忍び寄る影
大斗さんがドイツへ旅立ってから、早いもので2週間が過ぎた。
約束していた通り、毎日スカイプで話してはいるけど…、やっぱりそれだけでは心の穴が埋まらない。
直接声が聴きたい。触れたい。抱きしめられたい。
誰かに対して、こんな風に思う日が来るなんて…想像もしていなかった。
大斗さんがいつ帰ってきてもいいように、掃除だけは徹底してやっているけど、私が座る場所はいつも白いソファの右側。この部屋は1人ぼっちで暮らすには広すぎて、なんとなく居心地が悪い。大斗さんと一緒の時は、そんな風に思ったことは一度もなかったのに…。
大斗さんは私と暮らし始める前、ここに1人で暮らしてたんだよね。寂しくなかったのかな。
大斗さんがいないと、せっかくのお休みもなんだか味気ない。
気晴らしに音楽でもかけようと思っていたら、来客を知らせるチャイムが鳴った。
誰だろう…?
インターホンの画面を見ると、そこにはなんと専務が映っていた!
居留守を使うこともできず、恐る恐る応答ボタンを押す…。
「は、はい…」
『あ、吉川さんですか?普段着も素敵ですね。旦那さんがいなくてお淋しいだろうと思い、デートのお誘いに来ました』
「…え?」
デート…?
『1人でお家に居ても、つまらないでしょう?』
「それは…、そうですけど…」
“専務には気をつけろ”…。大斗さんが言っていた言葉が、頭をよぎった。
『旦那さん、ドイツでなかなか活躍されているとの報告が入っています。詳しく知りたくありませんか?』
大斗さんの、お話…?
「今日、何してたの?」
『えっと…、今日はね、ちょっと足を伸ばしてアウトレットに行ったよ。あんまりいい夏物は見つからなかったけど』
「そっか。俺が帰ったら、また一緒に行こうね」
『うん。楽しみにしてる』
今日の凛は、白と紺のストライプのTシャツを着て、髪を下の方でラフにお団子にしていた。よく休みの日にするスタイルだ。
凛と会話する、この時間だけが俺の唯一の癒し。凛の「ふふっ」ていう笑い声が聞けるだけで、なんだかほっとする。
あ、そうだ。凛に似合う可愛い夏服を、こっちで探してみようかな。凛が遊びに来たときに着せて、一緒にどこか出かけよう。凛が一緒なら、きっとどこでも楽しいだろうな。
凛と過ごすドイツの休日を想像しながら、幸せに過ごした週末が明け、
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
月曜日に出勤すると、オフィスには専務がいた…。そして、例に漏れなく笑顔だ。
いつものように品のいいスーツを着て、ばっちり決めている。
「…いつ来られたんですか?」
「今朝です。こちらの進捗状況を詳しく知りたくて」
「そうですか」
そちらを見向きもせず、自分のデスクに向かおうとしたら
「吉川さんの奥さん、性格もとっても可愛らしいですね」
「え…?」
専務は俺をじっと見ながら、意味ありげに微笑んだ。