2話 H-F-000 FoxyDoll act.1
2話前半。やっとこさ、ヒロイン登場。
ビーストドールは人間と動物遺伝子を組み合わせ、高速培養をする事で生成する。培養レベルはオーナーとなる人間の希望により決めらる。この時代はヒトゲノム解析が非常に進んでおり、発現系操作によりオーナーな希望とする顔やベースとなる体型などを設定することが可能となっている。
また、培養直後の個体は生まれたての赤ん坊と変わらないため、知識や一般常識を備える処理が存在する。これは通称"インプリンティング"と呼ばれている。
インプリンティングによる知識レベルもある程度オーナーの裁量に任せられているが、生体年齢に即した知識レベルを与えることが原則として国際条約により各国の法律で定められている。
生体年齢20代で精神年齢が3歳児など、その手の趣味者にはよいかもしれないが、色々と問題が起きそうというのは明白であろう。
そういった訳で、種類、顔や体型などの容姿、生体年齢や知識レベル等々、コンフィグレーションは重要なことではあるのだが、よく分からず適当に決めるオーナーもいる。その適当が要因で不幸なトラブルが発生することがある。
そのようなトラブルを防止するため、彼らを作り出す企業は見本となるビーストドールを生産、所有することが一般的となっている。
ドールハウスにはオーナーが様々な理由で所有権を放棄した個体以外に前述のような生成見本となる意味合いの強い個体が生活している。
新規オーナーになる際に見本となるビーストドール達を見学するためドールハウスを訪れるオーナー候補は多々いるわけだが…
「…と、言うことで当館を見学される方の情報は以上です」
ウィンディは書類の束を机の上にどさりと置いた。
「…全員却下」
「あー、せめて目を通してください」
ウィンディは却下印を押そうとする龍一の手を慌てて抑える。
龍一は渋々書類を1枚手に取り、内容を確認し始めた。
龍一はドールハウスに住み込み、管理運営をしている。これは、彼の父、神上ドールカンパニーのCEOからの命による。
いずれ龍一は父の後を継ぐことになる。その修行の一環としてドールハウスの管理人を任された。
しかしながら、17才の高校生の身で運営管理は負担があるため、サポートとしてウィンディが補佐としてついている。もっとも残念女子を発現するウィンディがスムーズな運営に役立っているかは甚だ疑問ではある。
「見学許可はこの人達。データ入力後、関係各所にスケジュールよろしく」
「見学申請500件中、許可2件…相変わらず厳しい事で…」
ウィンディは呆れ顔で書類を受け取る。
「書類選考での足切り基準未満がほとんど。経済評価圏外とかもいたんだけど。最終決定は僕の役目だけど足切り基準未満が多すぎる。ひょっとして丸投げされてない?」
「私めにはわかりかねますが…とりあえずは上に通達致します。で、最後の件ですが…」
ウィンディは書類をまとめてしまうと、別の資料を手渡した。
「ビーストドール1名の引き取り? 性別は女性…内容からするとオーナーの所有権破棄ではないな。かと言って新規のサンプルビーストドールと言う訳ではない…」
「新しい女の子…もしや、龍一様の彼女候補‼︎ 私めと言うものがありながら…。龍一様の貞操の危機‼︎ これは奪われる前に奪わなくては‼︎」
ウィンディは龍一の背後に回り、彼を抱きしめようと手を伸ばすが…龍一はウィンディの手をピシリと叩く。
「ウィンディがあげてたドールハウスへの出張男装カフェの件、あれ無期限延期ね。先方さんも乗り気だったのに残念だ」
「ごめんなさい。冗談です。ご勘弁下さい。他の子たちに恨まれます」
ウィンディはさっと手を引くと、そそくさと正面に回り土下座する。所謂、ジャンピング土下座というものである。
龍一はウィンディの変り身の早さに少し驚きながらも表情に見せずに視線を書類にもどす。
「変わり身が早いな…。まぁ、僕も興味あるし、交渉は引き続き続けるよ…」
ウィンディ以下、数名のビーストドール達は戦前に流行ったメイド喫茶の中から男装カフェに興味を持ち、ドールハウス内でできたら面白いと龍一に企画として相談していた。龍一が調べたところ、現在も営業しておりかつ人気のある男装カフェが判明、ドールハウスに出張してくれないかとカフェのオーナーに交渉していた。
ウィンディの悪ふざけにより龍一の機嫌を損ね企画がおじゃんとなったならば、彼女は周りから批難の的となってしまうだろう。
龍一の言葉にホッと胸を撫で下ろすウィンディであった。
「で、話を戻して、そういうおふざけしてるってことは、引き取り対象のビーストドールの詳細は知ってるんでしょ?」
「はい。動物遺伝子型は伺っておりませんが、新しいタイプのビーストドールだそうで…なんでも愛玩特化型だとか…」
