十二ノ怪 ナガ兄と死の再会
これはこの執筆から数年前の出来事。我が実の兄弟、約十歳上の長男″ナガ兄″が恐らく最後の別れとして、自分の前に生き霊となって現れた辛く悲しい出来事です…
そこで登場するのが道徳心のカケラも無い最低の父親。飲む、打つ、買うの三拍子が揃い、女癖までも悪い超スーパー浪費男。しかも正月だけは帰ってきて、子供が親戚から貰う、なけなしのお年玉まで没収するどうしようもないク◯父親でした…
「おー、お年玉貰ったやろ?銀行に入れといたるから早よ出せ」
自分はお年玉を使った事なんて一度もありません。″入金先は愛人バンクもしくは博打銀行″でしょうか?更には先祖の財産を全てを根こそぎ散財し、借金取りから逃げる様に引っ越しする日々を課した張本人…。なんと引っ越し回数も二桁を超えており、次男の家庭内暴力も含め、この劣悪な家庭環境から逃れる努力をしました。
そして兄弟で一番末の子こと、自分が一番始めに家を脱出。
次いで、家出した次男タメ兄以外。鬼祖母、長男ナガ兄、長女ワカ姉、母親の五人は色々とワケがあり、まだ父親と同居していたのです。
鬼祖母は五十代でボケはじめ、真面目な母はその祖母が亡くなる九十四歳まで面倒を見させられていました。その祖母の死後。四年程経ったある日の事、父親は偶然不動産の仕事が上手くいき一千万円ほど手にしたらしいのですが…
しかし世はバブル崩壊後。もうこれは最後の天の恵みだったのかもしれません。ですが、母は「やっと借金を一気に返済し、借りていた家を買い取って年金暮らし出来る…」と喜んでいたのも束の間…。そのチャンスを父親はヤ◯ザから訳アリの安い販売車?を連続で五台も買い替え、残りは日々バクチ三昧…と。一ヶ月も経たない内にその資金が底をついてしまったのです。そして母は絶望のあまり
「何で無駄遣いするの?あのお金があれば、家族全員が助かったでしょ…?」
と、そう親父に訴え掛けると
「うるさいっ!大黒柱の俺に文句あるんかっ、どアホッ!お前は稼ぎも出来ん癖にっ!!」
愛人に騙されたりして金がすっからかんになるまで家にも帰らず。父親の母であるボケた鬼祖母の世話を死ぬまで母に押し付けておいた最低親父。
更には脚を患っている母親に辛辣な言葉を浴びせる、優しさの欠片すら無いク◯人間ここにあり。誰が見ても母の身体は既に病んでおり、もう出稼ぎなど出来る身体ではありません。
母はその愚痴を聞いてもらおうと日々自分やタメ兄に電話していました。要は脳みそが溶解している父親の所為で治療費や生活費が足りていないのです。
この後、母は癌に侵され。挙句、父親は更なる悪事を重ねる事になります。
「あー、姉ちゃん?オレオレ、うちの嫁が癌で危ないんや。だから…」
何処かで聞いた事のある詐欺みたいな電話ですが…。兄妹からも疎遠されていた父親は、言葉巧みに…、って、ホボ全て姉なのですが…。これが最後とばかりに金を無心。300万円程の現金を手に入れたらしいです。
同時に生活保護を受けて母の治療費は無料に。よって普通なら、治療目的で借りたお金なら返しますよね?
