三十五ノ怪 この世の未練
これは昔、自分の兄であるナガ兄が仕事で静岡県へ一泊二日の出張に行った時の心霊体験談です。
家族が寝静まる東雲の時分に兄は一人、中部地方静岡行きの新幹線に乗ろうと地元ローカル電車の始発で大阪駅へと向かいましたーー
「さぁっ!毎度、毎度の売り込み頑張るか…。って、朝一はやっぱり眠いなぁ…」
掛け声はテンションMAX、遅れて眠さが追い付き意識は急降下。詳細は言えませんが…。電気器具の特殊な部品を販売?代用製品でコスト的な単価をもう少し下げれるかどうか?とか何とか…?まぁ、詳細が言えないと言っても。自分には一切内容を理解出来ないのに、格好良くそう書いただけなのです…
(カタンコトン、カタンコトン……路線?)
………
ここ出張先、静岡は何度も来ている場所。やがてナガ兄は静岡駅に着くと、そこから地元レンタカー屋で車を借り仕事の足を確保します。
そして得意先へと向かいうのですが、自分たちが住む不味く澱んだ大気の大阪と違い、澄み渡る視界、クリア且つ爽やかな風、ちょいとひんやりとした美味しい空気。夜には夜空の星たちが網羅され、今の天気は雲無き快晴。今日の静岡は良い一日になりそうです。
…と、何件か得意先を回った後。更に仕事の続き…とはならず、携帯を見ればもう昼の十二時過ぎ。この時間帯は得意先もお昼休みなので
「もう昼…か。う〜ん…、しかし今日は車の乗り心地が何かいつもと違う気がするんだけど…?眠いからかな?…ふぅ、まだ休憩明けには時間が早いし。取り敢えずいつもの道の駅に寄って、ちょいとご飯でも食べてくか」
もう、何度も借りているレンタカー。しかしいつもと違う嫌な感じがしました。やはり普段から仕事の合間に頑張っている音楽活動の疲れがピークに達したのか?もしくは道中、浮遊霊みたく何か良からぬモノに取り憑かれてしまったとか?
よって今日は早く寝よう…と心に誓うナガ兄。取り敢えず時間調節も兼ね、店の立ち食いコーナー?…で、ランチを食べ、売込みの準備も万端。ただ、食後は大体…
(ブルブル…)
「お〜〜、お手洗い、お手洗い…。俺って腹、弱いんだよなぁ…」
大阪よりも、やや気温が低い静岡。普段から腸が弱いナガ兄は少しお腹が冷えてしまったのかもしれません。しかしいざトイレに入ると満員御礼。便座のある洋式トイレの扉が三つとも閉まっている状態でした。挙句、戻って見た多目的トイレは何かのトラブルなのか封鎖中…
「う〜…最悪だぁ…」
別に現在、洋式トイレ側に待ち人が並んでる訳ではないのですが。そんな時は体感的に待ち時間が長く感じるもの。やがて身体中から冷や汗がダラダラと流れ出し…
「う〜、やばい…」
じわっと十分ほど経過し、我慢もそろそろ限界か。その場に立ったまま小刻みに行進を開始したナガ兄。いちに、いちに、いちに…
やがてお腹は…『お前らぁ〜早く出てこんかーいっ!!俺のが先に出てまうやろーっ!!』な爆発寸前状態に。そして仕方無くトイレの扉を叩いて催促するか迷い始めた、まさにその時…
(ブワッ…)
「っ!?」
ふわっ…と前髪が靡き。こんな密閉されたトイレの室内で、何故か自分の身体全体に風が吹き抜けました。それは何か生暖かく、違和感を帯びており焦燥感を駆りたてらます。
「い、一体何なんだよ………?あれ…?」
(キィ………)
そんな中、一番奥の扉がゆっくりと開きました。ナガ兄は開いた扉側の方にいた為、そこからでは中の様子を全く確認出来ません。しかも待てど暮らせど中から人の出てくる気配は無く、耐えれなくなったナガ兄は
(くそっ…)
そろそろ我慢も限界。腹は既にカウントダウン中で…。ナイン…エイト…セブン…セブン…セブン…って、おい。
最悪、立ったままこの場で…(って、冗談です…)
だから、中でもたついている人と代わってもらおうとして、ナガ兄は思い切って扉を開けたのです……が
(ギィッ!!)
