おはぎは、あんこときなこと…。
「俺の両親に会ってくれないか」
係長が真顔でそう切り出した。
うわぁ!
きたよ、来たよ、この日が来てしもーた。
社会人になってからのお付き合いって、やっぱりどうしても結婚前提になるやんな。それに係長の年齢やったらなおさら。
半同棲みたいに係長の部屋に入り浸らせたり、装飾品を買おうとしたり……そういう前兆はあってん。気付いててん。
乙女やって笑われるかもしれんけど、こっそり係長の苗字にうちの名前を合わせてみたりしてたから、嫌ってわけでもあらへんけど。
この歳になって親に紹介するって、つまりそういうことやろ?
ちょっと待って!
うち、プロポーズされたっけ?
言われるままの日程で休暇の希望と外泊届を係長に提出すると、そのまま決済が回ってしまった。
係長と同じ日にお休みとって、外泊先も一緒とか!
嫁入り前にええのん、それ?
父ちゃんにバレたら大目玉やわ。
お願いやから九尾署には回さんといてや。
二世代の警察官なんて、どこに目があるやら耳があるやら。
おかげて廊下で会った課長に「おめでとう。スピーチ考えとくからな、しっかりせーよ」と激励されてしまった。
刑事にとって祝日は休みであって休みではない。
事件があったらもちろん、そんなもの風の前の塵に同じやし、部屋を空にすることなどない。
やけど決済をとった休みは休みで、よっぽどの災害や事件が起こらへん限りは呼び出されない…と思う。
秋分の日、新大阪駅から東海道新幹線に乗っていざ東京へ。
新大阪駅で買った駅弁をもぐもぐ食べて、ペットボトルのお茶をグビグビ飲む。
あかん、緊張する。
どないしよーー。
弁当の味がわからへんわ。
こんな服でええんかな~。
手土産は大阪名物から選んだけど、巨人ファンやったらどら焼の阪神バージョン、トラ焼きやったら気ぃを悪くするかもしれんし。豚まんは生もんやし~。
そういうわけで結局おこしにしてんけど。
歯がむっちゃ悪いとかやったら悪印象かなぁ~。
「どうした?」
9月も下旬やっていうのに汗ばむ陽気やしな、ラフな私服の係長の開けているボタンからチラッと覗く喉仏と鎖骨がセクシーなんて、なんて!!
そんなこと考えてへんから。
むしろ、係長のご両親に会いに行くっていうんで、下ろしたばかりのスーツ姿のうちと、係長のこのラフさに違和感あるっていうか、どういうつもりなん。
まあ、係長は自分の家やからかもしれへんけど、うちに合わせてくれたらええのに。
そんなこんなでもやもやしながらも、のぞみは東京駅のホームへ滑り込んだ。
「おっきい駅~!!」
なんなん?
周り東京弁ばっかりやん。
うーわー、めっちゃ違和感。
普段はそんなに意識してへんのに、うちってこんなにコテコテの関西弁やった? って気付かされる。
そやけど、無理に標準語を喋ろうとも思わへんけど。
「うーわー、係長~! あれ東京駅にしか入ってへんバウムクーヘン屋さんやないですか!!」
やっぱりなんでも初出店とかは東京に取られるなぁ、なんか関西代表になった気分で悔しい。
「帰りに買えばいいよ。乗り換えして、まずはホテルに荷物を置こう」
「あ、はい」
正直、こんな荷物で係長の家にご挨拶とか、イキナリ泊まりにきたみたいに思われたら嫌やな~って思ってたから有り難い。
キャリーケースを引っ張りながら、係長の背中について電車を乗り継いだ。
友達と千葉にある有名な遊園地に来たときもここで乗り換えたけど、ほんまに駅が大きすぎて迷子になる。
「慣れてないだけだよ」
係長の優しいフォローも今は鼻につく。
予約してあったホテルは、ビジネスホテル。小綺麗で簡素で……でもツイン。
いや、もう今さらやから何も言わへんけど。
キャリーケースを置いて、鏡に姿を映して最終チェック。洗面所から出ると係長は黒っぽいスーツに着替えていた。
少しホッとする。
ホテルを出てしばらく歩くと、係長が花屋に寄ると言い出した。
お母さんが花好きなのだろうか。
花屋から出てきた係長が持つ花束は、プレゼントにしては微妙としか言いようがない代物で。花屋の屋号が印刷された包装紙にくるまれている。
そして次は和菓子屋へ寄るという。
「手土産なら私も用意したんですけど」
言ってみたが、「いいから」と何かを買い求めていた。
ご両親が和菓子好きなら、そうと聞いておけば良かった。
結局、ふわふわと浮かれていたんだな、私。
係長の後について歩くこと20分。
歩くことには慣れてますが、張り切ってヒールを履いてきたのに後悔し始めた頃。着いたのは、瀟洒な洋館でもなく、和風の家でもなくお寺だった。
え、係長の実家ってお寺だったの?
