一ノ怪 祠の呪い
これは自分が小学生の頃、関西のとある場所に住んでいた時のお話です。
広面積な実家の敷地内に、側壁には大量の蔦が這う窓ガラスは割れ不気味な様相を醸し出してる門を鎖で封鎖された大きな元簾工場がありました。更にその横には無駄にだだっ広い土地に大きな主屋、そこを切り盛り出来る頼れる実母は現在入院中ときます。祖母や自分の兄弟はそれぞれ親戚宅で寝泊りする事になり。今、我が家は寂しくもぬけのカラのオバケ屋敷状態。しかも親戚は末の自分まで布団の加減で預かれないと言われてしまって…。もしかして自分は寝小便すると思われ、嫌がられているのでしょうか?う〜ん…。しましたが…
よって自分は不動産関係の仕事で忙しい父の車に乗せられ、一緒に京都の天橋立まで連れて行かれる事になってしまいました。この『しまいました。』の意味は後から分かると思います。
さて、大阪から現場までは片道で車で約5時間位でしょうか?やがて日付変わり、真っ黒黒スケな真夜中に突入。はっきり言って父と一緒のドライブなんて拒否したかったのですが、小学生低学年の自分に家で一人留守番や拒否権など全く無くホボ強制連行されてしまいます。そしてその道中、京都大江山の山道で父が手慣れた感じに車載電話をかけて…
「あー、ワシやけど?いつもの部屋、空いてまっか?」
コテコテな関西弁。更に車載電話は漫才ネタで見る、お笑いで出て来る様なデッカいヤツです。昔はホント画期的だった″らしい″んですよ?
…と、少し脱線しましたが。子供にあまり興味の無い父親は息子と一緒で不機嫌か、電話は吐き捨てる様に露骨な口調でした。しかし電話を掛けた寝泊り予定の場所。所謂、民宿はどこも満員御礼?しかも電話をかける時間が真夜中って…。もちろんスパッと断られまくり、更にその不機嫌に輪がかかり…
「チッ!」
高速道路を走るタイヤと路面の摩擦音を掻き消す程の大きな舌打ち。そして間髪入れず、次の宿へと電話する父。あ、もちろん真夜中ですが
「あー。すんませんが…」
しかし、またまた断られたのか予約が取れず父は更に酷くムスッとした表情に。時間的にも遅く、急な来客は断られるのがオチか?やがて高速道路から下道に降りた後、流石に運転しながらだと電話し難い為。父は外灯もない真っ暗な田舎山道の脇道にて車を一時停車しました。
…ですが助手席に座っているだけの自分は、苦手な父と会話する訳でもなく、ただただ暇で暇で…。だから、ふと外の景色へ目をやってみました。
月夜に照らされた薄気味悪い脇道にポツリ。古びた小さな鳥居と、その奥に木製の祠があるのを発見してしまいます。
(…苔が凄いなぁ…。取り敢えず手を合わせて…)
自分の行為に特に意味はありません。そんな子供的に純粋な気持ちで鳥居にお祈りをしていると
「おいっケイジッ!ワケのわからない祠になんかお祈りするんやないっ!…あ、すいません…。こっちの話ですわ。それから…」
通話中にキレる父と謝る息子。いつものモラハラだ。
「ご、ごめんなさい…」
父は電話の最中、謎の祠へお祈りしていた自分を叱責。しかし宿に泊まれず父親が苛立ち子供(自分)に八つ当たりする可哀想な状況を理解してくれたのか
「あー、そうですか。よかった…。…では、あと1時間程で着くと思いますのでよろしくです」
と、無事に今日の宿泊先を確保出来たのでした。すると父はひと息ついたとばかり、急に車を降り祠の横で立ちしょんべんをする始末。何と罰当たりな人だろうか…。しかしその行為に対する謝罪で手を合わせて祠の神様に謝ると父に再び怒られると思い、座席を後ろへと倒し、寝たフリをしながら祠の神様?に心の中で謝っていた自分。
(祠さん…、非常識でぶっ飛んだ父親でごめんなさい…)
やがて用を済ませたのか、すっきりとした顔で父は運転席へと戻ってきました。そして寝たフリを続けている自分を見て
「何や、寝よったか…」
令和の時代にはちゃんと舗装された道が至る場所に伸びています。しかし頃は昭和の時代。荒れた砂利道が多くロクな道が無かったのです。
仕事でしか行く事が無い国道を逸れた悪路、車体はグラグラと揺れ時間的にも対向車とすれ違う事など全くなく…
(気持ち悪ぃ〜…)
大体何か起こるなら、こんなタイミング…?