「あのっ!すいませんがぁ〜っ!…ってぇおぁ!?…いない…?」
何故かそのトイレの中は無人でした。有り得ない事ですが今は全身冷や汗ダラダラ、お腹からもう何か噴出しそうで。そんな事を考えてる余裕など無く…
ババババッ、サササササバッ!!
(キラキラ、キラキラキラキラッ……)※何か、ごめんなさい
(ジャァ〜…)
「おふぅ…。ホ、ホント、酷い目に遭ったなぁ…。だけど……」
ナガ兄は他の個室にいる人に聞かれる可能性が有ったので、それ以上口にするのを止めましたが。まさに無音、残りの奥二部屋の洋式トイレも人のいる気配が全くしなかったのです。合点いかぬまま扉から出ると、自分と同じくトイレ待ちしてた人がいて、慌ててナガ兄の後に入っていき
『す、すいませんがっ!』
「あ、ど、どうぞ…」
その人に自分の個室に貯まった腹の爆発後を嗅がれた罪悪感と戦いつつ、その間も他のトイレの扉は閉まったままでした。すると再び…
(ブワッ…)
「っ!?」
先程と同じ、生暖かい風が身体を吹き抜け…
(ギィ………)
なんと、急に残りのトイレの扉が二つ同時に開いたのです。この時、やっとナガ兄は不気味な何かをその肌に感じ取りました。それに、そのトイレには初めから誰もいない無人状態だったという事なのです…
(何か、良からぬ″モノ″の嫌がらせか…?)
この心霊現象に対しナガ兄の霊感が何かしらの危険を察知。残りのトイレを確認する事無く、慌てて車に戻ったのです。しかし…
『……っ』
乗車の際、トイレの方から誰かの叫び声らしきものが聞こえてきました。あの入れ替わりで入った人が何か恐ろしいトラブルにでも巻き込まれたのでしょうか?
それとも兄のトイレの事後臭があまりに酷く強烈だったのか…?今となっては知る由もありません……と、勝手に話を括り、ナガ兄は慌てて車を急発進させました。
(何か背筋がゾッとする…。何だよ、静岡に来たら、いつも使わせてもらっている道の駅のトイレなのに…。何だよコレ…。と、取り敢えず、さっさと得意先に向かおう…)
いつも何の問題の無く使用していた普通のトイレ。今回は、あそこに霊的な何かが潜んでいたのでしょうか?と、そんな事を考えてる間に得意先へと到着します。本日の仕事はここで最後。あと少し頑張るしか無いのです。
「こんにちはー。いつもお世話になっております。ーーの商品担当ーー……」
今日、全ての取引はあっさり成立。先程とは打って変わって気分は急上昇。取り敢えず早めに夕食を済ませ、予約していたビジネスホテルへと向かいました。ですが兄は肩辺りに何かの違和感が半端なく…
「重い…。ま、またか…」
車の運転中、ナガ兄は長年の経験から何かを″お持ち帰り″した可能性を危惧していました。一体何処で?得意先で?異臭トイレ?足が臭いから?それが分かれば苦労しませんが…
やがて空は闇に包まれ夜色に染まり、いつも営業鞄に入れている神社でいただいた″お清めの塩″を摘み。ホテルに入る前、自分の体へと振りかけます。
「やっぱり、こんなのじゃぁ、ダメだ…」
しかし身体の重みは全く解消されません。今回、自分に取り憑いた霊は強敵なのかも?ですが、明日は朝から得意先回りがまだ数件残っています。で、もう一つのスペシャルアイテム。″悪霊退散の護符″。これを枕の下に敷き…
「よしっ…」
さっさと風呂を済ませ寝る前にもう一度お清めの塩を撒き、布団に潜ったナガ兄。本人曰く「出張中は絶対酒を飲まない」…と決めているらしく。「寝辛くても頑張って、さっさと寝てしまおう。うん、それが得策だ」…と。部屋の電気を消して、さっさと常夜灯のみに
……
………
……………
しかし薄暗い部屋で目を瞑るだけで。きりきり、グッと閉じてみても身体中の感覚や意識はハッキリ、クッキリ。風呂上がりで気分もスッキリ。いつになったらレム睡眠にまで脳は到達出来るのか?深呼吸、鼻呼吸、羊が一匹、羊が二匹…、色々と試しますが全てが無稽に
「…羊がいちおく、さんぜん、ろっぴゃく、ななじゅうはち…。羊がいちおく…」
…とかは絶対言ってないとは思いますが…
しかしです。この時ふと車の運転席上にあるサンバイザーに、小切手等が入っている大事な封筒を挟んだままにしていた事を思い出してたのです。
「あっ、そうだ…。確かあそこに挟んだまま…。大丈夫だと思うけど、どうせ寝付けないんだ。取りに行こう…」
再び部屋の電気をつけ、ナガ兄は寝姿のままサンダルを履き駐車場に停めてある車へと向かいます。まだ時間も早かった所為か、色々な人とすれ違いますが。一人俯き加減。ビジネスホテルの通路の隅に立っている、白いカッターシャツを着た薄気味悪い中年男性がやたらと目に留まるのです…
(……!?)
