表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたは知らない方がいい世界  作者: 雀音の涙
23/95

二十三ノ怪 悲しきユウとの別れ

「あ、ユウ。聞いたよ?引っ越ししたんだって?」


「ええ、前に住んでいたトコが家賃高くって…。ここの給料だけだと、もう飢え死にしそうっすから」


彼は自分ケイジの部下で派遣社員のユウ。社内の噂で聞いたのですが、彼は″いつの間にか引っ越していた″との事…。そんな彼は事業に失敗した兄の借金を一人で背負い、会社も休まず真面目に働きに来ていました。更に現在働いているこの会社が休みの土日も、他の仕事で働いており。凄く多忙な彼の何処にそんな余裕があったのでしょうか?


「い、いつの間に?」


「昨日っすよ?別に会社休まなくて済んだから言わなかったっだけっす」


「へ?どうやって?」


彼は沖縄にも住んでいた事があり。地元出身者のキンちゃんとも仲良く話をしていました。そんな彼は日本を転々と渡り住んでいるらしく、運ぶ手荷物なんてたかが知れたもの。しかしそれでも荷物は車で運んだりする必要がある筈で…。すると彼はその秘策をこっそりと、自分にだけ教えてくれたのです。


「ホームセンター、コー◯ンっすよ」


「はへ?」


良い意味で狡猾老獪。ユウの話によると店で買い物さえすれば、その品の運搬と称し。店のサービスで軽トラックを一時間ほど貸し出してもらえるそうです。やったぁー!(違)


「で…。一体、何を買ったの?」


「百円のペンっす。えへへ…」


「……。」


理論上は可能。ただ、一般常識としては問題があるかと…。しかし彼は自他認める貧乏人。そんな事、なりふりかまってられなかったのでしょう。


「ぺ、ペン一本で軽トラ借りるって…何か、凄いね…」


と、当たり障りのない絶妙な返答を。


「そんな、褒められると恥ずかしいっすよっ…えへへ…」


「あははは…」


褒めてはないのですが…。ある意味、彼を凄いとは思いました。恥もへったくれも無く、一休さん並みにトンチを働かせ、プラスになる事に対しては努力を惜しまない。

しかしです。次の日、そんな真面目な彼が何故か急に無断欠勤する事になるのでした…


「おはよー。あれ?ユウは来てない?」


「あ、ケイジさん。おはようございます。え?いないですか?わたしも朝から見てはいないですけど…」


と、心配気にキンちゃんもそう答え


「そっか…。ちょっと電話してみるよ…」


一日も休まず、あれだけ真面目に頑張っていたユウの無断欠勤。自分ケイジはとてつもなく嫌な予感がしました。


(ま、まさかユウ身に何かあったんじゃないだろうな…)


『プッ、お掛けになった電話は…電源が入っていないか、電波の届かないーー』


「繋がらない…か…」


とても忙しい職場だったので、人が不足すれば補充しなければ現場は回らなくなります。よって派遣会社にユウの欠勤理由を確認してもらいつつ、他の作業エリアにいるオカちゃんに応援に来てもらう事になりました。しかし仕事のスケジュールが遅れ現場はユウのその後どなったのか考える余裕すら無く、そのまま終業時間となってしまいました。ケチな会社なので、この後。社員の自分は無償残業タイムに突入してしまいます…


「ケイジさん、お先ごめんなさい…。お疲れ様です…」


「ああ、今日はありがとね?お疲れ様〜」


時間が来たのでココは規約通り、キンちゃん・オカちゃんの派遣契約の方々は一斉に帰られます。しかし仕事は後一押し残っていました。そして搬出エリアを駆け回って、バタバタと…やっとひと段落した直後。自分の携帯にユウが所属する派遣会社から電話が掛かってきたのです。


