タダ、鐘ハ誰ガ為ニ鳴ル。
折れた剣と銃剣が細く白く美しい手に握られ、太く黒く厳つい魔物へと斬りこむ。ぶつかり合うたびに火花を散らし、両者は一進一退の攻防を繰り広げている。
無数の斬撃をホブゴブリンは硬質化させた腕で防ぎ、受け流すと即座に反撃を打ち込む。それをヒラリと舞うように避けるとルチアは呼吸を整えるために何度も肩で荒い呼吸を繰り返す。
「フゥ、ハァ、ハァ……ハァ、ハァ」
体力の消耗は目に見えて激しい。それも当然の話である。
こちらの攻撃は全く効かず、対して相手の攻撃は決して楽観視できる威力ではない。さらに言うならばルチアはゴブリンとの連戦や魔術の行使により疲労も溜まっていた。
装甲車の前方で距離をとり睨み合う両者。ホブゴブリンは自信満々に仁王立ちをして薄ら笑いを浮かべ、ルチアは顔を苦々しく歪めていた。
そんな両者に向けて、俺の作戦は実行された。
「ゴォ?」
「ワハテ?」
睨み合う両者の疑問の声はほぼ同時に上がる。
一人は状況が全く飲み込めず、一匹はそれこそ何故、といった様子だった。
エンジンの唸り声を出す装甲車。エンジンを吹かされ充分に回転数が上がった車体は突然両者がいる前方に向けて急発進した。
「ゴオォォ!?」
「ワ、ワ、ワゥワ!? ワゥワァ!」
いきなり鉄の塊が迫ってくれば避ける。それはどんな生き物であっても当然そうする。ルチアとホブゴブリンはそれぞれ後方に飛び避けた。
装甲車はそのまま前方に進み、途中で反転し再度前進してある人物に狙いを定めた。
「本当にごめん。後でいくらでも謝るから……本当にごめんよ」
俺は狙いを定めたモノに向けてアクセルを軽く踏んだ。先程までの速度とは言えないがそれでも早い速度で装甲車は動き出す。
「ワゥワ!? ワハテ!? フゥッシケ、ヨォウ! フゥッシケ、ハジメ!」
慌てふためくルチア。それは当然の事。俺はルチアへ向けて装甲車を前進させたのだ。
突然の事で慌てふためくルチアは混乱しながらも軽やかな重心移動で身を翻し、俺に背を向けて走り出す。
「ハジメ! ヨォウ、フゥッシケ!」
「ごめんって! ルチア、本当にごめんってば! 後でちゃんと謝るから許して!」
「ゴバァ!? ……バババババハァ!」
口では謝りつつも、俺は踏み込むアクセルを緩めることは無かった。全力で俺から逃げるルチアを全力で追いかける装甲車。それを嘲笑うように腹を抱えて笑っているのかホブゴブリンの声が聞こえてきた。
(この野郎……せいぜい今のうちに笑っとけ!)
そうこうしているうちにルチアは疲れがピークに達したのか遂には森の中に逃げ込もうと広間の外縁の大木へと進路を変え、力の限り疾走する。俺は一瞬アクセルを緩め方向転換をし、その後を追いかける。
「フゥッッッ、シケ!!」
ルチアは力の限りの大声で叫び、大木の裏へ飛び込み俺から隠れる。装甲車は大木へと当たる直前に急停車をして止まった。そこへニヤついた笑みを浮かべ、ホブゴブリンが悠々と歩いてくるのがサイドミラー越しに確認できた。
頭の悪い生き物でも見るかのように、人を舐めきった笑み。油断しきってもなお、勝てると確信している強者の笑みだった。自分が最も強いと確信し、慢心している者の笑みだ。
(…………)
俺は黙って作戦を実行した。
ガコッ。ヴィィィィィ。
装甲車の後部ハッチが音を立てて徐々に動き出す。暗い車内に外の光が線となって照らしてくれる。俺は眩しい光に目を細めつつも、動かす手を止めない。
「褒められたやり方じゃ無いのはわかってる」
誰に言うにも無く、俺はまた独り言を呟いた。目の前のハッチはまだ開き切っておらず、敵であるホブゴブリンは見えない。
「傍目から見ればただのバカな行動さ。俺だってお前の立場から見れば腹を抱えて笑うだろうさ」
