ep,12 放火魔の孤独2
2/
「はぁ……」
重い空気の流れる部屋の中に、ため息が一つ、響く。
部屋――と言っても、はたしてこれを部屋と定義できるかどうか定かではない。部屋と言う概念が周囲を壁で囲われたものを云うのなら、ここは部屋ではないのだろうし、別段そういった縛りなど存在しないと言うのなら、気持ち的個人的に、ここは部屋だとも言えよう。
周囲はコンクリの壁で囲われており、床も天井も同質同色のコンクリの匣。ただ、一方向のみその限りではない。
檻。――そう、ここは牢屋のなか。僕たちは今、現在、捕まっている。逮捕されてしまっている。
「はぁ……」
「――すまねぇ」
本日何回目かなどもう数えていないけど、それでも多分十回以上は零している嘆息に、申し訳なさそうな表情で謝罪するノッブさん。
「すまねぇな、お前ら――俺達のせいで……うっ」
本当に不甲斐ない。そんな表情で、涙ぐんで謝罪し続けるノッブさん。いや、そんな、こっちが謝りたいくらいなのに。
ていうか、ノブナガさんは顔からして怖い人だと思っていたから、こういう一面を見ると少しホッとする。
「すまねぇなフェルト……ノアのヤツ、まだあのこと許してないみてえだ……」
「いやいや。君が負い目を感じる必要はないよ。致し方ない事さ」
そう言って、フェルトはノアちゃんに満面の笑みを向ける。
「ちっ」
舌打ち。苦虫を噛んだような、本当に、心底不快そうな表情で、そっぽを向く。――いや、本当にアンタら過去に何があったんだ。
「なぁフェルト」
「なんだい?」
「お前、ノアちゃ――ノアさんに何したんだよ。あの嫌われようは尋常じゃないだろ」
「いや、なに」
一拍空けて、
「たかだかパンツを見た程度」
とんでもないコトを口にした!
「些末な問題さ」
「てめえ俺のノアにナニしてくれてんだこのピエロ野郎!!」
急にノブナガさんがキレはじめた。――いや、そりゃ自分の娘のパンツを他人が覗いたとなれば、怒って当然だろう。むしろフェルトは殴られていい。
「――ていうか、これからどうなるんだろう……」
不安げな口調で、珍しく弱音を吐くルサ。表情こそいつも通りの飄々しさを保ってはいるが、気持ち不安げな空気を孕んでいた。
でも、たしかにルサの言う通り。それは僕も気がかりでしかたなかった。この先どうなるか――予想こそすればいくらでも想像することは出来るが、想像出来過ぎるから、反ってどうなるかわからない。
元の世界では、罪人は法律によって裁かれた。重い罪から軽い罪まで例外なく、それに相応しい罰を与えられるのみ。
最も重い罰。それは極刑――死刑だ。死を以て、その罪を贖うこと。――多分、これらのシステムはこっちの世界でも変わりないと思う。だから、僕が今考えているのは、果てして僕らの犯したであろう彼らにとっての罪がどれほどの重みをもっていて、どれほどの罰を下されるのか――ということ。
「アナタたちがこれまでに何をして、何で追われているのかなんて知らないけれど――そうね。まぁ、どうにかなるわよ。きっと」
曖昧だなぁ。曖昧で、適当だ。それでいて漠然としている。まったくわからないんですけど……。
「まぁ、とにかく。なんとかなるってことよ」
呟いて、一拍置いて、再び口を開く。
「この程度の壁、アナタが越えられないはずがないでしょ? シロ」
「――……?」
シロ? いや、誰の事を言ってるんだ? 呟くように、下を向いて独り言でも零すように、ノアちゃんは言う。――だから、誰にそれを言ったのかは分からなかった。
シロ――白? 白って言ったら、この中じゃフェルトが一番それらしいよな。
その意味を決めあぐねているとき――金属の擦れる音が、牢屋内に響いた。
「出ろ」
見るとどうやら、兵士さんが牢の檻を開けて、半身中に入ってきていた。
「将軍が、お前たちと話をしたがっている」
◇
「――……」
