(ピピィーッ!!ピピピィーッ!!!)
…警察の検問に引っ掛かり…
(カチッ、カチッ、カチッ…と、ウインカー音…)
『あー、何で止められたか分かるよね?』
「はい…」
はい…、と答える事しか出来ない自分。大阪市内は特に検問が多いのです…
妻と子供三人、やっぱりこの人はダメだと再認識した一幕。後部座席辺りから幾つもの小さなため息がハッキリ前まで聞こえてきます…
『あなたは運転手さんの身内の方ですか?』
ハッキリ『他人です』と言わせてくれ、お願いだから…
「ん?何が?」
『何がじゃなくて…、シートベルトしないとダメでしょ?何でシートベルトしないんですか?』
そこで父親はカッターシャツの腕を捲り、頸を見せ、年相応。荒れた肌を見せながら言い訳をし始めました…
「ほら?イボイボでっしゃろ?これが全身に広がっとるんですわ。医者に止められてましてなぁ、だからシートベルトは…カクカクシカジカ…」
その長〜〜い父親の言い訳をしている間中。横を通り過ぎる全ての車が此方を半笑いで覗き見し、過ぎ去って行きます。
…で、親父もイボイボって…。高齢大先輩としても、大人としても、それを言ってて恥ずかしくないのか?確か警察にガツンと言うんじゃなかったのか?…と、半ば呆れ返っていると…
「運転手さん、もう行ってくるいいよっ!しかし次こそは医師の証明書が無いとダメですよ?出来ればシートベルトの固定で調節出来る金具等がオートバックスで売っているから、買うかして出来る限りベルトは付けてくださいね?」
「わかってまんがなぁ〜。お勤めご苦労さん。ほな、行こか?」
「……。」
親父、そこは俺の返事だよ?しかも″ガツン″はどこいった?はぁ…
そして運転再開から30分も経たない内に…
(ピィー、ピィー、ピィー、ピィー…)
その後も、やっぱりシートベルトをしない父親。走行中、警告音は十秒程放置すれば更にボリュームアップするのです。煩い…。本当煩い…。
しかも今は交通安全月間だよ?と、自分の警戒虚しく。予想通り病院へ着く前に、やっぱり、ほらっ……
(ピピィーッ!!ピピピィーッ!!!)
「……。」
案の定、再度警察に車を止められました。ハッキリ言って、この祖父と一緒に同乗するのを超絶嫌がる子供たち。だから運転手の自分の横の助手席と半ば親父のポジションが決まっていて、他の選択肢はございません…
「ほら?イボイボでっしゃろ?これが全身に広がっとるんですわ。だから医者に止められてましてなぁ…カクカクシカジカ…」
と、飽きもせず同じ台詞を…。マイファミリーよ、本当にアホな父親でごめんなさい。そして今回は流石に妻がキレたようで…
「お義父さん?シートベルトしてくれませんか?わたし、早く帰らないと明日の子供たちの学校の用事で忙しいんです。誰かみたいに暇じゃないんですから。もう一度いいますよ?シートベルトして下さい」
「……。」
妻の普段見せないお怒りバージョン。その言葉でブルブル震える情けない旦那。しかし親父は沈黙したままシートベルトを「カチャリ」身体の背中側へと…
ベルトを通し背もたれに追いやって、警告音のみを消しただけでした。それじゃあまた検問で止められるって…。しかも、この二人が車内でいつ喧嘩をおっ始めるか…、ひぃ〜…。雰囲気はどんより、空気はピリピリ…、なんて日だっ!!
そしてその後は検問も無く。無事目的地である大阪市内の癌専門病院へと到着しました。ホッ…、良かった…
…と、そこで長女のヤカの表情が急に曇ります。一体どうしたんでしょうか?…と、他の家族は気付いてないでしょうが、自分には何となくその理由が分かりました…
…で、そんな家族を置き去りに。祖父は一人でサッサと病院内に入っていきます。
「…ったく、父ちゃんは…」
「あー、腹が立つわ…。何よ、あの態度?貸したお金も返さないし…イライラする…」
怒り心頭の妻。性格が腐り切ってる親父の周りは敵だらけです…
「生活保護で返せるワケないだろ?」
「″生活保護じゃなくても返す気無い″でしょ?あの最低義父はっ!」
妻はリアルに鳥肌が立つほど義理父親を毛嫌いしています。まぁ、今までの経緯を考えれば当然でしょうね…。で、そこで長女が
「パ、パパ?わたし、車で待ってていい?」
と急にまさかなひと言を…
おーい…、わざわざ来た意味無いじゃん。
「ダメよ?おばあちゃんもヤカに会ったら、凄く喜ぶし、元気が出るからね?お願いだから行ってあげて?」
「…そうだな。おばあちゃんは一番ヤカに会いたがってるんだよ?だから元気付けてやってくれないかな?」
「…うん…」
ここは大阪でも有名な癌専門病院。恐らく病院の中でも特に今際の際…、生死の境を彷徨う方々が多く入院、来院し亡くなっていった場所なのでしょう…。もちろん母親もその中の一人でしたが…
「ヤカ?″嫌なモノを感じる″なら、目を瞑ってパパの後ろをついて来ればいい。それに、これをギュッと握りしめておけば絶対に大丈夫だ。ほらっ」
そこで自分は長女ヤカに天満宮の厄除けの御守りを手渡しました。まぁ、気持ちの問題、気休め程度のモノですが…。すると、それに触れて何か感じたのか娘の緊張していた表情が少し和らいだのです。
(ホッ…、って、今度は俺が御守り無いじゃん!?)