少しずつ開いた後部ハッチはホブゴブリンの頭部を少し見える位置まで開いた。ハッチの上縁に黒く太い指が掛けられる。
「俺は英雄じゃ無いんだ。強く無えんだよ。でもな?」
ハッチはさらに開き、遂にはホブゴブリンの醜い笑みが見える。車両の運転席近くからスイッチを押して開いているので奴からは俺をよく見えないはずだ。
俺の手の内はバレていないとわかりつつも、恐怖心は胸を過ぎる。俺は息を飲み込み覚悟を決めてそれを耐えた。
「守りたい人がいるんだよ……たとえ、最低最悪な事をしても、俺はあの子を守れりゃ良いんだよ!」
遂にハッチは完全に開き、ホブゴブリンは装甲車の中へと身を屈めて入っきた。全身を真っ黒に硬質化させ、逆光とも相まって漆黒の魔物と成り果てていた。下卑た笑みに黒い身体は悪魔そのものだ。
その悪魔のような風貌は俺を見た次の瞬間。今まで見せたことが無いほど顔を歪ませ、怯えた表情を作る。
「これが分かるか? ……分かんなくても良い。分からせてやるからよッ!」
長い筒状の銃身。そこから手前に伸びる長方形の箱。左右に伸びた取っ手。
それは歩兵が運用出来る武器の中でも最大級の威力を誇る、最強の武器だった。
人、車、建物、航空機、装甲車……全てを破壊出来る、もはや兵器と言っても過言では無い。
「防げるもんなら防いでみろッ! 12.7ミリ重機関銃だ。……喰らって木っ端になりやがれぇぇぇ!!」
長い銃身の先端から火が噴き出るのと同時にホブゴブリンは腕で顔の前を守るようにクロスさせ身構える。破裂音と言うより爆発音と呼ぶのが相応しく思えるほどの爆音が狭い装甲車の中を反響し響き渡る。
5.56ミリ弾を使う小銃とは比べ物にならない程の射撃の衝撃が俺に襲い掛かる。それもそのはずだ。
本来、重機関銃は地面に脚などを立て固定して撃つか、車両に専用の器具で固定して撃つ武器だ。それを今回俺は自身の身体で支え射撃の衝撃を力ずくで押さえて撃っている。一発撃つたびに身体を襲う衝撃に顔を引きつらせて撃ちまくる。
「う、ゔ、うぉらァァァァッッ!!」
「ゴ、バァァァァァ!」
熱を持ち光を放つ弾丸が、漆黒のホブゴブリンへと当たり跳ね返っていく。
重機関銃の威力ならば本来そんな事は有り得ない。人の胴体に当たればその身長を半分にし、たとえ頑丈な建物に隠れていても建物ごとを粉砕する圧倒的な威力を持っているのだ。それを防ぐホブゴブリンはもはや生物とは思えなかった。
「ッ!? ……それがどうしたァッッ!」
それでも俺は構わず撃ち続ける。
射撃の衝撃で全身を揺さぶられ、まるで殴られたかのような衝撃が腕に響き、トリガーを押す親指に最早感覚は無かった。
徐々に、だが確実にホブゴブリンは後退していき、弾丸を防ぐ体表の黒光りする皮膚も大きく剥がれ血が噴き出していく。ホブゴブリンの身体の色は黒と鮮血の赤で装飾されていた。
ホブゴブリンに当たる度に弾き返される跳弾が後ろへと流れていく、跳弾と言っても威力があり、下へ弾かれた跳弾は地面に穴を次々と作っていく。
この跳弾にルチアが当たる可能性があったので俺はなんとしてでもルチアを逃さなければいけなかった。しかし、そうしたくても言葉が通じない上に説明している時間も当然無く、ホブゴブリンにも悟られない為に先ほどの様な強行手段を取らざるを得なかった。
「後で謝るから許してルチアァァッ!」
射撃の高揚感からか、それとも爆発の様な射撃音に負けない様するためか、俺は無意識のうちに力一杯の謝罪の言葉を叫んでいた。
遂には防御していたホブゴブリンの両腕が重機関銃の弾丸の威力に耐えきれず、片腕が肘の辺りから千切れ吹き飛んだ。ここにきて初めて苦痛に塗れた顔を見て俺は心の中でガッツポーズをとる。
(殺れる!)
