三十四ノ怪 亡き母への想い
「園のみなさん、おはようございます。そして急ですが、悲しいお知らせがあります…。え〜…◯◯さんが傘を開いて家の二階の窓から転落したらしいです。とあるアニメを見て傘で飛べると信じ、お家の二階から飛び降りたらしいのですが…。命に別条はありませんでしたが、脚を骨折して入院する事になりました。他の園児のみなさんも傘では飛べないので、絶対真似しな…ーー」
「……!?」
とある幼稚園でのリアルな出来事。朝の園長の挨拶で凄く驚いた自分。家も近所で仲の良かった″サクラちゃん″が傘で空を飛ぼうとして落下し骨折入院してしまいました。もしかすると、これは自分が原因かもしれないのです…
「ケイジ?今からサクラちゃんのお見舞いに行くわよ?」
「うん…」
園の遊戯も終わり家に帰宅した自分は、母と一緒に彼女の見舞いに行く事になりました。しかし何か気不味いし、罪悪感が半端なくて…
その原因の話は、数日前に遡りますーー
「ケイジくん?どうすればママに会えるかな?」
「うーん…。わかんない…」
「えー、ケイジくん冷たいっ」
「だって、うーん…。何か良い方法無いかなぁ?」
ここはサクラちゃん宅の二階、彼女の部屋。
女の子らしく所狭しとたくさん人形が置かれ、布団も含めて全体的に淡いピンク仕様。まぁ、情けないですが園児だった自分には只の他人の部屋感覚だったりで良さを理解する脳は持ち合わせて無かったと思いますが…
…と、話を戻して。実はこの数ヶ月前くらい?にサクラちゃんのお母さんは亡くなってしまったのです。病気か事故か?原因は覚えてないので全く分かりません。園児の親なら20〜30歳代位だったでしょうか…?
若くして母親が亡くなったサクラちゃん。彼女も自分もまだまだ幼く″死″について知識が有耶無耶な頃でした。更にこの頃からテレビアニメでは現実離れしたシーンがよく放送されていて
「あ、そうだ。サクラちゃん?」
「なぁ〜に?」
「テレビアニメで見たんだけど……」
あの世や地獄、はたまた天国の様な空想世界が現実か非現実なのかのラインを全く理解していない自分たち。だから空高く登って行けば天国に行ける?なんて思ってたりしました。
そして何のアニメだったかは忘れましたが、開いた傘を持って女の子が空を飛ぶシーンを思い出したのです。それをサクラちゃんにそのまま伝えてしまって…
「あ、それ。わたしも見た事あるっ」
「でも、危ないから普通しないよね?あははは…」
「だね。えへへへ…」
ーーと言ったのですが。そのまさかの出来事でした…
「ケイジ。サクラちゃんに会ったら元気付けてあげるのよ?分かった?」
「う、うん…」
幼いながら彼女に会ったら、その一言目に何を言ったらいいか?それだけを必死に考えてました。『ごめんなさい?』いや、『余計な話をしてごめんね?』でもない?『まさかだったから、ごめんね?』…って、全部″ごめん″じゃないか…と、やはり自分の所為だと考えるのは至極当然の事でした。そんな考えも小さな頭で纏まらないまま、病院の彼女のいる病室へと着いてしまいます。
(ガラガラ…)
「サクラちゃん〜?脚は大丈夫〜?」
「あ。わざわざ来て頂き申し訳ないです…」
病室に入るとサクラちゃんと、その祖母の二人が応対してくれました。そして現場に着いて少し俯き加減、彼女に何を言っていいか分からなくなったヘタレな自分。しかしです…
「あっ!ケイジくん来てくれたんだぁ、ありがとう〜」
と、彼女はいつも普段通りの笑顔で、そう言ってくるのです。
「う、うん…」
おい、『うん』って何だよっ!もっと気の利いた台詞言ってやれよ?しかも二文字で舌噛んでたし、どれだけ動揺してたんだよ自分っ!
そうこうしてる間に彼女の祖母と母親は「何か飲み物買ってくるね?」と言って、二人で部屋を出て行ってしまいました。ヤバい、更に気不味い雰囲気で…
「ケイジくん?どーしたの?目が真っ赤よ?」
「だって…」
気さくに話し掛けてくるサクラちゃん。しかし自分は罪悪感で気持ちがペシャンコになりそうで、何も言えずにいました。するとそんな自分を見た彼女が
「あー、ケイジくん。自分が悪いと思ってるんだ?やっさしぃ〜」
「はへ?…ずずっ…」
半泣きになり鼻を啜るダメダメケイジ。しかし彼女の言っている言葉の意味が分かりません。
「あのね?昨日の夜中に、わたしの部屋の窓の外にお母さんが現れたの。けど、ずっと後ろ向きでね?何度声を掛けても振り向いてくれないし、だからね?」
「だから?…ぐす…」
「手が届かないから、少しでもお母さんの体に届く様に玄関までお気に入りの傘を取りに行ったの」
「うん…」
「けど次に部屋に戻ったらお母さんが消えちゃっててさ…。片手に傘を持ってね?慌てて窓枠に身体を乗り上げて、周囲を見渡してる内に下へ落っこっちゃったんだぁ…」
「……!?ぐすっ…」
この時は自分は幼くて、彼女が本当の事を言ってると思ってました。しかし今思えば学校の先生が「開いた傘」と言っていたのです。しかも窓の外に母親がいるなら、傘を使って触れるにしろ″閉じた傘″でないと、前も見えませんから…
「だからね?ケイジくん…、気にしない…でね?」
「…う、…うん…」
と、最後は気丈に振る舞っていた彼女が少し涙目に。結局、彼女の亡くなった母親が本当に幽霊となって現れたのか。嘘を言っていたのかはわかりませんが。ただ…
「ケイジくん、あがって、あがってっ」
彼女は無事退院し、まだ松葉杖ついて歩いていた時。彼女の家に遊びに行くと、希にですが。二階上がる階段の下。廊下の先にある台所で歩く半透明の若い女性らしき素足を何度か目撃した事があるのです。
しかし傘の件での自分の後ろめたさもあり、サクラちゃんにこの事はひと言も言ってません。
だって自分には、その霊の顔は見えず足だけが見えたのですから…。よって彼女の母親だという確証は無いのです。
そして…、程なく自分は再び父親の所為で引越しと相成りました。結果、サクラちゃんとは挨拶無しの追われる様な急な引っ越し…。ホント酷い…。今更ながら、あの歩いていた霊が彼女のお母さんだったら良かったなぁ…、と今でもそう思います。もう確認のしようが無く、遠い過去の思い出となりましたが…はたして本当の母親だったのでしょうか…?
今では、もう知る由もありません…
完。