前もって二個用意しなかったのは自業自得です、はい。
その後、自分はエレベーター内で首筋に何かヒヤッと悪寒を感じたり、通路で少し背筋にゾワッとする感覚を覚えただけで済み。
ヤカは自分のシャツをしっかりと摘み、要所要所以外はずっと目を瞑っていました。そんなこんなで何とか二人は無事に母がいる病室へと到着したのです。
しかしここは、他の病院とは何か違う重い空気とでも言えばいいのでしょうか?その強烈な違和感は拭いきれません…
「母さん。ウチの子らを連れて来たよ…?」
「わぁ、ありがとう。遠いところ、わざわざ来てくれたんだね?ありがとう◯◯さん。ヤカ、サリ、ユトもいらっしゃい…」
母はもうベッドから身体を起こせない状態でした。そして本人は最後まで知りませんでしたが。この時既に余命宣告されていたのです。原因はストレス性の進行癌。それが身体の彼方此方に転移し、臓器は蝕まれ、手の施しようが無い状態だったとか…。知っているのは父親と自分、その兄弟のみ…
まぁ、それら全て根元たる癌そのものみたいな父親の所為でしょうが。
…って、その親父はどこに行った!?いないぞ!?あ、それは嫁がさっき車内でキレたからか…?
「お父さんは一人で帰るって、もう部屋を出て行ったわよ?」
「あ、そうなんだ………、って、えぇっ!?あの格好で!?…まぁ、いいか…」
…と母がアンサー。
父の帰る方法は市内の満員電車をシャツいち、ステテコ姿での帰宅……。どんな罰ゲームだよ…。あ、電車賃…は?
…って、俺が小遣いで一万円渡してたな…
けど普段は寂しい病室も、久しぶりに再会した孫たちとの会話で和気藹々。父親がいないから余計に盛り上がっていたのかもしれません。
そんな中、何故か真剣な眼差しの自分とヤカ。実は母親のベッド横、その窓側に家族の集まる輪に、自分には足元だけ見える招かれざる客人がもう一人存在していたのです。
(スリッパにパジャマ姿見か…、恐らくここで亡くなった患者さんだろうな…)
何かするわけでも無く、ただ賑わいに参加しているだけの患者の霊。それはヤカも気付いてる様でした。だからベッドの反対側に回り、霊の存在を気にしつつ祖母との会話を楽しんでいたのですが
「おや?ヤカ、今日は元気無いね?ど〜したんだい?」
と、勘の鋭い母のツッコミ。しかしヤカはもう高校生。年齢的に応対も凄く上手で
「ごめんね?おばあちゃん。わたし今、部活で首を痛めてて、笑ったりすると凄く痛いんだぁ…。けど、わたしの元気はおばあちゃんに沢山分けてあげるから、早く身体を治してね?」
「ありがとう…、ヤカ、本当にありがとうね…。あなたのお陰で私、″長生き出来る希望″が湧いたわ…」
少し涙目の母。本人や自分の妻、その子供たちは母の命が幾許も無い事を知りません。ですが本当は自分の寿命を大凡理解していた気もするのです。出来る限り、思い残す事が無い様にしてあげたかったのですが…
そして時が経つのは早く、悲しくも帰宅時間となってしまいました…
「じゃあ母さん。そろそろ帰るね?それから治療に専念して、病気に負けず頑張って早く良くなってね?」
「忙しいとこ、本当にありがとうね?ケイジ…」
「いいよ、そんなの。また子供たちを連れてくるから」
「遠いのに、わざわざありがとう…本当にありがとう…」
またまた涙目の母。あの父親と離れてるだけでも気分的にマシだとは思いますが…。そして今も病室に居続ける、この霊は気にはなっています。
『じゃあ、また。』
「バイバ〜イ…」
そしてベッドから手を振る母と通路側に出た自分たち。丁度その真ん中辺りに立っている、さっきの霊…
一緒に見送ってくれているのかな?この霊は恐らく、ここの部屋の元患者で自分が亡くなった事を理解出来てないんだと思います。
(コイツは母さんに何もしないと思うけど…)
そんな事を考えながら母の病室を後に。…しかしです。通路を歩く途中、ヤカが急に
「…パパ、お手洗い寄っていい?」
「ん?ジュース飲み過ぎたかな?じゃあ先に…」
「……。」
「…わかった。通路の前で待っとくよ」
「…ありがとう」
ですが一番下の小さい息子ユトの面倒見もあり。嫁は急ぐと言って、自分から車の鍵を取り上げ。残りの次女も連れて、サッサと車へ戻って行ってしまいました。
親はベビーカー畳んだり赤子のユトをチャイルドシートに固定したりと、用事は色々あるのです。しかしヤカはよくトイレに行くな、緊張し過ぎでは?