混乱しながらも少し緊張して着いていくと、係長の足はお寺の脇を抜けて裏側に広がる墓地に向かった。
桶に水を溜めて……そしてひとつの墓石の前に立つ。
墓石には確かに係長の名字が彫ってあり、ご先祖様が眠っているのが分かる。
無言で草を引き、掃除を始めた係長。
よく分からないけれど、スーツのスカートを膝の裏に折り込んでしゃがみ、係長と共にお墓の掃除をした。
墓石を綺麗に拭きあげたあと、花屋の包装紙を包むと中からは秋の彼岸に相応しい仏花。
和菓子屋の包装紙からは、黒、黄色、餡子の衣に身を包んだおはぎ。
お線香を立てると、一緒に手を合わせた。
見知らぬ他人のお墓に手を合わせるのは、あまり良くないことのような気もする。けれど、係長がお墓参りに誘ってくれたことには、何か意味があると思うから。
「祥子、俺たちの仕事は常に危険と隣合わせだ。異動もあるから一緒に働けない時もくるだろう。当直もあるから生活もすれ違いになる日も来るかもしれない。けれど俺は祥子とこれからの人生を一緒に歩んでいきたいと思う。祥子と支え合って、共に笑い生きていきたいと思っている。俺は、祥子の一番近い所に立つことをキミに許して貰えるだろうか。キミを幸せにすることを、両親の前でキミに誓ってもいいだろうか」
くわーーんと脳内に衝撃が走る。
例えれば、いきなり頭の上に金盥が落ちてきたような。
お墓でプロポーズ???
え? 間違ってないよね? これ、プロポーズだよね?
しかも、しかも、しかも……!!
「キザ……」
「?」
「……しゃーない、誓わせたるわ」
この問いにノーなんて答えられへん。
両親の眠るお墓の前でのプロポーズやなんて、知らんかった。
化粧が剥げる勢いの濡れた頬を、係長が指で拭ってくれる。
左手の薬指に、透明の石の指輪が通された。
これ、アレやん。
店だけ聞いて、結局買ってくれへんかった、うちの誕生石の……ピアスと同じシリーズの。
あほやん? 一緒に行ったらサイズぴったしやのに。かっこつけて、大きいのは直せるからって無駄使いしてから。
そのままお供えを置いておいたらカラスにやられて墓石が傷むっていうんで下げてきたおはぎを、その日ホテルで係長と半分こして食べた。
東京のおはぎが餡子ときな粉と”青のり”やのうて、黒ゴマやったなんて知らんかった。
でもこれ美味しいわ。
うちは関西ッ子やからやっぱり関西の味が好きやけど、もう雅彦さんに押し付けたりはちょっとしかせーへんよ。
関東の美味しいもんも関西の美味しいもんも良いところどりしたらええやんな。
もう一生、この人には敵わん気がする。
「係長、おこしもせっかくやし、お供えしてもええ?」
「いいよ」
「次はうちのおとんとおかんに挨拶やな。連絡しとくな」
「よろしくね」
ご愛読ありがとうございました!