思わぬ再会
「…え?」
「ですから、あなたが来るということは本社から何も聞いていません」
長いフライトを経て、ようやくドイツ支社に辿りついた。そして、そこでさっそく壁にぶち当たってしまった。
本社では正式に通告されたにも関わらず、俺がS社とのプロジェクトに参加するため支社へ転勤という話は、こちらに全く通されていなかったのだ。
「しかし、専務直々にお話をいただいて…」
「お引き取りください」
受け付けのブロンド女性が、近くにいたガタイのいいガードマンに合図をした。
まずい。このままでは引きずり出されてしまう。どうすれば…
あたりを見回すと、偶然ある社員がエントランスに入ってくるのが見えた。
「…黒川さん?」
その男性社員は俺の声に反応して顔を上げ、すぐに驚いた顔をする。
「吉川くんじゃないか!どうしたんだ、こんなところで!」
「お久しぶりです、黒川さん!」
黒川さんは、俺が以前いた当時の営業部長で、とても目をかけてもらっていた。その後常務になり、たしか2年前からこのドイツ支社に転勤になったはずだ。左胸に付けているネームプレートには、名前の横にグループ全社通して役員にのみ許される、四葉のクローバーが描かれていた。
役員と親しい人物とわかり警戒心を解いたのか、俺をじーっと見つめたあと、ガードマンは黙って持ち場へ戻っていった。
「実は、ちょっとわけありで…」
そう言うと、黒川さんは何かを察したように、小さな会議室のようなところへ俺を促した。
「積もる話もあるが、まずは君の話を聞こう。全部話してみなさい」
黒川さんに心の底から感謝しつつ、俺はこれまでの経緯を全て話した。
「…要するに、プロジェクトの追加メンバーに抜擢されたはずなのに、こちらへ来てみたら席が用意されていなかった、と?」
「はい」
困り果てている俺を見て、黒川さんは満面の笑みを浮かべた。
「何も心配することはないよ。私もプロジェクトのメンバー…というより、実質的な仕掛け人だからね」
「え…!?」
「実はS社との交渉を取り付けた功績が認められて、こっちでも役員になったんだ」
黒川さんは少し誇らしげに言った。
優しく穏やかな雰囲気なのに、仕事はかなりのやり手。俺は黒川さんのそんなところを、営業部の頃から秘かに尊敬している。
「そうだったんですか!このプロジェクトの話が出たとき、本社でも大盛り上がりでしたよ。メンバーの倍率もすごくて」
「君はその時、手を挙げなかったの?本社から名簿が届いたとき、君の名前が載っていそうだと思ったんだけど」
俺ももちろん、第一線でプロジェクトに携わりたいと思っていた。でも課長職のことやプライベートを考えると、真っ先に手を上げるということはできなかったのだ。
「ええ。もちろん、すごく興味はあったんですが、実は半年前に結婚したばかりで…」
黒川さんの視線が、俺の左手に注がれるのがわかる。
「おお!そうか、それはおめでとう!」
「ありがとうございます。身辺がまだ落ち着いていないということもありましたし、いま本社の企画部で請け負っている仕事のほうも気がかりで、すべてを置いて手放しでドイツへ来るという決心がつかなかったんです」
「そうか…。そう思っていたのに、なぜ突如こちらへ来ることにしたのかな?」
「企画部のプロジェクトを1・2課合同にするという専務の後押しがあったことと、やはり今回のプロジェクトをどこか諦めきれない部分があったんだと思います。妻に話したらあっさり応援してくれたので、ようやくこちらに来る決心がつきました」
ひょっとしたら凛は、もともと俺がプロジェクトメンバーに応募したかったんだってことに気づいていたのかもしれない。そうでなければ、あんなにまっすぐ応援なんてできるわけがない。
「なるほどね。一応、日本でするべきことは済ませてきたわけだね」
「はい!ここまで来た以上、何もせずに帰ることはできません」
ほんの少し考え込んだ後、黒川さんは再び笑顔になった。
「わかった。君に席を用意しよう」




