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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
二章 自衛官王都にて
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王都グロリヤス

 薄暗い牢の中で再び目が覚めた。相変わらず牢の中は暗く狭い。ゴザを地面に敷いていたとはいえ石畳の地面は寝るには硬すぎていて良い寝心地とは言えなかった。

 節々に痛みを感じながらも、軋む身体に鞭を打って立ち上がり、俺は大きく伸びをした。ゴキリと身体中の関節から鈍い音が鳴るのと、鉄格子の向こうにいる人物と目が合うのはほぼ同時であった。


「……なんだよ西野、そんなに珍しいのか?」


「ん〜、ワハテ?」


 鉄格子の向こう側で壮年の髭面は、俺の言葉に対し首を傾げおどけたように両手を軽く上げる。

 笑いながら疑問の言葉を口にする髭面は何やら楽しげな様子にも見える。


「ふざけてんのか?」


「やだな〜、パイセン。ジョークっすよジョーク! 冗談通じないな〜」


「それがジョークならセンスが無ぇわ。全くよ、いきなりこんな地下牢に押し込めやがって一体どういうつもりなんだ?」


 俺の返答に肩を竦めた西野は懐から煙草を取り出し火を点ける。密閉された地下牢はあっという間にタバコの不快な匂いに満たされる。

 紫煙を旨そうに吐き出し、西野は俺にも勧める。突き出された銘柄は俺がよく知るモノだった。否、俺のモノである。


「あ、マルボロ!? また俺のタバコを吸いやがって!」


「あざーす、ゴチになりやーす」


「チッ、しゃあねぇな」


 若干イライラして文句を言いつつも受け取った煙草に火を点け、汚れた空気を肺に入れていく。煙草のずっしりとした重みを胸に感じつつ俺は目の前の西野を睨みつける。


「なんすか? 煙草を勝手に吸った事怒ってんすか? ケツ穴小さいっすよ?」


「馬鹿、違えよ」


 俺は煙を思いっきり吐き出すと、西野の身体を下から上へと舐め回すように見る。


 鎧で隠れているがしっかりと鍛えられているのがよく分かる。気の抜けた道化のような態度とは裏腹に、一切の隙も無い。仮に俺が今すぐ飛びかかっても容易く捌かれるだろう。

 そして何よりも違うのは面構えだ。髭に隠されていて、日にも焼けていて黒くなって分かりにくかったがその顔立ちは確かに日本人の顔だった。

 しかし、俺の記憶にある西野は童顔でイタズラ小僧という言葉がよく似合う男だったのだが、目の前の男は違う。

 眼光はとても鋭く、笑っているときは別として無愛想な面だ。顔はよく見ると細かい傷が付いているし、煙草を摘んでいる手は剣ダコが目立つ。全身から醸し出される雰囲気はさながら歴戦の武人という印象だ。


「なーんすか? ジロジロ見ちゃって。ホモっすか?」


「んなわけねぇだろ?」


 両腕で胸を押さえる仕草をする西野に対し、俺は地面に唾を吐いて答える。


「あ、それ、あとで掃除する人いるんすよ? いーけないんだ〜」


「おい、西野。ふざけた態度もいい加減にしろよ?」


 俺は吸っていた煙草を握り潰すとその吸い殻を西野に渡す。西野は一瞬嫌な顔を見せるが、それを懐にしまい先程までの緩んだ顔を一変させ真剣な顔をする。


「俺だって、パイセンと同じでした。何を聞きたいのかは分かってます」


「なら、教えろ」


「今はダメです。後ほど」


 西野はそう言うと手を二回叩き誰かに合図をする。すると、すぐさま剣や鎧で武装した兵士が現れ、牢の鍵を開ける。

 西野は俺に対し背を向け、肩越しに俺を見て何やら笑っていた。


「何をするつもりだ?」


「別に危害を加えるつもりは無いですよ? ただ、念の為なんです」


 西野はまた手を叩いて合図をすると、武装した二人の兵士が俺を羽交い締めに拘束し、牢の外に出す。俺は突然の出来事に暴れて抵抗しようとしたが、兵士の一人が剣に手を掛けるのを見て大人しくすることにした。


「それが賢明ですよ。あぁ、それと……」


 西野はチラリと横に視線を泳がせ癖のある髪の毛を指でかき上げる。ただ、それだけの動作なのだが西野は一変して俺の知らない表情を見せてくる。

 冷血な、それも残酷な事を平気で実行できる覚悟のある者の眼だ。歴史の独裁者とはこの様な顔をしているのだと思わせる表情をしていた。ごほんっとわざとらしく大きな咳払いをして声を整えている。


「……私の名は西野では無い。ウェスタ。ウェスタ・ジャスティウッド。以後はウェスタ将軍と呼びなさい。いいかな、日本一(にほんいち)殿? 中身の無い頭によく叩き込んでおきたまえ」


「…………テメェッ!!」


 俺は自身の最も嫌いなあだ名を呼ばれた事と、人を嘲る様な言い方が、最も嫌いなクソ野郎を彷彿(ほうふつ)させ、つい頭が熱くなってしまった。羽交い締めをする兵士の手を力づくで振りほどき、西野に掴みかかる。


(!?)


