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RAW〈~転移した先の異世界はSNSのTLだった~〉  作者: 佐々木ヒロ
《圏外区》編 (放浪第一部)
10/29

ep,8 韋駄天の宝2

 2/ドウシテコウナッタ(顛末)


 「……っし、と――。……えーと? それじゃあお兄ちゃん。話し合いをしようか?」

 海賊団の船長、シキ・イロハはそう切り出した。

 船内の一室。恐らくは船長室であろうこの部屋。質素で、何も置いてないようでいて、その実あるものはちゃっかりとある、そんな部屋。部屋の中心に設置されたテーブルとソファに、僕たち三人は座るよう言われ、指示通りに腰を置いている。


 「――……っ」

 「――まぁそう緊張するなって、別に取って喰おうってわけじゃねえんだ。あくまで話し合いをしようじゃねえかつってんじゃんよ?」

 本人はそう言うが、しかしこの状況だ。言うなれば、敵地のど真ん中。僕たち三人は、この人の機嫌ひとつで殺されかねないのだから、下手な言動は出来ないだろう。

 「それじゃあ、なんこか質問するから。正直に答えろよ。――言っとくけど、下手な事が出来るとすら、思わねえことだ」

 威圧。初めてルサと会った際、同じような殺気を向けられたことがあるが、少し違うモノに思えた。

 ルサのそれが身体を切り刻む刃物のような尖った殺気なら、この人のソレは、まさしく圧迫。まるで部屋の壁や床や天井や、周囲全体が意志を持って僕を押し潰しにかかるような――そんな感覚。

 どちらも恐ろしく怖いものではあるが、怖気づいてる時間は、あまりなさそうだった。


 「質問1。お前ら、何してたんだ? アタシん船の上で」

 「密航です」


 「何のために?」

 「アエーシュマに行くためです」


 「アエーシュマだったら、クロムノからでも船は出るだろ。金が無かったとか、そういう事情か?」

 「いえ、アエーシュマ行きの船は全て直前に出ているそうで、最低でも1か月は待たないとダメだそうで……それで」


 「待ちゃあいいだろう、そんぐらい。――それとも、また何か事情があんのか?」

 「それは――」


 それは――……言葉が、詰まる。咄嗟に答える事が、出来なかった。

 何故。多分それは、躊躇い。

 この人に対して抱く感情は、未だ信頼とは程遠いものだ。そんな人に、僕達の事情をそう深くまで話してもいいものなのか、そう思い止って仕方がなかった。


 「それは――いえ、待つのは嫌いだったので」

 「嘘だね」

 まだ僕が話している中途、声を遮るような形で、彼女はそう言った。恐ろしく、抑揚と迷いのない口調で。

 「嘘だろ、それ。そんな筈ねえよ。待てなかった事情がある筈だ、何か必ず」

 「――……」


 絶句。ひたすらの、絶句。押し黙るとはこのこと。

 そうだ。彼女の言う通り、今の回答は嘘だ。本心ではない。――だが彼女はそれを、嘘だと、一発で言い当ててみせた。今までの回答は全てが本当で、今のだけが嘘で、それすらも見分けて一発で、だ。

 ともすれば偶然のようにも思えるそれだが、――ただ、彼女の瞳の色は、偶然以上の必然性を空前なまでに訴えていた。この人は、ハッタリや嘘なんかで言ってるわけじゃない。僕と同じく、なにかしらの根拠があって、嘘を見抜けるんだ。


 そう考えると、急に回答する事が怖くなってきた。

 だって、下手なマネはもうできない。1度目こそ寛容な対応ではあったものの、2度目以降はどうだか。

 それはつまり、この先の質問の全ては、正直に答えるしかないということだ。

 沈思黙考。――さて、どうしたものか。


 考え抜いた結果、僕は大人しく言うことに従うことにした。

 大変不本意ではあるが、僕の勝手な事情で、ルサやフェルトまで危険な目に遭わせるのは、あまりにも申し訳がない。

 それから約1時間。シキ船長による質問は続いた。その都度、僕は正直に全てを語り、全てを答えた。

 僕たちの使力(アーク)について。僕たちが旅をする理由。――そして、僕がこの世界の人間でない事実についても。

 最後のについてはルサの前でも初めて語る無いようなので、案の定驚いていたようだ。


 「――なるほど、ねぇ。まぁ、想定の内とは言えない話しの重量だったけどさ。ただでさえ御使い、加えてこの世界の人間じゃない、なんてわけのわからない内容だ――さて、これはまた、難しい手合いだな」

