???
俺の目に知らない部屋の光景が流れ込んできた。まぶたを動かそうとしても、身体の感覚がまるでなかった。
狭く、汚く、暗い部屋。
誰もいないはずなのに、床には汚れた食器や投げ捨てられた衣服が転がっている。
壁際に並ぶ本棚には、本が隙間だらけに突っ込まれていた。
部屋の真ん中には、年季の入った旧型のパソコン。
机の上には、何が入っていたのかも分からない菓子袋や、飲みかけの缶が乱雑に散らばっている。
俺が見ている感覚はない。
ただ、誰かの視界を無理やり覗かされているような気分だった。
[新たなデータを発見しました]
無機質な機械音声が、それを淡々と読み上げる。
誰も触れていないはずのマウスが、勝手に動いているように見えた。
カーソルがその文字の上へ滑り、クリックされる。
[ダウンロードを実行しますか?]
[YES/NO]
カーソルがまた動き、肯定を選ぶ。
部屋にはパソコンの駆動音とマウスのクリック音だけが静かに響いている。
[ダウンロード中です。しばらくお待ちください。電源を切らないでください]
機械の音声が画面に書いてある文言を何の感情もなく読み上げる。
…………ピコン。
[ダウンロードが終了しました]
気の抜けるような音が鳴り、画面上に名前のないファイルが追加される。
[追加データをダウンロードしますか?]
[はい/いいえ]
またカーソルが勝手に動き、[はい]のボタンをクリックする。
[ダウンロード中です。しばらくお待ちください。電源を切らないでください]
先ほどと同じように、感情のない声が流れた。
画面には丸い円グラフのようなものが現れ、下にはパーセンテージを示す数字が並ぶ。
0%……1%……10%……50%……90%
そこまで進んだところで、パソコンの駆動音が急に大きくなった。狭い部屋の中で、熱を吐き出すようにファンが唸る。
[警告]
[不正なデータを発見しました。一度データを消去し、新たにダウンロードすることを勧めます。実行しますか?]
[はい/いいえ]
カーソルが動き肯定の言葉を押す。
駆動音はさらに強くなり、耳障りなほどに響き始めた。
再び円グラフが現れる。
10%……50%……80%……90%……99%
[警告]
[深刻なエラーが発生しました]
同じ警告文が、画面いっぱいに何度も何度も流れ出す。
パソコンの内部から、何かが弾けるような音がした。
甲高い不協和音が部屋に満ちていく。
[深刻なエラーが発生しました]
[深刻なエラーが発生しました]
[深刻なエラーが発生しました]
[深刻なエラーが発生しました]
画面一杯に表示される文字は下から上へと流れていく。
流れる文字の真ん中に四角いウインドウが表示される。
薄い色のそれは今にも消えそうに点滅していた。
[再度ダウンロードしますか? 動作の保証は一切しません。よろしいですか?]
[はい/YES]
マウスは動いていない。
なのに、カーソルだけが勝手に動き、肯定を選ぶ。
画面が、唐突に赤く染まった。
[現在、すべてのデータをファイルにインストールしています。しばらくお待ちください……]
機械音声が、途中から酷く歪む。
「……いん、すと……ちゅう、で……す……
……でん、げん……きら、ないで……」
文字も崩れ、意味を成さない羅列に変わっていく。
画面の下から、赤いものが滲み出てくるように見えた。インクなのか、血なのか、判別もつかない。
[……ダウンロード。しますか?]
[……/……]
ほとんど聞き取れない音声とともに、画面にはぐちゃぐちゃに崩れた文字が並ぶ。
カーソルが、無言で選択肢をクリックした。
カ……チッ……
小さな音がやけに大きく部屋に響く。
画面は血の様に赤い色で染め上げられ、何も見えなくなっていた。
[全てのデータを読み取りました]
静かな部屋に、明瞭な機械の声が響く。
[再起動します]
その言葉を最期に画面の光は消え、部屋は暗闇に包まれた。
後には、微かに聞こえるパソコンの起動音だけが静かに響き渡っていた。