しかし父の心の悪魔が再び現れます。いや、常時か…
サッサとお金を返せばいいのに、やはり父親の無駄遣いで湯水の如く消え去り。その後治療費を騙し取ったと、病院で入院中の母が父親の姉たちから寄ってたかって責められる羽目に…
やがて行方をくらましていた父親は、オマケに長男、ナガ兄のいない間に泥棒まがい。家にあった兄のクレジットカードでブランド物を買い漁り、全て質屋で即換金。そうやって更なる軍資金を手に入れて…
母はストレス性の進行する癌だった為、それから一ヶ月も経たずして大阪城近くの癌専門病院で他界してしまいました。
で、慌ただしい法事の最中。借金の督促状がナガ兄の元へ届く事に。ちなみに長期間、父親はそれが見つからない様、常にポストを監視し届く度に督促状を捨てていたらいしですが、いずれバレますよね…。そんな愚痴を聞いてくれる母親は亡くなってしまい、兄はその無念を自分に聞いてほしくて、何度も電話を掛けてきました…
「ナガ兄、悪い。これから配達で運転しないとダメだから、また今度な?元気出してな」
「そうか…。ケイジ、運転気をつけてな…?」
「ありがとう…、仕事頑張るから」
じっとしてるだけの時間が長く、やり切れないのか誰かに聞いてもらいたかったのか。仕事中の自分の携帯へ所構わず電話を掛けてくるナガ兄。
ある日、何かを踏んでしまって車のタイヤがパンクし、シューシュー空気の漏れる音が鳴ってる最中に電話を切ってくれなかった時は流石に困りましたが…
そしてナガ兄は同居する父親に負わされた利息含めた200万超えの借金や、肝臓が悪くなっていて働けなくなってしまった事とか。同居していた苦しみ死んでいった母の無念を自分に聞いて欲しかったのだと思います。だからそんな兄の事を無碍にも出来ず、掛かってきた電話は極力取る様にしていました。
「今日は……、掛かってこなかったな…」
しかしです。タイヤパンク時に掛けてきた電話を最後に、ナガ兄は電話して来なくなりました。その頃は父親に続き、ナガ兄も生活保護になってしまい。役所から身内で助けてやってくれという内容の、悲しくも情けない書面が我が家に届きました。それを見て慌てて兄の携帯を鳴らしますが音信不通。自宅には同居の父親がいますが、嫌々ながら電話しても「お客様のご都合により…」と、繋がりません…。これは電話料金を支払っていないと流れるガイダンスです。そんなレアな音源を自分に聞かせてくれてありがとう親父。
やがて確認も出来ないまま、それから約半年が過ぎ。そんな兄の事を忘れかけていた、まさにそんな時。自分は職場のだだっ広く薄暗い倉庫内の作業場で、黙々と力仕事に没頭していました。すると
「よっ…。こらしょっと……ん?」
薄暗いその倉庫の奥にトイレがあるのですが。品物の選別で流す作業は常に下を向きながらで。だから他のエリアの誰かがトイレに来れば必ず窓から差し込む光でその″足元の影″が視界内の外側に入るのです。
(誰かトイレに来たのか?誰だろ……って、アレ!?…いない?)
影が見えたから『誰だろう?』と、自分は顔を上げました。しかし、そこには誰もいませんでした。
『″また″か…』
そんな不可解な出来事が何度も続き、無人なのに足音だって聞こえた時があります。新しい職場で働き出して二年近くですがこんな事は初めてでした。最初の怪奇現象を境に毎日毎日、約一ヶ月程…。多い時はその怪奇現象発生が一日、十回を超えていたと思います。ただ、この共通点は作業している自分の方へ足が向いたまま影が立ち止まるか、何も言わず何もせずに通り過ぎるだけ。そして酷く怖がりで情けない自分が、何故か一切その恐怖を感じなかったのです。
「何でだろ…?」