しかし普通に通り過ぎてから何気に振り返ってみると、その男性は何処ともなく消え去っていました。
壁ばかりの通路は真っ直ぐと伸び、曲がり道までは少し距離があります。ダッシュで走ったとしても、その足音が聞こえる筈。早い話が、これは心霊現象確定だという事…
「音も無く消えた…?やっぱり幽霊…!?」
ナガ兄は怖くなり、小走りに車へと向かいます。ホテルを出た正面、外灯も少なく薄暗い平面駐車場。今度は、その入り口付近から遠目にレンタルした車を見ると
「…あれ?」
驚いた事に、自分が借りていた車の中に誰か乗っているではありませんか。
普通に考えて放置すれば良い方には転ばないのは目に見えています。捕まえるなら所謂、現行犯。そして良い事に、その駐車場辺りにはホテルの客がワイワイガヤガヤと、結構な人数いたのです。
これなら泥棒なんて全く怖くありませんね。
「よ、よしっ…」
車内には仕事で必要な小切手やら書類が入った封筒があります。そんな大事な物を盗む車上荒らしを絶対に許す訳にはいきません。
ナガ兄は音の鳴るサンダルをそっと脱ぎ、それを両手に持つと。身を屈め靴下だけで、そっと車へと接近していきます。
(……。)
犯人は一体どうやって鍵の掛かっている車に乗り込んだのでしょう?まぁ、工具さえ有れば簡単に車中に侵入出来るみたいですが。しかしその人物は車内でピクリとも動かず、ただ助手席に乗ったまま正面を向いているだけの様な気がするのです…
(妙だなぁ…)
少しずつ車に近寄ると、周囲は次第に異様な雰囲気に包まれ始めます。物盗りなら車内を物色しながら、さっさと金目のもの盗み、逃げようとする筈。ですが、その人物は相変わらずジッとしたまま動きません。
可能性としてはアルツハイマーでボケた老人が間違って車内に入り込んだのかもしれません。しかしナガ兄は手押しロックタイプのレンタカーだったので最初に確認した時以外、扉を開錠した記憶がありませんでした。要は全てのドアがロックが掛かっているという事。
やがて身を低く、助手席の真横に到着したナガ兄は。急ぎそのドアを両手で押さえ、犯人の逃走手段を断ち切り
「おいっ、アンタッ!!人の車で何やってるんだっ!!出て来いっ、この泥棒めっ!!!」
…と、ナガ兄はそう大声で怒鳴りました。その声を聞きつけた周囲の人たちがワラワラとやって来ます。それは予想していた通り。車の周囲に人を増やす事で犯人の退路を完全に断ったのです。
『兄さん?泥棒ってどいつだ?』
『えっ?ホント〜?泥棒、やだぁ…』
周囲にいるギャラリーは各々好き勝手な会話をしています。そして真横にいた年配の男性がナガ兄の肩をトントン…と、軽く叩き
『で、その泥棒は何処にいるんだい…?』
驚いた事に、男性はそう聞いてきたのです。
「へ…?いや、だって…。見て分からないですか?目の前にいるでしょ!?俺が押さえてるドアの助手席に…怪しい奴が座っているでしょうが…?…ほらっ、ここに………って、あれ…?」
ですが、必死なナガ兄の訴えも虚しく。車内には誰一人座ってはいなかったのです。
『おいおい、お兄さん…?明日も車を運転するなら酒はほどほどにな?あははは…』
『え?只の酔っ払い?やだぁ…』
「……。」
クスクスと笑いながら消えて行く人たち。弁解しようもなく、兄は赤っ恥をかいてしまいました。