カツカツ、と廊下に響く堅い足音。七人分の、音。
軍の帽子をかぶった人に連れられ、長い廊下を歩くこと二分弱。本当に長い廊下の突き当たり、とある部屋の前まで連れてこられた。
「少し待て」
言って、帽子の人は目の前の部屋の扉を叩く。――ゴンゴン。重い鉄の音が、長い一本道の廊下にこだまする。
『入れ』
部屋の中から、男の野太い声が聞こえた。帽子の人が横に退けて、アイコンタクトで「入れ」と指示する。――言われるがままに、扉を開けて中に入る――すると、
「おう、来たか!」
椅子にふんぞり返ったおっさんが快活な口調で言う。
「――えっと」
「まぁ、適当なトコにかけな」
はぁ。そう言って、言われた通り適当に配置された椅子――は5つ全て席が埋まったため、床に尻餅つくことにした。
そして、このおっさん――どこかで見たことあると思ったら、さっき僕たちの馬車を止めるように指示していた男だった。
「自己紹介がまだだったな。俺は連合国軍准将、オールライトだ。よろしくな」
「はぁ」
「早速だがお前たちにやってもらいたい仕事があってな、今から説明を――」
「いや、あのちょっと待ってください」
話を遮る形になって申し訳ないが、しかしそれよりも今、このおっさんおかしなこと言った気がした。
「あの、仕事って?」
「言葉の通りだよ。仕事」
「いや、脈絡が皆無なんですけど」
ふぅ。おっさんが、軽く嘆息する。
「説明する。――お前らは今、俺ら軍に囚われた状態だ。俺が一言上にチクりさえすれば、たちまちお前らは自治区に引っ張られて然るべき罰を与えられるだろうよ。――言っちまえば、最悪死刑だ」
死刑――という言葉に、鳥肌が立つ感覚を覚えた。
「だが、それはお前らも望むところじゃねえだろ?」
そりゃあ……まぁ。
「だから、それをこの優しい優しい俺が救ってやろうってんじゃねえか」
「――……?」
正直、何を言ってるのか理解不能だった。
「そこで、お前たちに一働きしてもらおうと思ってな」
「――なるほど俺らの無事を約束する代わりに、お前の言う事を聞けって話か」
「そうだ。わかりやすい等価交換だろ?」
ようやく話が見えてきた。つまり、このおっさんに協力すれば、僕たちが罰せられる心配はなくなるということらしい。
「ちょっと待て」
突然、ノブナガさんが異を唱えた。
「将軍――軍の最高司令にあたる位置にいるっつっても、お前はその中で最も低い階級の准将だ。ちょっと話が美味し過ぎやしねえか? 准将如きが、果たしてこいつらの罪の是非を勝手に決めてもいいものかね」
確かに。このおっさんが話に聞く四王の一人だっていうなら話は別だけど、そうじゃない。将軍。それも、その中で最も階級の低い准将。ノッブさんが言ってるように、僕たちの罰を、オールライトさん一人の独断でうやむやにできるようには、僕には思えなかった。
「まぁ、たしかにそうだ。俺に協力したからと言って、お前たちの指名手配が解かれるわけじゃねえ。この街を無事に脱出し、一時的に、お前らの安全を保障するだけだ。――だがよ、それならどうする?」
オールライトさんが、問う。
「お前は、このまま何もせずに死ぬのか? 抗いもせず、抵抗もせず連行されるのか?」
「――……それは」
それは、――僕だってそりゃあ、望むところではない。そうに決まってる。
「――抗いたいです。そのために、ここまで来たんだ」
僕は、もう止まらないと――そう決めたじゃないか。
僕は僕の目的を果たすためなら、どんなことだってする。――あれ、
「よし。その意気だ」
上機嫌に、抑揚のある口調で、意気揚々に、言う。
「まぁ、仕事自体はそう難しくはないからよ。――多分」
多分、そうボヤきやがった。
多分かよ。
めちゃくちゃ胡散臭い話しだとは思うが、一応、話は最後まで聞いてみよう。
