二十五ノ怪 もう一人の病人
その人の価値は、その人に関係する身辺の人たちが決めるもの。決して他人が決めるものではありません。
その一言から今回は話をさせていただきます。人それぞれに様々な生き様があり、そんな奥深い人間の人生中で。自分の小さな器では決して『人の価値を決める事』、計り知れず『理解出来るもの』でもないと私は思うのですーー
あの日本中を震撼させたバブル崩壊
そんな真っ只中で…
『もう俺は、あんの馬鹿男の価値が無いとそう判断した。だから手を切ったんだ。俺がそう決めたから、これで間違いないっ』
不動産を経営していた父親は腹を立てながら、それが『格好良いセリフ』だと思っていたのか、全く中身の無い言葉でそう怒鳴ってました。
その相手の方は古くからの付き合いがある大切な仕事仲間。決して無碍に出来ない存在の筈。いや、こう虚勢を張ってるだけで三下り半。逆に捨てられたのかもしれませんね。
過去に、優しい年配夫婦に幽霊が出る事故物件を幼い自分をダシに売りつけた時もそうでした。自分さえ良ければ他人なんてどうだっていい。間違いを間違いとは認めず。″あの人″の考え方は生活保護を受けている現在も改心したり変わる事はないでしょう。
そして仕事は仲間の信用、信頼、絆…。色々と言い方はありますが。我が父に対しては自業自得、因果応報、そのツケ全てが自分に跳ね返って来ただけです。更に被害が枝分かれして、家族や身内にまで及ぶのですが…
先物取引、博打、愛人で見事に散財。
借金に借金を重ね、恨みを背負い、取り立て屋に追われる様、引っ越し三昧な日々を繰り返したお陰で、自分は長く付き合えた友人がいませんでした。
収入先の口座…。金が入る父だけがVIP生活。家族は徹底的な節約&貧困生活を強いられます。
虐待に執拗な暴力を受け続けた幼少期を経験させられた三男の自分。長男ナガ兄や、次男タメ兄も実はその被害者の一人だったのです。
そして自分はまだ二歳くらい?と幼くて、物心も無く全く覚えてない頃ですが。
母がケイジを背におんぶしながら買い物に出掛けたその不在時の出来事。
その際、父親の知人女性が家の中へと忍び込み、長男と次男に虐待を日々繰り返していたのです。それはとても小学生が受ける様な拷問ではありませんでした。その行為はかなり酷く、私にはとてもここへ書く事が出来ません。
「あなたたち…、一体″これを誰にやられた″の…?」
『知らない女……』
病院から帰ってきた母は兄二人へ、父方の祖母の目の前でワザとそう尋ねました。実は誰が犯人か母には分かっていたのです。オマケにこの鬼祖母は現場にいたのに知らぬ存ぜぬと、母の言葉を完全に無視します。
「あの女……ね」
その犯人は父親の愛人。
愛だとか言い方が美化して聞こえますが、それはうわべだけのモノ。互いに性欲や金銭欲を満たす為の存在でした。
自分が京都天野橋へ連れて行かれた時も、仕事と称し実の息子を海辺に置き去りにして、二人は堂々と密会していたのです。
そしてバブルは崩壊し。更に父はその女に金を根こそぎ吸い尽くされ「金の切れ目は縁の切れ目」とばかり、捨てられてしまうのです。この親父ばかりは本当に馬鹿でク◯で、どうしようもない男でした。
その時に愛人に虐待されたトラウマからか、長男ナガ兄はかなり精神を患ってしまい。次男タメ兄とワカ姉は鬼祖母からの嫌がらせもあり、完全に人格が欠損した暴力的な人間になってしまったのです。それにより、平和主義な自分が日々暴力や虐待で酷い目に遭うのは必然にーー
「オラァ!お前見てるだけでムカつくんやっ!!ケイジッ!!歯ぁ、食いしばれっ!!」
「ひぃやぁあああっ!」
(ゴッ、バキッ、ドスッ、ドスッ…ゴンッ…)
……
ーーそして時は流れ、現在へと話を戻します。
でも今回は遠い昔話です。幼稚園から帰ってきた自分はその後に遊んで泥だらけに。だからお風呂に行き、タライにお湯を汲んで身体を洗い流そうとしていました。
※古い家だった為にシャワーが無かったのです…
しかし昔の湯沸器は自動で温度の調節が出来ない古いタイプ。だから熱湯の蛇口と冷水の蛇口を同時にひねり、手動で微妙に温度調節する必要がありました。
「ふんふん〜、ふふふん〜…」
しかし自分にとっては手慣れた家庭環境&手作業。
スッポンぽん…いえ…、全裸になって、蛇口からお湯を出し、鼻歌を歌いながら徐々に冷水で熱さを調節していきました。しかし急に背後で…
(ガラガラッ!!)
磨りガラスの扉が開いたかと思えば
「……。」
次男タメ兄が風呂の中へと乱入してきたのです。
「わっ!?」
いつも危険を察知したら逃げ回っていましたが、今回は完全に油断していました。
(ドカッ!!)
