第38話 どうしてこうなった
どうしてこうなった。
俺―田中優馬は、訓練場の壁にめり込んだ男を見つめていた。
いや、まあ、めり込ませたのは俺なんだけど。
「…………」
目の前には、壁に上半身を突っ込んだまま動かない男がいる。
◇◇◇
話は少し前に遡る。
「俺と勝負しろ」
俺が訓練場で紹介されてから、ずっと睨んできていた男は、そう言った。
この世界の人間は、初対面の人に喧嘩を売らないといけないという教育を受けているのだろうか。どこの世紀末だ。
目の前の男は赤髪のウルフカット、イケメン。額の傷が主人公っぽいアクセントになってるワイルドヤンキーだった。
きっとモテるんだろうな。熱血だしな。
どーせ幼なじみとかがいて、アプローチされてるけど、鈍感だからヤキモチさせたりするんだろうな。
爆発したらいいのに、と思った俺はもちろん断ろうとした。
そもそも、俺は兵士の訓練を見て、何か気づいたことがあれば教えてくれと言われただけだ。別に戦闘指南役になりたかったわけでもないし、こんなワイルドヤンキーと勝負する理由もない。
なんか怖いし。
ところが、俺が口を開く前に、周囲の兵士たちがざわつき始めた。
「ガルド隊長が勝負を申し込んだぞ」
「隊長、やっちまえ」
「でも、戦闘指南って強いんじゃないのか」
「イケメン爆発しろ!」
なんか、一人友達になれそうなやつがいる。
にしても、なんとなく断りにくい空気になってしまった。
それで俺は、仕方なく条件を出した。
「分かった。ただし、刃物とかは無しでお願いします」
ガルドは、俺の言葉を聞いて眉をひそめた。
「俺を侮辱するつもりか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「安心しろよ。手加減はしてやる」
いや、こっちの台詞なんだけど。
そんなやり取りがあった後、大勢の兵士が自然と俺たちを囲むように円になった。
俺の横にいたはずのヴィオラは、いつの間にか向こうのセコンドみたいになっている。
何かを握らせながら、小声で「足を狙え」とか言っている。
聞こえてるぞ。後で絶対ロリ王女にチクってやる。
なんとなく開始位置に立たされた後、
ヴィオラの威勢のいい開始の合図とともに、ガルドとかいう男が勢いよく殴りかかってきた。
拳にメリケンサックみたいなものを握っている。
絶対ヴィオラの仕業だ。
だが、その拳は俺に届く前にビタッと止まり、その勢いを活かして足元に飛びつこうとしてきた。
足元を狙われるのがわかっていたので、俺は動じずよく見ていた。
そして、ガルドが俺の足に触れるかどうかのタイミングで、俺は右手をパーにして……振り抜いた。
そして――。
壁から生える人間の下半身の完成だ。
「ガ、ガルド隊長!」
兵士たちが慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!」
「誰か、引っ張り出せ!」
数人がかりでガルドとかいう男の身体を引っ張り始めた。
ズボッ。
ようやく壁から抜けたガルドは、その場に仰向けに倒れた。
「ガルド隊長!しっかりてください!」
「う……」
お、意識はあるらしい。
俺は慌てて駆け寄った。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
ガルドは、ぼんやりと俺を見た。
「……何が、起きた?」
「えーと、ビンタがいい感じに当たって…」
「お前……」
「はい!」
「……強いんだな」
「絵に描いたような変わり身!」
視界の隅でルシアが笑い転げている。
後で、あいつにもビンタしてやろうか。
とにかく、部隊長を壁にめり込ませて大きな穴を空けてしまった。
しかも、ここは王国軍の訓練場。
下手をすれば、俺は今日から城の備品破壊犯として扱われるかもしれない。
「本当に申し訳ない。ちょっとやりすぎました」
俺はガルドに向かって、頭を下げた。