あと少しで殺せる。そう思ったときにそれは起きた。
【敗北をする者とは、勝利の味より先に慢心の味を覚える者だ】
ガギンッ。
「な、ここで弾づまりかよ!?」
多量の弾薬を発射する機関銃を扱う際に、最も重要な技術がある。
通称、指切りと呼ばれるもので、多量の弾丸を発射する事による銃身の加熱を防ぐために数発ずつ細かく区切って撃つというものだ。通常は三から六ほどの発射で一瞬だけ射撃を止め、再度撃つというものである。
俺はそのことを完全に忘れ、無我夢中で撃ってしまったのだ。
射撃が止んだことによりホブゴブリンはすっかり短くなった腕を下ろし、怒りに染まり充血した目で俺に襲い掛かる。
「ゴォォルラァァ!」
「くっ!?」
慌てて距離を取ろうとしたがホブゴブリン一気に距離を詰め、片腕で俺の首を掴み締める。
「かっ、はぁっっ!?」
「ゴルラァァァ!」
首を絞められ、悶絶する俺に向け醜悪な牙を開き噛み付こうするホブゴブリンに俺は最後の作戦を実行する。
「モガ?」
「……ごれでも食っでろ、ばげものが……」
ホブゴブリンの開いた口へと、懐から取り出したあるモノをねじ込んだ。袋状のそれは牙に当たり、中身を口内に散らばせる。惚けた表情を浮かべるホブゴブリン。その変化はすぐに現れた。
「ゴッッボァァア!?」
奇声を発し、慌てて俺を離して口元を押さえるホブゴブリン。無我夢中で転げまわるようにして装甲車の外へと逃げていった。
俺がその隙を逃がす筈はない。呼吸を乱しながらも背中に背負っていた小銃を構えて撃つ。弾丸はホブゴブリンの膝裏に当たり血が爆ぜる。堪らず転んだ所に俺は銃を構えて近付く。
「ゲホ、ゲホ……どうだい、加熱剤の味は? よく味わっとけ!」
ホブゴブリンの口内にねじ込んだものは携行食を温める際に使った加熱剤だ。液体に反応して熱を生じさせるものであり、物理的な攻撃が効かなかったホブゴブリンに対して考えた作戦だ。
「生き物に感覚がある以上。衝撃や爆発、一瞬の熱には耐えれてもな。中身には効くと思ったんだよ。予想通りで安心したぜ」
俺は目の前でのたうち回り苦しむホブゴブリンへと銃口を向け引き金に指を掛ける。
「じゃあな。恨むなよ」
もはや俺に慈悲は無い。昨日までの俺と今日の俺は違う。
守りたい人を護ると決めた俺は、殺す決意があるのだ。
荒ぶる心臓の鼓動の音を無視し、いざ引き金を引かんとしたその時。ホブゴブリンは信じられない行動を取った。
「……ゴブ」
「ッ!? なんだよそれは。なんで、お前はそれが出来るんだよ!?」
俺の目の前で取ったホブゴブリンの行動、それは。
土下座。
頭を垂れ、地面に膝をつき、手を地面に合わせる。丸まった背中は哀愁すらも漂う。日本伝統の謝罪の心。とても見事で綺麗な土下座だった。
「なんで、それなんだよ。なんでそれが出来るんだよ!」
土下座をする魔物なんて聞いたことは無い。いや、日本に魔物なんていないのだから決めつけるのは違うかもしれないが少なくとも土下座をする習慣があるのは俺が知る限り日本人だけだ。
俺はある事に気が付き、ゾッとするような感覚が背中に過ぎる。
由紀に教えてもらったネットの小説。その中には異世界を題材にした作品が数多くあった。そしてその中でも特に多かったジャンルがあった。
人間が、人間以外の生物に転生する話。
「……ゴォ……」
「待てよ、止めろよ、そんなの、はは……ふざけんなよ!」
俺は目の前で助命の懇願をするホブゴブリンへトドメを刺そうと引き金に力を込める。
弾は、出せなかった。
「クソ……クソァ! そんなの卑怯だろが! 今更……今更そんな事するなんてよ!」
俺は気付いてしまった。思い込みなのかもしれないが、それでも可能性として浮かんでしまった以上、引き金を引くことは出来なかった。
目の前の化け物が、醜い魔物が、自分と同じく日本から異世界へと来た者なのかも知れないと。
「ハジメェ?」
木陰から心配そうにルチアが俺に声を掛ける。俺は縋るような目でルチアを見てしまった。
「ハジメ?」
「ルチア……俺は、俺はどうすればいいんだ?」
