十ノ怪 廃工場に立つ男
これは、さすらいの自分が大阪のとある幼稚園に通っていた頃の話です。
家の敷地には現在稼働していない大きな簾工場がありました。馬鹿でかく屋敷みたいな家は…線路に沿って幅が500メール近くあったんじゃないでしょうか?まぁ何処かに金をばら撒く父の散財のお陰で、この広大な土地を含む全てを売却する羽目になり、失ってしまう事となるのですが…
取り敢えず自分は幼稚園でのお遊戯を終え、母が毎日迎えに来てくれているのですが。父はいつも不在。母は四人の子供を一人抱え多忙な日々に追われていました。今は家庭を持った自分には、父がその時に何をしていたか分かります。ですが、それはまた別の話にて。
そして家には健在な父方の祖母がいて、親は子に似るとよく言いますが…?違うか…。まぁ自分勝手、自由奔放、傍若無人、支離滅裂…何もせず暇を見つけては忙しい母を毎日のように虐める鬼祖母。八つ当たりしている日を見掛けないくらい劣悪な環境で育ちました…
長男のナガ兄は少し精神を患っており、次男のタメ兄は″ヤンキー″と呼ばれる世界の第一級絶滅危惧種に。長女ワカは、内に凶暴な性格を秘めた自分からは動かないムッツリな寡黙的暗殺者タイプの人間だったのです…(いや、マジで)
そして自己紹介。兄弟で一番末の問題児の三男。はい、私ですが何か?
この頃は体も幼く、年齢的に物心がつきはじめる頃ですよね?しかし劣悪な家庭環境の所為か、その執拗なまでに兄弟から怒りの捌け口として虐められた記憶が生々しいのです。特に次男、長女からの虐めが酷くて…
そんな理不尽な虐待から逃れる為。自分は日々、家の敷地内を巡回し、コソッと隠れる場所を探していました。今回は、そんな時に起きた恐怖体験ですーー
「今日はここに隠れよう…」
廃工場となってましたが、その頃は竹製の簾を作っていた工場が主屋の横にありました。経営悪化、食欲不振…違うって…。別に商売が成り立たなくなって閉鎖した訳ではないらしいですが。それはもっともっと別な話。
その工場自体の老朽化が進み、裏手の側壁の下側辺りのトタンが小さく割れていて。小柄な自分はその中に入る事が出来ました…ってか、中に入ってしまったのですが…
「うわぁ…、部屋の中ぁ、からっぽだぁ…」
子供ながらの好奇心。お昼時で窓ガラスから光が差し込み、よく見える倉庫内は何も無くがら〜んとしていて、下のコンクリートは至る所に亀裂が入り凸凹でした。更には工場周囲を覆う植物の蔦が工場内にも伸びて来ていて、かなり不気味さを増しています。
「…あれ?」
この時。急に背筋へ何とも言い難い悪寒を感じましたが、幼い自分はそんな事は気にも留めず。ただ、虐待してくるタメ兄から逃れる事に専念していたのです。
「おいっ、ケイジッ!!どこだ!!どこ逃げやがったっ!!」
(…!?)
…と、この付近で恐怖の怒鳴り声が。勿論、怒られる事は何もしてません。理由は『ただムカツク』だけ。
学年では六つも歳が離れている次男のタメ兄。体格は雲泥の差、親子程の体格差があります。だから素直に出て行けば、また酷い目に遭わされるのは目に見えてました。よって、工場に侵入した穴の横辺りで三角座りをし、黙って頭を伏せながらやり過ごす事が多く…
(早く、僕の事を忘れて何処かに行って…)
と、ず〜っと。そう願ってながら…
すると、そんなある日…
(カタ……、カタ……)
と窓辺りから奇妙な音が。確か今日は風が吹いてなかった筈。しかし、しばらくするとまた
(カタ……、カタ……)
工場の外には今、凶暴な人間が徘徊しています。しかし、工場の中で幼い自分にとっては初の理解不能な怪奇現象が起こってしまいますが…
「くそっ!見つけたら絶対シバくっ!!」
すると自分は更に深く屈み込み、目を瞑り、指で両耳を塞いで隠れている内。その場で眠ってしまった様なのです…
ZZzz……
(カタ……、カタカタ……、ガタンッ!)
