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十三ノ怪 古井戸の怨霊

これは会社の部下で、バツイチだけどパワフルなシングルマザー、キンちゃんの恐怖体験談。

※この体験時。彼女は離婚した直後で、まだ子供が一人しかいなかった頃です。


彼女が出身地の沖縄から遠方の地。ココ、ガラの悪い大阪に住むのにタダという女性にかなりお世話になったらしいです。決して″無料タダ″という意味では御座いませんのであしからず。(おぃ)

キンちゃんは一身上の都合で先の仕事を辞めフリーとなった時、タダさんの頼みで大阪府の南側。とあるコンビニのバイトを紹介されました。シングルマザーの彼女は並行してバイトよりも給料の良い正社員を探していたのですが。タダさんにはお世話になっていた経緯もあり。その頼みを断りきれなかったのですーー




キンちゃんは朝。いつも通り娘を保育所に預け、いざその職場へと向かいます。実は彼女はコンビニでもバイト経験のあるベテランさん。すぐ店の戦力となるでしょう。しかしです…


「何か…、空気が澱んでる…?」


朝10時前。霊感の強い彼女はそのコンビニに到着するなり不穏な空気をその肌で感じ取っていました。しかし中に入ると面接等は無く、ポーカーフェイスがすっごく気になる男性が出てきて


「あ、タダさんが言ってた人?悪い、人手が足りないんだ。日割りで日当払うから。今から働いてくれないか?」


と、急に言われてしまいます。この人が店長だとそこで把握したとか。


「え?そんなに…ですか?取り敢えず、昼四時に保育所へ娘のお迎えがあるのでそれまでなら…」


「じゃあ、それまで頼む。コンビニで働いた経験有るんだよね?凄く期待してるから」


そこは少し笑顔で、無表情且つ強引な店長。それが彼に対する第一印象でした。事務室に入ると、悪霊退散?変なお札が過剰に貼り付けられている異様な神棚があり…


「な、何か凄いですね?」


「ただの験担ぎだよ、商売には必須だろ?」


商売繁盛に″悪霊退散″は必要無いと小学生でも分かりそうなものですが…。そして彼女は納得がいかないまま、狭い更衣室のロッカーの前まで案内されます。

しかし今度はロッカーの名前の所が紙で何度も貼り替えられた跡が。店舗はまだ見た感じからして新しく、その短期間で一体何人のバイトが辞めてしまったのでしょうか?


「バ、バイト急募って…。前の方、何故辞められたんですか?」


「えと…。確か…郷帰りするから…って言ってたかな?急に辞めたんだよ。凄く困っててさぁ…」


店長はありきたりな理由でそう答えました。しかも淡々と無表情…、本当か?


「そ、そうなんですね…」


「じゃあ、そこに制服入ってるから。着替えたらレジに来て。早くしてね…」


店長はサッサとその部屋を後に。彼女は首を傾げながらも言われた通り、素早く店の制服に着替え店長の元へと急ぎました。それは昔の経験がモノをいいます。


「お、流石。やっぱり早いね。君のような人が来てくれると凄く助かるよ…」


しかし、期待するコメントとは裏腹に店長の表情は冷たくお硬いままなのです。すると


(ドン…)


店内の奥の方で何か大きな物音が。まだ店内に客は入ってない筈ですが…。それに対し、店長は急に目を見開き来客者用トイレに無表情で視線を向けたまま、まるで石像の様に固まってしまいます。


「て、店長?」


「……………あっ、ごめんね…。ま、まずはレジの説明するね…これは…」


さっきまでとは打って変わって、丁寧に教えてくれる店長。その表情は何かに怯えている様にも見えました。しかしその時、キンちゃんもそのトイレの方に、何か不快な違和感を覚え、それが全身を通り抜けていきました。


(うっ…何…コレ?…トイレ掃除任されたら、嫌だなぁ…)


その日は頑張ってレジやら品出しやら、仕事内容を覚えるのが精一杯。やがて多忙な時間が過ぎ、娘のお迎えの時間と相なりました。しかしその帰り際…


「店長、お疲れ様です…」


「キンさん、今日は凄く助かったよ。流石経験者だ。明日も頼むね?」


「あ、はい。いえ…、こちらこそよろしくお願いします…」


不気味な店長の雰囲気、神棚に貼られた大量の護符。そしてあのコンビニ内にあるトイレの事が彼女の頭から離れません。しかし仕事は仕事。明日に備えて愛娘と一緒に家へ帰った後、一通りの家事や用事を済ませ、早目に眠りにつきました。ですが…


(ここは何処?)