「時間がおしてるからな、内容は急いて話すぞ。――お前らにやってもらいたい仕事ってのは、二つある」
二つもあるのか。
「一つ。今巷で騒ぎになってる放火魔の放火行為を止めること」
「放火魔あ?」
ルサの問いに「そう。放火魔」と返して、続けるように語るオールライトさん。
「聞いた意味通り。読んで字の如く放火魔。最近、この街で空家に不審火がつき全焼するっていう事件が多発しててよ。しかも、これらは全て同一犯による犯行だ」
「根拠は?」
「レノライザによる反応は二種類検出されたものの、全ての現場で同じ反応を出してやがる」
ここで僕は、少し聴き慣れない単語を耳にした。
「レノライザってなに?」
と、僕が気になっていたその単語を、幸いにもルサが質問してくれた。
「レノライザってのは、軍が使用する検知器の一つだよ。使力固有の反応を数値化して検知分析する機器さ。RAWのサーバーにダイブするとその数値で端末の特定――リアルアカウント、つまり個人を年齢や人種単位で割り出す事が出来るシステムだよ」
「そんなこと出来るの!?」
驚愕兎。――正直、僕自身も本気で驚いている。僕のいた元の世界ですら個人の特定と言うのはかなり難しい行為だったはずだけど、この世界でのそれは、およそ比較的簡単に、それも正確に出来てしまうという。これを驚かないわけにはいかないだろう。
「まぁ、その白い兄ちゃんの言った通り、犯人の割り出しは一応なりに済んでいる。名前はイッザ。名字はねえ。年は13のガキだ。――ったく、なんでこんなことしてるのやら」
イッザ。――コイツが、家を燃やしまくっている放火魔の名前。
しかも、まだ13歳の子供だと言う。
その事実に、やはりオールライトさんもまた、同じくその動機を気にしている。
13歳の子供が、――何故。
「もう一つの反応は?」
「あー、それがな……」
言いづらそうに、眼を逸らすオールライトさん。しばらくした後、一つ溜息まじりに言う。
「わからねえんだよ」
「え?」
「わからねえんだよ。全くな。反応自体はあったものの、RAWのデータベースに照合する数値がねえんだ――こんなことぁ初めてだぜ」
どういうことだ……? さっきの話だと、使力にはそれぞれ全て固有の反応があって、それを数値化して検出できる筈だ。それが出来ない。――しかも、データベースに存在しないだなんて、それは一体何を意味してるんだ。
「――まぁ、話は以上だ。とにかく、もう一人のやつは後回しだ。お前らに依頼するのはイッザってガキの確保だ。――ああ、それと。この話は俺と俺の秘書とお前たちだけの秘密だ。軍の他の連中に知れたら何を言われるかわかったもんじゃねえかな」
やっぱり普通はそんなこと許されないんだな。色んな意味で安心した。
「いや、それってこの部屋、大丈夫なの?」
大丈夫なの? 無論、外に控えている人に聞かれているんじゃないのか――という、その心配。
「ああ、それなら問題ない。――今、この空間の時間は止まってるから」
「――は?」
今、このおっさん、とてもおかしな事を言った気がする。
「俺の使力さ。まぁ、説明は省くが、とりあえず安心しな。この部屋の中の出来事は、外には一切干渉を許されない」
自信満々。そして、嘘はついていない。――つまり、すべて真実。
なんてこった。まさかこのおっさん、時間を止める能力を持ってるってのか。
敵じゃなくてよかった――いや、味方とも言えないけど、でも、敵ではない。僕はこの人、オールライトさんには謎の好感が持てた。だから、ある程度信用してもいいと――そう思えた
3/
「あ――もう、お話とやらはよろしいので?」
唐突に扉を開いて出てきた僕たちに驚きの反応を見せ、オールライトさんに確認する、帽子をかぶった軍人さん。「ああ、十分だ」と返すオールライトさんに「随分と早かったですね」と応答するあたり、まるで本当に、部屋の外と内での時間の経過にズレが生じてるかもような反応だった。