身構える余裕すら無く、兄はいきなり手で振り返った自分を突き飛ばしたのです。
そして兄は冷水の蛇口をキュッと閉め。高温熱湯の蛇口を全開にしました。
飛び散る飛沫にはその高温度を感じさせる大量の湯気が…。そこから連想される最悪の事態は″大火傷″………
(ジャーッ!!)
「ーーっ!?」
そしてタメ兄は″絶対に言ってはならない一言″を弟の自分に浴びせかけました。
『お前なんか、さっさと死んでしまえっ!!!』
「ひっ!!!?」
やはり過去のトラウマからなのか?八つ当たり的に、ひ弱な自分へ殺意剥き出しのタメ兄。そうはさせまいと自分は必死に浴槽へしがみつきますが、二人の兄弟の歳は6歳差。
親と子ほどの身長差があり、幼児が力でこの兄に勝てるワケがありません。
その熱湯の温度は生卵を数秒で茹で卵にしてしまう恐ろしい煮沸力がありました。そして自分は兄に必死に抵抗しましたが、右肩を押され浴槽を掴んでいた体は反対向の兄側に向き、浴びた熱湯での、あまりの激痛に全身は関節の可動域を超えた全身痙攣を引き起こしました。その際の脱臼も含め、左の肩から背中全体にかけて自分は大火傷を負ってしまったのです。
「ああああがっがあああっ!!!」
その悲鳴を聞きつけ、慌てて母が風呂場にやって来ましたが時既に遅し。タメ兄は風呂場からサッサと逃げ去っており、しかも自分の背には元からオーストラリア大陸の様な形の大きな赤痣があり。その部分も酷く焼け爛れ、姉に受けた酷い仕打ちに続き、またもや救急車で病院に救急搬送される事になりました。そして自分は再び入院を余儀なくされ、そこで担当医に
「お母さん、この子の背中にある赤痣は癌になる可能性がある痣です…。だから、普段からこの様な事故には遭わぬよう、特に注意してもらわないと…」
「は、はい…。すいません…。以後、気をつけます…」
母はそう注意されていましたが。自分は兄弟に酷い目に遭わされて入院したのに、その根本である原因を医者や警察にひた隠す悲しい母の姿がそこにありました。
そして背中の大部分を火傷した自分は身体から高熱を出し、意識も朦朧と混濁したまま生死の境を彷徨い続け…
「ケイジくん…?ケイジくん…?………ダメか…」
実は病院の集中治療室で担当医が声を掛けてくれたのを覚えてます。火傷部分に、お尻の皮膚を移植したり。何故か喉も腫れ上っていたので色々な処置をされました。しかも喉の具合と、高熱で混濁した意識下では返事すら出来なかったのです。
それから入った病室は少し広めの二人部屋。身体は固定され動かせない、そんな辛い入院生活が一体何日続いたのかは覚えていません。
ただ、姉に病院送りにされた時と同様。母親とナガ兄は見舞いに来てくれましたが。父親、犯人、ワカ姉が来る事は一切ありませんでした。
よって自分の家族定義は全員が一匹狼だという…
しかしです。
そんな悲しい入院中でしたが、まだ日が明るい時間帯に家族がいなくなった病室へいきなり現れる、同じ歳くらいの白いパジャマ姿の子がいました。肩まで伸ばした綺麗な黒髪に小さな花をあしらったバレッタを髪の右側に付けた可愛らしい女の子です。
でも異性感情が分からない幼少期。ただ口であまり話せない自分は、何気に彼女と表情だけで楽しく会話した覚えがありました。だから丁度その時は寂しさや辛さ、身体の痛みを紛らわす事が出来たのです。
「あ……っ…う…」
でも、彼女も話す事が出来ないのか。スンとした表情のままで、自分に語り掛けてくる事はありませんでした。
…と、そんなある日の事
「ケイジくん。私は今日で退院するけど、負けずに治療頑張って!じゃあね」
「ぁ、ぃ…」
(バタン…)
あっさり隣の人が退院し、自分は二人部屋に一人きりになってしまいました。母も家族が多い為、その世話で病院にはなかなか来れません。しかも今日は初めてのお使い状態。一人、二人部屋で寝る事になってしまったのです。
(イヤだよぉ……)
やがて時間は経ち、晩の十時になった頃でしょうか?消灯し看護師が最後の巡回を終えた後。誰もいない病室で、急に人の気配を感じ取ったのです。
火照った身体は火傷の所為で固定されており、疼きますが、う〜ん、我慢我慢…。で、夜は怖くて目だけを瞑っていましたが。思い切って目を開き、違和感を感じたそのドア側を見ると…
「……。」
いつも昼間に来ていた女の子が何故かそこに立っていたのです。
相変わらずスンッとした表情ですが、彼女はジッとこちらを見ています。しかし自分は「こんな時間、出歩いていたら怒られるよ?」と言おうとしても、その声が出ません。
「だ、…よ?……ら…」
「……?」
でも彼女は自分に『大丈夫だよ?』と言っている様な気がしました。根拠は全く無いのですが…。
ですが、時間はとっくに消灯時間を過ぎていて。良い子は寝る時間なのです。だから何とか動かせる右手で、彼女に自分の目をゴシゴシ、ゴシゴシ…と、一生懸命眠るデスチャーで伝えました。すると
「……。」
自分の必死なデスチャーが終わった瞬間。その女の子は目の前から突如消えてしまったのです。もちろん病室のドアを開閉した音なんて鳴っていません。
一体どうやって…?