…ってか酒は一滴も飲んで無いしっ!と心中叫んでいた事でしょう…。しかし、確かにさっきまで車内には″人″がいたのです。それを見間違える筈はありません。白いカッターシャツを着た″人″が…ここに……
「あ…」
この時、ナガ兄は全て理解しました。ホテルの通路で見掛けたのもそう。今、自分に取り憑いている霊は白いカッターシャツを着た中年男性だと。
あ〜ぁ、オジサンかぁ…何で年配霊をチョイスしたかなぁ…。俺だったら二十代の可愛らしい女の子の霊が良かったのにぃ……とかは絶対言ってないと思いますが、個人的意見で…
しかしナガ兄は顔面蒼白、ダッシュでホテルの部屋へと戻りました。もちろん部屋の電気はつけっ放し。更に憑かれてる理由すら分からず塩を撒き、被る様に布団へ潜り込むと
「俺は寝る。俺は寝る。俺は寝る。俺は寝るんだっ。俺は寝る。俺は絶対寝る。俺は寝る。俺は……」
布団を被っていると非常に暑くて汗がダラダラと。ホボ自虐的に同じ言葉を繰り返しますが、やはり一向に寝つけないのです。
「ひ、ひょっとして。今、あの霊がこの部屋の中を歩き回っているのかも…?」
部屋は明かりをつけており。布団にも潜っているのですが。その見えない霊が存在するかもしれない恐怖と戦っていて、なかなか寝付けないナガ兄。一体どれだけ頑張ったのか?何度も何度も眠ろうと努力し…
(……。)
…ですが、部屋では怪奇現象など全く起きないまま。悲しくもある自然界の野鳥がその時刻を告げにやって来るのです。
(チュン、チュン…チュンチュンッ……)
「ね、眠い…。……へ…?もう朝…?」
もしかすると真夜中に。この部屋を縦横無尽に中年の霊が歩き回っていたのかもしれませんが…。しかしそれは確認する事なんて出来ません。更に寝不足で凄く汗臭いまま仕事にも行けないので…
「まぁ、良かった…のか?取り敢えずシャワー浴びよう…」
身体リフレッシュ、眠気マックス。トイレの怪事件&オッサン霊の恐怖と朝冷えで身体がブルブル…。ある意味、飲酒運転より危険な状態でしょう…
しかし今はまだ朝の六時頃で出発は九時過ぎ予定。得意先へ行くには早過ぎます。ナガ兄はまだ怖いのでカーテンを全開に、少し仮眠する事にしたのです。そして携帯の目覚まし時計をセッティングし、寝る準備が完了。いざ…
(ぐー、すかぁー、ぐがぁー、ぐー、すかぁー…)
寝息は想像で(汗)そして溜まった眠さが爆発し、兄は深い深い眠りに誘われてしまいました…
……
………
「…………はっ!?」
これは何か恐ろしい事が起こる伏線か?…と思ったら。涎全開、瞼は半閉じ状態。さて、今は何時でしょうか?
「九時…半……」
…『正解』です。
「コレ、あかんヤツやっ!」
慌てると必ず飛び出す大阪弁。直訳すると「もう時間的に、ダメじゃないか!?」な感じでしょうか?しかも携帯の目覚まし…、要はアラームが全く作動していなかったのです。その原因を考える余裕なんて無く、しかし遅れは三十分、されど三十分。
「と、取り敢えず急ごう…」
オロオロ、オロオロ。混乱しながらも、ホテルは何とかチェックアウト。ナガ兄は急ぎ車へと向かいました。しかしドアを開けようとした瞬間。また周囲の空気が淀み…
(ブワッ…)
道の駅で体験した不気味な風が、再び自分の体を吹き抜けました。
「な…、何だ…?またか?」
原因は分かりません。しかし確かなのは今日は完全な無風。周囲を見渡しても木々の葉や洗濯物はピタリとも動かず、穏やかなものです。では何故?