 「――?」

 彼女の言葉のそれに、僕は得体のしれぬ違和感を覚えた。――が、すぐにその正体に気付く。

 「わけがわからないのに、信じるんですか?」

 「あ?」

 それこそ「わけがわからん」といった表情のシキ船長。あれ、何か僕、間違ったこと言ったかな。

 

 「さっき嘘だと言われた時、あれは本当に、僕は確かに本心にない言葉を言っていました」

 「おう、そうだろうな」

 「ただ、貴女はそれを的確に指摘した。それは一概に、貴女が嘘を見抜く何らかの方法をもってるということだ。だけど、そういうのって何かしらの理屈が求められる筈です。話の合理性を整理するとか、その他諸々ありますけど――貴女の場合、そもそも僕の話を「わけがわからない」と言った上で、ソレを嘘でないと見抜いている」

 食い入るように、もうひと押しする。

 「嘘を見破る能力――それが、貴女の使力(アーク)でしょうか」

 

 しばしの沈黙。数秒の後鼓膜を刺激するほどの豪快な哄笑が、室内をこだまする。

 「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは――ッ!!」

 ソレは勿論、シキ船長によるものだった。


 呵呵大笑。何がそんなに面白いのか、いつまでも笑い続ける彼女の表情は、本気で楽しそうだった。

 「あはははは……はー、いやいや、大した推理力だよお兄ちゃん」

 言って、満面の笑み(と言えるのだろうか)表情で、再び僕を見ゆる。

 「ま、大方そんなトコさ。――ああ。質問攻めはこの辺でいいだろう」

 「え、本当? じゃあ――」

 喜びの声色と表情でいうルサに「ああ」と呟いて席を立つ彼女。僕達の向かいに座っていた席から、更にその後ろの、多分船長席と呼ばれるであろう一際高級そうな椅子に座り直す。

 「そう。ここからが、話し合い――もとい、取引といこうじゃないか」

 

 嘲た表情で、ほんとにおもしろおかしな様子で嗤う。

 「話し合い――取引?」

 「ああ」

 言って、これみよがしに右手を上げて、シャフ度でキメて、言う。

 「お前たちの同乗は許可しよう。その代わり、お前たちにはコウポホルンまでの道のりを、アタシら海賊の一員として働き、お前ら3人だけでアタシ達を警護をしてもらう」

 右から

 「は?」

 「え?」

 「なるほど」

 「いや、なるほど、じゃねえよ!」


 いやいやいや、そんなことより、今の話からどうしてそうなるんだ!

 「警護って、いや、なんでまたそんな」

 「海賊ってのは意外と野蛮なものでねえ」

 いや知ってるし。

 「軍の連中や、他の海賊たちと殺り合うことも珍しくねえのさ。――そこで、お前らにアタシん船を守ってもらおうじゃねえかっつってじゃんよ」

 「嘘だろ……」


 彼女の言っている事は大変良く理解出来る。――ただ、海賊。そのお仕事のお手伝いを白と……これはまた、随分と難儀な選択だ。


 「イヤか?」

 「い、いや、イヤとかじゃなくて、こういうのは僕たち3人の問題になってくるし、僕の一存じゃ決められないから、少し時間をくれないかな――なんて」

 「今すぐ決めろ」

 「……」

 クソ。なんて、横暴な人なんだ。

 

 少しの間思案した。結構な時間悩んだ。それだけ、重要な選択なのだ、これは。

 海賊行為。――それは主に略奪と言う名の殺しから始まる、殺しの数々。それらを手伝い、あまつさえ警護しろだなんて、そんなの、ハッキリ言ってイヤに決まってる。――けど、