「げぇ……あのおっさんの使力本当に時間を操作する能力なんだ……やっぱりこういう手合いは苦手だな」
恐ろしい恐ろしいと、心底そんな表情でつぶやくルサ。彼女が他人に対して、ここまで萎縮するのはなかなか珍しいことである。
「それで、短すぎて外からでは聞き取れなかったのですが――どのような内容のお話をされていたのですか?」
帽子の男が、少し訝しむように問う。
「ああ。まあ、端的に言って。こいつらはシロだ」
は? と、声を漏らす帽子の男。うん。当然の反応だと思う。
「彼らが四将直属佐官の二人を打ち倒した、例の指名手配犯ではないと?」
「ああ。レノライザ反応からして間違いねえ。数値が掠ってすらなかったからな」
なるほど。と、納得した様子。平然と嘘を吐くな、このおっさん。
「わかりました。――では、我々は予定通り、モレクへの応援に向かいます。放火魔の件は、そちらでよろしくお願いします」
おう。そう言って去っていく帽子の人を見送る。
とりあえず、一安心だ。安堵からか短いため息が漏れた。
一時はどうなるかと思ったが、案外なんとかなりそうだ。
まぁ、少なくともこの時は、そう思っていた。
どうにかなるだろう。これまでもそうだったんだから――と。
「さてと――とりあえずはさっきも言った通り、放火魔の確保から始めて貰う。ヤツは決まって空家を狙うからな、次の犯行現場としての予測場所はすでに押さえてある。お前らには一人一組に手分けしてそこの見張りについてもらう。不審なヤツや怪しいヤツを見かけたらすぐに捕まえろ。――なにか、質問はあるか?」
「はい」
セングゥからの質問。
「なんだ」
「アンタの要求はたしか二つあったはずだけど――まだ一つしか聞いてないような気がするんだが」
それは見事に、的確に的を得た質問であったと言える。
「あー」
言いづらそうにそっぽを見てよそよそしくなるオールライトさん。何だコイツ怪しいぞ。
「えーと、な。まぁ、後のお楽しみだ」
「えー」
呆れてモノも言えない、そんな表情で分かりやすく気を落とすふりをするセングゥ。まぁ、気になる気持ちは、僕にも分かる。
「予測を立てた場所は七つ。この街に残る現在空家となっている家の数はこれで全てだ。必然的に、このいずれかにヤツは現れる。配置は俺が適当に決めといたまずは――」
「ちょっと待って」
話を遮るように、ていうか、実際に遮って、ノアちゃんが話に割って来た。
「アナタさっき七つって言ってたけど、もしかして、私たち二人もそれに含まれてるのかしら?」
「ったりめーだろ。何言ってんだ嬢ちゃん」
心底不思議。そんな表情で言うオールライトさん。あまり顔色のよくないノアちゃんの表情が、更に青ざめていく。
「まぁ諦めろノア。ここは俺達も力を貸すべき! そういう“運命”だ」
「アンタは気楽でいいわね。――まぁ、どうこう言ったってどうせ無駄でしょうしね」
半ば諦める形で、僕たちに協力する事に決めたノアちゃん。本当に申し訳なく思う。
◇
昼。昼食をとってから、僕たちはそれぞれ、決められた持ち場へと向かうため別れた。
幕間。
これといって何か起きるということもなく。気が付けばとっくに日暮れだ。
「うわ、もう日が沈む」
茜色に染まる空を、眩しさに細目で睨むように仰ぎ見る。こういうのって――えっと、なんて云うんだっけ? えーと、
あ、そうだ。
「黄昏時だ」
誰に言うわけでも無く、自然と、独り言を口にしていた。
奇妙な雰囲気だ。日が沈んでいくだけで、途端に肌寒さを感じる。
――静かだ。
静寂。沈黙。静穏。まるで、今から世界が終るような。
ここら一帯は他に民家や建物が無いから、人気と言うものが皆無なぶん、余計にそう思わせる。
黄昏時。――もとい、逢魔ガ時。
丘の上にポツンと建つ、一軒の空き家。一等地。