(まぁ、帰っても子供三人。忙しいのは本当だから仕方無いか…。あとはヤカが出てくるのを待って…)
(ガチャッ)
しかし、慌ててトイレから出てきたヤカ。
「な、何かあったのか?」
「……。」
娘からの返事はありません…。年齢的にも思春期だから仕方がないのか?…とか思っていたら背後が『ゾッ』としたので振り向きました。
すると帰りのエレベーターがある進行方向の通路に、全身が薄っすら見えている青白い肌にパジャマ姿の幽霊が、ゆっくり此方へと近づいて来るのが見えたのです。
…え?幽霊が脚で歩いて近づいてくる?
いえいえ全くもって違います。″ソレ″が見える人なら分かると思いますが…、滑ってくる?何かのビジョンが段々と拡大してくる様に見える?もしくは瞬間移動でいきなり目の前に!!…とか。当然、両脚でパタパタと歩く姿なんて自分は見た事が無いです。はい。
基本的にあまり動かないと思っていて下さい。もし″ソレ″が動いていたのなら、恐らくその幽霊の思念が見てる側の人間の脳内とシンクロするからだと思われます…
…と、またまた脱線してしまいましたが…
自分は知らぬ間に霊とシンクロしてしまったのか…?
「ヤバい、ヤバいぞ…。アイツと目を合わせてしまった…。ヤカ、反対側から帰ろう…」
「う、うん…」
仕方無くUターンし、その反対側の通路を進みます。
そして早歩きのまま階段か別のエレベーターを探しました。…って、建物がデカくて構造が複雑だぞこの病院…
ヤカは背後から自分の上着を掴んだまま、その間も二人は絶対振り返りません。こんな時は今まで体験してきた経験がものをいうのです…
「あ、あった…」
しばらくして自分たちは別の二つ並んだエレベーターを見つけました。
タイミング良く右側の扉が開いていたので、そこに慌てて乗り込みます。そして急ぎ一階のボタンを連打し…
「早くつ、早くっ!!」
(カチカチカチカチカチカチッ…!)
エレベーターの扉がまだ閉まらない…。やばい…。しかも通路側からさっきの幽霊がゆ〜っくりと姿を現し、こちらへと近づいて来るのです。しかもこっちを向く別の霊の足も複数見えて、連打が更に加速し…
「ひぃっ!何て日だっ!!」
(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!!)
「ウィーン…」
「うわぁ〜ん…涙」やっと…、エレベーターの扉が閉まってくれてホッと一安心。次来る時は御守りを三つ位持って来よう、うん。
…とか、馬鹿な事を考えてる内に…。…三階、二階、一階……………って、まだ下がってるっ!?
(!?)
(チ〜ン!)
「ウィーン…」
言ってる傍から「BF1」…!?
一番下の階に到着しちゃいました。ボタンの上から『関係者以外立入禁止』と書かれた紙が貼られていますが。俺が連打したボタンは一階の筈。″地下″は絶対に押して無いですが何か?
「パパァ〜!?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから、しっかりと御守りを持って目を瞑っておけよ?」
「うん…」
娘にも何かしら見えているのでしょうか?もしくは肌で違和感を感じ取っているのかも?
しかしここの霊たちは超凡人で常時ディスられまくりの自分へ、一体何を伝えたいのか?
想像ですが、地下は大体霊安室やホルマリン漬けの死体部屋が有るとか無いとか?よく分かりませんが…兎にも角にも怖い、怖わ過ぎる…
(カチッ、カチッ…)
「早く一階に上がって…くれ………。うわぁ…無反応って…。何かテレビでこんなシーン見た事あるな…。勘弁、勘弁…してくれぇ…」
しかしエレベーターは全く動く気配がありません。仕方無く娘に服を引っ張られながら通路側へと進みました。そこは左右二手に通路が分かれており。地下のわりには照明がしっかりとついていて、結構明るかったです。そして左は非常階段扉で行き止まり…怖くて中を見る気はないです。じゃあ反対側は…?