「ケイジ様ですか?いつもお世話になっております。わたし◯◯派遣の担当ハマといいます。以後、お見知り置きを。そして無断欠勤しているユウについてですが…」


その担当によると。彼は昨日の仕事帰りにバイクで事故に遭い、ある病院に救急搬送されていたと言っていました。

容態は一時意識不明だったとの事。一緒に同居する人もいないので必然的に会社へは連絡が不可能。そして自分は彼の見舞いに病院へ何度か通いましたが面会謝絶やら、手術中とかで彼と話をする機会が全くありませんでした…


それから一週間ほど経ったある日。ユウが入院でいない間に、自分は急に上司から呼び出される事になるのです。


「ケイジ君。あ〜、部下のユウ君の事なんだが…今月25日満了で契約を打ち切る事にしたから。次の募集と対応を検討しておいてくれ。わかったな?」


「え?いきなり?ち、ちょっと待って下さい!」


社会人は大きく二つに分けれます。弱い雇われ側と、強い会社側の人間。勿論、この上司は会社側の人間で。経営学から考えると、それは極当然の事なのかもしれません…

しかし自分は責任者として現場を任されていても、常に働き手の味方でした。たとえそれが原因で会社側からは疎まれ、煙たがられたとしても…


「ユウは見た目じゃなく、本当に仕事に対して熱心でまじめなヤツなんです…。金が無くて本当に困っていて…。会社には入院して迷惑掛けてますが、その事故だってワザと意識不明になるヤツなんていないじゃないですか?アイツが帰るまで俺たち仲間同士で死ぬ気で頑張りますからっ、だからアイツをクビにしないでやって下さい!」


「………ちっ、何度も何度も……。じゃあ、今回は大目にみてやるが…。彼は頭を強打してるんだぞ?意識不明だったか?さて、どうなる事やら?そ、れ、に。仕事上、お客様に何かあってからでは遅いんだっ。その時、お前も現場配置の検討対象になるからな?じゃあ…三ヶ月だ、三ヶ月内にアイツがミスしなければ継続採用を考えてやろう」


「あ、ありがとうございますっ!」


「だが、分かっているのか?逆を言えば、次失敗したら即クビだ。お前も部下を庇ってばかりでどうなるか?それを念頭に置き、せいぜい頑張ってくれ…。はぁ、本当に無駄な時間をブツブツ…」


「くっ…」


この交渉は晩の十一時過ぎまでかかりました…。そして、これが悲しくも現実世界です…。情けないですが自分は責任者としての器は無く″会社側の人間みたく非情″にはなりきれませんでした…


そして彼こと、ユウは会社からの最終通告を受けた上で、病み上がりの身体に無理を強いて出社してきたのです。


「ケイジさん…。ご迷惑をお掛けして申し訳ないっす」


「そんな事はいい…。もう大丈夫って事だけど…、身体がある程度回復したようで安心したよ…。でも…、上司の言った通り…」


「いや、大丈夫っすよ?それに、ケイジさんが黙っていたら、そのままクビだったんすから。本当にありがとう御座いますっす…。ただ、頭を強く打ち過ぎて部分的に記憶が曖昧なんすよ…。また病院にも通わなきゃならないですし…」


「じゃあ尚更、お金が…」


「だって、無い所からは金は取れないっしょ?何とかなるっすよ。あはははっ。でも、ケイジさんがそんなに気を遣うと自分が損するっすよ?俺は今、昔より全然恵まれてるっすから。全く気にしてません。だから、もしクビになっても、どうって事ないっすよ」


ユウは気さくにそう話してくれましたが。突然彼は何かを思い出したのか、話を続けて


「あ、そうだ…。思い出しました…。そうっす…そうっすよ…。俺は引っ越した先…、知らない道で近道しようとしてバイクで事故ったっす…」


「え?何で?」


「俺って″アレ″が見えちゃうでしょ?ある場所で、脇道から急に人が飛び出したと思って…。一人で事故っちまったっす…」


彼の話では、引っ越した場所への仕事帰り。急に現れた幽霊を人と間違え、バイクで急ハンドルを切り石垣に突っ込んでしまったらしいです。どうしてその人が幽霊だと分かったのか?早い話が身体を通り抜け、″その人をバイクで轢けなかった″からだそうです…


