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ASSAULT 89 〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
序章 陸上自衛官 日本一
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飛翔体

 朝の冷たい空気の中、隊長の号令が野営地に響いた。

 声を聞きながら見上げた空の色が、なぜか胸の奥に引っかかる。理由は分からない。ただ、嫌な予感だけが残った。


「現在時刻、マル()ハチ()ヨン()サン()……マル()キュウ()ゴォ()マル()まで武器整備。質問!」


「無しッ!」


「よし、かかれ」


 整列を解かれ、俺達は野営地へ戻った。杭と鉄条網で囲まれた即席の陣地に天幕が並ぶ。


 机を並べた整備スペースで、銃をばらす。射撃で煤けた機構部を拭い、可動部に油を落とす。視界の端に、分解された銃の部品が整然と並んでいた。

 俺は整備用の布、ウェスを使って部品の一つ一つを綺麗に磨いていた。狭い机の正面には短髪の女性自衛官が不満気な様子で軽機関銃を整備していた。


 隊の紅一点。北村由紀きたむらゆきだ。俺の教育隊時代の同期でもある。

 同期であるのだが、年下で二十三歳だった。短髪で活発な性格は、ボーイッシュの言葉よく似合う。


「由紀、どうしたんだ? せっかくの美人が台なしだぞ?」


 俺の言葉を聞いた由紀は一瞬だけ睨んだような顔をしたが、ため息と共に呆れた顔に変わり呟き始めた。


「なんでさー、女の子の私が重たい機関銃で、筋肉ムキムキのあんたが軽い銃なの?」


 由紀は女性にしては筋肉がついている。しかし、日頃から鍛えている俺の腕と比べれば、その差は歴然だ。俺は力こぶを作るが、それを見た由紀は呆れた様子で整備を続ける。


「はいはい、すごいすごい」


「適当に言うなって。お前が機関銃なのは上手いからだろ?」


 銃の部品に整備油を多めにかけながら明るく言ってみた。由紀はこちらを見ずに銃口を覗き込んでいた。


「あんたって機関銃は下手だよね。その腕、見せ筋なんじゃないの? 機関銃持つとフラフラだし」


「見せ筋じゃねぇよッ! こら、木の棒で突くな!」


 つい声を荒げてしまった。多少の事では怒らない俺だが、見せ筋と言われるのだけはあまり気分が良くない。

 声を荒げた事に由紀は笑って見ていた。俺はそれが何を意味しているのか分からなかったが、遠くから見える人影を見て笑っている理由が分かった。


「そこ、無駄口叩くな。整備に集中しろ!」


 大きな声で俺を怒鳴りつけた男。俺達の隊の指揮を執る隊長の東城平八とうじょうへいはち。年齢は四十後半であり、叩き上げの軍人のような人物だ。


 正直、俺はこの人の事が好きではない。なんというか野心が強いのだ。昇進のために、部下の功績を自分の手柄にするとか何かと黒い噂が絶えない。上下関係に対して厳しすぎる。