 俺が西野の首元を掴んだ瞬間、脇腹に衝撃が走る。鈍器で殴られたような鈍い痛みが身体に走り、一瞬息が詰まる。

 俺はそのまま横っ跳びになる形で吹き飛ばされ壁に激突してしまった。


「ゴホっ……痛てぇな」


 脇腹を押さえつつ、一度頭を振り立ち上がる。その様子を見ていた西野は感心したような、驚いたような表情を浮かべていた。


「うわぁ、マジっす……ほぉ、日本一殿は随分と頑丈なようで。感心感心」


 出かけた言葉を飲み込み、威容を保つ為か顎髭をなぞりながら俺の耐久力に感嘆の息を吐いていた。

 西野を睨みながら、俺は脇腹を押さえずに腕組みをして仁王立ちをする。


「西野……いや、ウェスタ。俺が誰を相手に格闘訓練を受けてきたと思ってる? 天下のタケさんだぞ」


 この程度の衝撃、なんて事はない。


 下段蹴りで鉄パイプを折り曲げるタケさんに比べたら大した事はない。全身から冷や汗が噴き出るが俺は平然を保つために歯をくいしばる。


「まぁ、見えてはいなかったようで」


「見えていない? ……うぉ!?」


 冷や汗が頬を伝い顎先に溜まる感覚を肌で感じつつ、睨みつける目の力は一切緩めない俺の視界に突如としてそいつは出現した。


 西野ことウェスタの鳩尾の位置ほどの背丈であり、緑がかったフード付きのコートを羽織り、顔を文様入りの仮面で隠していた。

 皮膚の露出を一切許さず、手袋とブーツを身につけている。フードを目深に被っているせいでよくわからないが、僅かに見える前髪は濃い青の髪色をしている。

 首元に着けている青色の光を放つ首飾りが何とも気品に溢れている。


 見た目の背丈から判断するに恐らく子供。

 だが、纏う雰囲気はウェスタと同じく強者の風格。仮に俺が真正面から戦ったとしたら容易く組伏せられる。そう思わせるだけの威圧感を、俺よりも遥かに小さな子供が放っていたのだ。


「ヨォウ……」


「ガキか?」


 言葉は分からなかったが、男子とも女子とも取れる特有の高い声から相手が子供だと判断する。


「もしかしてそいつが俺を?」


「もしかしての通りです。この子がやりました」


 自信たっぷりに言うウェスタの横では、子供が仮面越しにこちらを見ていた。かすかに見える黄金色の瞳が冷ややかに俺を見つめる。

 子供の手は真っ赤なグローブがはめられていて、にわかに湯気が立っていた。


「さいで。それで俺を痛めつけてどうするつもりだったんだ?」


 ウェスタは威圧感たっぷりの顔から一転、俺がよく知る西野の悪戯っぽい笑みを見せ、人懐っこく笑う。


「一つはパイ……日本一殿が変な気を起こさないようにする為。現状、武器も持たない身では反抗出来ないとわかったでしょう?」


 ウェスタは指を二本立ててピースサインを作り、白い歯を見せ笑う。

 俺は髭面の笑顔に対し悪態をつきたかったが先程の一撃が思ったより響いていて、それによりこみ上げる吐き気を我慢していたのでそれどころでは無かった。


「もう一つは……そうですね。答えは謁見の後で」


「謁見?」


 聞き慣れない言葉に俺が目を細めると仮面を被った子供がウェスタの前に立つ。


「スハウテ、ウぺ。シオムーエ、ワイテフ、ムーエ! スアヴエ、イテ!」


 まくしたてる様に俺へと吠える仮面の子供は、その背丈と声の高さの所為か。傍目から見ても俺の目から見ても駄々をこねている子供にしか見えなかった。


「何言ってんのかわかんねぇよ。日本語喋れや」


「……ヨォウ、フゥッシケ!」


「おごぉッ!?」


 俺が嘲る様に話していると子供は瞬時に身構え、俺の腹へと正拳突きを打ち込んでくる。決して軽くない一撃なのだが、こんな小さな子供にやられて膝をつくというのは俺のプライドが許さない。

 苦悶の表情を必死に嚙み殺し俺は子供ではなくウェスタを睨む。睨まれたウェスタは呆れたように乾いた笑いを出すと俺に背中を見せ歩き出し、肩越しにこちらを振り返る。


「さぁ、行きますよ? 道草食ってるわけにはいかないので」


「どこに行くんだよ?」


 俺の問いかけに対し、ウェスタは大きなため息を吐く。もはや呆れているのを隠すつもりは無いようで、若干俺を小馬鹿にしているかのような眼差しを向けてくる。


「ここはグロリヤス王国。王国で謁見と言ったら誰だと思います?」


「……王様?」


 ウェスタは謎かけを出す子供のように生き生きとした表情を見せ、俺の答えを聴くとこれまた嬉しそうに頬を緩ませる。


「ピンポーン! それっす。あ、いや……その通り、我らがグロリヤス王国を納める偉大な王だ」


 王様と俺の頭の中にはファンタジー世界によく出てくる、王冠をかぶった小太りの肥えたおっさんをイメージする。


 なんとなくだがあまり良い印象は得られなかった。


 一人想像する俺をウェスタと仮面の子供はしばらく見つめていたが、お互い二、三言葉を交わすと先に歩き始めてしまった。

 俺はというと、完全武装の兵士に両脇を抱えられ、半ば連行される形で連れ出される。


 ジメジメしていた薄暗い地下の牢屋に別れを告げ、俺は外の世界へと歩き出していった。


「……………………」


 扉が閉められ、隙間風の音だけが無人の牢屋に流れていった。





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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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