夢とも分からない漆黒の世界。キンちゃんは何も見え無い真っ暗な世界に、一人ポツンと立っています。仕方無く手を伸ばしますが周囲は冷たく凸凹な丸いモノの感触が、それはすぐに石を触っているのだと理解に及びます。そして冷たく冷めた壁を手で伝い、出口を探しますが…


(丸い石?グルっと…円形…えっ、此処は井戸の中…?)


『ちゃぽん…』


滴の音?そう思った瞬間。知らぬ間に鎖骨辺りまで水が溢れ、急に足場が無くなり彼女は溺れてしまいました。要は彼女がいつの間にか井戸の中で溺れていたのです。


(あっ、ぷはっ…う、…はぁ…)


沖縄出身、泳ぎは得意なのに何故か全く泳げず。やがて力尽き、水面から下に沈み始め、その深い闇へといざなわれ…


『…マ…っ』


(…?)


『…ママ?…どうしたのママ?…起きてっ』


ずっと鳴ったままの目覚まし時計。意識が曖昧なままキンちゃんは娘に起こされ、その恐ろしい夢から目が覚ましました。一体あれは何だったのでしょうか?しかし起きた時間は


「あっ!大変〜っ!!」


ギリギリか?もう仕事に出ないと間に合わない時間。慌てて目覚まし時計を止め、段取りをして娘を保育所へと送ります。そして気を引き締めて、再び彼女はあのバイト先へと向かいました。


「ギリギリ間に合ったわ…、おはようございま〜す。……あれ?」


しかし店内や事務室に、あの店長の姿は見当たりません。要は店舗に店員が不在の状態。もし今お客様が来てしまったら大変です。取り敢えず彼女は仕事には遅刻せずに済んだので、来客に備えて素早く着替え店内へ


「……やぁ…。おはよう…」


「ひゃあ!?」


しかし店内へ入った彼女の背後から、さっきまでいなかった筈の店長が急に姿を現したのです。でも、彼のその表情はまるで血の気が引いた様で…


「……。」


「お、驚いてすいません…。さっき入った時には店長がいなかったので…つい…」


そう言い訳したキンちゃんに対し、その店長は下を向き何かブツブツと言い始め、やがて彼女の方へ向き直すと


「俺はいたよ?店内にずっといた!いたいたいたいたいたいたっ!ずぅ〜〜っといたっ!!いたんだっ!!」


その店長のあまりの変わり様に絶句したキンちゃん。取り敢えず、働かせてもらってる雇われ側として、すぐ彼に謝ったらしいですが…


「すいませんでした!店に入った時に店長を見逃し。わたしは挨拶もしないで…、更に驚いたりして、ごめんなさいっ!」


すると店長は


「わかれば…いいんだよ…」


と、まるで心ここにあらず。そう言って、再び無表情のまま事務室へと戻って行きました。


(い、一体なんなのよ…?)


その後、彼女は仕事を卒なくこなし。来客の多い昼時を過ぎると段取り良く店内の清掃作業、モップがけを始めます。すると


「…そこはいいから、来客者用トイレの掃除を頼む…」


「ひゃいっ!?」


モップがけに集中していた彼女は、いきなり背後から現れた店長にそう声を掛けられ、再びビックリしてしまいました。また驚いたりしたら彼は朝の様に怒り狂うかもしれない…と、彼女は怯えていたのです。


「ああ、すまなかった…。頼んだよ…」


と、そう言って。相変わらず無表情のまま事務室にさっさと帰って行く店長。朝の出来事は一体何だったのでしょうか?しかし…


「あのトイレ掃除…かぁ……」


この仕事をやり始めて一番気になる空気の澱む場所…。そして彼女は店内の一番奥にある不気味なトイレに目をやりました。霊感がある彼女にはその空間が歪んで見えるのです。それが今までの霊的経験から、危険だと本能的な何かが警鐘を鳴らしてくれているのでした。