その時だった。
「優馬さん」
振り向くと、ルシアが笑顔で立っていた。
そして、
「グッジョブ」
ビシッとサムズアップを繰り出した。
「ルシアさん…」
「大丈夫です。見た感じ、結構鍛えてるみたいですし」
「それより、ここは王城ですよ。壁を壊したら、誰が修理すると思っているんですか?」
「えぇ…俺が悪いの?」
「優馬さんはもう少し手加減を覚えてください」
「…はい」
なぜか俺が叱られてる間、ガルドは兵士たちに医務室へと運ばれていった。
周りの兵士たちの目が俺を指す。
頼むから、そんな目で見ないでくれ。
俺だって、好きでやったわけじゃないんだ。
いや、壁にめり込ませたのは俺だけど。
ってか、君達も悪いからね。
結局、俺は訓練場の責任者やら何やらに謝罪し、壊れた壁の修繕費についても確認することになった。
そして、その日の夕方。
俺は大臣の執務室に呼び出されていた。
「ぐふふふふ……」
机の向こうで、大臣のグスタフが笑っている。
いつもの笑い声だ。
ただ、今日は少し怖い。
「貴様、兵の部隊長を壁に叩きつけたそうだな」
「……はい」
「しかも、訓練場の壁まで破壊したと聞いたが?」
「……はい」
「ぐふふふふ。実に愉快な話ではないか」
「えっ?」
思わず顔を上げた。
笑っている。
確かに笑っている。
だが、目はまったく笑っていない。
「……と、言いたいところだがな」
グスタフは、机を指で叩いた。
「貴様は何のために王城に滞在している?」
「兵士の訓練を見て、必要があれば助言するためです」
「そうだ。誰が勝負しろと言った?」
「……誰も言ってません」
「ならば、なぜ勝負をした?」
「断りにくい雰囲気だったので……」
「貴様は雰囲気に流されて壁を壊すのか!」
「申し訳ありません!」
怒られた。
ちょっと納得いかないけど、ちょっとやり過ぎた。
いや、勝負を挑んできたのはあいつだけど、結果については俺が悪い。
グスタフは深いため息をついた。
「まったく……。ガルドもガルドだ。自分から勝負を挑んでおいて、壁にめり込むとは」
「……」
「だが、貴様も力加減を覚えろ。相手が死んでいたら、謝罪では済まんぞ」
「はい。本当にすみませんでした」
「よし。今回は厳重注意とする。今後、許可なく兵士と勝負することは禁ずる」
「分かりました」
「それと、壁の修繕については――」
グスタフは、机の上の書類を持ち上げた。
「修繕費を貴様の報酬から差し引くことも考えたが、今回は王城側の管理責任もある。全額を負担させることはしない」
「ありがとうございます!」
「礼を言うな。次はないと思え」
「はい!」
こうして、俺は大臣からもこってりと叱られた。
その後、ルシアにももう一度叱られた。
なんか、叱られてばっかりだな。
そう思いながら、夕食の時間を迎えた。
ところが、食堂へ向かおうとしたところで、今度はヴィオラに呼び止められた。
「優馬」
「はい?」
「少し来い」
「……えっと、今度は何でしょう?」
「牢屋だ」
「はい?」
「規則上、訓練場の設備を破壊した者には相応の処分が必要になる。お前も例外ではない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。もう大臣に叱られたよ!?」
「それとこれとは別だ」
「そんなぁ……」
俺は再び、あの冷たい石の床を思い出した。
昨日も牢屋に入っていたのに、まさか二日連続で入ることになるとは。
「まあ、待て」
そこへ、グスタフがやってきた。
「大臣!」
「ぐふふふふ。ヴィオラ、今回の件については、すでに私から厳重注意を与えた。処分はそれで十分だろう」
「しかし、訓練場の壁を破壊したのは事実です」
「確かにな。だが、勝負を挑んだのはガルドの方だ。本人も、自分から挑んだ勝負だったことは認めている」
ヴィオラは腕を組んだ。
「……それで?」