(あれれ?)
バカな自分は、単に彼女が静かに自分の病室へ帰って行ったのだと思い込み安心していました。だから子供なりに、もし身体が治り再び歩ける様になったら、遊びに来てくれていた女の子を自分の足で探しに行こう…、そう考えていたのです。そして次の日、検温に来た女性看護師さんに少し照れながら
「…ちぃ…な、女の…こ……」
出辛い声で一生懸命、あの女の子のいる病室を聞きました。ですが
「ケイジくん?今、この病棟には入院中の小さな女の子なんていないよ?両親と付き添いで見舞いに来ていた子とかと勘違いしているんじゃない?」
…と言われたのです。その他にも色々と聞き返したかったのですが声がハッキリと出せない為、自分は聞くのを諦めるしかありませんでした。
…だって「消灯時間に付き添いのいないパジャマ姿の小さな女の子が。何故一人きりで、この病室にいたの?」と疑問だらけです。
ですが入院中、ふと気が付けば急に女の子が傍に立っている事が幾度とありました。
「……。」
名前も分からぬ女の子。やがて身体がほぼほぼ完治し、退院の日が近付いてきたある日の事。いつも来る清掃オバさんに、昔この部屋に入院していた女の子の話を初めて聞かされる事になるのです。
「ケイジくんお疲れ様。やっと退院だね?良かった、本当に良かったね。アンタは無事退院出来たけど。実は…前に入院していた″サキちゃん″って女の子がいてね?あなたみたいに、それは酷い火傷を負って病院に運ばれてきてさぁ…」
「…え?」
その話では整備不良だったのか石油ストーブから灯油が漏れ引火。家が家事になってしまい中から全身火傷を負ったサキちゃんが救出されたとか…
「火傷した箇所が広すぎたんだねぇ…。その子は、しばらくして…天使様になっちゃったのね…。ずっと意識が無かったもんだから、自分がもう……とわかってないのかもしれないねぇ…」
「……。」
そしてまさか、と思い。自分は清掃のオバさんにその女の子の特徴を聞いてみたのです。
「その女の子って、どんな子?」
「特徴かい?そうさぁねぇ…。顔や髪は焼け爛れてて酷かったけど…、確か右側の髪にヘアピンを付けてたかねぇ?もし綺麗なままだったら、あの白いパジャマ姿が凄く似合う可愛らしい子だったんだろうけど…、ホント可哀想にねぇ…」
(!?)
…と。その人は女の子を惜しむ感じに、そう言っておられましたが。そのサキちゃんは話をしている最中も此方を見つめながら、部屋の中でずっと立っていたのです。
「……。」
この時。幼稚園児の自分に『死や幽霊』を理解する…という事は困難でしょうが。
目の前にいる″サキちゃんは他の人には見えて無い″のと、そして、この子はもう既に″亡くっている″という事を何気に理解していたのかもしれませんが…
「オバさん、そのサキちゃんは自分と同じ火傷の痛みから解放されて、今は楽しんでるかもしれないよ?」
と、そう子供ながらな返事をしたのを今でも覚えてます。
「だったらいいねぇ。ホントに、そうさねぇ…」
『火傷した女の子は亡くなっている』そんな、自分たちの会話はサキちゃんに届いてはいなかった様で。
入院最後、退院日も。寂しげもなく相変わらずスンッとしている彼女ですが見送ってくれている様な気がしました。
「ケイジ?病室で誰に手を振っていたの…?」
隣にいる母が病院の会計待ちで、自分にそう聞いてきたので
「サキちゃんだよ」
「…っ!?」
すると母の顔は徐々に青褪め両手で口を塞ぎ絶句。
入院代金を支払うと慌てて自分の手を引き、病院の外へと飛び出したのです。
やがて成人となり色々な人生経験を経た自分。今思えば、母親はその『悲劇のサキちゃん』の話を清掃のオバさんから既に聞いていたのかもしれません。
同じ部屋の同じベッドで彼女が寝ていた場所に自分が寝たのですから。必然的に彼女は立ちながらこっちを見る事しか出来なかったのでしょうか?
そして、ふと思い出す時があります。まだ彼女は″あのベッドにいる″のでしょうか?…と。既に母が亡くなった今では、自分は大阪の平野辺りの何処の病院に入院していたのかは分かりません…。出来れば、あの″サキちゃん″が安らかに成仏している事を今も切に願っていますが…
完。