「その人を轢いたと思ったら、すり抜けて…後は覚えてないっす…」


「うわぁ……」


あまり霊感の無い自分には理解し難い世界。彼は″霊がハッキリと見える″ので気味悪がった母親は蒸発、友達を失い、更には今回の様に事故まで起こしてしまっているのです。しかしその災難は止まる事を知らず…


「くっ…」


後日。やはりユウは上司が予想していた通り、営業に渡す品を間違えて用意してしまいました。それは自分の作業範囲外での出来事です…。怒った先方からクレームが来て、その日の内に、あの上司から自分ケイジに連絡が来ました。しかもその日は24日、更新が契約月度だったので明日の25日で終わりだったのです…。あまりに急なお別れとなってしまい…


「ケイジさん。色々とご迷惑をお掛けして申し訳なかったっす…」


「いや、俺こそユウを助けてやれなくて…本当にすまなかった…、すまない…」


するとユウは


「俺は知ってます。ケイジさんが遅くまで上司と交渉してくれていた事や、失敗したらケイジさんにも何かしらのリスクが有るって事も…。しかも俺には心配させまいとして、その事は黙っててくれたっすよね?」


「……!?」


自分へのペナルティを負う話は社員全員が帰った後。所謂、上司と自分の二人だけの話。もちろん他の誰にも言っていないので、その話は誰も知らない筈でした…。しかし何故彼はその事を知っていたのでしょうか?まさか…


「は、はははっ、ユウ?それは勘違いだよ?俺はそんな気の利いた良い人間じゃない。何やっても足りない、何やっても裏目に出る…。それに俺は大丈夫だ、後で怒られるだけだから。何にもならないよ…、それよりユウの方が心配で…」


そこから言葉を続けようとしたら、ユウにいきなり手でそれを止められました。


「ケイジさんがそう言われるなら俺はもう何も言わないっす。けど、変な力で皆に気味悪がられてる俺に優しく接してくれたケイジさんには本当に感謝してるんすよ?だから…。もし今回の件で何かあったら…、ご家族がおられるケイジさんのほうが俺は凄く心配だから…」


「………ユウ…、ありがとう…。本当にありがとう…」


そして次の日…


本当に頭に来た自分は、朝一番で「親戚の葬式で!」と言って会社をいきなり休みました。今まで何人親戚を死んだ事にしたのか?…は覚えてませんが…。取り敢えずそれは、ユウと盛大にお別れ会をする為に…でした。すると声を掛けてないキンちゃんから急に電話が掛かってきて…


「ズルいですよ?ケイジさん。わたしも『子供が熱を出した』って、強引に仕事をフケてやりましたよ〜。あはははっ」


と、既に状況を把握済みの彼女。しかも遅れて部下のオカチャンや後輩のタケも仕事をボイコットし、参加しにきてくれました…


「みんな…、仕事が回らなくなるじゃないか…。会社で悪者扱いは俺だけで充分なのに…」


「ケイジさん。みんな来てくれたのは先輩への信頼からっすよ?えへへ…。それに、タケさん、オカさん、キンさんも来てくれてありがとっす。大先輩、ケイジさんのオゴリで俺が言うのも何すけど、パァーッとやりましょう!!」


「私たちも、あの鬱陶しい監視役じょうしが大っ嫌いなんです。さぁ文句を言いながらパーッといっちょカマしちゃいましょう!」


『おおーーっ!!!生いっちょーー!!!!』


「お、お手柔らかに…」


(わいわい、がやがや…)


とある居酒屋でユウの最後を惜しみながら楽しく最後の飲み会をしました。しかし彼は自分と同じ会社を辞めただけで、もう二度と会えない訳ではありません。ただ、そのユウが言っていた。会社にいるあの″落武者の霊″が原因なのか、何か別の″怨念″か。この後も会社では一悶着も二悶着もありますが、それはまた後日のお話に…





完。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