「じゃあ、逆の長い通路は……!?」
「パ、パパ…?」
「ヤカ、静かに…」
「…??」
通路の先。両側に一定の距離毎に扉があるのですが。こちらから右手前二つ目の両開き扉の前に、その部屋の方を向いたまま黙って立ってる男性がいたのです。さっき上の階にいた霊とは全くの別人。パジャマを着ているので見た目にも元患者さんなのは一目瞭然です。
ですが、その生気無き姿は幽霊そのもの。地下で両開きの扉…という事は、その先に霊安室でも有るのでしょうか?…まさか幽霊は私たちに、そこへ入れと言うのですか…?
(ノォー!!)
″これはかなりヤバい…″…と震えている自分。いや冗談抜きに危険な状況です。だからヤカに「パッパッ」っとデスチャーでエレベーターへ静かに戻る指示を出しました。
そして乗って来たエレベーターとは反対側。そのエレベーターのボタンを何度も押してみましたが、矢印さえ光らず全くの無反応…
そして仕方無く、最初に乗っていたエレベーターへ戻ろうとして…
(クイッ、クイッ…)
(コクリ…)
再び元のエレベーター内に戻った二人。ですが、やっぱり何度ボタンを押しても扉が閉まらないのです…
唯一進めそうな通路には凄く気味の悪い幽霊が待ち構えていて、しかも現在乗っているエレベーターは微動だにしません…。振り返るとヤカは背後で御守りを持ち、目を瞑ったままブルブルと震えていて
(くそっ、くそっ!)
こうなれば最後に残された選択肢は一つ。非常階段から脱出する以外に道は残されてません。そして今度はデスチャーで娘へ、くいくいっ…と目を開く指示を出し。続けて非常階段に向かう様に指示を出しました。
だって目を瞑ったままでは階段を素早く駆け上がれませんから。絶対に転びますよ?痛いし…。そして自分は指を三本立てカウントダウンを始めました。
(さん……にぃ……いち……GO!)
横並びで早歩きし非常階段へと向かう二人。そして鉄製の重い扉でしたが、鍵は掛かってなかったのですんなり開きます。しかしその扉の閉め際、視界良好。先程の幽霊がかなり手前まで此方に向かい近づいて来ていたのです。
(ひいっ!?)
(バタンッ!!)
「あかんっ!ヤカ、早く上がれっ!!」
「うんっ!!」
(バタバタバタ…)
薄暗い地下の非常階段。降りる先の無い袋小路にはゴミの様なモノが山積みにされ変な異臭を放っていました。
しかし今は鼻につく臭いよりも、現在進行形の迫って来る危険度MAXな幽霊のがヤバいっ!
急いで階段を上り始めると、一階に上がるだけなのに非常に長く感じます。
更に半分程上った辺りで、地下の扉が″キィ…″再び開いて″バタンッ″と閉まりました。その際、自分の目には階段下に不気味な人影が見えた気がして…
(ひぃ…)
今は幽霊から確実に追い掛けられている状態です。やがて一階への出口が見えてきてドアノブを「ガチャ!!」と、一気にその扉を開きーー
眩い光を浴びながら、やっと一階の通路へと飛び出しました…
「た、助かった…」
(ガチャッ!!)
「!!!?」
……と、完全に油断していた自分の目の前に……
「ぎゃあああああああっ!!」
……
(ゴツンッ!!)
「痛い…」
強烈な脳への衝撃、飛び出す目玉、くらくらと脳震盪、薄れ行く意識、まさに脳が震えるぅ〜…
「ママ…?良かったぁ…」
と、長女のヤカがすんなり解答。ですが自分の身体半分は三途の川へ…
扉を出た先には、かの幽霊よりも恐ろしいウチの嫁が立っていたのです。
…ってか、何故殴った?
自分が嫁を見て驚いたのが非常に腹立たしかったとか…
「わたしたちをいつまで待たせる気っ!?」
『ごめんなさい…』
自分とヤカは声を揃えて謝罪。しかし扉の閉まり際、階段下に此方に向いている足元だけの霊がチラッと…
(バタンッ…)
(うわぁ…″どっちも怖い…″)
「何っ!?今、何か言ったっ!?」
「い、いえ。何もないです、はい」
「サッサと帰るわよっ!」
「はい…」
ウチの嫁の迎えに来た場所とタイミングの良さが、まさに怪奇現象…
強烈な頭への打撃。盆でもないのに三途の川で、故人である鬼祖母に遭遇してしまうところでした。いや…、「あっち行けっ!!」と、追い返されたのか…?
そして何度かこの病院に通いましたが、病院はかなりヤバい場所です。霊感の弱い自分でさえ、これら以外にも色々な体験をさせられたのですから。
ただ…、一番、かなり、本当に怖かったのはやっぱり″嫁″だ、というオチで……すいません。これは見聞きしなかった事にして下さい…m(_ _)m 泣
完。