やがて目を瞑る自分の耳に、車内にいる父とその息子。所謂、男二人以外。いるはずの無い女性の声がエンジン音に紛れ聞こえた気がしました…
『…さ…ない…』
しかし父の耳に、その声が聞こえてはいなかったのか。何事も無かった様に再び走り続けます。
自分はずっと目を瞑ったままでしたが、嫌な感覚を覚え細く薄らと目蓋を開け辺りを見渡しました。でも真っ暗で、やはり何も無くて…。さっき体験したこの摩訶不思議な声の現象。その主は一体誰だったのでしょうか?
(じゃり、しゃりじゃり……)
しばらくして路面は更に凸凹の砂利道へと変わったのか。先日雨が降って出来たのか窪の水溜りにタイヤがハマりながら右往左往。車体を酷く揺らし泥飛沫を上げ、更に低速で目的地に向かう事になってるみたい…
「くそっ、予定より遅くなるか…。腹が立つ…」
「……。」
自分は超不機嫌な父の相手などしたくはありません。だから寝たフリは継続中。
でもその時でした。凸凹穴だらけの砂利道を抜け再びアスファルトの道になった途端、エンジン音しか鳴らない沈黙の山道で急に父親が叫び声を上げたのです。
「やっと抜けた……って、うわあああっ!?ひ、火がぁ!!!」
その声と同時に車は急ブレーキの急停車。シートベルトが細身な自分の肋骨に容赦無く食い込みます。
(ぐえっ…)
しかし、父と関わり合うのが嫌だった自分は何事も無かった様に、寝たフリは必死に継続中。ある意味、私根性を見せました。そして薄らと目を開けながら、前方フロントガラスに目をやると…。ん?しかし自分の目には父が取り乱して叫んでいた火など全く見えないのです。
「お、おいっ!ケイジ、やばいっ、起きろっ!!車からおりるぞっ!!」
一体父は何に怯えているのでしょうか?全く理解不能です。そんな父に勝手に抱きかかえられ車外へと引っ張り出された自分。そして改めて車の方を見た父は呆然とした顔でこう言いました。
「…へっ?も、燃えてない…?いや、消えたんか…?」
う〜ん。父の目には何が映っていたのでしょう?今も抱きかかえられたままの自分。で、少し遅れてその車体を見ましたが、やはり何もなってはいなかった様で
「……。」
そして父は抱いていた自分を起こし「立て」と言いながら道に降ろすと、首を傾げながら車のボンネットを開けて懐中電灯でエンジンルームを照らし、中の様子を一生懸命に確認していました。
「おかしいなぁ…。確かに火柱が上がったぞ…」
と、合点がいかないコメントを一つ。おかしいのは車などではなく父…、とか思っていると。さっさと車のボンネットを″バタンッ″と閉めた父。
しかし、まさかの瞬間はその時やってきました。
それと同時に自分の背後から、急に耳元へハッキリとした女性の掠れた声で
『ゆ、るさ…ない…』
…と。
(!!!?)
怖くなった自分は背後を見る勇気なんて無く。小走りに助手席へと戻り『バタン!』とドアを締め、倒したままの座席で再び横になって目を瞑りました。すると父が次いで運転席に戻ってきて
「何やケイジ。怖いんか?はぁ…、情けないヤツやなぁ」
と、どの口が言っているのでしょうか?確か『炎上』らしき事が起きた時、自分以上に怯えていた父でしたが…。しかしあの声、不気味な女性の怨念じみた囁きが父には聞こえていなかったのでしょうか?自分なんて、未だその悍ましき声が耳から離れない。当然、父にその事を言っても『アホかっ!気味悪い事を言うんじゃないっ!』と、怒られるのがオチで…。はぁ、やっぱり黙っておこう…
多分、大江山峠辺りか?やがて平地の砂利道を抜け、延々と続く山越えのガードレール無き危険なS字カーブゾーンに突入しました。慎重且つ安全運転が必要なこの道を、しばらく普通に走行していましたが。何気に父がラジオをいじったその時でした
(ぺたっ…、ぺたっ…)
さっきまで道路の砂利をタイヤが弾く音で聞こえなかったのか、アスファルトの路面では雑音が無くて。車のトランク辺りで何か変な音が鳴っている事に気付きました。
(な、何だろう…。走行中なのにトランクに誰かいる?)