その現象は自宅に帰ってからも続きます。息子と一緒に寝ていると、廊下から誰かの存在を感じたり…。壁を軽く叩く様な音、廊下からは小さな足音、壁の軋みとか色々です。流石に風呂で息子と頭をシャンプーで洗っていて足元の影が濡れた瞳に映った時はビビりましたが…。しかし自分の妻や子供たちがそれらを一切感じる事無く。自分にだけ聞こえ、そして自分にだけ見えていたのでした…
しかしそのいずれも…。まぁ、表現が非常に難しいのですが、暖かく思え、寂しくて、そして切なくて。何故か全く恐怖を感じる事が無くて…、益々混乱してしまう自分。頭でもおかしくなってしまったのでしょうか?…え?既におかしいですって?(泣)
けど、こんな話を言えば子供たちは怖がります。だからこっそりと妻だけに相談していました。
「俺って…、こんなに強い霊感あったのかな?ずっと常時見えてる…。頭がおかしくなりそうだ…」
「最近になってからでしょ?あの新しく入った会社に何か問題があるんじゃないの?」
と、妻は細目で訝しげな表情に…
「え?入社して二年目から急に現れたんだよ…?」
こんな事を妻に相談しても埒が明きません。よって仕事に行った時、会社の大先輩に悪いと思いつつも、思い切って
「ヤスさん…。誠に申し訳ないのですが…一つ聞いてもいいですか?」
「どうしたケイジくん?また、改まったりして…」
「実は…。え〜…、あのですね…」
あまりにも立て続けに起こる心霊現象。我慢しかねた自分は悪いとは思いつつ、この会社に住み込みで働いている先輩ヤスさんにソレを聞いてみる事にしたのです。
「ーー……という事なんです。一週間位前から毎日、毎日…。前に働いていた方を含めヤスさんも、この工場に幽霊が出るとか聞いた事無いですか…?」
「わしは、ココにもう十何年と住んどるが…、そんな経験は一度も無いけどなぁ…」
「そうですか…」
住み込みの方を怖がらせる話だと理解しながらも聞いてしまい、申し訳ない想いで胸がいっぱいに…。しかし現象も止まぬまま。この後も…約一ヶ月それは続きました。
「ケイジくん…、まだ出るのか?」
「ここに住んでいるヤスさんを、怖がらせる様な事を言って本当にすいません…。けど、状況は継続中で…。ひょっとすると自分だけが取り憑かれてるかもです…」
「そうか…」
と、そんなやり取りをした次の日…
「あれ?今日は一度も影を見て無いなぁ…。ヤスさんと、あの話をして効果あったのかな?ワケわかんないな…」
それから三日間、あの怪奇現象は全く起きなくなりました。怖い訳ではないのですが、それが逆に不気味に思えてならなかったのです。
そしてその三日目の深夜に事態は急変します。
(プルルルル、プルルルル…)
寝静まった部屋に鳴り響く携帯電話の呼び出し音。時間は夜中の三時頃。所謂、丑三つ時近くでした。
夜中に鳴り響く電話なんて大体何かのトラブルが多く、母が亡くなって以来でした。そして嫌な予感は的中してしまいます。電話を掛けてきたのは、あの音信不通だった父からでした。公衆電話だったのか、スグに切られてしまいましたが…
「ケイジ…。ナガが亡くなりよった…。今日、仕事休んで家に来い…。じゃあな…プッ…」
(……え?…)
返事する間もなく電話ん切られましたが、その時自分の頭の中が真っ白になって…。そして兄弟でも、まだ仲の良い方だった長男。まさか、そんな早く亡くなるとは思ってもいなかったから…
そして母が亡くなって以来、とあるビルで久しぶりに兄弟が揃い顔を合わせたお通夜での席。父から兄の亡くなったその理由を聞かされたのです。
「ナガはな?肝硬変で死によった。それまで入退院を繰り返して、二ヶ月程前から入院しててな?死ぬまでずっと生死を彷徨ってたんや。あれだけ俺は酒は止めておけって言ったったのに…。あ、そや、確かケイジと会いたいってずっと言っとったなぁ?」
「……!?」