「ヤ、ヤダなぁ…」


すると彼女は背後から不気味な何かを感じ。ふと後ろに振り向くと店長がレジの前に立ち、ずっとこちらを睨んでいるのです。


「はぃっ!すぐに…」


″ゾッ″としながらも、仕方無く彼女はトイレ掃除に向かう事にしました。息が詰まりそうな澱んだ空気、不穏な気の流れ。しかし店長は早く掃除しろと言わんばかりに、カウンター奥からチラチラと、こっちを見てきます。


(はぁ…)


そのトイレは通路正面突き当たりに、男女共同トイレが一つのみ。ただ、右側の壁がホワイトカラーで塗られたベニヤ板が貼られ。謎のスペースが有るのに何故かそのエリアは周囲を完全に塞がれてました。やたらその奥が異様な雰囲気を醸し出しているのですが…


(何…?ここ…?)


店長の視線を気にしながら清掃作業を始めたキンちゃん。手慣れたコンビニでの仕事。清掃中の立て札を立て、中に入ると手際良くトイレ内の清掃、チェックを始めます。しかし


『ドンッ、ドンッ…』


(!?)


一体何処で鳴っているのか?背後から壁を手で叩く様な音が聞こえてきました。しかし作業を止め、辺りを窺うも


「…?気の所為かしら?」


彼女は只の聞き違いだと思い、再び作業を開始します。今の一番の目的は、サッサとこの不気味なトイレ清掃を終わらせ、店内の仕事に戻る事です。しかし彼女が清掃を素早く終わらせ戻ろうとした、まさにその時でした。


『ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ…』


再び激しく壁を叩く音が…。それはベニヤ板を貼り付けてある、その奥から聞こえてくるのです。更に音は激しさを増し


『ドンッ、ドンッ、ダンッ!ダンッ!ダンッ!…』


「ひゃあっ!?」


それと同時に、あのレジの前に立っていた店長の悍しい笑い声が、彼女の耳に飛び込んできました。


『あはははっ!いるんだよ?俺はいるっ!!ここにいるっ!!そこにも俺はいるっ!いるんだぁあああははははははははっ!!』


やがてベニヤ板から、真っ白な無数の色無き死人の様な手が伸びてきて、彼女の手足を強引に掴んできました。


「きゃあっ!!冷たっ…」


氷の様で氷でないヒンヤリとした感覚。

手に持っていた清掃道具は床に散乱し、その壁に貼り付け状態になったキンちゃん。そして彼女は無我夢中で昔、母親に教えてもらった地元の、お祓いの言葉を何度も口ずさみました。すると…


(パッ…)


効果覿面か?無数にあった謎の手は何処へやら…。しかし店長はまだ店内で叫び続けていて…


「キミも見ただろ?ソコにいただろ?俺もいるだろ?そこにも、ここにも?あははは、あははは、あはははぁあーっ!!」


(!!?)


トイレでの恐ろしい謎の怪奇現象、精神的にも常軌を逸している店長。ゾッとしたキンちゃんはそんな彼に深く頭を下げ、すぐに着替えて店から逃げる様に飛び出したらしいです。彼女は、その日の内に紹介してくれたタダさんに電話し。辞める旨を説明し、即日その仕事を断りました。もちろん働いた分、日割りの給料もいらないと断りを入れて。


後日。その気が狂った店長がいるコンビニは潰れ、土地は更地と化したのです。あのベニヤ板が貼られていた位置には古井戸があり、今もそのまま残っているとの事でした。コンビニを建てる時、井戸の撤去工事の過程で事故が多発し、更に女性の幽霊の目撃者も続出。その井戸は撤去出来なかったとか。

聞いた話では遠い昔、暴漢に襲われた女性が逃げる途中その井戸にはまって溺れ死ぬという悲しい出来事があったそうですが…。それを身をもって体験したキンちゃん。気が触れてしまった店長も然り。恐らく成仏出来ない霊が店長やキンちゃんにその無念を訴えかけていたのかもしれませんが…、これについては聞いた話なので全く確証はありません…





完。

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