春はあけぼの
春はあけぼの
そんな一説を、確か聞いたような気がする。
僕は今、その意味を深く理解しているように感じる。
朝日が目線に平行に入って、眩しく、温かい。
隣には、愛する人が座って、
ーーまだ眠い。
とかなんとかいう風な装いで目をこすっている。
そんな彼の肩をそっと抱き寄せると、彼はそれを嫌って、
ーーやめろよ
と言う。それが本当に嫌がって無いことは、もうわかっていることだから、僕は軽く笑って受け流す。それでも反発しようとする彼に、
ーー誰もいないし、誰も見てないよ。
と、そっと囁けば、ピクリと止まって、
ーー今日だけだからな
なんて言って、逆に寄りかかるようにして、僕の肩に頭を預けた。
桜の花びらが、声をあげて開こうとしている中、僕たちは愛を唄った。
生きてきた中で、一番綺麗な朝。
白く透き通るような空気のなかに生まれる、太陽のカケラが、キラキラと瞬いて、目の奥に焼きつく。
ーー今日のこと、絶対忘れない。
ーーこの先、何年経っても、君のそばにいて、僕は君を離さないよ。
そんなことを言った。
君は頬を少し赤らめて、
ーーきも
なんて言ったけど、君も同じ思いだってことは知っている。
2人で見た朝日は、春まだ浅い東京の少し奥に入った下町のほんの些細な出来事だった。
僕が彼に会ったのは、入社式でのことだった。
堂々とした身のこなしをしているのに、スーツには深いシワがついていて、
神経は図太いのに、どこか抜けているようだった。
自分の性格は、すぐに人を妬むような暗い性格をしていた。
彼は人を惹きつける何かをもっていて、入社初日にして、新たな友達を何人も集めていた。
ーー会社は友達を作る場所じゃないだろ。
と聞こえない程度に呟きつつも、憧れのような感情と嫉妬心を密かに抱いた。
・・・こいつとは仲良くなれないだろうな。
と思った。
2日目、彼はこっちに寄ってきて、
ーーここって、どうやるのかな?
って、ごく簡単な作業をわからないと言って聞いてきた。
・・・そのくらい普通わかんだろ。
と思いつつ、
ーーあぁ、これ難しいよね。ここをこうすると。ほら、あとはできるっしょ?
と教えた。
それでも不器用なそいつは、できないからやってくれ、とか言ってきて、
・・・そのくらい自分でやれよ。
とか考えつつ、やってあげちゃうのは、自分が優しかったからなのか。
それとも、もうこの時点から、俺はあいつのことほっとけないとか思ってしまっていたのだろうか。
彼は、次の日の朝、昨日はありがとうと言ってきた。
それは、ごく自然のことであって、お礼を言わない方がおかしい。
でも、この時僕は、嬉しい、と思っていた。
彼は、お礼を言うような奴ではないと思っていた。
しかも、
ーー今日、飯おごる。
とまで言い出した。
ーーいや、いいよ。特に何をしたわけでもないし、同期におごってもらうなんて悪いよ。
そう言って断ると、今度は
ーーじゃあ、飲みに行かないか。
と誘われた。
一緒に飲むくらいならいいか。別に今日、何かあるわけでもないし。
とうとう考えて、行こうか。と答えた。
その日の夜は、慣れない仕事のせいもあって、11時までかかった。
先に上がっていた彼に、
『ごめん、たった今仕事が終わって!今日は無理そうだね。』
と、急いでメェルを送った。
けれど、返信が来たのは、その15分後で、
『今、遊んでるとこだよ。』
だった。
全く返事になっていないような気がするし、しかもてっきり待ってるだろうと思っていたので、裏切られたような気持ちになった。
それきり、飲もうと言われても断るようになった。