 「万が一」

 そう、万が一。

 「断ったら、どうなるんですか」

 彼女の申し出を断ったら、はたして僕たちはどうなるのか。――それは、なるべく避けたいところではあるが、念のため確認しておきたい。――すると

 「はぁーーーっ」

 大きなため息。嘆息するシキ。

 「お前らさあ、全くわかってないな」

 言って、僕を睨む。


 「お前らに拒否権なんて、びた一枚分もねえんだよ」

 パチン、指を鳴らす。瞬間、何かを感じ取ったルサが抜刀の構えで席を立つが――時すでに遅し。

 僕がこの状況を正確に理解するまで、およそ6秒の時間を要した。

 おおげさかもしれないが、しかしこれはあまりにも、あまりあまりある程に蒙昧な光景。荒唐無稽な、虚実のような現実。

 

 目の前に広がるは銃口の海。限りなく、際限なく向けられたマズル。銃身? そんなものはありはしない。あるのは銃口のみ。バレルを担うは部屋の壁壁だ。恐ろしい事に、そのマスケット銃の数々は部屋の壁やら床やら天井から飛び出していた。

 先程まで、何もなかったそこに、だ。


 「嘘でしょ――」

 視界いっぱい、死角までも残らず包囲された。

 さしものルサも、これには唖然とするほかなかった。

 「クソ!」

 使力(アーク)を発動するルサ。――瞬間、

 「――なっ」

 瞬間、先程までルサが座っていた椅子が、ルサの身体を拘束した。


 木材は身体に巻き付き。綿布はクッションとしてその威力を殺すよう内側にビッシリと。

 ただ、身動き一つとれないよう、ガチガチに締め上げられていた。

 「くっ」

 「随分と元気だ。これなら、よく使えるだろう。――さて、お兄ちゃん。お前らの代表として、仲間の命のかかった状況をして、お前にもう一度是非を問おうか」

 問答をしようか。そう言って、再びそれを口にする。

 

 「Do or die(やるか死ぬか)――だ」

 「僕は――」




 3/ソウシテコウナッタ


 「いいんですか? 船長」

 「何が?」

 乗組員の問いに、その意味を問うように応答するシキ。船長、シキ・イロハ。

 「アイツらの同乗ですよ。許したんでしょう、いいですかい?」

 「いーんだよ」

 即答だった。それは、この人のにとっては、とても珍しいことだったから、船員の男もまた驚きを隠せないでいた。


 「アイツら、そう悪いヤツでもねえよ。特に、あのお兄ちゃん。アイツは格別だった」

 「お兄ちゃん? あの全身真っ白な野郎ですかい?」

 「違えよ」言って、剣を抜くジェスチャーをする。「白は白でも、あの真っ白な剣を持った、ナヨナヨとした情けないお兄ちゃんだよ」

 「アイツ~~~?」


 訝しむような視線で、船長を見る。

 「あんなモヤシのどこに目を付けたんですかい。理解出来やせんぜ」

 理解出来る筈が無かった。この人が、この現人神が、あんなひょろひょろモヤシをそう易々と認めて、このナグルファルに同乗することを許すだなんて。

 「理由は?」

 「理由なんて、んなもんねえよ」

 「はぁ?」


 更に理解出来ない。まさか、この人は気まぐれか何かで、アイツらの同乗を許すとでも言うつもりか?

 「じゃあなんで」

 「なんでもなにも、気に入ったんだよ」

 言って、シキ・イロハは正面に立ち抗議する船員を見ゆる。

 「気に入った。ただ、それだけさ」

 本当に、気まぐれだった。――が、しかし。それならば、

 「それなら仕方ありやせんね」

 それなら、仕方がない。この人がソイツを気に入ったと言うのなら、それはそうなのだろう。だったら、自分たちがどうこう言ったところで、その行為は自分たちには意味のないこと。意義の、ないこと。

 