一体自分は、どれくらい寝ていたのでしょうか?既に差し込む日差しがオレンジ色の夕暮れ時に変わっており。何も無いだだっ広い建物内で何かがズレたか壊れた様な大きい物音が鳴り響き、自分は目を覚ましてしまいます。
「あれ…?僕は寝て…た?」
あの恐ろしい兄の声はもう聞こえません。しかしホッとしたのも束の間…
(カタ……、カタカタカタ……)
今までにも何度か聞いた事のある不思議な怪奇音と共に、自分の視線の先。つまり倉庫のど真ん中辺りに、横から差し込む陽の光に照らされた物凄く透明に近い、男性の立っている姿が見えたのです。
(え、ええっ!?)
その人は作業着を着たまま、ただ倉庫の入り口付近をジッと眺めています。しかしこの時、自分は幽霊というものをまだちゃんと理解している歳ではありませんでした。よって知らない人が勝手に家の中に入り込んだと思い込み、物音を立てず静かに倉庫から逃げ出し、母親にその事を伝えました。
「でね?白っぽい服を着た人が倉庫の中にいたんだよ!きっと泥棒だよっ!母さん、警察に…」
しかし母は慌てもせず、そう必死に訴えた自分の頭を優しく撫でながら
「あの人はいいのよ?それに、盗むも何も…もう工場内には何も無いからね?」
…と、論されました。幼い自分には何が何やら。そして優しく笑顔のまま、母は
「その人はこの家で働いて″いた″人だから。怖がらなくていいのよ?」
そう言って何事もなかった様に再び家事をしに戻って行きました。『働いて″いた″人』とは、ある程度の歳になったなら理解出来ますよね。
ただ、次の日。工場に入れた筈の入り口は完全に塞がれてしまい、二度と中に入れなくなっていたのです。恐らく母がそうしたんだと思いますが、次男の暴力からの逃げ場を失ってしまった事に驚愕…
やがて年月が流れ、逃げる様に転々と引っ越しを繰り返していた自分は高校生になり。何気に自転車で魚釣りに行った時、あの懐かしい工場に似た場所を見つけ、昔見た倉庫内に立っていた謎の男性の事を思い出しました。それをある程度理解した上で、再び母に尋ねてみると
「あ〜、ケイジ?もう、あなたは今。高校生だから言うけどね?あの簾の工場で従業員のナダさんって方が機械の高所に紐を掛けて首吊り自殺したらしいのよ…。頼るにも身寄りが無く、急に病気を患って医者に余命宣告されたとか…。住み込みで真面目に働く優しい方だったらしいんだけど…。その人の死後、工場内で有り得ない事故ばかり起きて、ナダさんの幽霊も頻繁に現れたらしいわ。それが工場を閉鎖した本当の理由らしいのよ…。わたしもその人に何度か会ったんだよ…?」
「……。」
人だと思っていたのが実は幽霊。薄々分かってましたが…、幽霊になった経緯がとても悲しいお話でした。
昔、その自宅が建っていた辺りは既に住宅街になり跡形も無いらしいです。ひょっとしたら、その霊が出現する場所に建った家は、今でも作業着を着たナダさんの霊が現れる事故物件になっているんじゃないでしょうか?そう思うと少し怖いですが…
しかし、ここに来て母が急に
「首吊りしたりして死んだのはナダさんだけじゃないのよ?家の薄気味悪い、あの三階があったでしょ…?実はね………?」
初めて見る、酷く影を落とした母の表情。
(ま、まだ何かあったの…?)
その時住んでた家は屋敷クラス?昭和の初期から有り得ない三階建てでした。家を建てた曾祖父はかなりの偉人だったと聞いています。歴史的にも有名な方々が何人も寝泊りし、堕落した馬鹿親父が手放さなければ鎧兜やら文化財、歴史的遺産がわんさかあったらしいですが…
そして、残念ながら今回の話はこれまで。いわく付きの三階の怪はまた今度させていただきます…
完。