兄はかなりの酒飲みでしたが、肝臓を壊して一度入院してからはずっと禁酒していた筈です。しかし再度酒を飲み始めたのは、親父に自分クレジットを勝手に使われて200万以上の借金を背負い。そのストレスから逃れる為に飲んでいたんだと思います。要は全て父親が原因。母が亡くなったその理由も然り。そして兄が瀕死になっても連絡すらよこさなかった非常な男。流石に、この父の暴挙にキレた自分は文句を言ってやろうと立ち上がりますが、同席していた次男のタメ兄に手でそれを抑止され…
「ケイジ、お前の言いたい事は俺にもわかってる。今は自分の子供が一緒にいるだろ?聞かせたらダメだ…。後は俺に任せろ…。だから悪いが子供たちと一緒に、ちょっと外に出ていてくれないか…」
「……。」
タメ兄と自分は仲が良くなかったですが。昔と違い、年齢的にも兄は人の気持ちを汲む心は持ったのだろうと思いました。そして子供と嫁を連れて外に出ましたがタメ兄の怒鳴り声はその外にまで…。仕方無くビルから降りて、近くのコンビニに一時間ほど時間を潰しに行きましたが…
ふと、下からビルを見上げると
「…あれ?」
お通夜をしている部屋のベランダに誰かが立っていたのです。自分は視力が悪く見え辛かったので、怒りを覚ます為にタメ兄がベランダで夜風にでも当たってるんだろう…と、そう思ってました。しかしそんな兄の視線は恐らくこちらを見ていて、何故かパジャマ姿だった気もするのですが…
「あれがタメ兄なら、もう部屋に戻っても大丈夫かな?」
戻るには頃合いか、やがて暇を持て余す子供たちも制御不能になり。取り敢えず自分の家族を引き連れて再び部屋に戻る事にしました。しかし部屋に近づくにつれ、再びタメ兄の怒鳴り声が聞こえきたのです。この様子だと、一時間は怒りっぱなしだったんじゃないか?じゃあベランダで夜風に当たっていたのは一体誰なんだ?
そんな事を考えていると、ふと脳内で疑問と現実の線と線が糸で繋がったのです。それは遅すぎた理解とでも言えばいいのでしょうか…
「し、仕事中…ずっと俺の前に現れてた霊は…、ナガ兄の生き霊だった…のか?」
出現日数から考えれば、兄は亡くなる直前まで″生き霊″として自分の前に現れ、″もう俺はダメなんだ″と余命を知らせに来ていたのかもしれません。いえ、最低な父親は頼んでも弟のケイジを呼んでくれず、毎日病床から生き霊となり自分に訴えかけていたのかもしれません…。只の怪奇現象だと思い、それに気付けなかった自分に怒りすら覚え…
「くそっ!くそっ!!うぅ…」
目からポロポロと、涙が止まらなくなってしまいました…。そしてこれらは己の予想でしかありませんが、妻や迷惑を掛けた先輩のヤスさんには事の顛末を話しました。
だけど、この話は父親や姉、タメ兄にはしていません。しかも墓は四国の徳島にありますが、父の所為でホボ無縁仏と化してるらしく。今は親兄弟(家族)とは完全に疎遠となってしまってますが…
そんな父親は自分たち家族の葬式からの去り際
「子供も眠いやろ?そろそろ、早よ帰れ。さぁて、俺はこれから百まで生きるんやっ!」
…と、言ってました。子供たちからも完全に信用を無くしている下衆でク◯野朗な父親。百歳まで人間に迷惑を掛け続けたいのでしょうか?もう顔も見たくなくて、ふと足元を見ていたらあの足の影が再び…。視線を上げた、その向かい合う父親の真後ろに…
父親はナガ兄に悪しき霊として取り憑かれたのかもしれません。それに夜風に当ろうとベランダに立っていたのは恐らくナガ兄の霊でしょう…。夜風などでは無く…、来てくれた弟をずっと見てくれていたんだと思いますが…
そして案の定。それ以降、再びその生き霊の影を見る事はなくなりました…。確証は無いですが、アレは間違いなく兄の生き霊だったと思います。よって、出来ればナガ兄がこの現世で彷徨わず、無事に成仏してくれる事を自分は今も切に願っているのです…
完。