 「船長がそう言うんだ。そりゃ間違いねえ」

 「ああ、間違いねえよ。――あのお兄ちゃんな、仲間に銃口を向けられた時な、すごかったぜ」

 凄かった? クツクツと笑う船長に、その言葉の意味を問う。

 「ビクビクとおっかなビックリ動揺だらけで落ち着かない小僧だったが……あのお兄ちゃん、仲間に銃口を向けられた瞬間、まるで機械のように冷静になって、素直に従順にアタシに従いやがったよ。恐ろしいまでに、命ってものに対して絶対的な価値観を持ってんだろうな――それに、」

 それに――、続けるように、言う。

 「それにな、アタシの使力(アーク)を嘘を見抜く能力だとぬかしやがった! ははは!」

 嗤う。面白おかしく、呵呵大笑する。


 「……ったく。んな可愛らしい使力(アーク)と間違われたこたァ、生まれて初めてだからな」

 静かに、不穏気に――海の王、現人神(リヴァイアサン)と恐れられた女は、嗤う。


     ◇


 「むっかつくーーーーっ!!」

 激怒兎。憤りここに極まれり、といった感情剥き出しの様子で叫ぶルサ。

 「あのクソ女、絶対後でギャフンと言わせてやるんだからな!」

 ギャフン、ねぇ。

 「ギャフンと言わされたのは、僕たちの方だけどな」

 「なんか言った?」

 「何も。ただの独り言だから、気にしない気にしない」

 あっそ。呟いて、船尾から海を眺める。黄昏るような放心状態。――確かに、こんな理不尽な展開、誰だって受け入れがたいものだろうからな。

 


 選択を迫られた僕は、結局、シキ船長に従うことにした。

 そりゃあだって、あんな銃口を向けられた状態で反抗する気にはなれないし、それに、ルサの身が危なかったから、従うほかなかったのだ。

 フェルトは、まぁ今は別行動をしているけど、僕の選択自体に異論はなかったようだ。

 

 「それにしても、海賊かー」

 「海賊だねー」

 二人して、黄昏ながら呟く。だって、よりにもよって海賊だ。

 僕のもといた世界では海賊を主題にした漫画が数年前まで週刊誌で大人気連載しており、今でも衰えずの人気をはくしている。それにあった海賊の主人公はとてもかっこうよく、小さい頃はすごく憧れていたけど、実際の海賊が本当にそんなわけがないのだ。事実、この船の乗組員のほとんどは、作中で主人公にボコボコにされるような悪い顔つきのモブたちばかりだ。それこそ、その考えは無理があるってもんだろ。


 「はぁ」

 嘆息。

 「ねえ」

 「うん?」

 「リョウはさ、その――えーと、なんていうか、その、違う世界から来たんだってね。あれ、本当?」

 「あー」

 そうか。さっきの問答で、そう言えば言ってしまったんだ。別に画すべき事でもないんだが、離す機会もなかったし、そりゃ驚いても仕方ないよな。


 「――うん、そうだよ」

 正直に、肯定した。

 「本当のほんと?」

 「まじのまじ」

 へー、と感心するようにこちらを見るルサ。こころなしか、眼が少し輝いてるように思えた。

 「じゃあさ、向こうの世界の話、してみてよ」

 「はぁ?」

 「いいじゃん。別に減るもんじゃないでしょ」

 「まぁ、そうだけど。やけに唐突だな」

 「人生ってのは唐突の連続だよ」

 含蓄のある言葉!