自分の恐怖心を煽る謎の怪奇音。それは手で車体を″ペタペタ″と触っている様な音が3秒おき位。車の後ろの方でずっと鳴っているのです。そして怖がりな自分が再び薄らと目を開け父の方を見ると…
「!?」
″身体が無く、淡く光る真っ白な手″が父の持つハンドルを強く握っているのが見えました。そして父の表情は青褪め、状況的にもかなり焦っており
「や、やばい…。ハンドルが…全然動か…、な、何でやっ!!」
多分自分の顔は真っ青。そして、その真っ白な手は父には見えてはいないのか?そんな事を考える間も無く曲がる機能を失った車は直進し、必然的に崖下へ…
『ガシャッ!ガガガ…ガ…』
崖から転落しかけた車体は、運良く崖下から伸びる一本の木によって支えられていました。しかし車体は当然不安定。グラグラと前後に揺れ、いつ落下してもおかしくない状況だったのです。しかも驚いた事に父はこんな可愛い息子を一人放置し、車外へと一人逃げ出したのです。
「わぁあああっ!!」
(ふぇ…!?)
初めは混乱していましたが。自分も死にたくないので慌てて車のドアを開けました。しかし父が逃げ、安定感の無い車体は更にグラグラと揺れています。今、車を支えている木が折れたら確実に一貫の終わりでしょう。そんな危険な状況下、自分は知らぬ間に叫んでいたのです。
『…っ、助けてっ!!』
自分はドアから車外に左足だけが出ていた状態でしたが、まるで腰が抜けたみたいに車の外へ出れなかったのでした…。と、その時…
「…っ」
父が手を引いてくれたのか?自分の腕の付け根辺りを掴んで脱出出来ない自分の体を引っ張り出してくれた気がしました。そして力の抜けた身体は、そのままヨタヨタと四つん這いになり、その場にへたりと座り込んでしまいます。やがて、ゆっくり周囲に視線をやると
「あれ…?」
マイカーが崖から落ちない様、後方のバンパーを必死に引っ張る父の姿が。混乱する自分は更に訳が分からなくなっていました。あの手は一体誰の手だったのか?祠の神様?御先祖様?守護霊?何かの神様や通りすがりの霊や近所のオバさん?まさか自力で脱出?はたまた気紛れな悪霊か?…今となっては謎のまま。そして、しばらく父が車の引き上げに苦戦していると
「…おいおい!大丈夫か!?」
偶然、近くに住むジープに乗った地元のオジサンが現場を通りがかり、車を引き上げるのを手伝ってくれました。
『ガシャンッ!』と音を立て道路に引き上げられた車体。幸運な事に、その後エンジンもかかり車は故障もなくて助かりましたが…
「あんたら、ここいら落ちたら確実に死ぬど?ほんに、運良く助かってよかったの?」
と、注意も含め。笑顔で助けてくれた優しいオジサン。父はお礼にお金を渡そうとしていましたが、それに対して首を横に振り、頑なに拒否。その人は笑顔で再び車に乗り込み、颯爽と立ち去ってしまいました。何と偉い人だろう。自分の父とは大違いです。
しかし自分はそんな状況にも拘らず。急に顔面蒼白になり車内に駆け込んで、再び目を瞑り横になったのでした。その様子を見た父が、遅れて車に乗り込んできて
「よっぽど怖かったんか?ケイジ。まぁ、何はともあれ、よかった、よかった。お金も払わなくてよかったわ、タダやタダ。わははは…」
と、能天気に爆笑。相変わらずコメントや性格が劣悪且つ粗暴な父親。しかし自分は一体何にここまで怯えていたのでしょうか?その本当の理由が父には分かってはいなかった様で…
(車の後ろのガラスが…)
道中、走行中にペタペタと音が鳴っていましたが。車の後方、リアガラスにか細い女性の指らしき掌の跡が無数に付いていたのです。あれは祠の神様か?はたまた何か別の祟りか?再び自分は父の行いに心の中で、何度も何度も必死に謝ってました。『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…』と。
この後。何事も無く目的地へと到着しましたが、宿に着く頃には雨が降り始め、翌朝にはその謎の手の跡は完全に消えて無くなっていましたが…。これらの恐ろしい現象も含め、一体何を訴えたかったのでしょうか?今となってはその原因を調べる術はないですが…
完