「愛玩? あ、今までなかったんだ」
「ビーストドールのタイプは現在のところ、ボディーガード向けの戦闘用、使用人向けの一般用、愛玩も通常はこちらのカテゴリですね。あとはオトナ向けな風俗用の3タイプですね」
と、ウィンディは身体をくねらせ、龍一に枝垂れかかる。
「そして私めは龍一様をオ・ト・ナへと導くふうぞ…『スパーン!』…みぎゃ!!」
龍一は持っていた書類を丸めてウィンディの後頭部めがけ、フルスイングで打ち抜いた。
「痛ったー。最後まで言わせてくださいよー。りゅうくんのイケズ」
ウィンディは頭をさすりながら涙目で抗議する。
「戦闘用C型が風俗用なわけあるか! あと、"りゅうくん"はやめろ!!」
龍一は席に戻ると顔を赤くしながらウィンディに次の書類を要求する。
「冗談でございますよ。私めがビーストドールとはいえ、ご自身から女性に触れることは抵抗ないくせに女性から迫られることに本当に耐性ないですねぇ。顔赤くしてカワイイことで…」
「ウィンディーーーー」
「はいはい。…申し訳ありませんでした。龍一様、落ち着いて、次の件ですが…」
ウィンディはモノクルをかけなおすと丁寧な謝罪をして次の書類を手渡すのだった。
---- 数日後----
神上ドールカンパニー ドールズ研究所。
同社のビーストドールの作成、研究を行っている施設である。龍一とウィンディは同研究所のロビー受付にいた。
「すみません、荒木所長は実験のトラブル対応中とのことでして、龍一様には少々お待ち頂くことに…」
受付の兎型ビーストドールがすまなそうに龍一の顔を見ながらぺこりと頭を下げた。
「わかった。ロビーテラスにいるからって伝えといて」
「かしこまりました。そのようにお伝えいたします。」
受付嬢がヘッドセットマイクに何かを伝えている光景を後目に、龍一はロビーテラスに移動して、設置されていた椅子に腰かける。その後すぐにウィンディが龍一の向かいに座って手に持っていた紅茶の入った紙コップを彼の前に置いた。
「ところでウィンディ」
龍一は紅茶を飲みながら、スティックシュガーをごっそり紅茶に入れているウィンディに話しかけた。
「なんでしょうか、龍一様」
「尋常じゃないスティックシュガーの量は無視するとして…なんか視線感じない?」
「そこは突っ込んで欲しかったのですが、まぁいつものことですので良しとしましょう。…確かに敵意はありませんが、視線はありますね」
ウィンディは尋常ではない砂糖でほぼ固形物となっている紅茶を飲みながら周囲を見回す。
「あの子ですかね? 興味本位で見てる感じですね」
ウィンディが指差す先に目を向けると、中庭のようなスペースからこちらの様子を伺うように1匹の子狐が視線を向けていた。
「狐? 図鑑で見たことあったけど実物は初めて見るなぁ」
「戦前のドラマのDVDで見ましたが、狐を呼び寄せるにはこうするそうですよ」
ウィンディは紙コップをテーブルに置いて立ち上がり、子狐の少し前にしゃがみこみこむと、ルールルルと声をかける。
しばらくその様子を座って見ていた子狐はスクッと立ち上がると龍一達に歩み寄る。
「ほら、来ましたでしょう。って、あれ?」
子狐は手を出しているウィンディを素通りし、龍一の足元まで近付いた。
「…えーと、ウィンディ。この子が特殊なだけだとおもうよ?」
「疑問形でのフォローはちょっとダメージ大きいです」
打ち拉がれているウィンディをよそに龍一は自分を見上げている子狐を撫でてみる。子狐は気持ち良さそうに目を細め、されるがままとなる。
「研究所で飼ってるのかな? やけに人慣れしてる…」
「遺伝子サンプリング動物というわけでもないようですね。かわいいなぁ。狐ちゃん、おいで〜」
ウィンディは龍一に撫でられている子狐に手を伸ばす。気配に気がついた子狐は彼女の手を躱し、どこかに走り去っていった。
「あー、振られたみたいだね」
「さらにショックです。動物には好かれる自身があるのですが…こんな人畜無害なカワイイ羊のどこが気に入らなかったのでしょうか?」
「いままで好かれた動物は?」
「えーと確かー…」
ウィンディはこめかみに人差し指を当て思い出すように思案する。
「ライオンとか虎とかチーターとか狼とか…みんなおなかを見せて撫でさせてくれたんですけど…」
「…そのときの猛…じゃない、動物たちは微妙に震えてなかった?」
「よくお分かりですね。みんなうれしいのか震えてましたねー」
それを聞いた龍一は眉間にしわを寄せてこめかみを揉んだ。動物たちはウィンディの存在に恐れ服従を示したのだろう。人畜無害どころか、かなりの猛毒羊である。
呆れ顔の龍一の元に白衣を着た研究者らしき男が歩み寄ってきた。
「すまん、神上君、遅くなった。ちょっとトラブルあってな…」
「ああ、荒木所長。」
「あ、陰険マッドサイエンティスト」