「……ワハテ?」
言葉は通じず、ルチアは何故俺が目の前のホブゴブリンを殺さずにいるのかが理解できていないようだった。
「俺は……こいつを、殺せない、殺せないんだ……ッ!」
甘えている。
俺自身そう思わずにいられない程甘ったれていると自覚していた。自分に嫌悪感を抱きつつも俺は引き金を引くことは出来ずただ構えているだけだった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。数秒なのか、数時間なのかはわからない。
頬を撫でる風に若干の冷たさが混じり、直上にあった筈の太陽は徐々に傾き始めていた。
そんな、相変わらず撃てない俺に一陣の風が襲い掛かる。
「おっ、とと。……え?」
思わず一瞬だけ瞼を閉じた俺の目が再び開かれたときには既にそれは目の前にいた。
長身の男だった。年齢は五十後半ほどに見える。金属製の鎧を着込み、左手には大きな盾を、右の手には長剣を持っていて大きく振りかぶっていた。
「まっ」
俺が止めようと制止の言葉と手を出そうとしたとき、男は肩越しにこちらを振り返る。
見たことのない男だ。髭面で癖っ毛のある黒い髪の毛。眼光は鋭く、修羅場を潜り抜けた歴戦の猛者といえる風情。深いシワが掘られており右目には大きな傷跡が縦に走っていた。
男は振りかぶっていた剣を真っ直ぐ打ち下ろし、黒き肉体を持ったホブゴブリンの身体を両断する。
「ゴボッッ……」
短い断末魔の後に響く鈍い音。地面に吸い込まれいく赤い液体は思っていた量よりもかなり少なく、地面の色を軽く変えただけに留まった。
男はホブゴブリンの命が無くなったことを確認すると俺の方へ向き直り髭面をグニャリと歪めて笑う。
「ヨォウ?」
男はルチアと同じ言葉を話し、手を伸ばし握手を求めてくる。俺は男の伸びて来た手を一瞥して無視すると男に摑みかかる様に問い詰める。
「……何故殺した。もう、虫の息だったろ?」
「ンン? ワハテ」
「チッ、お前も言葉が通じないのかよ」
俺の問いに対して男は意味がわからないとばかりに首を傾げる。その戯けた態度が癪に触ったが言葉が通じない以上、これから先の答弁は不毛だ。
(ルチアがどうにか説明してくれるだろう)
後の事は話が通じる者がやればいい。行き場のない怒りを無理矢理押し込め、俺はルチアに声を掛けようとして後ろを振り返り、そして自分の目を疑った。
「は、ルチア?」
ルチアは俺の前で片膝立ちで跪いていたのだ。突然の行動に俺が戸惑っていると、さらにルチアは驚くべき言葉を口にした。
「ハジメッ! この人は私の隊長よ、偉い人だから私の真似して跪いて!」
「ル、ルチ……あ?」
気の所為か、今、ルチアが喋った様な気がする。いや、言葉自体は前から発していたのだが、問題はそこじゃない。
「もう、言葉が通じないと不便だよ。ハジメッ! 空気読んで私の真似してよ!」
ルチアは焦っているのか、怒っているのかわからないが少なくとも不機嫌なのは確かだった。
いや、違う、そんな事が問題なのでは無い。
「ルチア……?」
「もう、名前だけはすぐ覚えたくせに他の言葉はイマイチなんだから……あ、煙いもすぐ覚えてたっけ?」
自分で言ってて可笑しくなったのか軽く笑うルチア。桃色の長髪をかきあげて幼げにも艶っぽくにも見える笑顔は今までと全く同じだった。
ただ一つだけ違うのは……
「なん……で言葉が分かるんだよ……?」
「……は、ハジメ? 今……なんて言ったの?」
「「え?」」
二人して顔を見合わせ戸惑っていた。俺とルチアは混乱しつつも次の言葉を同時に口にした。
「なんでルチアが日本語を喋ってんだよ!?」
「なんでハジメがグロリヤ語を喋ってんの!?」
お互い言葉を言い終えると、訳もわからず互いに詰め寄る。信じられないと言った様子で目を見開いて言葉を交わした。
「日本語? なにそれ? それよりいつグロリヤ語覚えたの!? まさか初めからわかってたの?」
「グロリヤ語ってなんだよ!? どこの国の言葉だ? ていうか日本語上手すぎだろ!」