「ガルドは、正々堂々と勝負を挑み、正々堂々と敗れた。それだけのことだ。勝負の結果まで処罰の対象にする必要はあるまい」
(メリケンサック持ってたぞ)
「壁は?」
「壁は修理すればよい」
「……」
ヴィオラはしばらく黙っていた。
やがて、俺に視線を向ける。
「ユーマ。次からは力を抑えろ。相手を壊すな。壁も壊すな」
「はい……」
「分かったな?」
「はい!」
ヴィオラは小さくうなずいた。
「ならば、今回は不問とする」
「ありがとうございます!」
俺は心の底から頭を下げた。
こうして俺は、なんとか牢屋行きを免れた。
ただし、ヴィオラからは最後にこう言われた。
「次に同じことをしたら、刎ねてやる」
……気をつけよう。
本当に。
今度こそ。
◇◇◇
夕方。
俺とルシアは、城の食堂にやってきた。
「……なんか、入りづらいな」
「自業自得ですね」
「はい……」
ルシアの言う通りだった。
食堂に入った途端、何人もの兵士がこちらを見た。そして、ひそひそと話し始める。
「おい、あれが例の男か?」
「ガルド隊長を一撃で倒したっていう……」
「壁にめり込ませたらしいぞ」
「マジかよ……」
……やめてくれ。
そんな大げさな話じゃない。
いや、壁にめり込ませたのは事実だけど。
俺はできるだけ目立たないように食事を受け取り、空いている席を探した。
すると、一人の兵士が勢いよく立ち上がった。
「ユーマ殿!」
「えっ、俺?」
「はい! ぜひ、お話を聞かせてください!」
「は、はあ……」
気づけば、周囲にいた兵士たちも集まってきた。
「ガルド隊長を倒したって本当ですか?」
「俺、見てました。どんな訓練を積めば、あんなことができるんですか?」
「やっぱり、相当な実力者なんですよね!?」
おお……。
なんだ、なんだ。
もしかして、俺、思ったより歓迎されている?
いや、まあ、確かにガルドには申し訳ないことをしたけど、実力を認めてもらえるのは悪い気分じゃない。
「いやぁ、そんな大したことじゃないですよ」
ちょっとだけ、胸を張ってみる。
「たまたまですよ、たまたま」
「たまたまで、あのガルド隊長を!?」
「すげえ……」
「身体強化半端ねぇ」
いやいや、実際はチートなんだけど、そんなに褒められると照れるじゃないか。
俺も男だ。
褒められれば、多少は嬉しい。
「それで、ユーマ殿!」
「はい?」
兵士の一人が、身を乗り出してきた。
「そちらの女性とは、どういったご関係で?」
……ん?
「え? ルシア?」
「はい!」
「いや、仲間ですけど……」
「な、仲間!」
兵士たちの間に、ざわっとした空気が流れた。
「なるほど、仲間か……」
「妹とかじゃないのか」
「妹じゃないですよ」
「!?」
「じゃあ、お二人はお付き合いされてたりは…?」
「いやいやいや、無いよ。全くそんなんじゃ無い」
何言ってるんだ。こいつ、正体は骸骨だぞ。
俺が首を傾げていると、別の兵士が遠慮がちに口を開いた。
「失礼ですが、ルシア殿はおいくつなんでしょうか?」
「え? さあ……」
俺はルシアを見た。
「ルシア、何歳?」
「女性に年齢を尋ねるのは失礼ですよ、優馬さん」
「いや、俺に言われても……」
「ふむ。年齢は秘密、と」
兵士が真剣な顔で頷いた。
いや、そんな重要な情報なのか?
「では、好きな食べ物は?」
「……は?」
「好きな食べ物です! 肉料理はお好きですか?」
「いや、本人に聞いてくださいよ」
「そ、それもそうですね!」
兵士は慌てて姿勢を正した。
そして、ルシアの方へ向き直る。
「ルシア殿! もしよろしければ、好きな食べ物を教えていただけませんか!」
「……お肉ですかね」
「お肉!」
兵士が叫んだ。
「聞いたか! お肉だそうだ!」
「よし、明日は肉料理を頼もう!」
「お前が頼んでどうするんだよ!」
別の兵士が突っ込んだ。
俺は、ようやく理解し始めていた。
こいつら……。
最初から、俺の話なんてどうでもよかったんじゃないか?