外見は立派。多分、どこかのお金持ちの別荘だろう。コウポホルンはビーチもあるから、観光地としては優れた街だから。
夕闇が広がる。世界が閉ざす。宵闇に、身を窶す。
その時――
「……あれは」
逢魔ガ時。
「子供……」
大禍時。
「火――?」
昼と夜が移り変わる時分に、
『さぁ、今夜も派手に燃やそう。イッザ』
魔物は、現れる。
瞬間。ゴウ、と音を立て、先程まで眼前に凛々しく聳え立っていた一軒の空き家が――轟々しく、炎々と燃え盛っていた。
「な――」
一瞬の出来事。一瞬で炎に包まれた家。一瞬に反応しきれなかった僕。全て、瞬きの間。
「いや、早く消さなきゃ――!」
言って、周囲を見渡す。が、周囲一帯ひたすらの平原。火消しに使えそうなものなんてなに一つもない。幸いにも付近に民家などが無いため、被害がこれ以上広がらないことだけは明白だった。
「くそ、なにもできないってのか……」
このまま見てるだけなんて、悔しいだろ。
いや、出来る事ならある。そもそもそれは、やらなければならないことだ。
「不審火……放火魔――っ」
僕がここに来た目的は、そいつを捕まえる事じゃないか。
またもや幸いにも、ここら一帯は草むらの平野だ。隠れる場所なんてどこにもないし、視力だっていい方だ。こんな短時間で、見えないところまで移動するなんて不可能だろう。これなら、どうしたって見つけられる。
「どこだ……」
とりあえず、家の周りを一周しよう。そう思い至り、家の裏に回り込んだその時。
「子供……」
子供が立っていた。
子供。中学生か小学生くらいの、青い髪に小柄な無垢な少年。オールライトさんは、放火魔は子供だって言っていたけど、まさか、本当にこんな子供が放火魔なんて……。
「……寒い」
「え……?」
今この子、なんて――
「独りは寒いんだよ」
少年が囁くと同時、周囲が炎に包まれた。
炎々と燃え盛る劫火の渦。身を焦さんと炙り立てるそれは、瞬く間に僕の身体を呑み込んだ。
「あっつ――!」
熱い。いや、熱いなんてそんな、生易しいもんじゃない。喉が焼け、爛れ、息を吸うだけでも苦痛。ペストの爆発も凄まじかったけど、この子の炎はまた別の、何か別の怖い何かを感じる。
まるで思念。
いや、怨念。怨恨や、負の感情の類。
羨ましくて恨めしい、そんな、自分以外のセカイに対する憎しみ。
「そんなに、憎いのか……」
そんなの――
「……舐めるなよ」
僕だって、どれだけ憎んだことか。
世界を。運命を。そしてなにより、無力な自分を。
剣を振り抜き、白無垢の刃を晒す。衝撃が舞い、周囲の炎を振り払う。
「……なっ」
少年は驚愕した。
自身の炎を振り払った男の所業のソレにではなく、男の身体の再生力の速さにでもなく。
男の眼差しの、自分のそれとの類似性に。
この世を恨み恨んだ、歪んだ眼差し。ドス黒い、負のオーラ。
なのに、自分と同じ眼をしているのに、あの男の眼からは、同時に別の感情も窺える。
この世界に抗う、強い光。
白い、希望の色。
アンタは、どうしてそんなに――そんなに強い眼でいれるんだ。
「……おい、きみ」
唐突な呼びかけに、少年の身体はビクンと大きく跳ねた。
「きみ、なんで放火魔なんてしてるんだ」
「なんでって……」
そんなの、寒いから――独りになるのが嫌だから、
「嫌だったから……寒いんだよ、だから……」
だから……家を……燃やし、て――
「なんで、寒いん、だろう」
なぜ。
なんで。
なにゆえ。
どうして。
ぼくは家を燃やしているんだ。どうして。どうしてもこうしても(なんでかわからないけどあったかい)ない。よくわからない。なんで。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてなんでなぜねにゆえこわいこわいこわいさむいさむいさむいひとりぼっちはさむいからさむいんだから
ねえ、
「……あれ」
寒い
