1話 H-S-335C-Sheepdoll act1
さて、本編スタートです。
長い廊下を小包を持った17.8才位の少女が歩く。
服装はミニスカートにフリルのついたシャツにジャケット、女性向けにアレンジされているが執事の様な格好をしており、クラスの高い使用人を思わせる。
大きめなヒップからすらりと伸びた脚には右足にだけレースのガーターリングをつけている。素足にガーターリング、しかも片足だけと言う本来の靴下留の役割を果たせない履き方であるが、おそらく本人の趣味であろう。
三日月状の瞳孔、側頭部から生えるアモン角、ふわふわした髪の毛。
どうやら羊の特徴を持つビーストドールのようだ。
羊の執事、彼女の主か、彼女自身か、ベタベタすぎるセンスが垣間見える…。
ここはドールハウスと呼ばれるビーストドール専用のシェアハウスである。一般的にドールハウスはオーナーが何らかの理由で所有権を手放されたビーストドール達が収容、共同生活をする施設である。
-管理執務室-
その様に書かれた看板のある部屋の扉の前に立った。
「IDコードH-S-335C-sheepdoll。権限レベル5、ロック解除申請」
扉側の声紋認証機に話しかける。
機械のランプが緑に点灯し、同時に扉から鍵が解除される音が聞こえた。
「声紋認証があって、なんでここは自動ドアではないのでしょうか…両手がふさがってるんですがね〜。よっと」
羊少女は荷物を小脇に抱え、空いた手でドアノブに手をかけた。
と、同時に扉が開き彼女は扉に引っ張られるように部屋の中に入る。
「えっ? あっ! とと‼︎ キャァ‼︎」
羊少女は急に開いた扉に虚を衝かれ、バランスを崩して部屋の中に倒れる。小包は潰さないように抱え直し、仰向けに倒れこもうとしたがすんでのところで誰かに支えられた。
「大丈夫?? ウィンディ・ラム?」
ウィンディと呼ばれた少女を支えたのは人間の青年だった。見た目はウィンディと同じくらいの年齢であり、顔つきは線が細く一見すると女性に見えなくもないが、正統派のイケメンと呼ばれる部類に入る。
「小包です。若様」
支えられた状態でウィンディは青年に小包を差し出す。青年は小包を受け取りながら端正な顔をしかめた。
「…とりあえず、その若様やめて」
「…では、お坊っちゃま」
「なおさらやめて」
「ぢゃぁ、お嬢様」
ウィンディの言葉を聞いた青年の額に青筋がはいる。
「…このまま手、放していい?」
「冗談ですので可能ならこのまま支えていただけましたらありがたいです。龍一様…」
と、ウィンディは少し考え込んでから青年に流し目を送る。
「欲を言えば、お姫様抱っこに移行して頂いて、ベッドにインなんてことになるととても嬉しいので…おっと…」
龍一と呼ばれた青年はウィンディの支えをやめた。ウィンディはそれを素早く察知してすぐさま身体の支えを自身に取り戻す。
「…相変わらず反射神経のよい…」
「一応、これでも、戦闘用のC型ビーストドールですから」
ドヤァっという顔をしながら胸を張る。
C型ビーストドール、大戦中に単独潜入、破壊工作主目的に開発されたタイプである。個々の戦闘能力は通常の戦闘型ビーストドールの上をいく。戦後の現在では主に要人警護に利用されているがその特性上、姿を見ることはあまりない。さらに、C型は狼、虎などの肉食猛獣系統のビーストドールが多く、彼女のような草食獣のビーストドールは非常に稀な存在である。
「毎度、毎度、ドヤ顔で胸を張らなくていい」
ウィンディは自分の胸元に目を落とす。
「…ふむ、確かに、私の薄い胸では、張ったところで殿方を喜ばせることは難しいですね。あ、でも、羊ですからお尻には自信ありますよ。ご覧になります?」
ウィンディは自信のあると言うお尻を軽く突き出して龍一に向け、スカートの先をつまんでヒラヒラさせた。
「ちなみに今日の下着は赤のTバックですよー」
ビシッ‼︎
「痛っ!」
「付き合いの長い身内を誘惑するな」
龍一はウィンディの頭に軽くチョップをした。
「付き合いが長い身内だからこそ、この様な冗談ができるんですよ〜。相変わらず真面目ですね〜」
「君が変わりすぎなだけだ。”赤い羊”(REDRAM)」
龍一の言葉にウィンディの表情が強張る。が、すぐに優しい表情に戻った。
「”風の羊”(WINDEYLAMB)です。龍一様。過去の名前はできれば出さないでほしいです。」
REDRAM、逆から読むとMARDER(殺人者)。ウィンディが過去に与えられていた名前である。紆余曲折があり龍一の両親に引き取られた後、新しい名を与えられ、彼の専属使用人となり現在に至る。
「WINDEYLAMBは私めが兵器として道具扱いされたあの世界から救って頂き、新たな人生…羊生? を与えてくれた神上家から賜った名前です。今の名前は大切にしたいので…」
「その名付け親に対してははかなり雑な対応な気がするけど?」
「いえいえ、名付けてくれた龍一様には感謝してもしきれません」
ウィンディは、うやうやしく、頭をさげる。そして、身体を艶めかしくくねらせ始めた。
「ですから、この”豊満でワガママなぼでぃ(胸以外)”を献げるべく、日々精進してるのですよ。今夜でも良ければお伽のお相手を…痛い、痛い」
ウィンディの頭に龍一のチョップの連打が炸裂する。先程よりやや強めのようだ。
「わかりました。今日はもうしませんから〜。同じところに手刀の連打はやめて〜」
「今日はって、明日はするのか…」
「えぇ、もちろん」
ウィンディは龍一の手を防御しながら当然のように頷く。
「…ところで、今日のスケジュールは?」
「おっ?話を切り替えましたね。まぁ、いいでしょう」
ウィンディはモノクルをかけるとポケットからスマートフォンを取り出す。彼女は龍一付きの使用人として秘書の役割も担っている。
「本日は学校はお休みですので、当館の管理業務が主になります。この後…」
龍一のこのあとの予定を伝えていく、その様は先ほどの残念女子と異なり、有能な秘書の雰囲気となる。
「…となりまして、夜は私めと濃厚な…」
「最後の予定はキャンセル。速やかに就寝に変更。」
やはり残念女子である。
「チッ…」
「いま、チッって言った」
「聞き間違いではありませんか? ホホホ」
ウィンディはスマホで口元を隠し、わざとらしい笑い声をあげた。
「あと、奥様より伝言メールです」
「母さんから?」
「『新しい服の感想をください。』だそうです」
「はっ?」
龍一は小包に視線を落とした。
差し出し人の名前に龍一の母の名前が記載してあった…。
うーむ、羊娘が残念女子化しつつ…昔書いていたクールビューティ感はどこ行ったorz