 時代遅れの化石みたいなヤツだ。今時そんなものについて行く若手はいないというのに。


日本一(にほんいち)ッ! 貴様は最近たるんでるんじゃないのか!?」


「いえ、東城隊長! たるんでおりません!」


 答えた瞬間、鼻で笑われた。人を嘲る嫌な笑みだ。


「いーや、たるんどる。俺のほうが正しい。貴様は口答えした罰として武器監視だ。他の者が食事を取っている間、持ち場に就け」


「……了解」


 理不尽だと分かっていても、逆らえる相手じゃない。

 由紀が一瞬だけ、こちらを見る。何か言いたそうで、結局、何も言わなかった。


 東城隊長はその後も散々俺を怒鳴りつけた後、やっと満足したのか回れ右をして去っていった。


「はぁぁ……」


 深い溜息を吐いてしまった。面倒な仕事を押し付けられたものだ。こちとら早朝からの訓練で腹が減っているというのに。


「お疲れちゃんだね」


 小声で俺に話しかけてきた由紀はちょっと気まずそうにしていた。整備に使っていた布ウェスを弄びながら、伏し目がちに俺を見てくる。


「あの人ってあんなに怒るんだね?」


「お前は女だから怒られないんだよ。あのクソ野郎は野郎()には厳しいからな」


 正確には女に甘いんじゃなくて女に気に入られようとしているだけだ。あわよくば若い子にモテたいという中年の妄想が捻じ曲がったのがあの男なのだと思う。


「ほら、ハジメ。終わってるよ」


 由紀は分解してあった俺の愛銃である89小銃を組み立てた状態で渡してくれた。

 銃の表面には僅かに油膜が張ってあり、俺が動作を確認する為に何度か空撃ちをしてみると問題なく動いてくれた。


「由紀、ありがとな!」


 感謝の言葉を言うと由紀は照れ臭そうに笑う。

 短髪に、若干日焼けした小麦色の肌。普段は男勝りなところがある由紀のたまに見せるこの表情が俺は何よりも好きだった。


 数秒、見つめあっていると由紀がハッとしたように首を振る。


「あ……えと、整備油なくなっちゃったから取ってくるね!」


 慌てた様子で離れて行く由紀の後ろ姿を俺はぼんやりと眺めていた。トントンと肩を叩かれ、振り向いてみるとそこには悪い笑顔を浮かべる西野がいた。

 俺は舌打ちをして目をそらすと、先程まで由紀がいた場所にはタケさんがいた。怖い顔のパーツを無理やり歪めた笑みだった。嫌な予感がする。


「日本一! お前と由紀ちゃんといい感じだな?」


「パイセンも隅に置けないっすね〜。付き合ってんすか?」


「タケさん……由紀と俺は同期なんすよ? 仲良いのは普通ですよ? 西野、お前は後でしばく」


「えーっ!? なんで俺だけ怒るんすか、南野先輩も言ってんじゃないっすか!」


「タケさんは良いんだよ。ただし西野、テメーはダメだ」


 辛辣な言葉にがっくりと肩を落とした西野を無視し、タケさんには軽く会釈をして俺は整備が終わった小銃の背負い紐を持って担ぐ。


「タケさん、武器置く場所って装甲車の中っすよね?」


 俺の問いにタケさんは頷く。話をしている最中にも自分の武器である携行型無反動砲を整備する手は止めていなかった。

 タケさんのそう言うところを俺は尊敬している。ふざけながらも、しっかりとやる事をやっている手際の良さを。


 俺は肩を落として黙々と武器を組み立てている西野に煙草を一本渡して肩を叩く。嬉しそうに笑った西野は一言。


「あざーすパイセン、ついでに俺の銃の整備終わったんで頼むっす」


 差し出された銃を受け取り、西野の肩に向けて一発パンチをくらわせ、俺は自分が乗っていた装甲車へと向かう。


 装甲車の運転席には大柄な男が仰向けで寝ていた。顔のところにグラビア雑誌を乗せて豪快なイビキをかいている。


 中元昴(なかもとすばる)。我が隊の装甲車を運転している操縦手だ。三度の飯より車の運転が好きであり、スバルという名前に誇りを持っている三十前半の頼れるオッさんだ。


「中元班長、武器監視変わりますよ」


 返事がイビキで帰ってきた。俺は中元班長の耳元に口を近づけ大きな声を出す。


「中元班長ッッ! 武器監視変わりますねッ!」


「うおっ!? ……日本一、ビックリさせんなよ」


 俺は全く悪びれた様子を見せずに頭を下げる。


東城隊長(クソ野郎)に命令されて来ました。監視変わりますね」


 俺が東城隊長の名前を出すと、中元班長は苦笑いを見せてきた。優しそうな笑顔が中年の魅力を醸し出している。

 俺が女でオジサマ好きなら間違いなく堕ちると思えるほど魅力的だ。しかし、悲しいことに俺は男で年下の女の子が好きであるので全く関係ない。


「あの人もそこまで悪い人じゃないんだぞ? ただ、若い奴には好かれないだけだ」


「すいません、俺は若いんで」


 中元班長はそらそうかと豪快に笑うと車の鍵を俺に渡す。キーケースに十徳ナイフ付きの中元班長お気に入りの鍵だ。


「なんかあったら動かせよ?」


「班長。俺、装甲車運転できないです。車の運転下手くそなの知ってますよね?」


「んなもんガーッとやってバーッとやれば動くから大丈夫だ。簡単だろ?」


 全く簡単じゃない説明を受けた俺は返事だけして鍵を受け取る。

 去りゆく中元班長の後ろ姿を眺めながら俺は装甲車の後部座席に乗り込んだ。


 装甲車の中には整備が終わった武器が運ばれて来た。武器保管庫として、89小銃に機関銃、対戦車火器。弾薬や発煙筒、携行食までも積み込まれ、狭い装甲車の中はさらに狭くなっていた。


 俺は数少ない空いたスペースに腰を下ろしのんびりとスマートフォンを弄っていた。もちろん、サボっているのがバレないように隠しながらだ。


 俺は煙草に火を付け、紫煙を吐き出す。


(あー、なんかつまんねぇな。あっ、そうだ)