「僕は……どうして」
いやだ
「どうして、燃やしているんだ……?」
寒い
少年は、唐突に涙を流した。
こころなしか、その表情は、先程とはまったくの別物に思えた。
虚ろだった生気のない人形のような眼差しから、愁いの晴れた人間のソレへ。
そして刹那――
『はーい、そこまデ』
闇が満ちはじめた高原に、ひとりの男が降り立った。
不気味でブリキで不思議な、黒いローブの男。
機械の様に甲高く不快な声音。常に踊るように揺れる、そんな変な男。
『お楽しみの所申し訳なキ。ちょいと邪魔すンベ』
そう言って、青髪の少年の両頬に手を添える。
『だめですよォイッザちゃあ~ん。チミはチミの仕事をちゃあんとこなさないと』
「仕、事……?」
『はァい。おいちゃんと約束したじゃなぁいノ。燃やし尽くさないと――独りのままですよ、ってね☆』
「……はい」
男の言葉の後、少年の瞳は元に戻った。
戻ってしまった。先程同様の、人形のような虚ろに。
『――と・こ・ろ・デ。坊や、誰??』
踵を反し、こちらに向かって問いを投げかける不気味な男。直観的に、本能的に察した。アイツは、なんかヤバイ。
「……あんたこそ、誰だよ」
『おいちゃんの名前はプロトコル。魔法使い何でェ、そこんとこシクヨロ❤』
きゅぴっ、とふざけたポーズでキメる男。完全に、ふざけてやがる。
「あんた、その子をどうするつもりだよ」
『どうするつもりもなにも、そンなの坊やには関係ないじゃなァい。この子はおいちゃんの所有物なんヨ』
「所有物……?」
そう、と快活に頷く男。
『モノ、道具、玩具。まァ、せいぜい暇つぶし程度に楽しめれバ上出来じゃないのォ。おいちゃんの快楽の為のペットたん、可愛いかわいいアタシのイッザたん』
瞬間、
「この、クソ野郎」
僕は土を蹴り、ローブの男に跳びかかっていた。
何でそんなことをしたのか、理由はよくわからなかった。何故か、身体が勝手に、あの男を両断せんと突っ走っていた。
剣を振り翳すよりも前に
『暴力なンてらめええええええええええええええええええっ!!』
僕の身体はくの字に折れ曲がり、逆に吹き飛ばされていた。
「―――――っ!?!?!?!?」
『危ない坊やだねェ。早漏は女の子をガッカリさせちゃうゾ☆』
何が、起きた何が起きた。
何が起こる間もなく、僕はやられた?
ルサの剣戟やセングゥの動きすら捉える動体視力が、追いつく間も感知する間もなく鏖殺された?
そんなこと有り得るのか?
客観的に考えて有り得ないけど有り得てこの状況何かがあったことは明白いやそれよりも
「ヒュー……ヒュー……ヒュ、ヒュー……」
負傷した身体が、自己再生を始めない。
どうした、どういうことだ。
なにがあった何が起きた。なんでなんでどうして。動け動けうごけ。
身体の機能が、僕の再生力が、五感が、全てが、希薄になっていく。
『珍しイ』
呟いて、ローブのフードを脱ぎ、頭部をさらけ出して、男は言う。
『こんな時代に御使いとはネ……』
男の頭部は、谷の様にくっきりと、凹んでしまっていた。
『痛い? ねえ痛い?? 今どんな気分かナ???』
おちょくるように、挑発的な表情で問い詰める男。正直、頭はそんなに回っていない。そんなこと、考える余裕なんてなかった。
『御使いと出会ウのは五百年ぶりかナ。あの子にココをやられてからこの方ずっと眠ってて
ネ。つい三十年前に目を覚ましたばかりなのサ。いやァあン時の快感は忘れられないぜ、カトラスたん……❤』
何を言ってやがる、この野郎は。
――ダメだ。もう考える事すら億劫になってきやがった。
どうして、今日は元に戻らないんだ、身体。
このまま終わるのかな、僕。
いやだ、なぁ……
眠るように目を閉じる。
その瞬間――
「随分とお楽しみだね、プロトコル」
闇に沈んだ高原に、対照的な真白の男が現れる。
『ああ……チミかァ、フェルトたん』