「って、そんな事。考えてる余裕はやっぱり無い…!」
(バタンッ、…キュルキュル…ぶお〜ん…)
と、ナガ兄は不気味な心霊現象より。まず、遅れてしまっている仕事を先に片付ける事にしました。今日の大事な契約にケチが付いたら大変です。だから、すぐさま車を発進させ…
そして肩は重いままですが少し寝たおかげか、朝一よりも意識はハッキリとしています。次第に調子も上がってきて、何とか本日の仕事全てを時間内に間に合わせる事が出来ました。あとはレンタカーを返し、新幹線に乗って大阪に帰るだけ…
「や、やっと終わった…。あっ、いつもの道の駅で食事を…って、何か怖いな…。やっぱり止めておこう…」
ナガ兄は昨日の不気味な怪奇現象を思い出し、道の駅には立ち寄らず。普段絶対に立ち寄らないファーストフード店のドライブスルーに入ったのです。
『いらっしゃいませ〜、ご注文はお決まりですか〜?』
(どれにしようか…)
あまり立ち寄らない店なので、なかなか頼みたいセットが見つかりません。あれは…?いや、コッチの方が…いやいや。そんな感じで黙々と考えていたら…
『お、お客様っ?大丈夫ですかっ!?』
すると、どうした事かスピーカー越しに店員さんが、慌ててそう声を掛けて来たのです。
「へ……?」
何も注文しないから?ナガ兄は窒息死したと思われたのでしょうか?ですが、言ってるそばから…
(ドタバタドタバタ…)
店長らしき人たちが兄が借りているレンタカーを取り囲みました。そして声揃えて
『お客様、大丈夫ですかっ!?』
……と。
「えーっと、何が…?」
『危ないのなら、すぐに救急車呼びましょうか!?』
ホワイ?ナガ兄と店員、全く話が噛み合わないまま並行線に。そして注文を受けてくれていた子曰く、自分の記憶に無い″死を訴え掛ける悲壮な声″だったとか…
『お客様?さっき、凄く苦しそうに″もう死ぬっ、助けてっ…″…って、ずっと言ってましたよね?』
「……………言ってません…が?」
『えっ…?』
しかも店内のスピーカーで店員数名がその叫び声を確実に聞いたとか。原因は全くの不明。更に多数決で、兄がふざけて店へ迷惑を掛けた感が半端なく、店員はナガ兄を白い目で見ていたとか…
「コレ…、お願いします…」
『…………ありがとう…ございます…』
何も悪く無いのに、何か悪い気がして、何か一番高いセットを頼むナガ兄。まぁ、600円が900円になった位ですが…
そしてこの後、これらの現象が起きた原因をナガ兄は、悍しい体験と共に知る事になるのです。
「あの店の駐車場で食べたかったけど。店員さんが、かなりお怒りな様子だったからなぁ…。ワケ分かんないよ…って、何で客の俺があんな一方的な態度をされて、嫌な思いをしなきゃなんないんだよっ!ったく…」
ナガ兄は当然の如く頭にきていました。それはそうでしょう、だって冤罪なんですから…。となると、犯人は一体…
「もういいや。あんな店、二度と行かないからな。あ〜あ、カッカしてても仕方ないんだけど…、ん?丁度いい。あのコンビニの駐車場に停めて食べよう…」
ナガ兄は車を借りたレンタカー屋から程近いコンビニで食事する事にしました。取り敢えず車を駐車場に停め助手席に置いてあった、さっきのセットが入った紙袋を開けると…中からとても美味しそうな良い香りが漂ってきます。
(ふわ〜ん…)
「い、行かないと言ってはみたけど…。このバーガー…、凄く美味そうな匂いが…。まぁ、今回だけは許してやるか…」
優柔不断で優しいナガ兄、そんな話はもう過去の話です。どこぞの凶暴な次男とは大違いですが…
と、それはさておき。ナガ兄がソレを頬張った瞬間の事です…。車内で再び謎の″あの風″が吹きつけ、それと共に…
(ブワッ…)
「ふがっ!?」
なんと。快晴の真昼間のコンビニのど真ん中の駐車場で、呼んでもいない″招かれざる客″が助手席に″ポツン…″と座っていたのです。
(!!!?)