 俺はスマートフォンを指で弄りとあるサイトに繋げた。スルスルと指を動かし、目的のものを見つけ俺は少しだけ興奮した。


「これかな? ……これだ!」


 スマートフォンの画面には沢山の文字が並んでいる。それはいわゆるネット小説と呼ばれるものであった。


「由紀に教えてもらったネット小説……ふーん異世界転生物か。変なの好きだなあいつは」


 筋肉質な見た目に反して、俺は本を読む。推理も、ラノベも、気に入ったものは読む。この手のネット小説を覗くようになったのも、由紀に勧められたからだ。


「……現実から逃げたいわけじゃないんだがな」


 そう呟いた瞬間、空がわずかに明るくなった。


「なんだ? あれは……?」


 空を見上げる俺の目に上空で光り輝く火の玉があった。いや、あったではない。わずかに、だが確実に大きくなってきている。あろうことにそれはこちらに向かってきているようにも見えた。


「照明弾? ……いや違う……なんだ?」


 そう言った瞬間、背中に冷たいものが走った。

 あれは落ちてくるというより、こちらを目指している。


 野営地にいる他の自衛官も空に輝く飛翔体に気付いたのか、慌ただしく駆け回っているのが見える。避難しようと場を離れる者達、呆然とし立ち尽くす者達、衝撃に備え地面に伏せる者達。写真を撮ってる者もいた。


 その中の一人が俺のいる装甲車へと走ってくる。


 由紀だ。


 その背後の空には、先ほどよりも明らかに大きくなった、燃えるように赤い飛翔体が迫ってきていた。太陽を思わせる光は俺の目を眩ませる。

 必死な形相でこちらへと走ってくる由紀に俺は手を招きこちらに来るように促す。


「ハジメッ!」


「由紀ッ! こっちだ、早く来い!!」


「う、うん!」


 たとえ装甲車とは言っていても、それはあくまで銃弾を防ぐ事を目的としている装甲だ。上空から迫り来る飛翔体からの衝撃を防げるはずがないのは重々承知している。


(だが、無いよりはマシだ!)


 由紀は俺がいる装甲車まであと少しの所まで来ていた。あと少し、距離は十メートルもない。


 そのとき、空の飛翔体が速度を急激に上げて迫って来た。迫りくるだけで、飛翔体は野営地を吹き飛ばすほどの風を生み出していた。風圧で鉄条網が杭ごと吹き飛び、天幕が宙を舞う。装甲車が大きく揺れ、足元が浮いた。

 由紀はもう目の前まで来ており、お互いの顔がハッキリと確認できた。

 今にも泣きそうで、でもそれを必死に我慢している由紀の顔が俺の目にしっかりと映っていた。


 ……だが、悲劇の時は来てしまった。現実というものは時に残酷な程に非情である。


 空からの飛翔体は野営地のど真ん中の地面に直撃した。戦車の砲撃とは比べ物にならない、むしろ音として認識出来ない程の轟音が鳴り響き、まるでフカフカの絨毯(じゅうたん)を捲り上がるように、地面が盛り上がる。着弾と同時に発した熱量と衝撃波は近くにいた人間を一瞬にして消し炭に変え、跡形もなく吹き飛ばす。


 それは俺の目の前に[いた]由紀も例外ではなかった。

 迫り来る熱波により由紀の体に火が付く。あっという間に服は焼け落ち由紀の身体が露わにされる。苦痛に染まる由紀の顔。その輪郭が、熱の中に溶けていった。


「ーーッハジ……」


 最期(・・)に由紀の口が僅かに動き、名前を呼ばれた気がした。


 俺はその言葉を最後まで聞くことが出来なかった。

 衝撃波が装甲車を襲い、俺の目の前のドアを思いっきり閉じる。俺と由紀の間に分厚い鋼鉄の壁が阻む。


「ふざけんなよッッッ! 由紀、由紀、由紀ィィィィ!」


 俺は閉じられたドアを思いっきり殴りつける。だがそんなもので開くはずがなく、手の骨が折れる感触だけがした。


 そして、俺にもその時は訪れた。

 装甲車の中が急激に熱を帯びる。整備油に火が回る。


 それでも、頭だけがやけに冷えていた。


(……由紀……ごめんな……最期ぐらい……正直に……っと言えたら)


 思考はそこで終わってしまった。最期に身体が感じたのは熱により引火した弾薬による大爆発。光が弾け、自分の身体が粉々に砕け散る感覚。そして、無だけが残った。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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