 「まぁいいや。それじゃあ、なにから話せばいい?」

 「何でもいいよ」

 そっか。呟いて、少し考え込んだ結果、概要のようなざっくりとしたことから話す事にした。

 「あっちの世界はさ、ここよりずっと文明の進んだ世界なんだよ。この世界では主な移動手段は馬車や船だけど、向こうの世界は馬のいない車“自動車”ってのが主流なんだ」

 「馬のいない車? いやいや、馬がいないと車は動かないじゃん」

 不思議そうな表情で、馬の無い車を想像するルサ。――確かに、今のこの世界の文明からじゃ、想像する事すら困難だろう。

 「いやいや、本当に自動で走るんだよ。燃料を餌に、それこそ車そのものが馬みたいに、独りでに走るんだよ」

 ワットが居ない分、そもそも燃料を餌に無機物が動くなんてこと自体、この世界ではありえないことなのかもな。


 「そっか。じゃあそっちの世界の乗り物は馬車や船とかじゃなくて、その自動車ってのを使ってるんだ」

 「うん。あ、いや、でも船も使うぞ。ただしこれも風頼りのこういう船みたいのじゃなく、自動車と同じに燃料で動く。あ、あと“飛行機”ってのもあるぞ」

 「ヒコウキ? それってどんなの? 非行すんの?」

 「違うよ」

 あまりに予想外な回答に、思わず頬が緩む。空を指さして、言う。

 「飛ぶんだよ、空を。飛行するんだよ」

 「飛ぶの!? え、空を!?」

 「うん」

 うそー! と叫び興奮するルサ。子供のようにはしゃいで、空を睨む。

 「アタシも向こうに行ったら、空を飛べるのかな」

 「――え?」

 それは、どういう――

 

 「おい」

 ――と、背後から声がかかる。

 振り向きざまに姿を確認すると、そこには赤髪の少年が立っていた。

 「えっと、君はたしか――」

 「セングゥだ。――ついてきな、船を案内してやっから」

 「――……」

 

     ◇


 セングゥと名乗った少年に連れられ、船内を歩いた。各所各所の説明。その他雑事や仕事の仕方を懇切丁寧に教わった。ここはこうする~とか、ここでこうしてはいけない~とか、どうすればシキ船長に怒られないか~とか、船長のご機嫌をとる方法~とか、その他諸々。主にどうでもいいことや、雑談などもした。果てに――

 「あっはっはっはっは」

 「がはははははは!」

 すっかり僕たちは、意気投合してしまっていた。


 「なんだよーお前って話せば結構いいヤツだったんだな」

 「僕もまったくもって同感だな」

 すっかり仲良し。すっかり、僕たちは友好的な関係となっていた。

 「俺は好きだぜ、アンタみたいな強くて気の良いヤツは」

 「別に強くはないよ。強さなら君やルサの方が全然上だよ。――あれ、そう言えばルサは?」

 「あ? ああ……なんか途中からいなくなったな。まぁ船の上にはいるだろ」

 「おざなりだな」

 そりゃあ船の上にはいるだろうけど。ざっくりとしすぎじゃないか?


 ……話を戻すが――しかしこの少年、本当に大したスピードの持ち主だった。

 さっきの船首での戦闘。僕の底上げされた動体視力はルサの動きですら捉えられるレベルだ。なのに、彼の動きのソレは、全くと言っていいほど捉える事が出来なかった。

 なにかしらの呟きの後、彼の姿は目の端にすら映る事はない。本当の意味での眼にもとまらぬ速さだった。人間が、はたしてそんな高速で動くことが出来るのか。


 「話し戻すけど。君って本当に速いよな」

 「速い? ああ、そりゃあな。だってそれが俺の使力(アーク)だもんな」

 やっぱりだ。

 「韋駄天の業(オーバーテイク)つってよ。身体機能の底上げ、主に脚力の超強化だな」

 「オーバーテイク? 名前があるのか?」

 「そりゃああるだろ。RAW端末を開いて右下のアイコンを押せよ。そこに記述してある」

 指示通りに、向こうの世界から持ってきた〇phoneを起動し、今まで存在しなかったが何故か出現している白いアイコンのアプリを起動する。

 「なんだこれ……?」


 現れたのは意味不明な数字の羅列にアルファベットの海。なんだこれ、本当にアルファベットなのかどうかも怪しいぞ。

 「なんて書いてあんだ?」

 「えっと、せらぷ? いむ……かな、あとは――ダメだ……読めない」

 「見せてみろ。どれどれ――うわ、なんだコレ。俺にも読めねえ」

 一体何語なんだこれは。――そういえば、この世界の言語と向こうの世界の言語って大凡共通なのだけど、これってどういうことなんだろう。


 「君さ、僕がここではない別の世界から来た人間って事は聞いてるよな?」

 「ああ。で、それが?」

 「この世界の言語って、何故か向こうの世界と同一しいものなんだよ。この世界の言語には名前ってついてるのか? それと、複数言語があったりもするのかな?」

 「ああ、名前ならあるぜ。メゾモロク語っていう言語を、俺達は使用してる。

 ――複数? いや、この世界の言語は基本的にメゾモロク語で統一されてるよ。大戦以前はそうじゃなかったみたいだけどな。まぁ、統一されてるっつっても、国や集落、地域によっては色んな訛りがあるし、メゾモロク語の中にも色んな読み書きがあるからな。一概に統一されてるとは言えないんじゃねえの?」