「ところで、ルシア殿」
今度は別の兵士が、緊張した面持ちで尋ねた。
「もしご迷惑でなければ、今度、食堂でご一緒させていただくことは……」
「おい、抜け駆けするな!」
「お前だってさっきから質問してただろ!」
「俺は情報収集だ!」
「何の情報だよ!」
食堂の一角が、妙な盛り上がりを見せていた。
ルシアはというと、いつも通り涼しい顔で食事を続けている。
「……なあ、ルシア」
「はい?」
「お前、いつの間にこんな人気者になったんだ?」
「さあ? 私にも分かりません」
「いや、絶対分かってるだろ」
「何のことでしょう?」
テヘペロじゃねぇよ。
絶対、分かっている。
俺は小さくため息をついた。
俺はガルドを倒した男として称賛されていると思っていた。
実際、最初の数分はそうだったのかもしれない。
だが、今となっては誰も俺に質問してこない。
兵士たちの関心は、完全にルシアへ移っていた。
確かに、こいつは美少女と言っていいほどのビジュアルをしている。
でも、こいつの正体を知っている俺はなんか納得がいかない。
「……俺、さっきまで褒められてたんだけどな」
「よかったですね。人生で貴重な経験ができて」
「なんか腹立つな、それ!」
ルシアはくすっと笑い、スープを口に運んだ。
食堂の中では、兵士たちがまだ何やら相談している。
「明日は俺が話しかける!」
「いや、明日は俺が!」
「待て待て、最初に声をかけた俺に権利があるはずだ」
「お前、好きな食べ物を聞いただけじゃないか!」
「ルシアたん、神」
……なんか一人だけいるなぁ。
ってか、美少女と言っても、見た目はマジの少女だぜ。ペタンコだし。
ロリコン、ダメ。絶対。
俺が兵士たちを生温かい目で見ていると、ルシアが声をかけてきた。
「優馬さん」
「ん?」
「食事が冷めますよ」
「……そうだな」
俺は、すっかり冷めかけた料理を口に運んだ。
ガルドを壁にめり込ませたせいで、兵士たちから恐れられると思っていた。
ところが、蓋を開けてみれば、俺は一瞬だけ持ち上げられたあと、あっさり忘れられたらしい。
そして、ルシアは大人気。
兵士たちはロリコン。
……なんだろう。
ちょっとだけ、納得がいかない。
◇◇◇
夕食を終えた俺たちは、それぞれ風呂を済ませ、自分たちに用意された部屋へ戻った。
兵士用の風呂もあるようだが、俺は客でもあるので、城の風呂を使わせてもらえた。
良かった。あんな男子学生のごった煮みたいなとこに混ざらなくてすんで。
そして、城の風呂は、思っていた以上に立派だった。
広い湯船に、十分な湯量。
風呂から上がれば、手触りのいいシルクっぽい紺色のパジャマ。
昨日まで牢屋にいたことを、いや、川で体を洗って、地べたに葉っぱ敷いて寝てたのと比べれば、天国のようなものだ。
「はぁ……生き返る」
俺は部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろした。
今日は本当に疲れた。
壁は壊すし、ガルドには申し訳ないことをしたし、大臣には怒られるし、牢屋に入れられかけるし。
異世界に来てから、まだ大して日も経っていないのに、ずいぶん濃い毎日を送っている気がする。
「……明日は平和だといいな」
そう呟いて、窓の外を見た。
城の中庭が見える。
夜の庭園はまばらに設置された灯りが、道や植え込みを照らしている。
その時だった。
中庭の奥。
木々の陰に、何かが光った。
「……ん?」
魔石の灯りとは違う。
一瞬だけ、青白い光が瞬いたように見えた。
俺は窓に近づいた。
もう一度、目を凝らす。
すると――。
また、光った。
今度はさっきよりもはっきりと。
中庭の奥にある、普段は人の気配がない場所。
そこに、何かがある。
「……何だ、あれ?」
俺はしばらく、その光を見つめていた。
そして、気づけば部屋の扉に手をかけていた。




