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オレンジ色の空とキミの影  作者: ひろゆき
10/27

 壱 ーー 遠のく影 ーー (10)

 ふとしたきっかけで、昔に好きだった物、夢中になった物を見つけたとき、どんな気持ちになりますか? 懐かしさが込み上げて嬉しくなるのか、それとも、こんな物が好きだったのか、と恥ずかしさで情けなくなるのか。どちらにしても、ちょっと、照れくさくなるかもしれませんね。

             10



 学を衝動的に突き動かしたのは、渡瀬由紀を忘れていた罪悪感、自分に対しての嫌悪感からだったのかもしれない。

 家に帰り、そそくさと青いTシャツとジーンズに着替えると、自分の部屋の押し入れをひっくり返し、部屋を整理し始めた。

 探していたのは今朝、圭介が手にしていた文庫本と同じ物。

 記憶では由紀に借りているのだが、返した覚えはない。曖昧な記憶ではあるが、もしかすれば、と探し始めた。

 無論、部屋の本棚はすでに探し終えていた。可能性が一番高いところなので、帰ってすぐ、制服のまま探したが、本棚には学が揃えたマンガの単行本が並んでいるだけで、小説に分類される本は一冊もなかった。

 本棚の前でキョトンと正座して途方に暮れる学。首を捻り、本の行方を探った。

「……返してしまったんだろうか?」

 本と一緒に特徴的なしおりもよぎる。あれは由紀のものであり、借りていたのだから返したのだろうかと戸惑ってしまう。

 そこまでは記憶ははっきりとしていなかった。

 それでもすっきりせず、微かな望みを持って押し入れに体を向けた。

 こんな奥にしまっているはずがない。と自嘲しながらも、積み重ねられた荷物の蓋を開けて中身を調べては、ため息をもらして蓋を閉める。を繰り返していた。

「やっぱり、返しているんだな」

 結論づけて数分は経っていたのだが、それでも片づけを終わらせられなかったのは、開いた箱の中身に、懐かしさを持ってしまったからである。

 子供のころ、なんでこんなものに興味を持ってしまったのか、と悩んでしまうものまで残っており、心が躍ってしまう。

 それでも、時間を考えて押し入れへと戻している途中、彼に一番気を引きつけられたものがあった。

 それは、四角いクッキーの空箱のなかに入っていた茶封筒。半分に折られ、一センチほどの厚さをした茶封筒はいくつかが入れられており、鉛筆で年月日と思える数字が書かれていた。

 懐かしい物を見つけて、一瞬にして学の頬が緩んだ。これらはどれも、子供のころから集めていた写真を入れた封筒であった。

 整理を終えようとしていたが、学は茶封筒に手が伸び、適当に掴んだ茶封筒から中身を取り出した。

 色あせず残っていた写真。束になった写真を一枚ずつめくってみるが、どれも姿形、色合いに違いがあっても、ども空ばかりであった。

 思わず嘲笑していまう。

 手にした写真は本当に空ばかりで、ふと違う封筒にも手を伸ばしてかくにんしてみるが、やはり空ばかりの写真が入っていた。

 一通り見終えてから、元のクッキーの空箱戻すと、呆れながらかぶりを振った。

 本当に空の写真しか出てこなかった。忘れているだけで、本当は別のものを撮っているのでは、と期待もあったが、見事に裏切られてしまった。

 笑うしかなかった。

 一途であると言えば聞こえはいいのだが、単純でしかないな、と自らの行動に毒づいてしまう。

 ある意味、貫かれていた自分の意思に圧倒され、ふと、手が止まってしまう。

「……少ない?」 

 茶封筒は全部で二十通ほどであった。一つ一つに書かれていた年月日に注意して遡ってみても、六年前までしか茶封筒はなかった。

 しかし、学自身が写真を撮るようになったのは、もっと前になる。

 もっと前から、今よりも大きめのデジカメを重たく思いながらも楽しんでシャッターを切っていたのは忘れていなかった。

 どこか、別の場所に置いてあるのだろうか? ーー

「捨てたってことはないだろうし……」

 写真の行方が分からず途方に暮れ、独り言を宙に響かせた。



 夕飯で母親から呼ばれたのは、それから三十分ほどしてからだった。

 リビングでテレビを見ながら箸を進めるのがだ、学は上の空で、おかずのしょうが焼きの味も分からなかった。

 どこに写真を仕舞ったんだろう? ーー

 疑問がどうしても離れそうにない。

「あ、おかわり」

 とはいえ、食欲があるのは情けなかった。

 茶碗を母親に手渡したとき、食器棚の一角に入れられた物が目に入った。ガラス張りに見えたのは、フィルム式のカメラ。今、学が使っているデジカメとは一回りも大きいごつごつとしたカメラであった。

