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この最低で最悪の日々の中で  作者: 旅人1984
序章
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序章

 踏みつぶされた虫は何を思うのだろうか。突如、自身に訪れた圧倒的な物量によって、その体を歪められ、もがき苦しむ。 ひくひくと短い脚を震わせ、一歩でも前へと進もうとしている。

 帰巣本能か、それともただただ生き足掻いているのか。幸か不幸か、私には虫の言葉は分からない。だが、必死に生き抜こうとしているのだけは分かった。それがとても悲しくて、むなしい。まるで、自身を映しているようで、目をそむけてしまう。

「……こんなはずじゃなかったのに、ね」

 逃げた視線の先、膝の上には静かに眠る最愛の存在。慈しむようにして、頬を撫でると指先が赤く染まる。

「…………」

 ひとつ、ふたつと拭っても拭っても、彼の頬を染めていく、赤。 ぽつり、ぽつりと空から滴り落ちてくる、紅。

「ごめんなさい、タスク」

 濡れた髪を払い、眠る彼の顔を覗かせる。眠り続ける彼から当然返事もなく、眠り続けているだけ。もう答えを貰うこともできない。

「……ごめんなさい」

 いくら謝罪の言葉を述べたところで、この現実は変わってはくれない。

「こうなることは分かっていたはずなのに……」

 見上げた空に描かれた真紅の百合。花弁から零れ落ちてくる赤い雫。私に触れる前に蒸発し、霧となって昇っていく。

「……本当にふざけた世界」

 何もかも儘ならない。守るべきもの、守りたいもの、その全てが瓦解した今、私はどうすればいいのだろうか。この作られた檻の中で、私は何をすればいいのだろうか。

「……タスク」

 もう何度目になるのだろうか。愛しい名前を漏らし、救いを求める。だけど、そのせいで私は失ってしまったのかもしれない。作られた運命のまま、歩き、狂人の望む結末を迎えさせられた。

 やりようはあったはずなのに、ただ今ある日常を守りたい。その甘えが私の罪になってしまった。

「だけど、きっとあなたはそんな私でも許してしまうから……」

 このまま身を任せることも出来る。だけど、それだけはできない。そこまでの罪を私は受け入れきれないから。

「………っ」

悩んでいる間にも、時間は進んでいく。気づけば、彼の体を包む赤、このままでは本当に何もかも失ってしまうから。

「タスク……あなただけは絶対に奪わせない!」

奪われる前に、私の迷い、後悔、その全てを断ち切るようにして、振り上げた腕を私は最愛の彼に思い切り突き立てた。

 



 



 

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