「ちょっと待って、意味わかんない。ハジメ、なに言ってんの? 意味分かるけど意味わかんない!」
「待ってくれルチア、余計に混乱してきた。一旦落ち着こうか?」
二人して我を忘れて言い合って、一息をつくために同時に深呼吸をする。
「「スー、ハー、スーー、ハーー」」
二人ぶんの呼吸の音が静かな森に溶け込む。
すっかり落ち着いた俺とルチアの間にホブゴブリンにトドメを刺した男が割って入る。
「ルチア、ベァッシケ、オフフ。イ、ジェウデガエ」
男の言葉にルチアは驚きの表情を見せ戸惑っていた。
「な!? お言葉ですけど私はこの者と行動を共にしてました、彼は決して危険な者ではないですって!」
ルチアは俺と男の間に入り、庇うように両手を広げて男に立ち塞がる。そんなルチアを男は呆れたようにため息を吐いてから力強く目で睨み、威圧感を言葉に乗せる。
「ベァッシケ、オフフ。ルチア」
「わ、わかりました、了解です……」
気の弱い者ならばそれだけで気絶しかねない程の威圧感にルチアは押され、納得してはいない様子で渋々と俺から離れる。先ほど自分が隠れていた大木の位置まで下がると腕を組んでこちらを見ていた。
「フフフ、ハハハ……フハハハハッ!」
「なにが、可笑しいんだよ?」
男は俺を見て突然笑い出す。目尻のシワが目立つ、眼光鋭き厳つい見た目からは想像できない程子供っぽい笑みであり、それがまたこの男の気味悪さを助長させていた。
「笑ってんじゃねぇよ!」
俺は男の態度にイライラしてきてつい声を荒げてしまった。怒鳴り声が森に響き、一瞬ルチアの身体がビクッと反応する。
「ワゥワ、スゥロロヨョ。ソーリー、ソーリー、ごめんなさい!」
「ったく、おどけやがっ……え?」
今のは聞き間違いだろうか。この男は謝罪の言葉を口にした。それも俺が分かる言葉で。
「お前……今なんて言った?」
男は俺が混乱しているのを見て楽しそうに微笑むと咳払いを一つする。そして今までとは全く雰囲気を変えて俺に喋りかけてきた。
「スゥロロヨョ。スゥロロヨョ。あぁ、それよりも一ついいですか?」
男は俺の胸元をポンポンと叩く。普段の俺ならばその行為を容易く許す事は無いのだが、今、目の前で起きている事に頭の処理能力が追いついていないのか、男の行動を許してしまっていた。
「あった、あった。これだ」
男が俺の胸元から取り出した物、それはタバコだった。鼻を近付けクンクンと匂いを嗅いで惚けた顔を見せる男は何よりも楽しそうであった。
「あー、良い。これ久しぶりだなぁー」
「いったい、なんなんだお前は?」
「あ、そうでしたね。大事な事言ってませんでしたね?」
俺の問いかけに対して、男は悪戯っぽい笑みを見せる。そして俺の目を真っ直ぐ見つめ、ある言葉を口にした。
「パイセン、タバコ貰ってもいいすか?」
「はぁッ!?」
その言葉を俺は何度聞いただろうか。訓練の度に一度は聞いていた、馴染みのある言葉。それをよく言う馬鹿な後輩を俺は知っている。
男は慣れた手つきでタバコに火を付けると、思いっきり吸い込み紫煙を吐き出す。
「あー……湿気ってますね。クッソ不味いっすわ」
「お、お前……まさか!?」
顔付き、容姿、雰囲気、髭、瀕死の相手にトドメを刺す冷酷さ、そして身体から放つ威圧感。どれを取っても俺が知る人物とは重ならない。
仕草、動作、言葉遣い、人を舐めきった態度。そして憎めない笑み。その姿は俺がよく知る一人の男の姿に重なっていた。
その男の名は。
「西野……西野正樹なのか?」
髭面の中年の男は俺の言葉を聞くと満足気に頷き、またもや紫煙を空に吐き出し、俺がよく知る懐かしい顔で笑い、俺がこの場所で最も知りたかった問いの解答を教えてくれた。
「そうです、西野正樹です。歓迎しますよパイセン。不思議で楽しくて残酷な、摩訶不思議ビックリ仰天な異世界へようこそっす!」
木天蓼です。
これにて一章終了となります。
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