 今は誰も使っていないカメラだが、そこに置いてほしいと頼んで無理に置いてもらっていたのは覚えていた。

「母さん、昔に撮った写真って残ってる?」

 半ば賭けと考えながら、聞いてみた。

「あぁ、それなら残ってるわよ」

 諦めていたが、御飯の盛られた茶碗を手渡しながら、母親は呆気なく答えた。

 知らないのだと思っていたので、学の方が驚いて受け取る茶碗を落としそうになった。

「ーーあるのっ?」

「何、勝手なことを言ってるのよ。残しておいて、って言ったのはあんたでしょ」 

 目を見開く学に母親は呆れる。

「それって、すぐに出せる?」

「すぐには無理ね。まぁ、仕舞っている場所は分かるから、出そうとすれば出せるけど」

 本心としてはすぐに見せてほしかったのだが、母親はどうも言葉を濁していたので、ここは無理強いをするのを諦めた。

「でも、よく分かるね。どこに仕舞っているかなんて」

 結果的に偶然に見つけた自分との違いに、感心すらしてしまう。

 すると、母親は楽しそうに含み笑いを浮かべ、学を眺めた。

「だって、撮られていた写真があまりにも衝撃的だったから、お父さんと二人で笑ってしまったもん」

 はい、はい、バカの一つ覚えですよ ーー

「どうせ、空の写真ばっかりだからでしょ」

 内心、毒づきながらふてくされて言う。

「あれ、あんた覚えていないの?」

 対して、母親は意外だと目を丸くしてしまう。

「ーー違うの?」

「違う、違う。まぁ、ほとんど空だったけど、最初に撮られていた写真かな。あれは本当に驚かされたわよ」

「何が写っていたの?」

 含み笑いをする母親に、学は首を伸ばしてしまう。

「女の子よ、女の子」

「ーー女?」

 意外な返事に学は度肝を抜かれ、声が上擦ってしまう。

 まったく覚えていなかった。

 急に告げられても、胸が騒ぐことはなかった。手に持ったままの箸の先に唇を当てながら、考え込んでみるが、やはり思い出せない。

「もう驚いて驚いて。お父さんと笑っちゃったわよ。小さくてもやっぱ、あんたは男の子なんだって」

「なんだよ、それっ」

 あたかも女の子を見れば、誰にでも話しかけてしまう軽い奴だと、決めつけてしまう言い方が癇に障り、反抗する。

 それでもケラケラと笑う母親に、怒りを通り越して呆れてしまう。茶化されそうなのをごまかすのに、多めに御飯を口に放り込んだ。

 変な話を振ってしまったと後悔しながら噛み砕いていたが、ふと新たな疑問も湧いてきた。

「ねぇ、その女の子って、どんな子だったの?」

「ーーん? どんな子って、可愛いわよ。ま、今どきの女の子って感じで。黒髪が似合ってる子だなって思ったわね」

 黒髪…… ーー

 ふと、思い浮かんだ人物がいた。

「その子って、もしかして喘息とか持っていなかった?」

「喘息? 誰よ、それ。そもそも、私らは写真しか見てないんだから。そこまで知らないわよ。あんたの方がよく知ってるんじゃないの?」

「じゃぁ、知り合いでほかに喘息を持っていた子っていた?」

「どうしたの? やけにこだわるみたいだけど」

「あ、いや別に……」

 多少の可能性を賭けて聞いてみたが、母親は首を傾げるだけで、明確な返事はもらえなかった。

 当たり前ではあったが、執拗に聞いたために怪訝に眉をひそめる母親に、学はごまかしておいた。

 食事を再開した学。迷いに襲われながらも、箸を進める速度が速くなっていた。

 母親がきっぱりと否定してくれなかったのが、逆に学に希望を与えてくれたのかもしれない。

 写真に写った人物が渡瀬由紀であってほしいと。

「その写真、探しておいてくれない」

 話を終えた母親は、すでに興味が薄れ、テレビに映るバラエティ番組を箸を動かしながら観ていた。

 学が頼んでみても、素っ気なく「はい、はい」と返事をするだけなので、期待せずに待つしかないと無理に言い聞かせた。

 写真を確信したうえで、渡瀬由紀の存在を確実なものへとしたかった。

 探していて、なくなっていたと思う物が、突然「ある」と知ったときは嬉しいですよね。やっぱり、それはそれだけ思い入れが大きいからなんでしょうけど、そうした状況になったとき、すぐに手に取ってみたくなるか、それともちょっと恐怖から躊躇ってしまうのか。どちらの捉え方が多いんでしょうね。

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