ウィンディの一言に荒木と呼ばれた研究者は片眉をピクリと動かし、眼鏡の位置を直す。直された眼鏡は反射によってその奥の彼の目を隠す。
「ほほぅ。相変わらずというとこかね。色ボケ駄目イド羊は…」
荒木の一言にウィンディはモノクルをキランと光らせ、つかつかと彼に歩み寄る。
「私目はメイドではなく執事でございまして、メイドではございません。従って”駄目イド”なる言葉は当てはまりません。なにをおっしゃられているのでしょうか…このポンコツ所長は?」
「そのポンコツに各種再調整をされたのはどこの駄羊だっけか? だいたい…」
二人は龍一そっちのけで口げんかを続けている。罵り合いの内容がだんだんと低レベル化し始める様を呆れるように見ながら紅茶を飲んでいた龍一だったが、ふと、足元に何やら生き物が触れる感覚を覚え、視線を落とした。そこには先ほどウィンディから逃れた子狐が再び彼を見上げていた。
「さっきの子か…」
龍一は子狐を抱きあげる。子狐はされるがままだが、子狐の優しげな碧い瞳はから彼から視線を外そうとせずにじっと見つめている。
「…きれいな碧い目だなぁ…。君はどこの子かな? 併設の動物園の子?」
「…きゅ? きゅい…」
子狐は言葉を理解したのか首をフルフルと横に振る。
「あれ、言葉を理解してる。賢い子だなぁ…研究所の子?」
「きゅい」
今度は首を縦に振る。
「はて…(研究所所属の動物っていたっけ? 遺伝子サンプリング用には併設動物園の動物たちを利用しているはずだし…)」
龍一は子狐を見ながら首をかしげていると、ウィンディを不毛な言い争いを続けていた荒木がその様子に気が付く。
「む? また、部屋から逃げ出したな! 神上君、そのまま抑えててくれ」
「へ? おっと! こらこら、逃げるな逃げるな。」
荒木の声に気が付いた子狐はわたわたとあわてて龍一の手から逃げ出そうとするが、龍一がしっかり抱きとめているため逃げ出せずにいる。
「荒木さんの狐ですか?」
「うむ、今のとこはだがな。例の件も含めてラボで話すとしよう。ついてきたまえ」
と、研究室に足を向けた龍一だったが、ウィンディが立ち止ったままの気配に気が付き後ろを振り返る。
「あれ? ウィンディはついてこないの?」
「龍一様、このポンコツ所長のラボは私めには入出権限がありませんので、こちらにてお待ちしております」
「え、そうだっけ?」
「ええ、ですので、こうやって嫌味を言ってるんですよ」
「何度もポンコツ言うな…。現在のウィンディは研究所所属となっていない。研究所所属でないビーストドールは第4以外の各所ラボ入出には許可がいる。…神上君とは長話になると思うから、ついでなので、第4ラボにいって身体調整してこい」
「それもそうですね。かしこまりました…」
「あとで、ラボから迎えをよこすのでここでまっとれ。」
荒木と龍一はウィンディをおいて荒木のラボに向かっていった。
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「ウィンディは安定していると思いますけど…」
「戦闘用C型を無理やり再調整しているんだ。弊害が出やすい。定期的な検査及び微細調整は必須だよ。ま、それより本題だ」
「ああ、ビーストドールの引き渡しですね。えっと、愛玩用ビーストドールだと聞いてますが…どこに??」
龍一は周囲を見回してみるが、この場には彼と荒木以外の人物の姿がない。
「ここにはいないようですが?」
「何を言っている。目の前にいるじゃないか」
荒木は龍一が抱きかかえている子狐を指さした。
「え? この子?」
子狐を目線の位置まで抱き上げた。再び龍一と子狐の目線が合う。
「確かに、この子の目は一般的な狐と違って碧い眼をしてますが、この子がビーストドールなんですか?」
荒木がにやりと笑みを浮かべた。
「認証コード000。メタモルフォーゼを許可する。」
荒木の一声に、子狐が目を大きく見開いた。と同時に、子狐の体が急に大きくなり始める。
「え? わっ!!」
子狐の急な大きさ変化によってバランスを崩した龍一は尻もちをつく形で倒れこむ。それでも、大きくなり始めた子狐を落とさないよう、抱え込むように保護をしていた。
「くぅ…あぁあ…」
子狐は快感とも苦痛ともつかないような声を上げ前足を伸ばす。その前足は人の腕と変わり、龍一を抱きしめるように腕をまわす。龍一は目の前の状況を驚いてみているだけだった。
「紹介しよう。愛玩特化型ビーストドールのプロトタイプ。コード、H-F-000 Foxydollだ」
「ふぅ…メタモルフォーゼ完了です。急にしがみついてしまってごめんなさいね。」
龍一が抱えていた子狐は狐の耳と大きな尻尾の生えた少女へと姿を変え、彼に笑いかけていた。
なお、FoxyDollさんは現在素っ裸でございます。