 やっぱりだ。やっぱり、この世界の言語は向こうの世界と共通している。

 僕がこうして今話してるのは向こうの世界では『日本語』と呼ばれる言語種だ。だが、さっきのシキ船長のソレや、この世界のいたるところでアルファベットなるものや英単語なる、所謂『英国語』だったりとか、その他も色んな言語種を見かけた。

 恐らく、向こうの世界では異なる言語種としてあるこれらの関係が、こちらの世界では同一の『メゾモロク語』として共存しているのだろう。

 だから、向こうの世界では異なる読み書きの『英国語』や『日本語』なんかは、『メゾモロク語』の複数ある訛りの内の一つという関係であろうか。

 ただ、やはり不可解だった。


 「いずれもどうして、向こうの世界の言語がこちらでも使用されてるんだ……?」

 「なんか言ったか?」

 「いや、なにも」

 独り言、と呟いて再びタブレット端末と睨めっこする。

 なにか、なにか手がかりの一つでもないモノか――そう思い、必死に英数字の羅列の海をゆく。――すると

 「あ、」

 一つだけ、僕にも読める単語が見つかった。

 英語。それも、あまり難しくない、英語。

 

 「Ravage the Angel is White……?」


     ◇


 「あーあ。暇だ」

 再び、船のとある一角にて黄昏るルサ。

 「ちぇ、アタシだって混ざって楽しくおしゃべりしたいけどさー。あの二人の話って二人はすごく楽しそうだけど、何故かアタシの方はそうでもないんだよね。つまんないや」

 ルサはこれを「男女間における価値観の相互差異」というものだと、今より二章ほど後に理解する。

 「うーん。なにか面白いコトないかなー」

 言って、更に黄昏ている中途。

 「そんなに暇かい?」

 唐突に背後から、聞き馴染んだ声がかかる。


 「何してるんだい? こんなところに一人で」

 「――いや、アンタこそ何してんのさフェルト」

 声の主はフェルト? ――と、本当にそうなのか疑ってしまう程異様な姿のフェルトだった。その姿は正しく海人(うみんちゅ)。海に生きとし生きる、海の戦士の姿そのもの。手っ取り早く言うと、なんだ、その漁師然とした恰好は。まるで似合ってないぞ。

 「いや、私は海賊というものに以前より興味があってね。ウキウキしながら船の中を歩いてたらそこな彼らに声を掛けられてね」

 言って、背後に控えていたた二人の船員が顔を出す。その手には、フェルトと同じく重そうな樽を抱えていた。


 「仕事を手伝ってほしいと頼まれたのでね。船長の意向もさながら、ここは手を貸すべきと判断した次第だよ。――なに、手伝いと言うのも簡単な釣りだというらしいではないか。ここは一つ。私の隠された才能の発揮どころだと思ってね」

 言って、両手に抱える樽を見せつけるフェルト。中には海魚やらタコやらイカやらといった、海の幸で溢れかえっていた。なに、コイツ。え、フェルトって釣り上手かったの? にしても上手すぎない? 

 「いやーすごいっすよフェルトさんは」

 「たった一時間で俺達の一週間分の仕事するんだもんなー」

 連れの船員二人も、その仕事っぷりを絶賛する。馴染んでるなー。


 「ルサも手伝うかい?」

 「え、アタシ? えっと、うーん……」

 唐突な切り出しに、少し戸惑う。まぁ、何もすることないし、いっか。

 「オッケー。アタシも手伝うわ」

 

  

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