それはあの、白いカッターシャツを着た不気味な中年男性。道の駅にあるトイレの風も、ずっと肩が重たかったのも、ビジネスホテルの駐車場や通路で遭遇したのも全てこの霊が原因だったのです。出来れば二十代の可愛い女の子の霊と代わっ…、とか…ナガ兄はそれどころではありません…
「ぶはっ!?」
驚きのあまり咽せて、口から飛び散った咀嚼粉砕バーガーの惨劇。このレンタカーの車内を一体誰が掃除するのか…?しかし確実に命中した筈の幽霊に何故かソレが当たってはいませんでした。…って、ここ書くの重要か…?(照)それに対し、反撃とばかり中年の霊がゆっくりナガ兄の方へと振り向き…
「ゲホッゲホッ!ケホッ…」
『死ぬぅ…、助けてぇ…。死にたくない…』
そう言ってナガ兄のスーツにしがみ付いてきたのです。
「や、ゲホッ…めてく…ケホッゲホッ……れ…」
『死にたくない…』
「お、ゲホッ、俺が死…ゲホッ…」
ですが、その霊の表情は怨念や恨みというよりも。苦痛に歪み、右手で自分の胸元を苦しげに押さえ助けを求めている様でした。そんな苦痛の思念が一瞬ナガ兄の脳に伝わってきて
「ーー!?」
そして霊とシンクロしたのか、ナガ兄は見てしまいました。この霊はレンタカーを借りていた客で。その走行中、急に胸元が苦しくなり。そのまま帰らぬ人になってしまったのだと…。恐らく心臓発作か心筋梗塞でしょうか?ハッキリとした病名までは分かりませんが。この世に凄く未練を残したまま、彼はこの車内で息絶えてしまったのです。
「…あれ?」
そう頭で結論を出した時、既にその霊は車内から音も無く消え去っていました。あとは…無残にも車内に飛び散り、散乱したバーガーをどうするか…という課題だけを残して…
そしてレンタカー屋に到着すると…
『そうですか…。やはり、出ましたか…』
「出るって分かってて…、俺に貸し出したんですか…?」
ナガ兄は帰りの新幹線に間に合わない為、粉砕バーガーの掃除はスルー。強気でレンタカー屋に文句を言いました。すると貸し出しの際、今までにも同じ様なトラブルが有ったのか、正直にその心霊現象の原因を教えてくれたらしいです。
『お客様、本当に申し訳ございませんでした…。実は…』
そのレンタカー屋の責任者曰く。ナガ兄の体験した、予想の通りの話でした。その車は普通に貸し出している分にはクレームは一切無かったとの事。ただ稀に、霊感の強い人があの車に乗ると今回の様な事が起こるとか。早い話が兄はその″霊感の強い人″だったのでしょう。
『迷惑料としてお代は結構です…。本当に申し訳ありませんでした…』
「もういいですから。ただ…、次の出張で来た時に、あの車を絶対貸し出さないで下さいね?」
『も、もちろんで御座います…』
強気のナガ兄。そして頃合いを見計らって、トドメの…
「あと…、幽霊に驚いて…木っ端微塵のバーガーが車内に散乱してるから…。その…、何か…ごめんね?」
『…………。もちろん、大丈夫で御座います…。こちらで処理を…』
レンタカー屋の責任者は苦笑い。最初の間が気になりながらも円満解決しました。更に知らぬ間に肩の重みは何処へやら、やっとナガ兄は本調子に戻ってきたのです。
結果として、今回の心霊現象は全てレンタカーに取り憑いていた中年男性の霊が原因だったのですが。一体、その霊の無念とは何だったのでしょうか?死しても尚、この世に残した家族や恋人?そんな事を考えながら新幹線に乗り込んだナガ兄。
しかしいくらそれを知ったところで、自分に解決する術は無い事くらい分かっているのです。それに例の車にはもう乗らないから、あの心霊現象は二度と起こらないでしょう…
そして兄は座席に腰を掛け、ひと眠りしようと……
(ブワッ…)
「…えっ!?」
完。




